安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが体験を踏まえ現在の世界を読み解きグローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

Populism1のコピー

 日本は今、世界の中で最もポピュリズムから遠い国と見られています。何に対しても冷静沈着で感情に走らず、過去に何度も政府が「国民の痛みを伴う改革」を断行しても、反発はいつも他の国より「限定的でした。企業内労働組合の制度の日本は、フランスのように経営者を会社に監禁したり、一カ月以上のストを決行したりせず、経営者側との話し合いで解決してきました。

 20年前、日産自動車が2万人を超える大規模人員削減を発表した時も、海外で想像されたような労組の抵抗はありませんでした。抵抗しすぎで会社を潰してしまうのは元も子もないとか、財政赤字を考えれば消費税を上げるのも、国営企業を民営化するのも仕方がないと、納得してしまうのです。

 相手の事情を思い計り、全体として有益な結果を出せれば、一部の組織や個人が不利益を被り、犠牲者が出ても仕方がないという世界に類を見ない物分かりの良さです。ま逆のフランスは、相手の事情は重視せず、自分の利益を優先するので、結果として不利益を被る者は、抗議の声を挙げなければ、泣き寝入りになるという考えが強いために激しく抗議するわけです。

 話し合いによる解決が理想なことは誰もが知っていても、トップに立つ者がいいと判断すれば、あとは従うか抵抗するかの選択肢しかありません。日系企業も労務問題で世界中で労組に悩まされていますが、この10年は労組を国が管理しているはずの中国でも、従業員の強い抗議運動に遭遇しています。

 香港の抗議運動はエスカレートするばかりで、香港経済界の影響を懸念し始めています。一国二制度の堅持を要求するデモ隊の抵抗は終わりが見えず、習近平政権最大の試練となっています。英国の長い統治で言論の自由や個人の権利の保障に慣れた香港市民は、独裁国家に命を懸けて抵抗している様相です。

 東洋には長い歴史の中に西洋のような自由や人権思想、民主主義、公共という考え方はなく、家族を単位とし、統治者に対しても服従することが求められてきました。日本でも未だに部下は上司に、役人は政治権力者に忖度し、下が上を盛り立てていく習慣は根強く残っています。

 言論の自由が保障され、意見が対立するのは当り前で、議論しながらその対立点を明確化し、そこから合意点を探ることこそいい結果を生むという欧米的意思決定の考え方は、日本には馴染んでいません。反対意見を堂々と述べるのは、空気を読めない人間と見なされたりします。

 たとえば日産自動車で昨年暮れにゴーン前会社長が逮捕されて以来、一般社員の多くは「いい車を今後も作り続けるだけです」と立場をわきまえた良識的見解を述べていますが、内心は会社と自分の行く末を心配しない社員はいないでしょう。その本音は押さえ込んで下僕のように働く日本人は多いと思います。

 しかし、本音を吐露しやすいSNSの登場で、事態は大きく変わりつつあります。最近の日韓関係の悪化について、ネット上では嫌韓感情が渦巻いています。日本が輸出規制を強化したことは正統であり、70年以上経っている従軍慰安婦や徴用工の問題を蒸し返し、まったく正当性のない反日言動を繰り返す文在寅政権に日本の世論は相当苛立っています。

 特に輸出規制で表面化した日本政府の半世紀以上に渡る韓国への優遇措置が具体的に明るみに出て、国民は呆れています。特に1980年以降に生れた世代は、敗戦とかアジアの反日などの事情に疎く、韓国や中国の日本批判をまったく受け入れがたいものとして怒りを持つ若者も少なくありません。

 何でも忖度し、感情に流されず、冷静さを保つのが正しいとしてきた日本ですが、政治家や役人の説明や対応に苛立つ声がSNS上に渦巻いています。これで若者に人気のあるオピニオンリーダー的人物が仮に「韓国をぶっつぶし、痛い目を見させるべきだ」といえば、一強に若者の世論はその方向に傾く可能性も出てきています。

 もともと理性的な専門家たちは、冷静な対応を呼び掛け、韓国との関係改善を優先すべきと主張する専門家の声が多いわけですが、彼らは専門家は、もともと事態を根底から変える資質を持つ人間ではありません。解説はできても政治力はないので、彼らの意見を聞いてもすっきりしません。

 日本は感情で行動することを野蛮としてきたために、ポピュリズムは拡がりにくいと見られていますが、SNSの存在が大きくなった今、政治家や組織のトップ、役人、専門家への不信感も拡がっています。誰もが何かに気を使いながら発言し、奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い発言をしているのに苛立つ一般市民は少なくないでしょう。

 国民感情を捉え、物事を動かそうとするポピュリズムの風が日本にも吹き始めています。それは国民の我慢が限界に達した時に一挙に吹き荒れるもので、日本の場合は我慢に我慢を重ねた結果、限界に達し、ヒステリックな行動に出るというパターンが歴史で証明されています。

 この場合は、超過激な世論が形成される可能性だってあります。それを防ぐためには、指導者は常日頃から一般市民の感情の動きに敏感でなければならず、無視しないことです。共感が重視される時代、上から目線の傲慢で無関心な態度では共感は得られないでしょう。

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problem-solved

 「日本の常識は世界の非常識」などといわれ、日本は不思議な国とか特殊な国といわれたりしますが、一体何が他の国と違うのでしょうか。たとえば、Global-Peace-Index(GPI)2018年のデータが示す世界治安ランキングで日本は常に治安のよい国で上位10位内に入っています。

 GPIでいう世界平和度指数での治安の良さの定義は「犯罪発生率が少ないこと」「政府による統治が機能していること」「市民の感じる治安への不安度が低いこと」などです。2018年は1位アイスランド、2位ノルウェー、3位デンマークと続き、日本は6位で、20位までに人口1億人以上の国は日本だけで、経済大国上位国ではドイツが入っているくらいです。

