安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが体験を踏まえ現在の世界を読み解きグローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 フランスでは7月、8月は1年で最も長い休暇をとる時期です。日本人の有給休暇は世界的に見ても非常に短いといわれますが、実は年次有給休暇の国際比較をする場合、年間休日数で比較しなければあまり意味はなく、日本は極端に短いとはいえません。
 
 確かに旅行サイト「エクスペディア」の最新の年次有給国際比較調査では、有休休暇の取得率だけ見るとフランス、スペイン、ドイツ、ブラジルは100%で英国も96%なのに対して、日本は50%と3年連続最下位となっています。このこと事態は問題ですが、年間に何日休んでいるかは別の問題です。

 たとえば年間の祝祭日の日数だと日本は15日で世界で3番目に多いのに対して、フランスは11日、しかも日本では祝祭日以外に正月やお盆に特別休暇があるので計23日も休みがあります。それに有給休暇取得日数を加えると、フランスは41日なのに対して、日本は33日となり、驚くほのギャップがあるともいえません。

 しかし、これは数字の上から見たもので、エクスペディアはフランスの有給休暇付与日数を30日としていますが、実際にはそれ以上の日数が付与されている例も少なくありません。英国は上限が28日と定められており、各国で有休の計算方法も法的制限も違いがあります。

 それとたとえば、日曜営業を基本していない(最近は増えたが)フランスでは、日曜日の経済活動は一斉に止まるので、サービス業で働く人も日曜日に休めます。7月、8月の長期休暇時期には大都市から人がいなくなるので、サービス業の人も休めますが、日本ではそうはいきません。有休を増やすかどうかは各国の文化習慣、経済への影響を考慮に入れるべきでしょう。

 つまり、仕事を休む問題はとりあえず、日本の場合は有休消化率の低さをどう改善するかということです。消化率の低さは人手不足、上司が協力的でない、まともに有休を取ると自分の評価が下がる、いざという時のために貯金するなどですが、どれもリーダーが関係していることです。つまり上司の意識が大きく変わらない限り、消化率を上げるのは難しいということです。

 フランスでは今、7月組がヴァカンス先から帰り、8月組が出発する時期です。たとえば3週間のヴァカンスを取る人は、時期をずらして交代でヴァカンスを取り、業務が完全に止まってしまうのを避けているわけです。ところが日本と違い、個人の業務内容、権限、責任が明確なフランスでは、その人が休めば、その人が持つ業務は完全に止まってしまいます。

 日本から7月初めに企業訪問のため出張してきたビジネスマンが、相手の会社の担当者がヴァカンスを取っているので数週間待たされたなどということも起きてしまいます。そこで思い出すのは、フランス人には「働きアリの法則」は適応できるのかということです。

 働きアリの法則は、2-6-2の法則ともいわれ、アリの生態研究から、よく働いているアリと普通に働いている(時々サボっている)アリ、ずっとサボっているアリの割合は、2:6:2になっているというものです。前提は働きアリのうち、働いているのは全体の8割で、残りの2割のアリはずっとサボっているというものです。

 さらに興味深いのは、よく働いているアリだけを集めても、一部がサボりはじめ、よく働いているアリ2割を間引くと、残りの8割の中の2割がよく働くアリになり、サボっているアリだけを集めると、一部が働きだし、常に全体としては2:6:2の分担比率が保たれているというのです。

 これは勤勉な集団主義の日本人から見て、常に2割はサボっているように見えていますが、個人主義のフランスからみれば、問題ではありません。第一、全員が一生懸命働けば、全員が疲労した時、その集団や組織は存続できなくなります。

 役割も含め、一生懸命働く、手を抜く(時々サボる)、完全に休むのモードを上手に組み合わせ、メリハリを持つことは組織やチームの効率性、持続性を高めることに繋がることはビジネススクールや心理学者の研究データが証明しています。

 サッカーの試合では、全速力で走る選手と完全に動かない停止状態の選手、ボールの動きを見ながらゆっくり動く選手がいます。欧米人の働き方はサッカーに例えられます。一方、日本人はダブルスの卓球やバトミントンのように2人は常に全速力で動き回っています。サッカーが遠視中心なのに対して、卓球は近視眼的です。

 日本人は、たとえば全体野球とか一体化のような全員が同じテンションでコミットすることに共感しますが、欧米人は横の関係は大切ですが、基本は個人です。全体の活動を保つために、重要な仕事をしている社員が休んでも、すぐに適当にやっていた社員が補うようなことはありません。

 つまり、女王アリを中心とするアリ社会は日本には当てはめられますが、フランス人はそもそもアリではないのかもしれません。無論、アリは劣等などという気はまったくありません。しかし、フランスでは休んだり、サボったりする人が予備軍として、危機を救うことも多々あります。

 働きアリはいつか消耗して疲れ、判断力も低下します。そんな時に休んでいるアリがやおら起き上がり、働きアリに転じて組織を救うこともあるということです。そういう意味で生きることにメリハリをつけることは日本人にも非常に重要です。

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 NECは、優秀な新入社員を獲得するためにIT系研究者や技術者には年収1,000万円以上を支払う制度を導入する方針を明らかにしました。すでに日本のIT系新興企業は数年前から優秀な新入社員に年収700万円以上を支払う制度を導入しており、新卒の一律の給与体系を見直す動きに注目が集まっています。

 人手不足で優秀な人材確保のために海外にも食指を伸ばす時代、日本的経営を支えた終身雇用や年功序列といった雇用制度も行き詰まりを見せています。職人文化を基本に置き、高学歴者も薄給で単純な仕事からスタートさせ、会社組織全体を把握させ、一つの企業文化に染めていく慣習は大きな岐路に立たされています。

 少人数で高収益をもたらするIT産業は、高度なテクノロジーと斬新な発想がビジネスチャンスをもたらし、その高い収益性から資金も集めやすいために急成長しました。彼らは年功序列のような徒弟制度を必要とせず、社員の年齢構成も非常に若く、私が研修を担当した欧州に進出した大手日系IT企業の平均年齢は30歳を切っていました。

 IT産業の興隆は、日本だけでなく、世界に大きな変化をもたらしています。たとえば階級性の根強い英国でも、高収入のIT系エンジニアの増加によって、社会階層の構成員は劇的に変化し、彼らは育ちや出身階層の縛りが薄いために、新たなエリート層を形成しています。

 フランスのビジネススクールで、世界中から集る優秀な学生たち(就業経験を持つ30代も含め)に、日本の終身雇用や年功序列を説明し、どう思うかと質問すると「非効率」という言葉が帰ってきました。理由は、能力が充分発揮できない低い職位の仕事から始めるのは会社にとっても本人にとっても非効率で、能力と成果に応じて報酬は支払わなければ、モチベーションは上がらないというものでした。

