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 自由主義陣営の勝利で冷戦が終結し、イデオロギーの時代は終わったとされ、欧米先進国は、中国が共産党一党独裁を捨てるのは時間の問題と見ていました。1980年代から推し進められた改革開放で人々は経済的豊かさを享受したことで、欲望を満たすために人々はより自由で民主的な社会を望むというのが欧米人の持つシナリオでした。

 ところが、どうもそのシナリオは単なる幻想で、中国は自由と民主主義を理想とする国々とは根本的に違った立場でも着実に成長し、彼らの覇権主義的な世界支配の野心の実現に向かっているようにも見えています。

 今月12日付けのウォールストリートジャーナル紙に掲載された同紙の中国担当コラムニスト、アンドリュー・ブラウン氏の記事は非常に興味深いものでした。同氏は出だしで「欧米諸国と中国の関係は数十年にもわたり、幻想と偽りの上に成り立ってきた」と指摘しています。

 さらに「中央集権型で権威主義に満ちた中国の今の制度も、いつかは自分たちのようにオープンで民主的なものに変わるーー。欧米の政治家たちはそう信じて、自らをごまかしてきた」と書いています。

 欧米諸国は、経済的には中国との関係を深めることに余念のない一方で、人権侵害、言論の自由の制限、独裁体制への批判を口にすることで自分たちの立場を擁護してきました。それは成長をやめない中国に対して、欧米の価値観を導入するよう迫っているかのようですが、本気とも言えないようにも見えます。

 アンドリュー・ブラウン氏は「侵略的な姿勢を強める中国が、開放された欧米市場を利用しながら、技術を奪っていく一方で、自国市場は保護主義的なバリアーで守っていることに、どう対処していくのが適切なのだろうか?」と問いかけています。

 皮肉にも自由市場主義の最大の牽引役だったアメリカは「アメリカ第一主義」を掲げ、保護主義的傾向を強めており、逆に開放された市場で莫大な利益を得てきた中国は今、自由主義市場の推進役を買って出ているという皮肉な現象が起きています。

 ブラウン氏の指摘で驚くことは、アメリカが本当に中国の正体を分かっていなかったということです。それはキリスト教的価値観から生れた自由と民主主義、公正さや正義の価値観を人類が共有すべき普遍的価値観としてきた欧米人が、その価値観の信奉ゆえに相手を読めなかったとも言えます。

 しかし、欧米諸国、特にアメリカに「中国はいつか欧米のようになる」という幻想を抱かせたのは、個人的には日本の存在が大きいと見ています。つまり、西洋とは異なった精神的価値観を持つ東洋の国、日本が、戦後のアメリカ支配の中でキリスト教以外の彼らの近代的システムを受入れ、見事に国を復興して見せたからです。

 日本は欧米から見れば、アジアの優等生に映っている一方、中国や韓国が警告するような危険な覇権主義を日本は放棄していることも理解しています。欧米の信奉するシステムを受け入れた日本の成功は、アメリカの成功でもあったわけで、中国や他のアジア諸国もそうなるという幻想を抱かせたと言えるでしょう。

 アメリカの対中外交は成功したことがないと長年指摘されてきましたが、それは自分たちの信じる価値観こそ普遍的と考え、中国の正体を正面から見ることをせず、幻想と偽りをはびこらせてしまったということなのでしょう。それにようやく気づいたという話です。

 この中国を誤読し続けた状態を長年放置したのは、実は日本だと私は考えています。日本は中国と地理的に近いだけでなく、歴史的関係は非常に深く、彼らの本質を欧米人よりははるかに理解していたはずです。特に400年前に世界を凌駕する文明を誇示した過去を持つ中国が持つ中華思想は、おそらく共産主義のイデオロギーを上回るものでしょう。

 韓国が未だに中国に尻尾を振って見せるのも李氏朝鮮時代から、貢ぎ物を北京に運び、媚を売って従順を誓った過去があるからです。中華思想からすれば蛮国でしかない日本が満州を植民地にした屈辱は数百年間は許せざる記憶として彼らに残るでしょう。

 日本人の中には「中国は本来、今のようではなく、共産主義によって人が変わっているだけだ」という人もいますが、ロシアは共産主義を捨てても危険視され続けています。中国人にとっては、国家の権威と栄光が全てであり、政治経済体制はその目的実現の手段でしかなく、今のところはそれは機能しているということです。

 中国を欧米人以上に知っているはずの日本が、幻想を抱き続ける欧米諸国に忠告することなく、自らも対中投資を増やしていったことの責任は重大です。中国共産党を太らせ、自滅するのを待っていたら、いつしか手の付けられないモンスターになり、逆に彼らの支配を受ける時代が来るという恐るべきシナリオに注意を払わせなかった日本の責任は重いと言えます。

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