chagall_F2Marc Chagall, La danse, 1950-1952

20世紀の西洋美術は過去に例を見ないほどの大きな変化をもたらしたことは、よく知られている。その背景には、一つは産業化社会の到来と科学の登場、それに伴う宗教の存在感が薄れたことがあった。もう一つはロシアの共産主義革命と二つの大戦、特にナチスドイツの台頭があったことだった。 

この全ては、地域を超えた世界に大きなインパクトを与え、特に時代の変化に最も敏感な芸術家たちは、それまで人類が経験したことのない変化を敏感に感知し、さまざまな美術運動が起き、これまでにない様式が生み出された。 

中でも芸術家たちに襲いかかった戦争や革命の圧力は、逆説的だが深い洞察と深みを与えたと思われる。明るい色彩と非常に洗練された形や構成で絵画を構築したマティスも、デフォルメされた動植物や昆虫、人間が浮遊するミロの絵画も、革命と戦争で移動や亡命を余儀なくされたシャガールも、いつも戦争の悲惨さに追われていた。 

今回、リュクセンブールで開催されている「シャガール、戦争と平和の狭間で」展(7月21日まで)は、そんな画家に強いられた厳しい時代背景から作品を解きおこす展覧会だ。作品制作に画家を駆り立てた心の中を探ろうという狙いが込められている。 

1985年に97歳で他界したマルク・シャガールは、まさに20世紀を生きた画家であり、出身地ロシア(元ベラルーシ)で革命に遭遇し、二つの大戦に翻弄され、ユダヤ系ということでアメリカへの亡命も強いられた画家だった。 

シャガールは日本では大量のリトグラフが出回り、あまりにもポピュラーになりすぎてしまい、居間を飾る装飾的絵画のように軽く扱われがちだが、西洋美術史の視点では、既存のいかなる様式のみならず、次々に生まれた近現代美術運動にも最終的に与せず、これほど独自の絵画を展開して世界的評価を得た画家も珍しいといえる。 

さらにシャガールの生涯をかけたテーマが戦争と平和でありながら、どこのジャンルにも収まらない普遍性を持っていたことが挙げられる。これはミロが第二次大戦後、昆虫や花が舞う絵の中に、どんな悲惨なことがあっても、生命あるものは、再び宙を舞い、花を咲かせるという生命力への感動を描き出したのにも似ている。
 
シャガールは、常に彼の生まれた故郷、あるいは失われた人間の普遍的故郷を描き続けた画家だった。絶望や嘆息を嫌というほど味わい、自ら過酷な人生を歩みながら、いつも人々に希望と喜びの世界があることを作品に込め続けた。そのシャガールの心と祈りが、今も多くを感動させているのではないかと思う。

 IMG_0002シャガールの人気はフランスでも高く、ルクセンブール美術館は連日、長蛇の列ができている。ニースのシャガール美術館のような大作はほとんどないが、シャガールが戦争をかいくぐりながら描いた秀作が見られる。