 人生修行とか企業文化を習得し、会社への忠誠心を養うという日本独特の家族的、職人的企業文化は、彼らには理解不能ともいえるものです。労働の機会を与える会社側と労働を提供する被雇用者の関係はイコールだという欧米の考え方からすれば、会社は適材適所でスキルを活用し、成果に応じた報酬を社員は受け取るのが合理的考えということになるわけです。

 IT業界ではGAFAなどの米国企業などが、優秀な人材確保のために厚遇で世界の人材を集めていますが、厚遇の意味は報酬に留まりません。労働時間の規制を撤廃し、成果だけを問うとか、ライフワークバランスを尊重するなどの制度が導入されています。私の知人の息子はアメリカでグーグルに勤めていますが、10時出勤、3時帰宅だそうです。

 危機感を強めた日本企業が若手に照準を合わせ、市場価値に見合った評価を導入し、硬直的な賃金制度を根本から見直そうという動きが大手にも拡がっています。とはいえ、報酬制度の大幅な変更には、3つの問題があります。大手も場合はまず、既存社員との待遇のアンバランスが生じ、上司より部下の方が給与が高いなどの問題が出てくるはずです。

 自分が10年掛けて獲得した給与水準を部下の新卒者がすでに得ているとすると組織の士気に悪影響を与える可能性があります。もう一つは、そもそもスキルに対する評価基準を根本的に変更する必要が出てきます。

 高いスキルを見込んで高額報酬で雇うということは、即戦力を求めることに繋がります。新卒に即戦力は通常ありません。そこをどう評価するのかということと、既存社員との公平さをどう保つことができるのかという課題もあります。

 3つ目は会社側が高いスキルを発揮させるための機会をどう提供するかです。欧米だけでなく、アジアでも転職は当り前ですが、そのためにはキャリアを積むことが重視されますが、短期間に会社側がキャリアを積む機会を与える制度になっていなければ、その改善も必要です。

 つまり、報酬制度を変更し、優秀な人材を獲得すると一言で言っても、企業が果たして報酬に見合った結果を出してもらう体制になっているかが問題です。自分を正当に評価し、自分の隠された能力を引き出してくれて、確実にスキルアップできる実感を得られなければうまくはいきません。

 スキルアップやキャリアアップ志向の強い海外の優秀な人材にとって、日本企業が魅力を放つためには、日本的経営の良さも残しながら、さまざまな包括的改善が必要だといえそうです。

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 ブレグジットを決めた国民投票から3年、英国の新首相に就任したボリス・ジョンソン氏は、EUとの離脱合意が得られなくても10月31日には確実に離脱すると宣言しました。英国に事業拠点を置く多くの外国企業にとっての最大の関心事は、離脱後の混乱やダメージがどの程度になるかです。

 そもそもブレグジットの目的は、このままEUに留まるより、主権国家として完全に独立性と自由を取り戻した方が、経済的に発展できる積極的なことでした。ジョンソン氏は就任後の始めての議会演説で、英国が2050年までに欧州最大の経済大国になるという見通しは現実的だといいました。

 離脱強硬派はこの3年、EUに委ねられた全ての権限を離脱によって取り戻し、国家を統合し直せば、世界中の国々とより有利な貿易交渉ができ、大英帝国の復活も夢ではないことを強調してきました。もともと残留支持派だったメイ前首相は、離脱交渉でダメージの最小化に追われ、ブレグジットによる国の飛躍的経済発展のヴィジョンに言及することはありませんでした。

 つまり、離脱がもたらすメリットを最大化する道筋は示せませんでした。国民投票で国民が離脱を支持したのを受け、その意向を反映するのが政治家というわけですが、残留派だったメイ氏自身は離脱の正当性を政治家として確信していたのでしょうか。

 われわれが学ぶべきは、民主主義における国民投票のリスクです。普通は選挙で最も支持された政治家や政党が公約したヴィジョンの実現で動くのが民主政治ですが、国民投票は日頃、考えてもいないことを国民の判断に委ね、その結論に政府は従うわけです。特に与党・保守党内でも意見が分かれる離脱か残留では結論に納得しないまま、その実現に動くことにもなる可能性もあるということです。

 政治家は、ヴィジョンを示せなければ、単なる役人と同じです。メイ氏は、まさに役人的に動いたために結果を出すことができなかったと私は見ています。国民投票を受け、最初から離脱強硬派の先頭に立っていたジョンソン氏が首相になっていたら、話は違っていたことでしょう。

 大学、金融業、製造業で働く英国人の友人たちの声を総合すると、ジョンソン氏は奇想天外な言動とは裏腹に、育ちはよく、オックスフォード大学を出たインテリで教養もあり、いつも引き合いに出されるトランプ米大統領とは違うというものです。

 ありもしない妄想をぶち上げ、国民感情に訴えるポピュリズム的政治家とは一線を画しているはずだという見方です。つまり、秘策なしに首相選に立候補しないはずというわけです。その期待感とは別に名声を求め、自己顕示欲が以上に強いことを懸念材料とする意見もあります。国家を語りながら、実は自己陶酔するタイプという点が不安材料だというわけです。

 実際、最も重要なのは英国の置かれている現実です。皮肉にも英国が国民投票で3年前に自国第一主義の種を蒔いた結果、アメリカにグローバル化にブレーキをかけるトランプ政権が誕生し、中国は露骨な覇権主義に走り、世界中に保護主義的な自国第一主義が拡がりました。この大きな変化は、ブレグジットをめざす英国の立場を厳しいものにしています。

 なぜなら、今の状況では、強い立場に立つものが物事を有利に進められるのは明らかで、弱い国は強い大国に振り回されるからです。国際通貨基金(IMF)の予想では、インドが今年、英国を抜いて世界第5位の経済大国に浮上するそうです。

 実際、英予算責任局の最新の報告では、英国の生産性は2008年の金融危機以来、わずか年0.3%の伸びにとどまっており、向こう5年間でも1.3%までしか改善しないと予測しています。国民投票前から続く生産性の伸びの低迷は、離脱交渉の迷走でさらに悪化しており、設備投資は過去2年間、フランス、ドイツ、イタリア、スペインを下回っています。

 これらの数字がブレグジット後に飛躍的に改善すると予想する国際機関は、今のところありません。それに合意なき離脱を歓迎する国も、どこにも見当たりません。つまり、英国は弱肉強食化する世界経済の中で、不利な立場から出発するしかないのは確かです。ジョンソン氏が啖呵を切って強硬離脱の正当性を訴えても世界の状況は追い風とはいえません。

 ジョンソン氏を応援するトランプ氏の立場は大きく異なります。なぜなら、アメリカは世界の既存のシステムを変更する圧倒的パワーを備えているからです。元来、日米の経済攻勢に一国では勝てないということで発足した欧州連合(EU)から出たとして、英国は一国で戦える実力があるのかということです。

 強みの金融サービスだけでは、アメリカのように立ち回るのは難しいでしょう。それに最大の頼みの綱ともいえるアメリカに接近することは、英国人の大半が嫌い、軽蔑しているトランプ氏に近寄ることになり、ジョンソン氏は国民の反感を買う可能性もあります。