 増え続ける日本を訪れる外国人観光客の日本に対する評価は「礼儀正しい」「とても親切」「悪い人がいない」などです。実はこれも世界の常識からすれば、非常に珍しいものです。GPI指数で日本の後ろにいる7位のスイスは、アルプスの素晴らしい観光資源を持つ国ですが、たとえばスリや電車内の網棚の荷物を盗む犯罪は日本の比ではありません。

 ルーマニアなどから犯罪組織が送り込んだ少年少女らがスリを行い、自転車泥棒も多いことで知られています。観光において犯罪ほど不快感を与えるものはありません。日本では東京の山手線だけで毎日、忘れ物のスマホを見つけた人が警察の駐在所などに端末を持ってきてくる件数が300件以上を超えるそうです。

 GPI指数の高いデンマークやスウェーデンでも、レストランでスマホをテーブルの上に置きっぱなしにしていると、置き引きされる可能性は極めて高いといえます。世界第3位の治安のいい国デンマークのコペンハーゲンで以前、若者に道を尋ねたら嘘の道を教えられました。親切とか悪い人がいないというのは、実はGPI指数には表れにくい人の良心のレベルのことです。

 犯罪原因のトップに挙げられる貧富の差では、金持ちがわがもの顔に贅沢をひけらかす国では、犯罪は多くなります。

 最近、戦後最悪といわれる日韓関係、戦後初ともいえる韓国に対して下した日本の厳しい態度ですが、実は文在寅政権は、それを逆手にとって経済政策の失敗から国民の目からそらし、反日感情を最大限まで焚きつけ、国民の団結を呼び掛けることで、自らの求心力を取り戻そうとしているように見えます。

 中国も米中貿易戦争は関税戦争から為替戦争に移行していますが、中国は対立を長期化させながら、トランプ政権の再選さえ阻止できれば、危機をチャンスに変えられるとして行動しているという見方も出ています。つまり、韓国も中国も非常に「したたか」というわけです。

 そのしたたかさは当然、彼らの歴史が育んだものです。今年4月、スイス・ジュネーブにあるWTO(世界貿易機関)の上告委員会は、韓国による日本産の食品輸入禁止措置を「不当とは言えない」とする逆転最終判断結果を発表しました。1審で完全勝利していた日本でしたが、どこから見ても客観的正当性を持つ日本が負けた理由は、気の狂ったように行われた韓国のロビー活動だったといわれています。

 生き馬の目を抜くような国際社会においては、正当性は立場によって、どうにでも変わります。そこには絶対的なものなどありません。中国に進出した外国企業が体験する様々な政府からの理不尽な要求も絶対的なものなどなく、昨日まで合法だったものが今日は違法になるなど日常茶飯事です。中国には法はくぐり抜けるためにあるという格言もあるくらいです。

 彼らの頭にあるのは権力と富を得たものだけが、得をするという世界観だけです。極端にいえば正しいか間違っているかとか、良心の呵責などは、生きていく上では役に立たないものという考えです。たとえば韓国に拡がるキリスト教もクリスチャンになれば社会的評価が上がるという動機があり、彼らの伝統的恨の文化に都合の悪い「赦しの精神」は受け入れていません。

 そこで分かることは、日本人が大切にする「嘘は泥棒の始まり」とか「何より誠実さが大切」、「金や権力を過度に欲しがらない」、「慎ましく生きるのがいい」などという人生観は、グローバル社会では通用しそうにもないという現実があるということです。

 そのため、日本とは本質的にギャップのある現実に対応するため、グローバル対応力を磨く必要があり、マインドセットする必要があるということになります。日本の輸出規制に反発した韓国がWTOで日本がいかに非道な国か訴えているのに対して、日本の高官が「まったく愚かだ」とコメントしているようですが、食品輸入規制で逆転勝利した韓国が愚かな行動に出たとは思えません。

 日本人は非常にお人好しでナイーブです。政府高官はその典型といえます。私はこのことについて拙書「下僕の精神構造」の中で、日本人の善良さは一方で素晴らしい誇り高きこととしてを維持すべきと書く一方、相手を知って適切に対応するのは別問題だと書きました。

 つまり、歴史的に証明されている日本人の庶民の善良さは、誇るべきアイデンティティとすべきですが、それがまったく通じない相手には、リスクマネジメントをしっかりする必要があるということです。日本国内でも反社会勢力に脅迫され、金を要求された場合、一旦、金を渡してしまえば延々と金をむしりとられるという話があります。

 金を渡せば相手は満足してくれるだろうという考えは通じないということです。だから、グローバルマインドというのは、一方で自分のアイデンティティや正当性をしっかり持ちながらも、相手によって自分の持つ常識は通じないので対応を変える柔軟性を持つことが必要になるということです。

 それも世界とのギャップが大きい日本人には、特別なマインドセットが必要です。人は世界をあるがままに見ているのではなく、自分のあるがままに世界を見ているといわれますが、日本の常識が通じない現実も知るべきでしょう。

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     フランスのスーパーで売られる寿司

 25年前、パリではバブル景気の時から押し寄せた日本人観光客相手の免税店が立ち並び、日本語で「免税」とか「日本語でどうぞ」などの看板をよく見かけました。寿司屋などの和食レストランからラーメン屋、カレー屋までありましたが、客には在住の日本人や日本人観光客が多かったことを記憶しています。

 それが今は免税店の看板は中国語に変わり、中国人の店員がいて、大手デパートでは爆買いする中国人客専用のフロアと案内する中国人を準備するほどです。もともと中華のレストランは多かったのが、本格的な中華レストランも増えています。

 世界に誇る食文化を持つフランス人の間で、この25年の間に日本食はすっかり定着した感があります。サラリーマンの昼食で和食は定番の一つに加えられ、今では25年前は一つしかなかった日本人が経営するパリの弁当屋が、フランス人が経営する弁当屋もでき、うどん屋も人気を集めています。

