Leadership-Role

 東南アジアへの進出が加速する日本企業は、現地化(ローカリゼーション)を進めることに腐心しています。特にナショナルスタッフに対しての日本人リーダーのリーダーシップや人材育成の方法は、公式的なものがなかなかなく、赴任した人がそれぞれ工夫しながら暗中模索しています。

 中国やアジア諸国で仕事をする場合、経験者の先輩はよく「ナショナルスタッフとは一定の距離感を保った方がいい」とアドバイスします。アジア地域のほとんどの国は、過去の日本もそうでしたが、職場を自分の家庭の延長線上に考えるケースが多く、甘えが生じ、彼らとの距離感を縮めると混乱することの方が多いからです。

 たとえば、中国に多い現象ですが、返す当てもないのに日本人上司から金を借りようとしたりします。子供が病気になって病院に連れて行くとの理由で午後出勤してくる従業員はまだしも、二日酔いや、朝、夫婦喧嘩して会社に遅刻したなど平気な場合もあります。これは他のアジア諸国にも見られますが、家族なら許されるようなことを会社に持ち込んでくるわけです。

 会社がリストラを断行する場合も、日本本社は「なるべく計画は直前までナショナルスタッフに知られないように」と指導します。なぜなら、大規模な労働争議を計画される時間を与えたくないからです。中には工場閉鎖を3週間前まで黙っていた大手日系企業もあります。

 タイ人従業員が怪しいタイの金融機関から金を借りるのに「自分の上司の山田部長とは、なんでも頼める関係になる」とか言って、本人に断りもなく、部長の名前を借用し、サインを偽造し、保証人にされた例もあります。近い人なら何をしても理解してもらえると思い込んでいるわけです。

 だから、近づきすぎて馴れ合いの関係になると火傷するので距離を保つのがリスクマネジメントと教えるわけです。ところがアジアで出会った成功している日本人リーダーの多くにはナショナルスタッフとの距離感はありません。むしろ徹底して彼らと付き合い、公私に渡りコミュニケーションを取り、相手の文化に溶け込んでいる人が成功者になっています。

 そこには、アジアで見落とされがちなもう一つの要素があります。それはアジアにおいては、リーダーに対して、一つは面倒見のいい父親的要素、もう一つは人格者であることを期待されることです。たとえば、タイで日本人上司が職場で激怒している姿を見たナショナルスタッフが「彼は自分の感情もコントロールでないかわいそうな人」と哀れんだという話があります。

 熱心な仏教徒であるタイ人には、常に平常心を保ち、喜怒哀楽をコントロールすることが重視されています。だから、彼らの微笑みの裏から12種類の感情を読み取れなければ、一人前とはいえないというわけです。日本人上司は自分が哀れに思われているとは知らずに怒っているわけで、惨めなものです。

 本来、仏教徒のベトナムやカンボジアでも見られる現象です。仕事を遂行するための具体的な専門知識であるハードスキルだけでなく、文化を超えて人と信頼関係を築くためのソフトスキルが必要になるという話です。つまり、ハードスキルは当然だとして、高い人格を備えた人間味のあるリーダーが結果を残しているということです。

 分かりやすくいえば、親にはいい親と悪い親がいるということです。いい親は奢らず、すぐに激怒して強権を発したりせず、愛情を持って子供の言うことに注意深く耳を傾ける一方、明確な規範を持っており、説明責任もきちっと果す人です。つまり、親といっても子供を甘やかせ、駄目にする親と規範を教え、まともな子供に育てる親がいるということです。

 だから、基本は社員一人一人への関心であり、尊重であり、その後ろにある文化への理解を深める一方で規範を持って見本を示すことです。部下の忖度を期待するようなリーダーは成功しません。パフォーマンス重視に傾きがちな海外の現場では、ハードスキルだけが強調され、人間を軽視する傾向もありますが、それでは結果は出せないということです。

 ナショナルスタッフと距離を縮めて被害に遭う例は枚挙に暇はありませんが、その人自身の人格を問い直すべきというのが私の意見です。甘えを生じさせ、不正行為を発生させるのも上司の態度如何によるということです。それと丁寧な説明で理解してもらう努力も、当然不可欠です。

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