 この3年、世界のニュースの中で最も理解不能ですっきりしないといわれるブレグジットの行方は、確かに指導者の交代で新たなページはめくられましたが、政治家は自らを支える基盤なしには動けません。今回組閣で離脱強硬派で足元を固めましたが、ジョンソン氏の親族の大半は離脱反対派だといいます。

 英国は大統領制ではないので、議会の意向が意思決定を大きく左右します。トランプ氏のような強気発言するジョンソン氏ですが、彼のいう通りに国が動くとは限りません。その意味で誰もが納得できる秘策があること願うのは、何も英国人だけではないでしょう。

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 欧米の職場では上司が部下を評価するのが一般的なため、上司に自分のスキルをアピールすることに集中する傾向があります。とはいっても日本的に上司にごまをするとか、上司の好きな食べ物を知っておくなど人間的に気に入ってもらうためことに努力するという話ではまったくありません。

 日本企業で働く欧米人は、日本人が自分の上司のために働く姿に驚くといわれます。たとえば日本人の同僚が「自分の不手際のために上司に迷惑をかけられない」とか「上司を苦労させてはいけない」などという話を聞くと耳を疑うといいます。

 つまり、会社への貢献度が部下の評価基準であり、実績が全ての成果主義が基本なので上司は人間的に嫌いな部下でも評価せざるを得ないということになります。その基準はアメリカでは公平さが重視されるわけですが、人間ですから、いつも公正で正しい評価ができるとは限りません。

 会社は常に有能な人材の発掘に注力していますが、有能の中身は職種によってさまざまな査定基準があります。たとえば、営業なら人脈の広さ、どんな人的ネットワークを持っているかが重要ですが、それを客観的に知るツールはなく、上司は「あの部下は顔が広いようだ」というだけで、正確にどんな層にどの程度のネットワークを持っているかを客観的に知ることは難しいとされてきました。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、人事管理・財務ソフトウエアを開発するワークデイという会社が開発したソフトを紹介しています。それは「従業員が何らかのプロジェクトに手を貸したり、厄介な問題を乗り越えるのを手伝ったりした同僚に感謝を伝える」ためのフィードバック・ツールだといいます。

 知識ブローカーと呼ばれるツールは「陰の実力者であり、他のメンバーが指示や洞察を求める人物の存在を突き止めることや、買収された企業の従業員がいかに組織に同化すればよいかを知る手立てとして利用できる」と説明しています。

 あるプロジェクトを行った時に、誰とコンタクトをとり、誰からアドバイスを受け、誰と協業したかなどを突き止めるもので、彼らの対応の迅速さ、貢献度などを知ることもできるというものです。つまり、組織ネットワーク分析といわれるツールです。一人の人間が持つ社内人脈だけでなく、社外の人脈も含めて、その人物の持つネットワークを突き止めることができるというわけです。

 業務が複雑化する中、ネットワークは重要さを増しています。このツールで、たとえば営業職で男性は社内の人脈や上役人脈が多いのに対して、女性は社外人脈、同僚以下の人脈が非常に多いという違いが顕著になっています。ダイバーシティ効果を数値化できるということかもしれません。

 人間は通常、自分が育てられたように子供を育てるといわれます。職場でも有能な部下、将来、管理職になる人材の発掘は、上司の狭い経験や見識に左右されることが多いのが実情です。たとえば日本では調整型リーダー、忖度できる人間が管理職として用いられてきたため、上司は自分と同じ傾向の人間にポテンシャルがあると思いがちです。

 ところがビジネス環境が激変する現代、特にグローバル化が進むことで、はっきり自己主張する人間、調整型ではなく、明確なビジョンや目標を打ち出し、自ら手本を示しながら、チームを引っ張っていくリーダーの必要性が増しています。しかし、会社の文化を守るために旧態依然とした人選にこだわるケースは少なくありません。

 新しい組織ネットワーク分析は、これまで管理職候補としてリストの上位にはいなかった従業員が登場したりします。上司という人間だけに頼らない人材発掘が可能になることで行き詰まった組織に風穴を開けることにも繋がる可能性があります。

 人事評価が見えにくい多文化環境の職場では、なおさら客観的で誰もが納得できる公平な評価が求められ、それを一人の上司に委ねるのは限界があります。無論、このようなツールは補助的に使われるところから始まっているわけですが、将来は進化し組織の目的に適った人材の発掘ツールになりうると期待されています。

 誰もが自分を正当に評価し、適材適所で働ける職場環境を求めています。評価はモチベーションにも大きな影響を与えます。「なぜ、自分だけ、くだらない仕事しか回ってこないのか」と不満を持つ社員は少なくないはずです。それが上司とのトラブルになり、ひいては転職に繋がったりします。

 日本は特に会社別に独自の企業文化があり、それに社員を染めていくことに注力してきました。中途採用を敬遠してきたのも、新卒社員のように真っ白ではないからでした。しかし、それでは今の時代に必要な多様な人材を確保するのは困難です。企業文化へのこだわりは、過去の成功体験から来ているものですが、今の時代に必要な多様な人材の供給を派遣に頼るのは限界があります。

 会社や組織がパフォーマンスを発揮するための人材確保に、さまざまなツールを使える時代が来ているのは興味深いことです。特に隠れた人材発掘ができることは会社にとっても従業員にとっても希望のある話です。無論、アメリカにはなく日本ではすでに実施されている人事評価もありますが、多面的で客観性を持つ評価は有用だと思います。

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 日本がバブル経済に沸いた1980年代後半、多くの識者が日本は技術大国であると同時に商人国家だと定義付け、論を展開しました。丁度、同じ頃、評論家たちは「経済一流、政治・外交三流」という言葉を頻繁に使っていました。ところが中国の経済的台頭で商人国家とか経済一流という言葉は影を潜めました。

 私も1990年代、フランスのビジネススクールで教鞭をとり始めた頃、世界第2位の経済大国日本を紹介する際、技術大国、商人国家的説明をしていました。当時、初代国連大使だった故加瀬俊一さんに鎌倉のご自宅で話を伺った時「日本は技術大国といわれるが、その多くは韓国や中国でもできるものばかりだ。今後はいかに日本にしかできないものを作り出すかが課題だ」と指摘されていたのを思い出します。

 結果的に日本の技術を吸収した中国、韓国、台湾は、日本のトップメーカーを凌ぐようになり、同時に製品開発では、サムスンの家電製品のように、その国に合ったカスタマイズされた製品を作り、その売り込みも非常にアグレッシブで、商人国家というなら韓国や中国が上手だということが明らかになりました。

 数年前、日本を代表するオーディオ・映像製品を世界に提供し、優れたデジタル技術を持つ某日本企業の幹部と話した時「日本人ができるもので中国人ができないものはありませんから、彼らが日本に取って代わる時代はすぐそこまできています」といっていたのを聞いて、技術大国も店じまいの時がきているのかと落胆させられました。