 スーパーで寿司が売られるようになって15年以上が経ち、日本酒もゆっくりですが確実に知られるようになりました。最近では、私のフランス人妻も敬遠していた餡子も多少受け入れられるようになりました。25年前、私が振る舞う和食、特に生魚に絶対手をつけなかったフランス人の知人や親戚も、今ではすっかりファンになっており、味噌汁の味にまで敏感になっています。

 25年前、日本の漫画もたとえば「キャプテン翼」などがテレビで放映されており、子供たちは日本の漫画で育った感があります。彼らは宮崎駿アニメで青春を過ごし、今は30代です。私が大学で教えた学生の中には、PCのデスクトップの壁紙をジブリアニメにし、モーニング娘のファンも15年前にはいました。

 しかし、果たして欧米人の間で日本及び、アジアは一般的に知られるようになったのかと聞かれれば、ほど遠いと言わざるを得ません。確かに文化的側面での接近は目を見張るものがあるし、日本に対する評価が過去のいかなる時代よりも高いのは事実です。昨年から今年に掛けての日仏交流160周年の大規模で多数のイベントも大成功でした。

 ただ、40年前に「お金が服を着て歩いている」といわれた日本人に対するイメージが、完全に払拭されたわけではありません。それに日本やアジアの歴史、現在の情勢ともなれば、今でもその知識の量は非常に少ないものです。

 私がフランスの大学で教鞭を執り始めた25年前、たとえば日本、中国、韓国を巡る情勢を知る学生は一人もいませんでした。なぜなら高校までにアジアを学ぶカリキュラムはないからです。最近、その大学に留学してきたアメリカ人の学生に聞いても、今でも高校の授業でアジアについて学ぶカリキュラムは皆無に等しいといっています。

 当然、今の日韓関係についての知識はゼロです。そこにいきなり従軍慰安婦の問題や徴用工の問題が韓国から吹聴されれば、比較するものがないので事実として受け取るしかありません。毎年恒例となったフランスのアングレム国際漫画際で韓国アーティスト集団が表現の自由を逆手にとって「従軍慰安婦」をテーマにした作品を展示しました。

 フランス・メディアの報じ方を見ると、日本人が想像できないほど、韓国の言い分を事実と受け取り、そんな過去があったことで両国は今でも問題を引きずっていると解説しています。こんな時、私の感覚ならば、この漫画際で尊敬を集める日本人漫画家たちが強く抗議するか、不参加を表明すべきと思いますし、日本政府も抗議すべきと思いますが沈黙しています。

 日本は確かに過去のいかなる時代よりも欧米諸国から評価されていますが、実はそれはテクノロジーやビジネス、文化に限られており、歴史や政治については完全に無知な状態です。半世紀に渡り経済的繁栄を続ける日本ですが、今はそこに中国、韓国、台湾が加わっているとはいえ、欧米でのアジアへの注目度は経済以外では非常に低いのが現状です。

 つまり、一般のアメリカ人もフランス人も英国人も、彼らの日本及びアジアに対する知識は非常に限られており、日本人が西洋史を含む世界史を学校で学ぶようには、まったく学んでいないということです。日本は近代化のために欧米を必死に学び、今でも大学教育の大半は西洋的学問アプローチに支配されていますが、その逆はないということです。

 そんな状況の中、エンターテイメントが得意で発信力では何十倍も上回る韓国や中国が、自国の評価を上げるために日本を貶める内容を発信し続けていることを、日本はどこまで深刻に受け止めているのでしょうか。経済的にアジアが元気でも、世界を政治的にコントロールしているのはアメリカ及び欧州大国です。

 彼らは、日本人が期待するほど「誠実さを示せば、日本を正しく理解してくれる」ということはありません。日本が戦後、信頼回復のために多大な国際貢献をしてきたことを知る欧米人は、関係者以外ほとんどいません。つまり、文化的、経済的、技術的発信力だけでは充分とはいえないということです。

 客観性や事実の積み上げで、継続的に忍耐強く欧米人を納得させる情報を流し続ける必要があるということです。批判されて沈黙すれば、非を認めたも同然と見なされるのが国際社会です。黙っていても相手は理解してくれるなどということはありえない話です。

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Concept-Idea-Goals-Stylのコピー

 EQ(emotional intelligence:心の知能指数)が世界的な注目を浴びるようになったのは30年近く前で、IQ(intellect intelligence:知能指数)と並ぶリーダーに必要な資質と見られてきました。そこに今度はDQ(decency intelligence:良識指数)を加えるべきという論者が表れ、注目されています。

 ゼロベースで物事を考え、理論化、体系化することが得意な欧米ならではの話ですが、簡単にいえば、リーダーには一定の高い知能と共感力だけでなく、decency(品格)も必要だということで、なんだ、そんな当り前のことを今さらという人もいるでしょう。

 とはいえ、リーダーの資質の指数化で、アセスメントの見える化がより性格で容易になるのは確かに便利だし、複雑な人間を様々な角度から検証し、トータルな人間力を推し量るのは悪いことではないといえます。

 IQだけの時代は、IQの高さで頭がいいかどうかが計られ、記憶力と処理能力が証明される高学歴者がリーダーに重用されました。そこに今度は人の気持ちを理解し、その場の空気を読み、自分の感情をコントロールするEQという考えが登場し、リーダーに必要な資質を計る物指しが増えたことは歓迎すべきことだったといえます。

 日本ではIQというと、IQテストで高い点数を取ることですが、リーダー論でいわれるIQは、ビジネスのうえでの適性や、複雑化し、変化の激しいグローバルビジネス環境の中で結果を出すためには何が必要かを迅速に理解する能力が含まれています。

 EQは、空気を読むことが重視される日本では「相手の気持ちを推し量る」という、いわゆる忖度文化で「人の心に寄り添う」などという言葉もあるくらいで、高い指数が得られそうですが、実はEQは部下を働かせる道具としても使われ、ビジネススクールで心理学が重視されるのも、EQの有用性を人を操る道具と考える側面があるからです。

