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 中国の民主活動家でノーベル賞受賞者の劉暁波氏の死から今月13日で1年が経つ直前、劉暁波氏の妻、劉霞さんが約8年の軟禁生活を解かれ、10日にドイツへ出国したニュースが世界中に流れました。関係者によれば、ドイツは1年以上前から中国との交渉を続け、今回、それが実った形です。

 注目は体調の悪い劉霞さんが、ドイツで健康を取り戻した後、何を喋るかですが、劉霞さんの親族の出国がストップされていることから、口止めの圧力がかけられているとの指摘もあります。いずれにしても、最近、移民政策で政治的窮地に追い込まれているメルケル独首相としては、人権外交で大きな得点を稼いだ形です。

 共産党一党独裁の中国や過去共産圏だったロシアにとって、最も嫌悪すべきことは、西側からの人権抑圧の批判です。もともと共産主義では、人間には魂などなく、死ねば土に帰るだけの唯物主義ですから、政府に不都合な人間の死刑や軟禁に問題はありません。旧ソ連の強制収容所・グラーグ、中国では反革命犯及び刑事犯の矯正のための労働改造所がありました。

 中国は2013年に違憲として労働改造所を表向き廃止しましたが、その後もウイグル自治区などで多数が強制労働所に収容されている実態が明らかになっています。また、北朝鮮の労働改造の収容所は世界的に知られ、反政府運動活動家の逮捕、強制労働、死刑は人権という概念のない共産国家では正当なものされてきました。

 アメリカのオバマ政権時代、米中関係、米ロ関係が冷え込んだ理由の一つは、オバマ政権が重視した人権外交にありました。ロシアのプーチン大統領は、当時のクリントン米国務長官を嫌い、米大統領選で候補者だったクリントン氏を落選させるためにロシアは関与したともいわれています。

 ところが皮肉にも今回は、人権外交に熱心な欧州のドイツが中国に接近し、劉暁波氏問題を終わらせたい中国から妻の劉霞さんの解放、出国を引き出しました。この背景に米中貿易戦争で苦戦する中国が欧州の経済大国、ドイツに急接近するため、メルケル氏に花を持たせたという指摘もあります。

 中国とドイツの経済関係は長く、改革開放政策に転じた1970年代末、日本のトヨタ自動車が中国進出を断る中、ドイツのフォルクスワーゲン社は、いち早く進出し、中国に足場を固めた経緯があります。当時の西ドイツは分断国家で冷戦の真っ只中で共産圏と対峙していた時代でした。

 この経済とイデオロギーを切り分けるドイツの姿勢は、その後も引き継がれているわけですが、劉暁波氏の死から1年目の13日に、世界各地で中国の人権問題を非難するデモや集会が予定される中、その批判をかわすと同時に、米中貿易戦争での孤立化を避けるため、トランプ米政権批判の急先鋒といわれるメルケル氏を中国は引き込む狙いもあると見られます。

 人権外交も手玉にとり、敵の敵は味方という中国外交の常套手段で、アメリカを敵視するドイツを味方に引き寄せる政策が見えてきます。中国にしてみれば、政治運営で苦戦するメルケル氏に劉霞さん解放で貸しを作り、ドイツが反米の急先鋒になって欲しいというところでしょう。

 実はあまり指摘されませんが、中国の21世紀のシルクロード経済ベルト構想の「一帯一路」で、中国はドイツと鉄道では結ばれており、そのベルトは完成しています。昨年10月、中国・吉林省長春とドイツ北部ハンブルクを結ぶ貨物運送ルートの定期便が開通しています。
 長春の工業地帯には、中国の自動車メーカー第一汽車を初め、大手企業が生産拠点を置いており、最も古くから中国に投資するドイツ企業との共同プロジェクトも少なくありません。近年は東部沿海地域などの物流拠点からロシア、欧州向けの貨物を列車で運ぶ「中欧班列」の需要が高まっており、その意味で欧州の玄関口ドイツは中国にとって、一帯一路政策の要の国です。

 アメリカの鉄鋼やアルミニウムへの関税、さらには自動車の関税も検討される中、アメリカはドイツと中国にとって共通の敵です。中国はトランプ政権がもたらす西側諸国の亀裂に乗じ、巧みに反米に傾く国に接近し、仲間を増やすことに必死です。そのために人権問題を利用するなど大したことではないでしょう。

 欧州諸国を取材してきた私から見れば、英仏独の中国への見方は恐ろしいほど甘い。ロシアと厳しく対峙してきた英国でさえ、中国には甘く、国の安全保障に関わる原発施設建設への中国の投資も受け入れています。ブレグジット後は苦しくなれば、さらに中国に接近するかもしれません。

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