 さらにネガティブな話は「日本の職人技術にしかできないことがある場合は、その日本人技術者を個人的に雇えばいいという考えも中国や韓国にはあります」という話です。今では経営に行き詰まった日本企業が外国企業の買収され、根こそぎ技術を持っていかれる時代ですし、企業間の共同開発やOEM提供で、製品自体の国籍は失われています。

 つまり、技術大国、商人国家というキーワードは廃れ、残ったのは職人文化だけということです。日産自動車で昨年暮れ、ゴーン会長(当時)が電撃的に逮捕され時、同社の工場に通勤する社員へのインタビューで「われわれはいい車を作るだけです」といっていたのが印象的でした。フランスのルノーの工場従業員の口から絶対に聞かれないコメントです。

 会社がどうなろうと国がどうなろうと、自分は「いい仕事」をし続けるだけと考える日本人は少なくないはずです。そこに最大のプライドを持つのが職人です。第一、人事マネジメントそのものが、徒弟制度、経験主義を基本に置く職人文化そのもので貫かれています。

 まじめで器用な日本人の国民性が生んだ高度な職人文化は、今のところ世界では群を抜いており、誇れることですが、ビジネスチャンスを失えば、職人は活躍の場を失います。つまり、職人といえども、先を見通しながら、イノベーションを繰り返す努力がなければ、行き詰まってしまいます。

 職人は基本的に近視眼的です。自分の目の前にあるもの作りで完成度の高い製品を生み出すことに集中しています。逆にそれ以外のことに意識がいかないことが多いということです。そういう技術者が経営幹部になる例は、特に日本の製造業では多く見られます。

 しかし、目まぐるしく変化する今の時代は、その近視眼は足かせです。ある品質のものを大量生産するのが職人なわけですが、それはすぐにコピーされてしまいます。今はそれより競争力を持つ創造性、斬新さ、オリジナリティが求められ、職人ではなく創造的発想が必要とされています。

 では、この創造的感性を育むには、何が必要かといえば、それは「自由」です。創造的な発想は自由からしか生れないからです。つまり、昔ながらのルールや集団を基本に置く日本文化では、優れた職人仕事を継承することはできても、創造的発想を持つ人間は生れにくいということです。

 今後、人工知能(AI)とビッグデータの活用がビジネスの中で比重を増せば、脳の処理能力の速さや言語処理能力、記憶力は必要性が減っていくかもしれません。職人の域の技術もデータ化され、学習は容易になるでしょうし、そうなれば日本人以外の人たちの参入も増えるでしょう。

 今、能力が高いと思われている人の活躍の場は狭まるかもしれません。それに変わり、常に新しい物を生み出す創造的発想力を持つ人間が用いられる時代に入っているといえます。彼らは戦力になりますが兵隊ではありません。そういう人間を生む「自由」を日本社会が与えられるかは大きな課題といえます。

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 仕事の上でチームが情報共有することの重要性が語られることは多いのに,実際には情報共有されていなかったために問題が発生することも少なくありません。その情報共有の仕方を注意深くみると情報共有ではなく、状況共有だけしていることの方が多いことに気付かされます。

 状況が目まぐるしく変わるグローバル環境の中では、状況変化への迅速な対応が求められ、当然、状況変化に対して認識を共有する重要性は増しています。たとえば中国に生産拠点を置き、そこで作られた製品をアメリカに輸出する企業があったとして、米中貿易摩擦により、その製品に高い関税がかけられるようになれば、迅速に対応する必要があります。

 そんなことが今では毎日のように起きており、今後、ますます想定外の変化が起こりそうです。しかし、状況の変化をどう読み解き、どう対処するかは様々です。つまり、状況共有だけしても、その状況に対して導き出される結論が共有されない限り、チームが同じ認識に立つことはできません。

 ところが、常識への依存度が高い日本では、一つの状況から導き出される結論に極端な個人差がないために、状況認識さえ共有していれば、情報共有している気になってしまうことが多かったといえます。それに多くの社員は会社の状況を把握することが最優先で非常に内向きです。

 日本人だけで働くなら、それでも良かったのですが、同じ状況から導き出される結論が多様になれば、状況共有だけではリスクがあります。それに業務が複雑化すれば、なおさら状況共有だけでは充分ではなくなります。

 日本は会議の頻度の多さと長さで世界的に知られています。理由はさまざまですが、一つはプロセス重視なので、チームで取り組むことの多い業務の中で、他のメンバーが何をどこまで進めているか進捗状況を共有することが重視されていることもあります。欧米ではそれは重視されないため、派遣された日本人は悩みます。

 もう一つの原因は状況共有を重視するために、変化する状況を確認するため、頻繁に会議が必要となるケースです。状況さえ共有すれば結論を共有しなくても仕事は進められるからです。

 情報は事実そのものですが、状況は常に変化します。たとえば変化する状況に対応するため、ある方針を出すとすれば、その方針を共有することが仕事の上では重要です。だから、会議には結論が必要です。ところが環境に対して受け身な日本人は状況に対応することに忙しく、結論や方針も日々変わることも少なくありません。

 柔軟性があるという意味ではいいのですが、結論や方針から結果を出すには時間が掛かります。状況変化に対して頻繁に会議を行う非効率さにも繋がります。そこで重要さを増しているのが情報共有です。とくに決定された方針や目標の共有です。それは頻繁に変えるものではありません。

 そこで重要なのが会議のファシリテーターの手腕です。会議の目的を明確化し、結果を出すためのシナリオを練り、時間配分などの会議スケジュールを立てる入念な準備がファシリテーターには必要です。重要な決定をめざす場合は 参加者への事前のヒアリングも有効です。多文化の場合はナショナルスタッフへ事前に会議の内容を伝え、検討してもらうのも効果的です。

 進行方法(アジェンダ、討議領域)を明確にし、多文化会議では使用言語などのルールを決め、発言の確認、理解の確認も必要です。さらには会議参加者の役割の明確化、時には言葉の習熟度の事前確認も必要です。あくまで会議はプロジェクト参加者全員の目標水準への理解度、合意を得る場だという認識を共有する必要があります。

 それにどんなに組織が巨大でも意志決定者は最後は一人です。会議を成功させることは容易ではありませんが、最小限の時間で最大限の成果をだす会議の生産性を高めることは仕事全体にとって非常に重要です。途上国や独裁国家では指導者が一人でしゃべり、後の参加者はメモをとる光景をよく見かけますが、ある意味では情報共有は容易です。

 なぜなら、彼らにとっての状況や情報は指導者からもたらされるものだからです。無論、民主的ではなく、指導者が誤った場合は助かる道はありません。それに自分の考えや意見が全体に反映されるのは指導者に用いられた人間に限られます。