 部下のモチベーションをいかに上げるかなどは、その典型ですが、たとえば近年よく使われるようになったマインドセットという言葉は聞こえがいいのですが、一種の洗脳ツールという側面もあります。それとIQには、大学まで体系化された知の明確な基準があるので指数に一定の説得力がありますが、EQの基準は曖昧だという批判は消えていません。

 そこに今度はデューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネスのビル・ボールディング学長が説く、DQが登場し、リーダーの資質に必要なものに加えるべきと提唱しています。これは同学長がビジネスリーダーの講演から学んだことが基本になっています。

 IQとEQが高ければ、人を操ることは容易かもしれませんが、悪用されれば、とんでもないことになります。企業に起きる不祥事の多くは、リーダーのモラルのなさが原因の大半を占めています。ビジネスの世界は法律に引っかかるギリギリのところにまで降りていくこともしばしばあります。会社の存続に関わる場合は、違法と知っていても見て見ぬふりをしてしまうこともあります。

 IQもEQも非常に高い某日本の大企業のトップが、誰もが舌を巻くような結果を出した後に、私腹を肥やすために、IQとEQを総動員して違法行為に手を染め、失脚した例もありました。当然、従業員の士気は下がり、株主は怒り、会社の信頼は著しく傷つきました。

 つまり、IQもEQも諸刃の剣となりうるということです。そこで登場したDQは、コンプライアンスは当然のことですが、日々のビジネス活動が消費者のため社会のためになっているのか、社内においてリーダーが部下の役に立っているのかという良識の重要性を説いているものです。

 リーダーは、何かの決定において、どこかで良識に従ってブレーキを踏む場面があるはずです。そのブレーキは、その人が持つ良心の基準によるものです。たとえば会社への忠誠心が強調されてきた日本では、会社の利益のため手段はえらばないとか、多少、違法なことも行ってしまうということは多々あることです。

 リーダーも部下や社会よりも、自分の上司に意識がいっている場合は、良識は働きにくくなります。激しい競争を強いられるビジネス社会では、良識など呑気なことはいってられないという人もいるでしょう。

 つまり、DQはドロドロしたビジネスの現場に身を置かないビジネススクールの教授たちの絵に描いた理想論という批判もある考えです。しかし、良識を無視して長期的繁栄をした国が歴史上存在しないように、その場しのぎで荒稼ぎはできても長期的には成功はできないはずです。

 ただ、組織優先の日本では、自分の良心を育てるのが難しいし、良心に従って生きることも難しい面もあります。しかし、リーダーの資質に良識、品格を加えることには、私は大賛成です。アメリカの繁栄はイノベーションにあるといわれますが、それを支える中に正義の文化があることも見逃せません。

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cyber attack

 日本が8月2日に韓国をホワイト国から除外する閣議決定をして以来、韓国の文在寅政権は、国内では日本と正面から戦うための結束を呼び掛け、次々に異常ともとれる攻撃的対日政策を打ち出し、戦後最悪の日韓関係に陥っています。中心にあるのが貿易問題なだけにビジネスへの悪影響が懸念されます。

 韓国政府が、アメリカに仲裁を求め、WTOや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)閣僚会合で、場違いなことにはお構いなしに、執拗な日本批判を繰り返し、とうとう北朝鮮との経済協力で日本に勝つなどと暴言を吐きました。一貫して日本政府は想定内と冷静を装っていますが、この日韓関係の悪化を中国、北朝鮮、ロシアが利用する可能性まで想定しているのかが心配です。

 そもそも韓国をここまで頑なにしてしまったのは、貿易に関する非常に専門的な技術的問題に無知なメディアが、徴用工の問題で韓国の対応に痺れを切らした日本が、韓国に決定的ダメージを負わせるピンポイントの攻撃を仕掛けたというストーリーを一人歩きさせたことだと思います。

 G20大阪サミットで、すでに極限まで冷え込んでいた日韓関係に対して、日本がとうとう我慢の限界に達して、これまでの大人の対応を放棄し、報復を開始したというのは、状況に則した非常に刺激的展開として、日韓の多くのメディアは飛びつきました。しかし、実は肝心の輸出規制強化の中身を充分に検証した上での報道ではありませんでした。

 日本政府自身が舌足らずの説明に終始したことも、極端なネガティブイメージを一人歩きさせた原因の一つです。メディアに公表するにあたり、誤解を生みやすい非常にセンシティブな性質のものであることの自覚が足らなかったのは明白です。

 たとえば、ホワイト国から外すことで、個別許可の品目は第1弾の3品目から1000品目以上に増えるとか、個別許可でほぼ全ての品目で厳格な審査で時間の掛かる可能性があるとか、貿易を管理する審査官に今後は政治的プレッシャーが掛かるなど、まことしやかに報道されていますが、事実はアジア諸国の中では、韓国が最も優遇された国であり続けるのは間違いありません。

 つまり、「日本の決定は韓国経済に致命傷を負わせる非常に強力な報復手段」というイメージが両国のメディアを行き交っているのは、誤解によるところが非常に大きいということです。背景には無論、文在寅政権の一貫した反日姿勢があるわけですが、日本政府の不充分な説明と原則論を繰り返す冷たい対応、刺激的話題を求めるメディアが内容を慎重に吟味することなく、ストーリー化してしまったことは、将来に禍根を残すことになるでしょう。

 日本政府は、文在寅政権が、バリバリの反日、反米、親北の極左運動家によって構成されていることを、どこまで認識しているのか。また、プライドの高い韓国は、あと一歩で日本に並ぶ先進経済大国になれるステージにあることに異常なまでのこだわりが持つことを、どこまで知っているのかという懸念があります。

 さらに中国、韓国は自国の正当化のためには簡単に歴史を捏造し、事実でない物語をあたかも史実のように吹聴し、国民を煽動する文化があることを、どこまで知っているのかと首を傾げたくなります。

