ea28bc81746fc911_S2
 
 香港に隣接する中国の深圳は、この30年間で3万人の人口が実質1,400万人に膨れ上がった世界最速の経済発展都市と言われています。モダンな高層ビルが乱立し、工業都市からハイテク・サービス都市に生まれ変わろうとしています。しかし、高層ビルの影には非常に脆弱で文明の底の浅さが見て取れます。

 この10年間、深圳は日本企業も増加し、香港で成功を収めた多くの外資系企業同様、中国進出の足掛かりとして深圳を選ぶ流れがあります。その一方で、この都市こそ中国の経済発展の真相を知る手がかりとなる都市でもあると言えます。

 なぜなら、深圳は1980年に小平の改革開放政策で初の経済特区に指定された都市であり、常に香港の自由経済に直接的影響を受けながら、何もない漁村から人工的に経済発展してきた巨大都市だからです。

 多くの外国人は、深圳のモダンな高層ビル群を見れば、凄いと感じ、圧倒されます。しかし、他の多くのアジアの発展する都市同様、生活インフランの整備は、驚くほど遅れている。それを象徴するのが下水インフラの極端な遅れです。

 例えば中国の他の都市で見られるドアのないトイレは、深圳では少なくなっています。しかし、トイレットペーパーが常備されいないトイレは多く、あってもトイレットペーパーは流せません。これは他のアジア諸国の韓国、ベトナム、マレーシア、タイなどでも同じです。

 日本も戦後の経済発展の過程で、インフラ整備は後回しされ、最も重視されたのは交通インフラと電気、ガス、水道の整備で、下水インフラは今でも整備が遅れている地方都市はあります。未だに電信柱が町の景観を悪くし、歩行や自転車の走行を妨げている現実は改善が急がれるところです。

 とはいえ、アジアのインフラ整備は入口に差し掛かった段階でしかなく、アジアに進出した多くの日系企業が工場の停電に悩まされ、工場用水の確保に苦労しています。しかし、深圳のような都市を見ると、超モダンなビル群の影でインフラの未整備という状況は、そのアンバランスさが際立ちます。

 無論、最大の問題は政治にあることは確かです。公共政策の中心がいまだに企業活動中心の経済発展に置かれ、市民生活の充実は後回しになっているのも事実です。いくら高給マンションを建てても下水道のインフラには力は及びません。公共支出の優先順位は政府と国民が決めることですが、その文明度においては、アジアはけっして高いとは言えません。

 その文明度という点では、返還された香港に、その見本があるとも言えますが、中央政府の管理が強化され、一国二制度も危うい状況です。深圳は中国の中で最も香港化が進んでいるわけですが、全国から移動してきた若い世代が不況になれば一挙に引き揚げていくという懸念も抱えています。

 アジアのインフラの未整備は、ローマの時代から下水インフラを整備してきたヨーロッパに長く住んでいると、文明のギャップを強く感じざるを得ません。モダンな高層ビルやマンションを建てる前に、生活インフラに投資するという発想が見受けられません。

 私が関係するアジアの日系企業の駐在員たちは、高給住宅街に住み、ハウスキーパーや運転手を雇う生活ですから、地元の生活に入り込んでいるわけではないのですが、自力で深圳に行って働く日本人は、その実体に触れ、音を上げる人も少なくありません。

 アジアで最も近代都市といわれるシンガポールにいた友人でさえ、引き揚げを決意したほどです。アジア諸国で生活インフラが整備されるまでには気の遠くなるような時間が掛かりそうです。