 今は情報共有ツール、特にデジタル技術を駆使し、情報共有を効率化することも可能です。さらに人間の経験知だけに頼っていたことをAIの活用で飛躍的に意思決定を効率化することも可能な時代です。とはいえ会議を効率化し、最終的により良い結論を出すのは人間であり、リーダーの手腕に掛かっていることは同じです。

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 あらゆる製品を総合商社を通して海外に売りまくった世界に類例を見ない歴史を刻んできた日本。総合商社が花形産業だった時代、優秀な大学の卒業生は役人になるより商社に務める道を選んだものです。彼らは日本企業の先頭を切って海外出張や海外赴任を繰り返し、さまざまな経験を積み重ねてきました。

 輸出型産業構造は大きく変わり、企業自らが出ていって現地生産を行い、今はA国やB国から資材や部品を調達し、C国で組み立てたものをD国で完成させ、その製品を複数の国に売るような形態になり、さらには進出した日本企業も地元の国で愛されるようローカリゼーションが進んでいる時代です。

 そこでよく聞く話は、急激なビジネス環境の変化の中で、過去の経験知は使えなくなっているということです。本当にそうなのでしょうか。

 グローバル人材を必要としたのは、何も最近の話ではなく、実は明治維新の開国以降、長い長い歴史があるわけです。確かに過去に国際的に活躍した人間は、上流階級や高学歴のホワイトカラーに属する限られた人が大半だったのは事実です。

 今は、たとえば私が研修を行う自動車産業の社員の中には、ホワイトカラーだけでなく生産ラインの技術指導で数カ月海外に滞在する人も含まれています。彼らは非常に優秀ですが多くは高卒で過去にはグローバル人材育成の対象にはなっていなかった人たちです。

 大量に日本人が送り込まれ、進出した国の現地法人や支社の上層部を形成した時代も、今では過去のもので現地の社長を立て、ナショナルスタッフの上司のもとで日本人が働くケースも急増しています。
そこに今度はネット時代が到来し、劇的にコミュニケーション形態が改善され、デジタル化が進み、ビジネス環境は大きく変わろうとしています。

 デジタル技術の知識を持たない経営幹部は、早く逃げきって引退したいと考える人も少なくないでしょう。実際、最新の技術導入による新ビジネスに挑戦する企業は多い中、その中身を充分に把握できていない経営幹部によって意思決定がされていたために大失敗する企業も散見されます。

 しかし、本当に過去の経験知を活かす場はなくなっっているのかといえば、そんなことはありません。むしろ、今、日本がいま一つ元気がないのは、先人に追随はしても、先人の教訓を今に活かすため本当の意味で学習することをやめてしまったからではないかと私は考えています。

 実は日本人は、経験を普遍化することが苦手です。理由の一つは精神論と方法論を分けられないことです。興味深いのは、海外でトレーニングを受けるトップクラスの日本のアスリートたちが口を揃えていうのは、日本では「頑張れ」「気を抜くな」「集中しろ」「自分に負けるな」などの精神論がトレーナーの口から発せられるのに対して、欧米のトレーナーは科学的、合理的、効率的で具体的指導が中心だとういうことです。

 もともとキリスト教のような普遍志向のない日本人は、国籍に関係なく誰にでも適応できるマニュアルを作ることが苦手です。また、いいものがあっても普遍化できないためにグローバル展開できていないケースも非常に多いのが実情です。

 逆に普遍志向の強いアメリカは、アメリカ人にしか当てはまらないようなことまで普遍的で有効だと他の国にも押しつけ、独善的に見えることもあります。欧米のビジネススクールがやっている多くは企業の成功、失敗体験をデータ化し、そこから普遍的法則を見つけ出しマニュアル化することです。

 日本も長い長い海外経験を積んできましたが、それを普遍化できていないので、逆に欧米の研究者が成功した日本企業や経営者を研究し、多くの論文を出しています。日本ではカリスマ経営者の本は多くても精神論が非常に高い比重を占め、あとは技術論で、なかなか個性の違う人間に活用できません。

 私個人は、商社やメーカーなどに蓄積されたグローバル経験知は大きな財産だと思います。そのデータは会社の人事部あたりに埃をかぶって眠っているのだと思います。今はAIの時代なので、膨大な蓄積されたデータをAIに学習させることで適切な戦略を立てることができる時代です。

 特にグローバル人材育成において個人個人にパーソナライズされた学習プランや仕事の機会を提供する上で、AIを活用し社内に蓄積されたデータに基づいたアドバイスやフィードバック、人材育成の方針を決定すれば、人事部の個人の勘や経験に頼る限界は超えられるはずです。

 AIは、これまで構造化が困難だった性格の経験知などのデータを自然言語処理して有益な「データ」として活かすことが可能です。無論、それが全てではないにしろ、単に同じ国に赴任した経験のある先輩に経験談を聞くレベルではなく、社員は会社に蓄積された貴重な財産を受け取り、活かすことは、会社に有益なだけでなく、個人のキャリアアップにも繋がるわけです。

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 長年、グローバルビジネスのコンサルや人材育成に関わってきた人間として、国の壁を超えることは容易でないことを痛感させられます。ようやく相手を理解できたかなと思うと、新たな疑問が出てきて迷路に迷い込むことも少なくありません。

 異文化理解には「同じ人間なのだから」という視点や「固定観念を持たない」ことの重要性が強調されます。たとえば個人主義か集団主義かという違いが強調され過ぎると、相手に対する歩み寄りは不可能になり、ネガティブな感情がはびこることが多いので「アメリカ人は日本人に比べ、個人主義的傾向が強い」と傾向を表す程度に止め、決定的違いと思わないことが重要だというわけです。

 日本のような常識の共有度が高いハイコンテクストの国では、国民の常識のギャップは大きくなく、ちょっとした違和感を感じる人間に対しても嫌悪感や拒否反応を持つケースもあります。いじめの心理には村社会が共有する常識や感覚に合わない人間を排除する心理が指摘されており、子供社会だけでなく大人社会でも起きています。

 会社の中でも、いじめは存在し、過疎化に苦しむ村が人口を増やすために格安で提供する住宅をあてにして移住したら、村八分に遭って脱出した例もあるほどです。長年続いた新卒採用しか雇わない慣習は、会社の色に染めるためといわれ、会社が持つ企業文化を共有し、会社への忠誠心を養うために導入された慣習で、転職を難しくしてきました。

 つまり、ダイバーシティが奨励される世の中ですが、実際には違いの許容は簡単ではなく、まして日本文化と違う異文化は、会社ごとに文化が違い、相いれないものがある日本では外国人材の受入れでは課題は非常に多いといえます。

 マネジメント方法でも、たとえば欧米諸国だけでなく、中国でもプロセスよりも結果が重視されます。するとグローバルマネジメント研修などで、海外に出たらプロセス重視よりも結果重視に意識を切り換えろという講師も少なくありません。

