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 11日のパリで行われた第1次世界大戦休戦協定締結100周年の戦没者追悼式典について、悲観論が散見されます。それは人類史上最多の1,800万人ともいわれる戦没者を出した第1次世界大戦から100年が経ち、戦争の悲惨さを省みるだけでなく、世界はその教訓に学ばず、分断と対立が激化しているという悲観論です。

 その根拠として、分断を最ももたらしているのがアメリカのトランプ大統領と位置づけ、さらに極右ポピュリズム政党が世界各地で台頭し、南米大国ブラジルにも極右の大統領が出現したと強い懸念の論調が拡がっています。そして、世界は今、104年前の第1次世界大戦勃発前夜と同じ状況にあると指摘する専門家やメディアも出てきています。

 果たしてそうなのか。私はそんな見方に全面的に与しない人間の一人です。その理由は植民地主義が盛んだった帝国主義と強国のエゴが露骨だった第1次世界大戦の時代と今は、あまりにも状況が異なるからです。多くの戦争は双方の間違った思い込み、情報不足が原因とされていますが、コミュニケーションの量も質も100年の間に大きく進歩しました。(フェイクニュース問題はありますが)

 第1次世界大戦の1,800万人の犠牲者を生んだ要因の一つは、世界で始めての大量破壊近代兵器使用の戦争だったことだといわれています。現代の究極の大量破壊兵器である核兵器が今後使用されない保障はないにせよ、広島、長崎の教訓がまったく活かされていないという指摘は正しいとも思えません。

 さらに100年前に今のような言論の自由はあったのでしょうか。多くの国が国内の言論統制を行い、人々の「知る権利」は制限されていました。それに冷戦時代、社会主義と民主主義という政治信条で真っ向から対立した国同士とでさえ、相互の経済依存度は100年前とは比べ物になりません。

 トランプ政権のアメリカ・ファーストに象徴される自国第1主義の台頭は、自国の雇用を脅かすグローバル化のエスカレートに、人々が本能的に拒否反応を示した現象であり、世界秩序を保つ最低単位としての国家自体がその存在をグローバル化で危うくしているという危機感にあるといえます。

 このグローバル化の負の要素ともいうべき世界をカオス化する恐れと不安、疲れが、ポピュリズムを誘発し、国家や民族主義を強調することで安心感を得ようとしているのが、今の時代だと私は見ています。この現象は30年以上、私が取材し続ける欧州連合(EU)で繰り返し見られた現象です。

 EUは最近では英国の離脱、ギリシャの財政危機、過去にはイラク戦争で外交政策の足並みが揃わなかったこと、常に批判されるEU官僚の高圧的態度や権限委譲問題、意思決定をめぐるガバナンス問題など、EUは存続の危機に晒されながらも、やはり第2次世界大戦で東西に分断された欧州を元の欧州に復帰し、2度と悲惨な戦争を繰り返さないという決意が、EU統合を支え続けてきました。

 無論、キリスト教文明圏の土台の上に全ての国が民主主義、法治国家を確立している国で構成されるEUと、世界の状況は違いますが、独裁者を産まないこと、民族主義に陥らないこと、互いに許し、助け合うす精神には、学ぶべきものは多いといえます。日本の周辺国には見られないものです。

 それと対立そのものを悪としがちな日本人は、アメリカのトランプ政権とリベラル派の厳しい対立を分断と見がちですが、言論の自由を保障している以上、対立する意見を表明するのは自然なことです。日本人からすれば、ありえない対立も、アメリカ人にとっては自分の思想信条を表明する権利を行使しているだけで、議論が深まり、いい結果を出すのが目的です。

 その議論の過程で共和党支持者が民主党に移ったり、逆に民主党支持者がトランプ支持者になる場合もあり、それは健全なことなのです。最も障害になるのは決めつけや偏見、議論の封殺です。オープンな議論は、アメリカの民主主義を支える基本です。それにアメリカ人の多くが戦争そのものを善としているわけはなく、この世界に悪が存在する以上、戦争は必要悪という考えが一般的です。

 最も深刻な問題は、歴史に学ばないという点で、冷戦時代から西側と対立してきた中国、ロシアが、強国アメリカが自国を利するために世界のルールを勝手に決めているという思い込みを今も持ち続けていることです。この考えはトランプ政権になって、さらに強まっています。

 この第1次世界大戦前夜に存在した忌まわしい世界を危機に陥れる覇権主義を今の時代に持ち続ける国に対して、世界がどう抑止するかは、ポピュリズムの台頭などとは比べ物にならない大きな課題だといえます。

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