かつて自著を出版する時、出版社の方から「本のタイトルに”異”という言葉が入るとネガティブなイメージになるのでやめた方がいい」と言われたことがあります。どうしてそんな話になったのかというと「異文化」という言葉をタイトルに入れようとしたからです。

 それで改めて痛感したことは、日本では「異なる」ということはネガティブにしか受け止められないということでした。コンテクストの共有度が世界一高いといわれる日本では、テレビの討論会でさえ、違う意見を述べると、その場の空気が悪くなり、できるだけ対立しないよう司会者が仲裁に入る姿を見かけます。

 ところがアメリカのミーティングでもフランスのミーティングでも対立は日常茶飯事ですし、隣に座っている人と同じ意見だというと「それじゃ、あなたはこの会議に参加する必要はない」と言われた経験もあります。さまざまな異なった意見を出し合うことが議論を豊かにし、より良い結果を出せるというわけです。

 人はそれぞれカルチャーオニオンがあると異文化間コミュニケーションでは説明します。下図のようなコンテクストが生まれ育つ間に刷り込まれ、その互いが持つ異なったコンテクストの接触を異文化接触、異文化間コミュニケーションというわけです。

Culture Onion

 実際、ユダヤ人は10人参加者がいて、10人全てが賛成すると決めないという話は有名です。理由は反対者がいないと客観性を持てず、その決定はリスクが高くなるからです。4,000年間生き抜いた彼らの知恵といえます。

 日頃から対立を極力避けるために空気を読む日本人は、逆に反対意見をいう時は喧嘩腰になり、険悪なムードになり、結果を出す議論ではなく、反対するためだけに反対姿勢を貫くような醜い態度になりがちです。

 交渉で、日本人が頻繁に使う「落とし所」「妥協」という言葉は、たとえばアメリカのWinーWinの交渉術では否定的です。トランプ米大統領の北朝鮮との交渉は、アメリカが最高の満足を引き出す交渉に徹しており、ビジネスマン出身の大統領らしい姿勢ともいえます。

 クリエイティブオプションという言葉があるように交渉は新しい価値を生み出す作業で、互いが最大限の満足を得るためのもので、妥協して落とし所を探る作業ではないという考え方です。敗者を嫌うアメリカ人らしい考えともいえますが、議論や交渉は新しい価値を創出するのが目的という考えは、敗者を生まないために互いが譲歩するという考えよりも、はるかに建設的考えです。

 日本人は自分と他者が「同じ」であることを確認しながら生きているので、違うことに強いストレスを感じる傾向があります。それは日本が未だに村社会を脱せられないとか、共感性を非常に重視する社会で、違うものは排除しようとする排他性も原因しているのでしょう。

 日系の某巨大IT企業で異文化間コミュニケーションの研修を行った時、自分の妻はフランス人だというと受講生のひとりが「異文化って面倒くさそうですね。なんでフランス人なんかと結婚したんですか」という質問を受けて、こちらが唖然としたことがあります。

 実はダイバーシティに代表される違いのシナジー効果を発揮する考えは、新しい話ではありません。その代表選手が男と女の関係です。もし同じものにしか愛情を感じないなら異性と結婚などしないでしょう。異性の接触で大きな喜びを感じるからこそ異性は互いにひかれ遭うわけです。

 無論、共感も大切です。今の社会のキーワードの一つは共感です。共感は大きなビジネスをもたらす。しかし、共感は人間の感情と同じで時代ごとに変化するもので、これだというものはなかなかありません。ただ、異なる感性、異なる意見を持つものが集まっても最終的に共感を得る道もあります。それに異なるものから引き出された共感は、より強い満足を人間にもたらす。

 そこで重要になるのが、異なることをネガティブに考えるマインドの一掃です。逆にいえば、異文化を楽しむという姿勢を持つことです。違うからこそおもしろいし、楽しいという風に思えるようマインドセットする必要があります。

 実際、私が日本人とはまったく異なるフランス人と生活し、同じ国籍や民族人同士の夫婦より違和感を感じることは、はるかに多かったとしても、それを乗り越えて共感できた時の喜びは非常に大きいものです。それは浅いレベルで共通点を共有する以上に深い満足感があります。

 だから異なるコンテクストの人と協業する環境では、「違いはおもしろい。さまざまな文化があることは楽しいし、新しい発見がある」とポジティブの捉えるべきなのです。それが閉塞感を持つ状況を脱することにも大いに役立つといえます。

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