 リーダーシップやマネジメント方法は、その国の文化が生み出すものなので、違いがあるのは当然です。バルブ崩壊後にアメリカ式マネジメント手法が急速に流れ込んできた日本ですが、たとえば終身雇用を続けながら極端な成果主義を導入した結果、職場の同僚が全員競争相手になり、解雇のリスクも出てきて、チームワークを大切にしてきた日本の職場の人間関係が崩れたという例もありました。

 アメリカのビジネススクールで学んだ人間が幅を利かせ、コンサルで効率性や成果主義の導入を進めた結果、社員の愛社精神は失われ、保身に走り、モチベーションも下がったなどという報告もあったりしました。

 逆に、その反動から独自の伝統的な日本的経営にこだわり、今の若者の心には届かない精神論を強調することに邁進する企業もあったりして、今も混乱状態は続いています。

 私は世界的評価を受ける日本文化はしっかり維持すべきだという考えです。マルコポーロやフランシスコ・ザビエルが評価したモラルの高さは、絶対に失ってはならない貴重なものです。多くの国では貧しい人が物を盗むことや嘘をつくことは、当り前になっていますが、日本人はそうではありませんでした。

 優れた職人文化が生んだプロセス重視が高品質の製品を産み、世界的評価に繋がり、事実、クルマ作りの生産システムは世界の自動車メーカーに影響を与えました。問題なのはプロセスを重視するあまり、手段が目的化し、結果にコミットできないデメリットがあったことです。これに気付かされたのが倒産の危機に追い込まれた日産自動車でした。

 つまり、様々な文化が生み出した優れたものは、一方でその国の人々に支えられて機能してきたもので、欠陥があることには気づきにくいということです。だから、個人主義対集団主義とか、結果重視対プロセス重視というように対立軸で考えることは間違っているわけです。

 有効なグローバルマネジメント方法を生み出すには、それらを対立するものとして捉えるのではなく、いい部分をいかに融合させるかということです。それをいつもゼロベースで考え続けることが重要です。シナジー効果は対立が生み出すものではなく、融合がもたらすものです。

 それは簡単なことではありませんが、前人未踏の未知の世界に踏み出す醍醐味がある話であり、優れた伝統は進化を続けるものです。それは人間そのものの進化にも繋がると私は思っています。

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 イラク戦争の時、フランスにいて驚いたことは、当時のシラク大統領が何度も戦争に参加しない意思表明を繰り返したことでした。当時、大量破壊兵器をイラクが所持していることを理由にイラクに軍事侵攻しようとしていたアメリカを中心とした主要国にフランスは最後まで加わりませんでした。

 結果、国連安保理の常任理事国でもあるフランスの反対で、国連軍としてイラク攻撃はできなくなり、米英を中心とした有志連合を組んで攻撃しました。そのフランスの判断が正しかったかどうかは別にして、何に感心したかというと、シラク氏がほぼ毎日不参加の理由を述べ続けたことでした。

 その理由は、大量破壊兵器を国連査察団の査察によっても証拠を発見できなかったことで攻撃の正当性はないというものでした。無論、背後にはフランスがイラクに持つ利権があったわけですが、重要なことは、原則論だけてはなく理路整然とした客観的説明を国際社会に対して繰り返し示し続けたことでした。

 今、日韓の間でもめている徴用工問題や従軍慰安婦の問題、輸出規制厳格化について、アメリカのトランプ大統領が仲裁の意思を示しているようですが、問題なのは日本が韓国を知っているようにはアメリカは知っていないということです。

 日本は明らかに国際法や国際常識に則って行動しているわけですが、それを無視する韓国に対して、ただ突き放してきた感があります。つまり、日本が信じる常識こそ韓国も従うべきという思い込みがあるということです。韓国が日韓基本条約を破るような発言や行動をした場合「その問題は解決済」と突き放す態度は、けっして得策とはいえないということです。

 アジアの多くの国は西洋諸国と異なり、法を絶対視し、遵守する考えは乏しく、状況に応じて法は変えられると考えている国は韓国だけではありません。国際条約を守るのは当り前という考えは非常に薄い。ロシア、イラン、中国のような国々は、表面的には条約や国際法を守っているように見せかけて、実は裏で最新鋭の核兵器を開発してみたり、人権を著しく侵害したりしています。

 政治的、経済的不安定な大陸や半島に暮らす人々は、決まりを守っていただけでは生きのびることができなかった経験から、どんな約束事も絶対視せず、都合によって無視もすれば勝手に変更することを生きる知恵と思っているほどです。

 日本人は決まりは守るのが当り前と考え、そのまじめさで信頼感を勝ち取り先進国入りしたわけですが、そんな国は多いとはいえません。それに日本以外の西洋先進国は第2次世界大戦の戦勝国で今も軍事力もあるので、強気発言も通用しますが、日本はそうでないため、同じような態度をとると、特にアジアでは強い反発にあいます。

 原則論だけでは通じないのが国際社会です。グローバルビジネスでも原則だけを振りかざして成功するリーダーはいません。相手が同じベースに立っていないことを理解し、まずは人間関係を構築しながら、相手に伝わるまで丁寧な説明を忍耐強く繰り返すことができた人だけが成功しています。

 実は植民地時代の方がオペレーションは楽でした。なぜなら支配する側の強権に支配される側は従うしかなかったからです。満州や朝鮮半島に残る植民地時代に日本が建てた公共建造物は完成度が非常に高い。その理由は現地の人たちを完全服従させて仕事をさせたからです。

 しかし、そんな時代は終わりました。だから、ODAで極端に納期が遅れ、思うように現地の人々を動かせず日本は苦労しているわけです。日本の現在の対応をみていると、基本になる人間関係なしに日本は、日本の常識、原則論を充分な説明もなく冷たく繰り返し、突き放しているように見えます。

 多分、輸出規制問題では、韓国から第3国への不正輸出の件数が多いことの説明を何度も韓国側に求めたのに回答がなかった結果の通告だったのでしょうが、それより優遇措置をとったり、ホワイト国に指定した判断そのものが間違いだったのではないでしょうか。それも北朝鮮問題で韓国との関係を重視するあまり、優遇したのでしょうが、経済協力だけでは彼らの心は変えられないのだと思います。

 金や技術で問題解決しようとしてきた日本の政策は結果的に韓国を甘やかしただけで、実際、韓国人の心を掴むことはできていません。つまり、残念なことは、独立後の韓国に対して性善説だけで、しかも反日教育を放置したまま莫大な支援を行ったことは、原則論を振りかざす以前のベースとなる人間関係構築の役に立っていないということです。

 常識への依存度の高いハイコンテクストの日本は、自分の常識は相手に分かってもらえるという甘い期待感がありますが、それは異なったコンテクストの国には通じません。だからこそ、日頃から人間的関係を築くことを努力し、分かりやすい説明を何度でも繰り返す必要があるわけです。