 韓国への輸出規制強化を「優遇措置を解く」と表現していますが、日本から見れば当然、優遇以外の何ものでもなくても、先進国入りをナショナルゴールにしてきた韓国は「優遇」という言葉そのものがありがたい話ではなく、上から目線と感じていることでしょう。ホワイト国からの除外はランクを落とすと受け取るでしょう。

 カントリーリスク分析において情報収集が圧倒的に比重を占める今に時代に、これだけいい加減な情報がメディアを行き交うことについて、グローバルリスクマネジメントに長年関わってきた人間の一人として強い恐れを感じます。なぜなら最もリスクマネジメントを危険に晒すのは、嘘の情報だからです。

 先月、半導体材料3品目の輸出規制強化の決定を受け、トップ企業経営者を招いた韓国大統領府の会合と時期を一にして、韓国サムスン電子の御曹司である副会長が来日し、90日分の在庫確保のために放送したと報じられました。本当にそうなら、実際に規制厳格化で90日も掛からないのに掛かるという報道に踊らされたことになります。

 さらに恐ろしいのは、政治演出に長けた文在寅政権が、サムスン副会長を日本に向かわせ、日本の報道陣のカメラでわざわざ撮らせることで、韓国企業の慌てぶりを演出し、国内で反日気運を高めることに利用した可能性も考えられます。韓国にとっては事実よりも、反日に沿うストーリーを作り上げ、国民感情に訴えることが重要だからです。

 北朝鮮の核、中国の覇権主義に直接晒される日本は、超ネガティブな韓国の一部の反日感情に飲み込まれている暇はないはずです。無知と恣意的報道でミスリードされ、それを韓国に利用される姿は褒められたものとはいえません。今回の事象を見ながら、危機に備え、精度の高い情報を得て正しく判断する重要性を日々痛感しているところです。

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trump

 グローバル化が進んだとはいえ、地政学的影響が薄まったともいえません。日本から見れば、やはり核兵器をちらつかせる北朝鮮、超反日文在寅政権の韓国、アジアで支配力を強める中国は、遠い中東イランの脅威よりはるかに重要ですが、アメリカはどうなのでしょうか。

 アメリカは日本と違い、政治的、経済的、軍事的な世界のリーダーとしての役割を担い、それを自ら果したいという欲求も持った国でした。それは自由、平等、公正さ、正義、人権を尊重するヴィジョンで人口的に建国された特殊な国の使命であり、西洋文明史的視点からは最も高度な文明を具現化し繁栄する国の宿命ともいえるものです。

 今、アメリカが直面する重要課題は、イランが中東で影響力を増している問題と中国が世界に対して支配を画策している問題です。そこに北朝鮮の核弾道ミサイルの脅威もありますが、アメリカ本土にミサイルさえ飛んでこなければ、それほど重視すべき問題とはいえないでしょう。

 では、イランと中国、どちらの問題が、アメリカにとってより重要な問題かといえば、それはイランです。なぜなら、アメリカは2度に渡るイラク戦争でイラクの民主化に直接関与してきた経緯があり、中東の不安定化は、石油やイスラム教、テロを含め、世界秩序に深刻な影響をもたらすからです。

 アメリカは出口の見えない解放後イラクに苦戦しながら、シリア内戦が生み出した残忍な過激派組織、イスラム国(IS)の支配地域拡大やテロの世界的拡散を阻止するため、IS掃討作戦で有志連合の中心的役割に担ってきました。そして今は中東の不安定化をもたらす最大の脅威であるイランとの戦いに直面しています。

 無論、アメリカ外交の背後には、多大な影響をもたらしている在米ユダヤ勢力とイスラエルの存在があり、トランプ政権には、ユダヤ教に改宗したトランプの娘のイヴァンカ大統領補佐官と夫で上級大統領顧問を務める正統ユダヤ教徒のクシュナー氏が中東外交に影響を与えているのは明白です。

 ヨーロッパで最大規模のユダヤ系社会とアラブ系社会を抱えるフランスにいると、イスラエルや中東問題は非常に身近です。当然、アメリカが何を念頭に動いているのかもよく見えます。つまり、アメリカの中東への関与は軍事面を含め、直接関与してきた問題で、今後も重要度は変わらないといえます。

 それに比べれば、中国のアジアでの覇権問題は、基本的には経済が中心で、アメリカが中国や北朝鮮問題で直接的軍事行動にまで踏み切ったことはありません。アメリカは中国が進めるシルクロード経済圏「一帯一路」によるアジア支配を阻止すべく、インド太平洋地域へのプレゼンスを高めていますが、貿易面で圧力を加え、北朝鮮は経済制裁で様子を見ている段階です。

 第2次イラク戦争の時にラムズフェルド国防長官(当時)がジャーナリストに「アメリカは中東と北東アジアの両方で同時に戦える戦力があるのか」という質問に「充分に戦える能力をわが国は有している」と語ったことが思い起こされますが、今、そのような状況にはありません。

 アメリカにとっては、中東はすでに軍事行動をとり、イラクでは暫定政権から民主化プロセスに直接関与しており、北東アジアの場合は、たとえば北朝鮮に対して直接的軍事行動をとり、朝鮮半島の統一と民主化プロセスに直接関与するレベルにはありません。

 アメリカにとっては、イランも中国も決定的に異なる統治体制、経済システムを持つ国であり、直接、間接にアメリカを脅かす国であることは確かです。シーア派が多数を占めるイランは宗教的にスンニ派と対立し、ユダヤ教、キリスト教も敵であり、イラン、中国両国は独裁国家で、言論の自由はなく、人権も軽視する国です。

 無論、イラク戦争後の16年間でアメリカが直面する課題は変化しているのも事実。アメリカが中国の覇権主義に気づき、脅威を本格的に認識したのは、ごく最近のことです。それも経済覇権だけでなく、軍事的覇権への懸念も高まっており、じりじりとアメリカもアジアシフトしています。

 とはいえ、喫緊の課題でいえば、中国は当面、経済問題で、北朝鮮は制裁で押さえ込みさえすれば、長距離弾道ミサイル発射の可能性は低いと踏んでいるレベルです。イラン問題はアメリカにとってさらに深刻で、核武装は絶対的に阻止したところです。

