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 かつて3年前、英国の欧州連合(EU)離脱やヨーロッパに台頭するポピュリズムの動きに対して、ほとんどフランスの論壇に登場しなくなった元欧州委員会委員長のジャック・ドロール氏が仏日刊紙、ルモンドに寄稿しました。その内容は5月の欧州議会選挙を控え、相当霞んでいるよう見えます。

 ドロール氏は寄稿文の中で「私たち(統合に取り組んできたヨーロッパ人)は、株価や経済成長よりも地球とその住民を大切な価値とみなし、経済、社会、環境という3つの視点からの持続可能な発展を基本としたのです。しかし、徐々に経済成長という狭い見かたを優先するようになってしまい、環境や市民の健康、貧困の根絶や人権の尊重などの問題は、短期的な経済成長の前に“余計なもの”のように扱われてしまっています」と書きました。

 無論、彼は社会党所属のヨーロッパで長年信じられてきた社会民主主義の信奉者。耳障りのいい理想論を語っているのも事実です。EUがめざした持続可能な理想郷は、激変する世界に翻弄され、厳しい試練に晒されています。

 特に現実主義の英国は、大陸欧州の夢見心地の理想論には、まったくついていけないということです。しかし、EUが重視してきた普遍的な価値観を経済論理だけで否定することもできません。

 一方で、フランス、イタリア、ドイツでは、欧州議会選挙でポピュリズム政党と呼ばれる政党が、それぞれの国で第1政党になる可能性が高まっています。英国の世論調査でも欧州議会選に参加した場合、離脱強硬派のファラージ氏が立ち上げたブレグジット党が保守党や労働党を抜く勢いです。
 
 5年前の選挙で、すでにフランスは極右の国民戦線(現国民連合)が第1政党になっています。つまり、EU推進派の高邁な理想についていけないだけでなく、権力だけが強まるEUエリート官僚への憎悪も増している状況です。

 そこに今、欧州とは根本的に政治システムが異なる、21世紀の社会主義モデル国家をめざす中国がすり寄っています。警戒しつつも喉から手が出るほど欲しい中国マネーで欧州経済を上向かせたいというわけですが、アジア欧州経済圏構想の「一帯一路」に潜む中国の本当の野心を分かっていないのではと、私は接触する欧州の政財界人たちから感じています。

 中国は陸路では旧満州からドイツまでの鉄道ルートは完成しており、他の陸路として東南アジア諸国に投資し、欧州までのいくつかのルートを開拓中です。そこに今回、イタリアが今年3月、港湾整備などで中国と経済協力の合意をしたことで、海路の流通インフラ確保にも大きな一歩を踏み出しました。

 欧州の政治家は今、理想論を語るよりも景気や雇用、社会格差の是正、治安と移民問題に取り組むことが優先されています。しかし、経済通のはずのマクロン仏大統領の打ち出す政策は、企業や金持ち優先という印象を国民に与えてしまい、うまくいっていません。

 私は東西冷戦終結直後、欧州の政財界、学会、法曹界のトップクラスの人々にインタビューした時、まるで全員が口を揃えるように「日本には新しい世界のフレームワーク作りにぜひ参加してほしい」「日欧の関係強化のため、崩壊した旧ソ連の再開発で政治・経済の協力関係を強化すべき」と話していました。

 本来、日欧が緊密な関係を構築していれば、EUが中国マネーをあてにすることもなかったかもしれません。しかし、日本はアメリカだけを見ながら、経済的には急速に中国シフトし、欧州から見れば日本はいったい何をめざしているのか分らない状況です。

 せっかく単なる商売人国家、技術屋国家と蔑まれた過去を払拭できる機会を与えられた日本でしたが、外交舞台で重要な役割を担う国家になるチャンスを逸した感があります。そこには敗戦国日本の「出すぎてはいけない」という思い込みがあるのでしょうが、欧州は中国や韓国と違い、いつまでも過去を蒸し返す文化はありません。キリスト教の神髄は「許し」にあるからです。

 一帯一路構想で鋭く対立する米中関係の狭間で、日本はうまく立ち回ることばかりに腐心し、明確な態度が取れない状況では、全てを失う可能性もあると私は思っています。

 欧州でビジネスチャンスばかりを伺うだけでなく、政治的関係を強化することも重要です。共有できる価値観が多いEUとは、フランスのように日仏文化交流が盛んなのは評価すべきことですが、過去のいかなる時期よりも日本が欧州で高く評価されていることにも気づいてほしいものです。

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