terrorism

 キリスト教の復活祭の日曜日にスリランカで起きた大規模な虐殺事件の標的を無差別テロと位置づけるのは少々乱暴な気がします。「人類への挑戦」という言葉を口にする世界の首脳のコメントも聞かれますが、テロを絶対に許さないという姿勢は重要ですが、なぜ、このようなテロが起きたのかを正確に知ることは、カントリーリスク・マネジメントにとって最重要なことです。

 多くのメディアは内戦に明け暮れたスリランカは10年前に内戦を終結させ、治安は落ち着いていた中で起きたテロだったと報じています。内戦はスリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラ (LTTE) の対立で26年間も続き、国を疲弊させましたが、今は経済再建の真っ只中で観光客も増えていたことが伝えられています。

 30年近く南ヨーロッパ及びきたアフリカの治安分析を行ってきた私は、特に近年、イスラム過激派によるテロ事情には、一般の人よりは知識を持っているつもりです。最近は、ローンウルフと呼ばれるホームグロウン型のテロリストが独自にテロを計画・実行するパターンが増えている一方で、特定の標的ではなく、一般市民を巻き込んだ無差別テロが増えています。

 しかし、同時多発的な大規模テロの場合は、多額の資金や武器弾薬が必要なため、テロを準備する組織やグループと、それを実行する実行犯が必要なのは変わっていません。同時にイスラム過激派はかつての共産主義過激派と似ていて、貧困や格差の極端に拡大した国、深刻な政治・宗教対立などの葛藤のある国や地域に忍び寄ってきます。

 理由の一つは、テロ組織はテロ実行犯を見つけやすいからです。たとえば、フランスで頻発するテロ事件では、差別を受け、社会に恨みを持つアラブ系移民がリクルートされ、実行犯を形成しています。実行犯は自分の命を差し出すリスクを負うわけですから、揺るぎない決意が必要です。そのため強い憎悪など心を突き動かす動機付けが必要です。

 彼らの多くが、もともとはイスラム教の信仰者でもなく、路上で薬物を売り、窃盗を繰り返し、殺傷事件を起こす不良でした。彼らの心の中に潜む「自分は価値がない」「社会から見捨てられている」「努力しても何もならない」「金持ちが憎い」といった憎悪と怒りに、聖戦主義は火をつけるわけです。

 「お前が不幸なのは、ユダヤ教徒やキリス教徒のせいで、彼らはお前たちをゴミだと思っている」「イスラム教徒は軽蔑され、社会の隅を追いやられていることが、お前の不幸の原因だ」「西洋文明にすり寄る穏健イスラムも寄生虫のようなものだ」と吹聴し、「アラーのために異教徒を殺害し、死ねば、お前は即日、天国の高い位置にいける」と煽動しています。

 日頃、戦闘ゲームに熱中している若者には「本物の銃器や爆弾を手にでき、お前を馬鹿にする人間たちを本当に殺害できる」と説得し、事実、聖戦主義よりも、そこに刺激や魅力を感じてシリアやイラクで戦闘員になったり、テロリストになったりするケースも少なくありまません。無論、富裕層でも差別を感じテロリストになる場合もあります。

 極貧国だったスリランカが経済成長する中、一般のスリランカ人の暮らしとはかけ離れた高額な朝食を5星の高級ホテルで楽しむ外国人は、羨望よりは憎悪の対象です。スリランカはポルトガル、オランダ、英国に支配された歴史を持ち、彼らがキリスト教も持ち込みました。

 内戦後の今は、西洋人だけでなく、日本人や韓国人、中国人もビジネスチャンスということで進出し、日系企業は130社を超えています。西洋人を含め、高級アパートに住み、高級ホテルを利用し、一食が地元の人の一カ月分の食費を超えるよう料理を高級レストランで食べている姿は、植民地時代を彷彿とさせます。

 途上国の進出で、多くの先進国企業の赴任者が勘違いするのは、自分たちはその国の経済発展に貢献しているので感謝されるべきと考えることです。表面的には感謝を口にする現地の人たちも、労働コストが安いのを理由に進出している事実を知らないわけではなく、同じ人間として屈辱も味わっているのです。

 2016年に起きたバングラデシュのダッカ・レストラン襲撃人質テロでも、テロリストに向かって自分たちは、この国に経済貢献しているから助けてくれと訴えた日本人がいました。現地の人々が抱く複雑な心境への理解は皆無だったということです。

 高級ホテルとキリスト教会が標的だった今回のテロは、ある意味で非常に分かりやすかったといえます。宗教的動機だけなら、キリスト教徒を標的にすればいいと考えがちですが、高級ホテルにも彼らが不快に思う先進国の外国人ビジネスマンや彼らに媚びる国内の金持ちが出入りしているわけです。

 つまり、宗教的憎悪はイスラム教を蔑視する先進国からきた人々と、彼らに寄り添う富裕層にも向けられているということです。欧米諸国は、テロの阻止のために中東や欧米諸国では先手を打ってきたことでテロは減っている一方、治安維持に金をかけられない貧しい国では、圧倒的にテロを実行しやすい現実が思い知らされました。

 米ウォールストリートジャーナリは「世界の指導者らはこれを人類に対する攻撃として糾弾しているが、間違えないでほしい。これはキリスト教徒に対する攻撃だった」と書いていますが、それなら高級ホテルは標的にならなかったかもしれません。

 キリスト教徒は7.4%、イスラム教徒は10%しかいない仏教国スリランカで起きたテロは、今後も途上国を舞台に大規模テロが起きる可能性を思い知らされたものでした。

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