ニュージーランド・クライストチャーチで50人が死亡し、約50人が負傷したモスク(イスラム教礼拝所)銃撃事件で逮捕・起訴された主犯のブレントン・タラント容疑者(28)が、フランス滞在中にテロ計画にインスピレーションを得た可能性があることが判明しました。

 真偽は捜査中ですが、犯行前に自身がフェイスブックに掲載した長文の犯行声明によると、タラント容疑者は2年前から襲撃計画を準備していたとし、2017年にフランスを訪れた際、極右過激思想に対する確信を強めたとされています。

 理由は、多くの移民が白人フランス人の職を奪い、白人社会を根底から変えようとしている姿を目の当たりにして衝撃を受けたからだとしています。その経験から反イスラム感情や白人至上主義、移民排斥感情が高まり、過激な極右的行動の必要性を確信したとしています。

 自身を人種差別主義者でファシストだとするオーストラリア国籍の容疑者は、長文の犯行声明のタイトルを「壮大な入れ換え」(移民が欧州人に取って代わる)としています。The great replacement ( 仏語でLe grand remplacement)はフランスで伝統的な移民脅威論の極右思想で、今も過激な極右運動の合言葉として使われています。

 本来は、非ヨーロッパ系の特に中東や北アフリカ出身のイスラム教徒のアラブ人やアフリカ系黒人が、フランスで支配的なカトリック教徒の白人に取って代わるという陰謀説を全面に出したフランスの極右思想の基礎になっている考えで、世界の極右運動にしばしば登場しています。

 そもそもイスラム・アラブ勢力は8世紀にイベリア半島に侵入し、15世紀まで支配が続いた経緯があります。イスラム勢力は中世のキリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)によって排除されましたが、当時、フランスがイスラム勢力のヨーロッパ拡大をピレネー山脈で阻止したことで、フランスはイスラム教にとって歴史的恨みとなっているわけです。

 800年近くイスラム系アラブ人が支配したスペイン、ポルトガルでは当初、バグダッドとカイロのカリフと対立した後ウマイヤ朝が、スペインのコルドバを首都にした経緯もあり、アルハンブラ宮殿などイスラム文化が色濃く残っています。この800年間にアラブの血がヨーロッパ人と混じりました。

 そのこともあってイベリア半島は、現在でもヨーロッパ後進地域といわれており、フランス人はスペイン人やポルトガル人を見下す傾向があり、パリの肉体労働者や家政婦にも多いという現実があります。

 ビン・ラディンが9・11テロの指令で「グラナダの悲劇を繰り返すな」という合言葉を使ったのも、グラナダのイスラム教徒の大虐殺でイベリア支配が終わったことが、イスラム教徒にとって忘れられない歴史となっているからです。

 フランスから独立を実現したアルジェリア戦争後、フランス側で戦ったアルジェリア人をフランスが受け入れたことで、一挙にアラブ系移民が増えたフランスですが、過去にピレネー越えを阻止したフランスとしては、人道主義的観点から受け入れはしたものの高いリスクを抱え込んだ形です。

 そのため常にイスラム・アラブ脅威論がくすぶり、その歴史が極右思想のバックボーンになっていて、それが今回のテロを含め、極右過激運動の正当性の主張に繋がっているわけです。3つ子の魂100までというところでしょうか。

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      ニュージーランドで増え続けるイスラム教徒

 タラント容疑者がフランスに滞在した2017年4月、スウェーデンの首都ストックホルム中心部で、イスラム国(IS)の過激思想に感化されたウズベキスタン出身の男がトラックを暴走させ、11歳の女の子を含む4人を死亡させたテロが発生し、激しい怒りを覚えたと同容疑者は書き残しています。

 さらに当時、フランスで実施されていた大統領選挙で、極右政党候補者のマリ・ルペン氏が決選投票で敗北したことについて、同容疑者は失望し、ルペン氏を「軟弱だ」とも書き残しています。貧しい労働者階級の家に育った白人の自分が移民に脅かされていることを含め、抗議のテロ計画を立てる決意をしたのがフランスだったというわけです。

 テロなど起きないと思われたニュージーランドで起きた今回のモスク銃撃テロですが、かつてオーストラリアは白人中心主義の白豪主義を掲げた国であり、英国支配で同じような歴史を持つニュージーランドも、今では労働人口不足から大量に移民を受入れ、特にイスラム教徒と中国系移民が急増中です。

 ニュージーランドのような多文化共存主義を打ち出す国では、人種の平等性、信教の自由が保証されているために、逆にマイノリティーの移民が権利を主張し我が物顔に振るまう姿に不快に感じるマジョリティーの白人が出てきてもおかしくありません。それも女性がスカーフを被るようなイスラム教のライフスタイルを維持する姿に違和感を覚える人も少なくありません。

 自分の国の政治が安定せず、紛争が続き、生命が脅かされ、経済的にも危うい国々から逃げ出す難民、移民は世界的に増える一方です。しかひ、その移民たちを誰もが温かく受け入れているわけではないのが現実です。この問題を解決するには、さらなる人々の寛容さに頼るしかないのかもしれません。

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