cyber attack

 フランスで発生した黄色いベスト運動は、背後にロシア政府が、ソーシャルネットワーク(SNS)を通して世論操作を行っていたとの疑惑が浮上しています。サイバー空間から反政府感情に火を付けた疑いをフランス治安当局が調査中と米ウォールスストリートジャーナル(WSJ)などが報じています。

 ただ、ツイッターやフェイスブックで偽情報を流した形跡のあるアカウントを分析し、組織的関与を特定することは実際には困難です。アメリカの2016年の大統領選やフランスの2017年の大統領選でもロシアの関与に確たる証拠は示せず、ロシアも当然認めたことはありません。

 WSJは、サイバーセキュリティー会社ニューナレッジ(米テキサス州)のライアン・フォックス氏のコメントして、ツイッターやフェイスブック上で、ロシアが管理している可能性が高いアカウント数百件を確認した上で「フランスの反政府デモ に積極的に関与している」との指摘を紹介しています。

 政治やビジネスの世界では、無法地帯ともいわれるサイバー空間からの意図的な攻撃が頻繁に行われているのが世界の現実です。それは通常、いい結果はもたらしません。たとえば今回の黄色いベスト運動で燃料費増税中止、最低賃金100ユーロ引き上げ、企業の年末ボーナス非課税など、政府は次々に妥協案を出し、国民がマクロン政権に当初期待した改革は遠のきました。

 冷静に考えれば、財政健全化を急ぐフランスで、これだけ金をばらまき、税収も大幅に減る政策を実施すれば、その財源確保は困難で財政赤字が増えることは明白で、それでいいのかということになります。しかし、マクロン政権に対して鬱積した不満、尊大な態度への怒りが爆発した今、冷静な議論はできない状況です。

 コンテクストという言葉があります。文脈などと訳されていますが、サイバー攻撃を仕掛ける側は、自分の都合のいいコンテクストに人々を引きずりこもうとします。イスラム過激派は聖戦主義流布のために、差別や貧困に苦しむアラブ系移民たちに「悪いのは西洋文明だ」「西洋人はアラブ移民を人間とは思っていない」という文脈を植えつけ、テロリストに仕上げていきます。

 人間は文脈、つまりコンテクストから物事を理解しようとし、かつて独裁者や左翼指導者たちは自分の偉大さや思想の流布のために演劇を利用しました。そこでのストーリーは誰もが理解できるように単純化され、考えさせるのではなく、共感させ、一挙に信じさせる領域に人を導くのが一般的です。

 そしてイメージ化に成功すれば、変更するのは困難です。ビジネスの世界では製品のイメージ化は重要ですが、一歩間違えば、消費者には不利益をもたらすものもあるわけです。

 危険な共感はネガティブ感情から生まれるといわれます。私は日産自動車のゴーン前会長の逮捕劇に接した時、ストーリーができ過ぎていると感じ、疑いの目を向けました。有名で評価の高い世界的大企業のトップが密かに不正な蓄財をしていたというのは、メディアが飛びつきそうなテーマです。

 ニュースの注目度と人間の嫉妬心は比例しているといわれます。その意味で一般サラリーマンには縁のない数十億の年収を稼ぐ人物の存在は羨望と嫉妬の目に晒されています。組織内で独裁者になっていた人物を幹部たちが司法に駆け込んで失脚させたというのも、どこかででき過ぎたストーリーです。

 黄色いベスト運動でも、たとえば最近のマクロン夫人は、高校教師出身なのに高額のブランド服を身にまとい、贅沢な暮らしをしているという噂が、反マクロン大統領の国民感情を強める結果になっています。そこには正しい批判もある一方で、嫉妬や怒りの感情で理性を失った暴走も見られます。

 人間のネガティブな心理を利用した煽動は、今に始まったことではありませんが、いい結果を生んだ試しはありません。かつて国民の良識に訴える編集方針を持っていた某日本の週刊誌と月刊誌が、発行部数を伸ばすために、有名人や権力を持つ人間のネガティブ情報をなりふり構わず流すことで部数を伸ばしています。それは時には国益を損なう結果にも発展しています。

 良識より嫉妬心の方が商売になるという判断で部数を伸ばしているのでしょうが、愛国心より商売優先という方針転換は残念というしかありません。それに日本は先進国中最もニュースに無関心で議論もしない国といわれていますが、その無関心、無思考状態は、悪意や特定の利益を追求する煽動者には、恰好の標的となるという側面も無視できません。

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