 韓国も日本同様ハイコンテクストの国ですが、寄って立つコンテクストは日本とは大きく異なります。だから日本が信じる原則論は通じないはずです。

 心配なのは、仲裁の意思を示すトランプ大統領が、韓国に対する日本の正当性を理解してくれていると期待することです。そんなことはないという前提のもとで、充分過ぎる説明をトランプ政権にすることが重要です。それはメディアを通じても同じです。量的には韓国の方がそれをしているように見えます。

 日米関係にはしっかりとしたベースがあるとしても、分かってくれているはずという女性的考えは棄てることです。韓国側は反日世論を長い年月をかけて形成しているし、事態を動かす国民感情という武器もあります。アメリカか韓国に味方しないと北朝鮮問題が悪化するという脅しもしてくるでしょう。

 原則論や国際法だけでは戦えそうにありません。アメリカ有力紙の社説等では、日本のメディアは原則を守らない韓国に対して、単に感情的違和感を報道してしているようにしか見えません。もっと客観性のある説明を国際社会に向かって発信すべきです。

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 現在、世界経済の不透明感を高めている要因の一つが英国の欧州連合(EU)離脱問題です。特に合意なき離脱になった場合の混乱は英国とEUだけでなく世界に悪影響を与えそうです。英議会下院は18日、合意なき離脱の強行阻止に向けた提案を賛成多数で可決し、多くの議員が強硬離脱は英国の利益にならないとの認識を示しました。

 次期首相選出が秒読みに入った英国ですが、離脱強硬派のジョンソン前外相が選ばれる可能性は極めて高いと見られています。どこかでトランプ氏と似ているといわれるジョンソン氏こそ、2016年に国民投票で離脱のシナリオを練り上げた人物です。

 英国のトランプといわれる大胆な発言や行動で知られ、最近では強硬離脱を支持するトランプ氏が、ジョンソン氏を支持していることにまんざらでもない態度です。

 EU側からみれば、変えるつもりのないメイ首相と決めた離脱合意案に対して、ジョンソン氏が何をいってくるのか戦々恐々としているところですが、EUは新体制が始まる11月1日以前に明確な方向性を示してほしいところです。英国、EU双方の指導部が一新されることで新たな道が開かれるかもしれないという期待感は、今のところ大きいともいえません。

 しかし、仮にジョンソン氏が首相になっても、彼の立ち位置には微妙なものがあります。ジョンソン氏はアメリカ大統領選でトランプ氏が選ばれる以前はトランプ氏を「無知な男」と蔑む発言をしていて、ロンドン市長時代はトランプ氏がロンドンに足を踏み入れることを警告するほど嫌っていました。

 ところが2016年、国民投票後に発足したメイ政権で外相に就任して2年間、トランプ大統領が欧州各国に対し北大西洋条約機構(NATO)への防衛費増額を求めたのに、仏独など多くの欧州諸国が反発する中、真っ先に米国の立場に理解を示したのはジョンソン氏でした。

 ロンドン市長時代のトランプ軽蔑発言から一転したわけですが、政治家の変節発言は日常茶飯事です。トランプ氏がワシントンの政治エリートの悪習を一掃するといって当選したことと、ブリュッセルへの権力集中を批判してEU離脱を牽引したジョンソン氏は、共に反エスタブリッシュメント(既得権層)という点で共通項があるのでしょう。

 トランプ大統領就任以降、ジョンソン氏はトランプ氏に急接近し、イラン核合意での意見の隔たりを別にすれば、ブレグジットを巡り、トランプ氏とジョンソン氏の立場は共鳴しているといえます。特にトランプ氏が「メイ首相よりジョンソン氏の方が離脱を確実にできる」と発言していることは、心強い見方を得たことになります。

 つまり、EU離脱がもたらすダメージをアメリカとの緊密な経済関係で補えるという大きなメリットがあるからです。あれだけ嫌ったトランプ氏を今年6月に国賓として英国が迎えた理由は、ブレグジットを念頭にアメリカとの特別な関係を無視できないからです。

 トランプ氏訪英を前に、ガーディアン紙は社説で「あってはならないことを、首相としての最後の行動に選んだ。政治的な判断力の稚拙さや頑固さは、3年に及んだ首相の在任期間を通じた特徴だが、トランプ訪英中の3日間に展開される光景は最後の醜態を演出するものになるだろう」と書きました。

 つまり、アメリカとの関係は最重要である一方、英国メディアのトランプ嫌いは相当なものです。無論、それが英国世論を代表したものともいえません。私の英国人の知人たちの中にはトランプ支持者は少なくありませんが、メディアの影響も小さくはありません。

 アメリカとの関係はブレグジット後に頼みの綱として重要ですが、トランプ氏は大嫌いという英国世論を背景とするジョンソン氏の立ち位置は微妙です。トランプ氏との関係が良好になればなるほど、英国民はジョンソン氏に不快感を覚えるという構図です。

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 懸念されていた欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会の次期委員長が決定し、今年11月からEUは新体制で出発することになりました。仏ストラスブールにある欧州議会は16日の本会議で、今月10月で任期を終えるユンケル欧州委員長の後任に、ドイツのウルズラ・フォンデアライエン国防相(60)を充てる人事案を賛成多数で承認しました。

 今月初めの欧州首脳会議で選出された欧州中央銀行(ECB)の次期総裁、国際通貨基金(IMF)のララガルド現専務理事と並び、EU主要ポストの2つを女性が占めることになり、いずれも初の女性人事となりました。

 今回の議会承認は、結果として議会(定数751)の1部欠員を除いた過半数の374票が必要でしたが、賛成は383とかろうじて過半数を獲得し、最低安定ランとされる400に届かなかったため、その船出は順風万風とはいえない状況です。

 フォンデアライエン氏自身が所属する議会最大の中道右派会派や、中道リベラル会派の支持のほか、支持の賛否が分かれていた中道左派会派、さらにはEU懐疑派の一部も賛成した模様ですが、中身は明らかにされていません。

 実は、フォンデアライエン氏承認が見通せない中、投票24時間前の15日、同氏は独国防相を退任することを表明し退路を絶つことを表明しました。さらに仮に承認されない場合でも、欧州委員になることへの意欲を示し、欧州への貢献に強い意思を示しました。

 しかし、表面的な報道とは別にEUトップ人事は、あくまでも欧州議会選の結果を反映することが求められており、特に近年の民主主義の原則重視のEU改革により議会権限が強化されているため、欧州議会の発言権が高まっています。つまり、欧州議会選の結果生じた勢力地図の変化が、委員長人事の難航に繋がったということです。

 欧州議会選で多数派となった最大会派から委員長候補を選ぶ慣例は、今月初めの欧州首脳会議で難航し、最初の候補は頓挫し、どの会派の候補にも挙がっていなかったフォンデアライエン氏を議会提案として選任しました。議会内には、そもそも首脳の話し合いプロセスがガラス張りでないことへの不満もあり、特に第2会派の社会民主進歩同盟内で意見が分かれたことも影響しました。

