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 乗客18人が死亡、190人が負傷した台湾の特急列車脱線事故の調査を進めていた日本車輛製造(名古屋市)は今月1日、事故原因とされる運転士が列車自動制御保護システム(ATP)の電源を切った問題について、本来、電源を切った段階で指令室に無線で通知される仕組みが、製造時の図面チェックの不備で必要な配線がなかったことを明らかにしました。

 先月、宜蘭地方裁判所は、運転士が列車が進まなくなり停止したため「ATPの電源を切った」と説明し、運転再開後、整備員と話をしていて「ATPの電源を入れ忘れた」と証言したことで、検察が運転手の業務上過失致死の疑いが濃厚として捜査を進めていることが明らかになりました。

 日立製作所の車輛部門がロンドン周辺の大規模な車輛入れ替えを受注したおり、微力ながら最初に送られた日本人スタッフの現地適応のための研修を担当した私としては、今回の事故への対応は日本の鉄道ビジネスを拡大するための事故処理の試金石になると思い、関心を持っていました。

 2005年に起きたJR福知山線脱線事故で一般に知られるようになったATPですが、今回、直接の事故原因が運転手がATPの電源を切った後に入れ忘れた過失にあるとしても、通知機能が働いていれば司令室は、運転手に注意を促すことができた可能性もあるという話です。

 同件について運転手は電源を切ったことを「口頭で司令室に知らせた」と説明しているようですが、そうなると、今度はオペレーション側が電源復旧の確認を取らなかったことになり、グローバル鉄道ビジネスの要となっている車輛供給とオペレーションシステムをセットで売り、オペレーションに関しては現地スタッフの育成も丁寧に行うという話に傷がつくことになります。

 航空機であれば、事故直後からメーカーとして事故調査を当事国の事故調査当局者と協力して行う体制が整備され、徹底した調査と責任の所在が追求されるわけですが、鉄道に関しては、そこまでの体制整備がグローバルレベルで進んでいない現実があります。

 昨年10月、鉄道発祥の地である英国で、日立製作所が手がける高速車両「クラス800」が都市間高速鉄道「IEP」で営業運転を開始した当日、グレイリング英運輸相など政府要人も乗り込む中、トラブルが続出したことがありました。
 まず、トレインマネジメントシステムの立ち上げ設定の問題で出発時間が、その設定調整で約20分間遅れ、さらに車内のエアコンの水漏れが発生、水冷用の排水管の「逆流防止弁」の不具合で、一部社内が水浸しになりました。

 さらに電化区間と非電化区間の両方を走るため、走行中に無停止で切り替えを行えるはずが、うまく作動せずパンタグラフが上がらなかったために停止してしまい、結果的に終点のロンドンへの到着が40分遅れてしまいました。

 事故ではないにしろ、マスコミも注目する晴れの舞台でのトラブルは、日本人としては衝撃でした。ただ、現地メディアは「最初にしては悪くない」などとコメントし、機械の不具合に慣れている英国人の免疫に助けられました。英国人の友人も「前の車輛に比べれば、はるかにいいし、修正しながら完成させていくのは当たり前のプロセス」と慰めてくれました。
 
 先進国だけでなく、新興国、途上国での高速鉄道の需要が拡大する中、日本の新幹線売り込みで世界の強豪相手にビジネスでしのぎを削る状況ですが、他の製品と比べ、超ドメスティックだった日本の鉄道ビジネスのグローバル化は、いくつものハードルを超えていく必要があるのが現実です。

 たとえば、最終的に現地スタッフだけでのオペレーションをめざす人材育成では、コミュニケーションの精度を高めること、チームワーク、システムの継続的で厳格な運用を可能にする訓練は欠かせません。高品質の製品を提供しても、管理する人間による人災は起きるものです。

 ところが相手の文化も勤労意識も異なり、まずは日本人のように定められたことを継続的に厳格に実行する習慣そのものがない場合も少なくなく、マニュアル通りに正確に行う文化もない場合が多い。目を離せば、すぐに手を抜くなどは日常茶飯事です。文化の異なる彼らの訓練方法は私の目から見れば、不備だらけです。

 無論、今回の設計ミスは重要な安全装置に関わることなので、人災を防ぐ以前の問題ともいえます。私個人は、このミスをもって直ちに日本の製造業の劣化を指摘するつもりはありませんが、まずは責任のなすり付け合いではなく、世界中の人々が納得できる誠実で丁寧な対応が求められていると思います。同時に事故時の対応マニュアル作成もグローバルレベルで必要でしょう。

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