John_elkann_05_13_2011

 ヤキ(Jaki)の愛称で知られるフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の会長ジョン・エルカーン氏は若干42歳。フィアット創業者の故ジョヴァンニ・アニェッリ氏を高祖父に持ち、創業家のアニエッリ資産管理会社エクソールの会長兼最高経営責任者やFCAの傘下のフェラーリの会長も務めています。

 同氏の大叔父、ウンベルト・アニエッリがフィアットグループの副会長時代、イタリア・トリノの本社で私はインタビューしたことがあります。英才教育を受けたスマートな人物で、当時、「自分たちは日本の自動車メーカーの生産システムに必至で学んでいる」と語り、親日家でした。

 イタリア最大の自動車メーカー、フィアット帝国を築いたアニエッリ一族は、イタリア北部トリノを拠点に乗用車だけでなく、トラクターなどの業務用車両、鉄道車両、航空機など多角化経営を展開し、新聞社の他、アニエッリ一族が設立したイタリアサッカー1部リーグセリエAの強豪ユヴェントスを今も保有しています。

 2014年から米クライスラー社を完全子会社化し、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)として出発し、今に至っていますが、2008年、32歳でフィアット帝国を率いる一員として世にデビューした時、「若き皇帝の誕生」と欧州メディアは伝えました。

 私が注目したのは、ヨーロッパの同族経営の大企業一族に伝わる帝王学です。創業者の2代目は恵まれた環境で育ち、苦労の多かった創業者は子供に苦労させない傾向があり、結果的に族経営の弊害が出たりするのが常です。日本のトヨタ自動車も豊田章男社長は一族出身者ですが、常に一族がトップだったわけではありません。

 創業者の孫でジョン・エルカーンの伯父であるジャンニ・アニエッリは、14歳で父親を亡くした後、40歳を過ぎるまでフィアットの社長に就くことなく、帝王学を学び、世界中の政財界の指導者との人脈を広げた後、経営者トップに就きました。

 私が会ったジャンニ氏の弟、ウンベルト氏も母国語の他にフランス語、英語などを流暢に話し、欧米の一流の教育機関で幅広い教養を身につけた聰明な人物でした。私のインタビューにも「大変興味深い話ができた」と満足げで謙虚さがありました。

 ジョン・エルカーン氏は、ジャンニ・アニエッリの娘マルガリータとニューヨーク在住のユダヤ人作家、アラン・エルカーン氏の間に生まれ、英才教育を受けた後、20代前半には経営陣に加わりました。しかし、英国やポーランドの関連企業で身分を明かさず、販売員などの下積みも経験していて、同僚は誰もアニエッリ一族の御曹司とは気付かなかったそうです。

 ヨーロッパには貴族の中心の君主制時代から、帝王学が存在し、有名なところでは英国貴族の子弟を旅行経験で学ばせるグランドツアーなどもある一方、フランスのノブレス・オブリージュ(高貴の義務)を基本とする指導者教育などがあります。皆根底にはキリスト教精神に根ざした人の上に立つ者の奉仕精神があります。

 階級社会は、階級間の交流が少ないために、上流階級の人々が一般市民を理解する機会が少ないのが常ですが、恵まれた者は恵まれていない人たちのために奉仕する義務があるという精神は、帝王学の重要な柱の一つです。日本は戦後、階級社会が壊れてしまいましたが、富裕層の社会的責任があまり追求されないのは残念といえます。

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