 社会民主進歩同盟は、フォンデアライエン氏を支持すれば、彼らの政治信条に共感する支持者を裏切ることになり、反対すれば議会承認ができず、EU新体制移行に混乱を招いたと非難されるジレンマの中にありました。彼らの会派からは欧州議長職にイタリアのサッソリ氏が選ばれており、最終的に会派は分裂したまま投票に望んだと想われます。

 ともあれ、EU主要機関の次期トップの人選では、欧州委員会委員長にフォンデアライエン氏、ECB総裁にラガルド氏、EU大統領に相当するEU首脳会議常任議長にベルギーのシャルル・ミシェル首相、外相に相当する外交安全保障上級代表にはスペインのジョセップ・ボレル外相が選らばれ、新体制が船出することになります。

 EUの課題は多く、就任時に英国の離脱が確定しているかは不明でしが、すでに首脳の中には、合意なき離脱を回避するため、さらなる離脱延期を容認する意見も出ています。英国が合意なき離脱を強行した場合は、その混乱への対処に追われるのは確実です。

 対外的には関税問題でアメリカとの通商協議がある一方、トランプ政権の欧州軽視は続きそうです。イランの核合意のための関係国の仏独を初めEUの結束が求められており、10月までに解決が困難な場合、新体制が課題を引き継ぐことになります。拡大する中国の経済進出への対応も難しい問題です。

 内政では、勢力を伸ばしたEU懐疑派や環境政党、さらには旧中・東欧諸国の主張にも耳を傾ける必要があります。英国の離脱で露呈している官僚体質の欧州委員会の改革も重要課題です。移民・難民問題や、財政安定化基準に違反するユーロ圏の国の財政指導も課題で、ドイツが主張してきた厳しい緊縮財政も再検討が必要な次期に差し掛かっています。

 リーマンショックやギリシャの財政危機、大量の移民・難民の流入で幾多の困難を乗り越えてきたEUは、トランプ米政権の登場で、対米貿易、北大西洋条約機構(NATO)の役割の見直しを迫られ、国際環境の大きな変化の中で存在感を示していかなければなりません。英国離脱後のEUがどうなるのか誰にも分かりません。

 今回の委員長人事でドイツ出身者がなるのは、EUの前身の欧州経済共同体(EEC)初代委員長のハルシュタイン氏(1958〜67年)以来2人目です。医師資格を持ち、7人の子供のいるフォンデアライエン氏は政治家として欧州指導者の間では評価が高く、2013年にドイツ初の女性国防相になった人物です。

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 中国国家統計局が15日発表した4-6月期の国内総生産(GDP)は、前年同期比6.2%増と今年1-3月期および2018年10-12月期の6.4%増から減速したことが明らかになりました。中国指導部が期待していた個人消費も伸び悩み、専門家の間では、当局が企業の設備投資と個人消費の拡大に向けて、一段の金融緩和を打ち出すとの見方が強まっています。

 成長鈍化の原因は、米中貿易摩擦の影響が大きいとされていますが、中国地元メディアは、相変わらず、「堅調な成長を続けている」と高らかに報道し、外国企業の誘致件数の伸びを含め、政府が打ち出した景気刺激策が功を奏していると自画自賛のフェイク報道を繰り返しています。

 実際には米中貿易摩擦の長期化による不透明感が拡大しており、外国メーカーを中心に関税懸念から中国の生産拠点をベトナムやインドネシア、タイなどに移転させる動きが出ており「人員削減や需要減退への懸念が高まっている」(米ウォールストリートジャーナル=WSJ)など世界の主要経済紙が指摘しています。

 つまり、中国メディアが強調する外国からの進出企業数増加の裏では、リスク回避のために逃げていく企業の動きは、中国国内では封印されているということです。

 WSJは「景気刺激への取り組みを難しくするのは負債だ。15日の国際金融協会(IIF)の発表によれば、中国の1-3月期の負債総額は40兆ドル超と、GDPの304%に上った。同国の負債比率は昨年末時点の298%から上昇し、新興国の中でも顕著な伸びを示している」と指摘しています。

 そんな指摘をみると、私はギリシャの財政危機を思い出します。無論、中国経済はあまりにも多くの世界の企業が関わっていることや中国が世界経済に及ぼす影響が大きいために、先進国を初め、国際機関も注意深く中国経済を見守っており、ギリシャとは比べ物にはなりません。

 しかし、共通点は政府が国民と世界に対して、政権維持のために嘘をつき、欺いていることです。ギリシャは膨れ上がる財政赤字を政府が隠していたことが発覚したことでユーロ圏を震撼させました。小さな国の嘘はユーロへの深刻な信用不安をもたらし、欧州連合(EU)内では、ギリシャの切り捨て論まで出てきました。

 政府の大きな嘘は、実際にユーロ危機により世界経済に少なからず悪影響を与えました。それも2008年のリーマンショックの後だっただけに、EUはギリシャ救済に必死でしたが、肝心のギリシャはEUが要求する緊縮財政に猛反発し、抗議デモが繰り返され、結果的に世界に誇れる観光資源であるエーゲ海の島々を中国に売り払うまで落ちぶれました。

 ギリシャ危機は民主主義の国で起きた政府の嘘でしたが、共産党一党独裁の中国では、政権維持のために国民や世界を政府が欺くことは容易です。外国投資や世界経済との連携が国の経済成長に不可欠として自由貿易を利用し経済成長を続けてきた背景から、ある程度は情報開示してきた面はありますが、海外からの実態把握には限界があります。

 ここまで巨大化した中国経済の世界に与える影響は計り知れず、上げ底文化を持つ中国が国民や世界を欺き続き続けるリスクは計り知れないものがあります。企業でも、過去には経営破綻した日本の4大証券の一つだった山一證券が損失隠しによる不正会計で社員と社会を欺いていたことが発覚し、廃業に追い込まれています。

 中国市場が14億の人口を背景に魅力ある市場に成長したとはいえ、現状では中国で生産した製品をアメリカに輸出する企業は多く、貿易摩擦の長期化は中国で生産活動する企業にとっては、投資拡大を鈍らせる要因になっていることは間違いありません。

 日本では「嘘は泥棒の始まり」といいますが、嘘は方便と考える国が多いのが実情です。本当のことをいえば、命に関わるほど厳しい現実の中では、嘘は生き延びていくためには必要悪と考える中国人や韓国人は少なくありません。しかし、公権力の嘘は多くの人を不幸に陥れるものです。

 WSJによれば「向こう12カ月間に企業活動が拡大すると予想した人は、約7000人の調査回答者のうち1割に満たなかった」としています。世界のリベラルメディアは、世界経済に深刻なダメージを与える中国経済の減速は、トランプ政権の対中強硬政策にあるものと批判していますが、政府とメディアの嘘が引き起こすリスクの方が遥に大きいと私は見ています。

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