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 孫子の兵法の諺にもある 「敵を欺くにはまず味方から」 は、アメリカのトランプ大統領にも当てはまるのだろうか。想定外の唐突な言動で知られるトランプ氏は、ティラーソン国務長官、バノン主席戦略官、マクマスター大統領補佐官など、次々に側近を更迭し、政権内部の不和が伝えられています。

 イラン核合意の破棄については、最もトランプ氏が畏敬の念を持っているマティス米国防長官までもが安全保障上の理由で反対した経緯が伝えられ、鉄鋼とアルミニウムに高い輸入関税をかけることに対しても、政権内はけっして一枚岩とは言えない状況です。

 特に関税問題は当初、中国に圧力を加えるためと見られていたのが、同盟国にも特例を認めず、カナダで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)で発表された合意文書(コミュニケ)への承認も撤回し、G7合意を台無しにしました。

 安倍首相が中心となって作成されたといわれる合意文書には、トランプ氏にも配慮した苦渋の跡が見られ、「ルールに基づく国際秩序」、「自由、公平で相互利益になる貿易と投資が、成長と雇用創出の主要原動力」だとし、「関税障壁、非関税障壁の削減に向けて努力する」とありました。

 ところが、その文章にいったん署名したトランプ氏は、北朝鮮の金正恩労働党委員長との会談でシンガポールに向かう機内で、議長国カナダのトルドー首相がG7後の記者会見で「米国関税はいささか無礼だ」「好き勝手な真似はさせない」と語ったことに不快感を示し、承認取り消しを支持しました。

 トランプ氏はG7の時には、自分に対して厳しく問いただすことはせず、自分が去った後に攻撃的な発言をしたとして「非常に不正直で弱虫だ。我々の関税は、カナダが乳製品に270%もかけてることへの反応だ!」とツイートし、諸外国が莫大な関税をアメリカにかけ、貿易不均衡でアメリカは不利益を被っているとの日頃の弁を繰り返しました。

 同盟国がトランプ氏の言動に眉をひそめる中、本当の敵である中国とロシアは10日、両国がが主導する上海協力機構(SCO)の青島での首脳会議で「保護主義政策に対し、協調して取り組む」などとうたった「青島宣言」を採択しました。
 中国の習近平国家主席は、会議終了後の共同記者発表で、米トランプ政権を念頭に「いかなる保護貿易主義にも反対し、透明で開かれた多国間の貿易体制を維持すべきだ」と述べ、ロシアのプーチン大統領はG7がロシアに他国の民主主義を損なう行為をやめるよう求める合意文書をまとめたことに対して、「根拠のない無駄話はやめ、本当の協力のため具体的な問題に取り組むべきだ」と批判しました。

 実はトランプ氏の敵も味方も敵に回しているような言動の背景には、彼を選んだ人々、すなわち、グローバリゼーションの犠牲者といわれる白人労働者層の存在がある。つまり、低い関税のもとに安い製品がアメリカになだれ込み、国内産業を圧迫している一方、中国などにアメリカ企業が生産拠点を移したことで、多くのアメリカ人労働者が職を失った現実があります。

 無論、トランプ氏の経済政策が功を奏するかは別問題ですし、鉄鋼とアルミニウムの輸入関税に対する「安全保障上の理由」は、取ってつけたような印象を与えているのも事実です。しかし、少なくともトランプ大統領が、まじめに働く信仰深く、弱い立場にある労働者層をグローバリゼーションから守ろうとしている印象は与えています。

 皮肉にも、共産党一党独裁の中国やプーチン一強の独裁色の強いロシアが保身のために口にしているのが、アメリカが広めた自由貿易というのもおかしな反応です。自由貿易システムを利用して経済復興を遂げてきた中国、ロシアは、本当は自由市場主義を信じているわけでもなく、さまざまな貿易障壁を作り、透明で開かれているとは到底言えない現実もあります。

 そういった矛盾や偽善が、グローバリゼーションで生じた不具合の是正に乗り出すトランプ氏によってあぶり出されている。それもビジネスマンスタイルのトランプ氏のアプローチは、観念的でもイデオロギー的でもなく、非常に現実的、実用主義的です。

 つまり、G7に集まったアメリカ以外の6カ国の首脳も、青島に集まった中国・ロシア首脳も、こぞって保護主義を批判し、自由市場主義の理念をあたかも信仰の対象のように繰り返し確認している状況が続いています。

 トランプ氏は歴史的見識がなく、政治、外交の素人と批判され、一見、敵も味方も敵に回し、孤立しているかのように見えます。しかし、歴史的見識の結果として何もしないことが得策などという旧来のエスタブリッシュメントへの嫌悪から生れたトランプ氏は、対北朝鮮問題を含め、自体を動かしていることも否定できない事実です。

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