 体制や信じる価値観が極端に異なり、世界に嘘をつきながら、覇権や核武装を進める国との戦いに挑むアメリカにとっての国益自体は、安定した世界秩序、アメリカがもたらし自由で開かれた様々なシステムを守ることです。アメリカは他国のように自己中心的になることは国家の性質上、不可能なことだと見るべきでしょう。

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 ジョンソン新首相率いる英国が10月の欧州連合(EU)離脱期限に「合意なき離脱」を強行する可能性が高まる中、経済活動の大混乱「ブレグジットショック」への懸念が高まっています。その不安を象徴するのがフランス、ドイツ、英国、スペイン4か国で構成する欧州航空機大手エアバスの将来です。

 現在、英国には航空機の翼などを製造するエアバスの拠点が25箇所あり、約1万人が雇用されており、フランスの約2万人、ドイツの約2万人、スペインの約3,000人で、関連企業での雇用を考えると4か国では基幹産業と位置づけられています。

 特に仏独政府とエアバスの結びつきは強く、しばしば最大の競合相手である米ボーイング社と、この件で非難合戦を繰り広げてきました。ただ、リーマンショックや石油価格の高騰により、たとえば、フランスの航空部品メーカーは、エアバスだけでなく、ボーイングにも製品を供給する状況に変化しています。

 エアバスとしては、欧州4か国で分担して航空機の製造を行っていることから、英国で製造した部分をフランスに持ち込んで完成させようとすれば、新たな関税問題や煩雑な通関業務が生じる可能性があります。厳しい国際価格競争に晒される会社にとっては重大な問題です。

 エアバスが7月31日に発表した2019年上半期の純利益は10億ユーロを超え、前年同期の4億9,600万ユーロから41%も増加しました。売上高も301億ユーロと24%増ユーロと、ライバルの米ボーイング社が新型機737MAXの墜落事故で出荷停止が響き、4〜6月期に29億ドルの最終赤字に転落したのとは対照的でした。

 最近の旅客機市場は、LCCの格安航空会社の参入で価格競争に晒され、さらには環境問題への関心が高まる中、燃費効率の高い旅客機の需要が求められています。フランス政府は先月、乗客の航空運賃に環境税を導入する方針を打ち出しています。

 エアバスによれば、近・中距離向け旅客機A320の販売が好調で、特に737MAXの競合機でもある同機種の効率的なエンジンを搭載したA320neoシリーズの受注が増え、仏メディアの言葉を借りれば「飛ぶように売れている」そうです。

 同社によれば、今年の納入見通しは890から900機とされ、2019年の納入機数で米ボーイングを8年ぶりに上回り、首位に立つ可能性が高まっています。ただ、1ー6月(上期)の正味の受注は88機で目標には達していないのも事実で、今の好調な業績は納入数に支えられており、受注数の伸びは今後の課題としています。

 エアバスの好調さは、ボーイングを襲った主力の近・中距離向け旅客機737MAXの墜落事故による信用失墜によるところが大きいわけですが、エアバスも順風満帆といういうわけではありません。その一つは、世界初の総2階建ての超大型ジェット旅客機A380の躓きです。

 数カ月前に発表されたA380の製造・販売終了は、ファンをがっかりさせました。利用者の間では、超大型機ならではの機内の広さ、安定感、静かさへの評価が高く、惜しむ声はあちこちから聞かれます。初飛行から12年した経っていない同機の最大の欠陥は、乗客一人当たりの燃料消費が他機種に比べ多く、時代に合わなかったことです。

 超音速のコンコルドといい、超大型旅客機A380といい、先進技術を詰め込んだ未来を予見させたエアバスの作品は、燃費や環境問題で商業飛行には耐えられなかったということです。

 もう一つのエアバスの憂鬱は、ブレグジットです。メイ前英政権の離脱合意案では、通商関係が最大のテーマとされ、ダメージを最小化する努力がされましたが、ジョンソン氏は「最初に離脱ありき」なので、欧州規模のビジネスを牽引してきたエアバスには大きな試練です。その意味ではエアバスもほくそ笑んではいられない状況ともいえます。

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 フランス人は個人主義者だといわれることが多いわけですが、たとえば同国の伝統的宗教であるカトリックにおいて幼児洗礼は当り前でしたが「自分の信じる宗教を選択できる状況にない幼児(ほとんどは実は生まれたばかりの乳児)に一方的に洗礼するのは個人の選択の自由を無視した行為では」と疑問を投げかける若い神父が表れて議論になったことがあります。

 洗礼はカトリックにおいては教義の中心をなすもので決定的なものです。ある子供が自分の兄弟は全員洗礼を受けたが、最近他界した父親は洗礼を受けていなかったので地獄に行ったのではと心配だと泣きながら、ヴァチカンのローマ教皇フランシスコに直接尋ねたシーンがユーチューブで紹介されていました。

 教皇は「お父さんは自分の子供たちに洗礼を与えた功績で、必ず天国に行ける」と答え、感動のシーンになっています。それほど洗礼を受けたかどうかは重要なことだともいえます。過去には伝統的にほとんどフランスの日常生活で文化になっていたカトリックで幼児洗礼に疑問を投げかける人はいませんでした。

 人々が教会に通わなくなり、神もイエス・キリストも信じなくなった今、宗教そのものが分らなくなってしまっているフランス人にとっては、自分で宗教を選ぶ、あるいは無宗教を選ぶことは、幼児洗礼によって天国に行ける保障が与えられること以上に大きくなっているともいえます。

 伝統とは親から子、子から孫に受け継がれることによって形成されるわけですが、神の前に人間は同じ価値と権利を持つというキリスト教から生れた基本的人権は今、極端な政教分離によって「神の前に」という部分は、限りなく消えつつあります。

 各国に根付いた精神文化はグローバル化の中で試練に直面しているわけですが、それは経済活動において異なる文化的背景を持つ人がチームでパフォーマンスを出すことが求められる時代に入っていることとも関係しています。

 日本も国内外で状況は大きく変わろうとしていますが、日本で受け入れた外国人には従来通り「日本のやり方」を一方的に押しつける例が多く、アウェイである中国や東南アジアなどでも、相手の文化を軽視しながら日本方式を教えようと必死になっている例は少なくありません。

 無論、特に製造業では日本には優れた生産システムがあり、高い品質の製品を大量生産するノウハウが蓄積されています。しかし、そのシステムは、日本の職人文化や、几帳面で勤勉、器用な日本人が作り上げたもので、どの国の人には同じ基準で適応できるものでなく、なかなかいい結果を出せない場合もあります。

 それ以上に問題なのはチームで結果を出すことです。特にアジアの高度な技能保持者やホワイトカラーの多くが、日本では働きたくないという統計数値が近年、目につきます。理由は転職が前提の彼らは、スキルアップやキャリアを重視しており、集団主義的な日系企業では、ホワイトカラーのマネジメントスキルやリーダーシップが独特すぎて将来性を感じないからです。

 自分がどのようにスキルアップが日々実感できるか、納得のいく評価が得られているか、人事に公平性や人種の平等性、人権尊重はあるのかというと、日系企業は上から下への一方通行の文化を変えておらず、日本人と外国人は明確に分けられています。さらにはライフワークバランスが先進国の中で極端に悪いことも魅力を失わせています。

 時代は、地域や場所を選ばないグローバルなプラットフォームの上で展開する時代に入っています。しかし、もともとキリスト教という普遍性価値観を共有してきた欧米先進国は、プラットフォームの共有が容易なのに対して、日本は文化的特殊性が足かせになっている部分もあります。

 その一方で新興国の人々は、そのグローバルなプラットフォームを受け入れることで発展しているので、多文化で地域や国を選ばない多文化チームで働くことにも積極的です。自己完結した日本は頭でビジネスの状況変化を理解していても、現実的には超ドメスティックな発想をなかなか抜け出せないのが現状でしょう。

 ただ、多文化チームで仕事をする状況は、ますます増えていでしょう。実際に自分のデスクの隣に外国人が座っていなくとも、現実には海外にいるアメリカ人や中国人、インド人とコミュニケーションをとりながら協業する状況は増える一方です。

 彼らがキリスト教徒であろうが、ヒンズー教徒であろうが、共産主義者であろうが、ビジネスに深刻な影響があるわけではありません。しかし、文化的共有ができない状況での協業に課題がないわけではありません。テクノロジーでグローバル化の先頭を走るIT業界はそれを軽視した結果、失敗している例も少なくありません。

 特に今は個人の自由と権利が世界中で強調されており、個人を尊重できないような文化を持つ企業は将来性がありません。そこで重視されるのは、その個人があるプロジェクトでチームに参加した場合、チームの背後にある企業の利潤追求は当然ですが、参加する個人は何を得られるのかということです。

 徒弟制度の職人文化の日本では、下積みにも意味を感じ、薄給でも長時間労働でもなんとか耐えられ、終身雇用だった日本はそれで芽が出なくても、どこかの子会社で生涯を面倒見てくれる温かさがありました。しかし、今はは芽の出ない人間を雇い続ける余裕もなくなっています。

 外国人もチームでモチベーションを上げるのは愛社精神や会社への忠誠心ではありません。無論、その会社に居心地の良さを感じれば、愛社精神も芽生えるかもしれませんが、それをマネジメントの背骨に据えることはできません。

 つまり、多文化チームで結果を出すためには、会社や組織全体の目標を示すだけでなく、そのプロジェクトに関わり、結果を出せば、どのような個人のスキル向上に繋がるのか、何を個人は得られるのかということを明確に示す必要があるということです。結果としてチームと個人それぞれを評価する基準を設ける必要があります。

 つまり、チームと個人がWin Winの関係であることが求められるということです。転職文化が定着していない日本では、大企業は新卒採用、正社員制度にこだわり、その一方で終身雇用で支えられない部分を覇権制度で補っているのが現状です。外国人材の有効活用で日本企業の進化を願うばかりです。

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 昨年1月から急激に高まりを見せたセクハラ被害を訴える#MeToo運動により、世界的に家庭内の性暴力から職場でのセクハラに至るまで対策を強化する国が増えています。ところがセクハラの基準には、その国の宗教や文化慣習が密接に関係しており、一概に何をセクハラとするかの判断は難しいものがあります。

 セクハラ対策の先頭を走るアメリカ、それも巨大IT大手グーグルで昨年暮れに明らかになったセクハラスキャンダルは、男女平等のダンバーシティを最も重視しているはずの世界の若者が憧れる大企業の隠蔽体質を露呈し、多くのファンを失望させました。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は2018年10月、過去10年に性的不品行の疑いで告発されたグーグル幹部3人をグーグル側は擁護し、特に、うち一人は辞職にあたり、2014年に9000万ドル(約101億円)の退職金を手にしていたというものでした。

 ここで問題になったのは、社会的批判に晒されることを恐れて問題を隠蔽しようとしたことです。被害者がいたからこそセクハラの存在が明らかになるわけですが、問題の性質上、被害に遭った女性も公になる不名誉を避けたい気持ちもあり、加害者から金銭を受け取って係争はしない場合が多いのが現実です。

 暴力的な直接の性行動は別として、デスクで仕事をする女性の肩を上司が触ったことが、今では多くの国でセクハラですが、たとえば、性暴力が社会問題化しているインドは、世界的に見て他人との身体距離が非常に狭いことで知られます。だからといってむやみに異性の体に触っていいわけではありませんが、男性の女性へのアプローチの凄さは有名です。

 ある日系企業の女性は、満員のバス内で座席の隣の男性に言い寄られ、初対面なのに「ボーイフレンドはいるのか」「連絡先教えてほしい」「結婚しないか」と質問を畳みかけた挙げ句、手を握ろうとしたり、果ては膝を触ってきたそうです。女性は大声を挙げ、ようやく近くにいた男性が静止に入ったそうですが、どこか真剣じゃない雰囲気だったそうです。

 旧英国植民地だったインドは、今は外国資本が大量流入しており、2013年以降、セクハラ防止法が施行され、従業員10人以上の職場では、最低4名以上で半数が女性で構成され、トップも女性という社内委員会の設置が義務づけられています。委員会はセクハラ防止の社内規定の浸透のため、定期的な研修を実施することも義務づけられています。

 前出のインドで被害に遭った女性のように、男性の性倫理は決して高いとはいえません。つまり、教育が必要ということです。これは実は性倫理に厳しい戒律を持つイスラム教の国でも女性は考慮しなければならないことです。

 イスラム教では結婚前に女性に触れることは禁止されており、サウジアラビアやインドネシア、マレーシアでは、結婚以外に性関係を持った場合は、場合によっては石打ちの刑で死刑になる場合もあります。旧約聖書にも出てくる戒律です。しかし、裏を返せば戒律を厳しくしなければ性暴力は日常化する危険があるともいえます。

 非イスラム圏の女性が無神経に刺激的な服装をしていて、性暴力被害を受けた例も少なくありません。シリア難民の男性がドイツやスウェーデンで、女性をレイプした事件が相次ぎましたが、加害者の男性は「女たちは男を誘っているとしか思えない服装をしていた」と供述しています。

 イスラム圏では男性と女性のいる空間が区別されているのが一般的です。ビジネスでも男性が女性に握手を求めることはしません。女性が手を出した時だけ握手が許されるというのが普通です。さらに左手は不浄の手なので右手でしか握手しません。これはインドも基本的に同じです。

 一方、ヨーロッパとアメリカでも習慣は異なります。ヨーロッパでは一般的に親しみを表すために男女であっても挨拶の時に頬にキスをする習慣があります。フランスでは一般的に交互に1回から2回キスをしますが、ブルターニュ地方などは4回です。ただ、男女の場合、頬に頬を近づける程度とうのも、よく見かけます。

 アメリカの場合は、よほど親しくなければ頬にキスをすることはありません。ヨーロッパに慣れた勢いでキスしようとして、相手に不快感を与えることもあります。握手にしろ、頬にキスをすることにせよ、ヨーロッパでは基本的に自分は敵ではないことを表現する目的にもなっています。

 各国によってセクハラの基準は様々です。日本は先進国の中で男性中心社会という意味では世界一という数値が国民性を定量化したオランダの学者ホフステッドの男女差の指標に出ています。新興国でも中国やタイ、ベトナムの方が女性の存在が重んじられる傾向があり、日本人男性の無意識の言動がセクハラと受け止められる可能性も高いのが現状です。

 まずは周囲をよく観察し、許されていること許されないことを知るところから始めるべきです。アメリカの雇用機会均等委員会によると、アメリカ人女性の4人に1人が職場でのセクハラを経験しているといわれますが、問題は男性にその意識がない場合も少なくないことです。

 セクハラは女性が女性である以前に一人の人間としての価値を認められていないと感じることに起因することが多いので、まずは男女の優劣意識は完全に排除し、人権意識を高めるべきでしょう。

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   ソウルのサムスン・タウン

 韓国のサムスン電子は、7月31日に発表した4-6月期(第2四半期)決算で純利益が53%減少したことが明らかにしました。減収の原因は、米中貿易摩擦の長期化により不透明感が世界的に拡がる中、消費者の買い控え傾向が強まり、スマートフォンなどへの購買意欲が弱まったことによるものとしています。

 買い控えは、サムスンの主力である部品事業への需要減退にも繋がり、さらに、日本の対韓国の輸出手続き強化により半導体などに欠かせない原材料の出荷に時間が掛かるようになることから、半導体というサムスンの中核事業が強い圧力にさらされていることも影響しているといわれています。4-6月期の営業利益は、モバイル部門は42%減、半導体部門は71%減でした。

 一方、世界のスマートフォン市場を2分したiphoneとサムスンのgalaxy戦争に割って入った中国のファーウェイの決算は対照的で、米中貿易摩擦で厳しい制裁をかけられているにも関わらず、7月30日に発表した2019年1〜6月期の売上高は、前年同期比23%増の4013億元(約6兆3000億円)でした。

 5月からのアメリカによる制裁の影響は未だ軽微で、中国市場でのスマートフォンや次世代高速通信「5G」関連の通信機器の販売増により業績が拡大したことが、増益に繋がったとされています。ただ、制裁の影響が本格化するのは年末以降との見方もあります。

 中国、韓国ともに、経済的成功は、もともと外国からの投資にもとづくもので輸出志向に支えられたものでした。つまり、共に先進的な技術革新国ではなく、先進国に奉仕する形で発展し、自立的発展は今後の課題とされている国です。

 ところが中国は巨大市場を持つために世界の工場から世界一の市場を売りにすることで海外からの投資を増やし、同時にオリジナル技術を生み出すことにも注力することで派生的経済発展モデルを卒業しようとしています。対する韓国は市場規模が極端に小さく、輸出依存は今後も続き、技術も日本などに頼る体質を続けているために、世界経済の不透明感が強まる中で、明暗が分かれたといえそうです。

 日本はバブル崩壊後も先進的な技術革新国であったことから、先進技術を必要とする韓国や中国企業を中心に世界に技術を提供することで生き延びることができましたが、今、輸出規制強化で脅威に晒される韓国は、足腰の弱さからパニック状態に陥っています。

 言い方を変えれば、日本が韓国を甘やかし続けてために、自立的発展に切り換える切迫感が失われ、中国は、世界に模範的社会主義モデルを示し、文化的、政治的優越性を世界に認めさせようとする中華思想を持ち、次世代校則通信規格5Gなどで世界市場を独占する勢いです。先進国依存型経済からの脱却に強い意欲を示しています。

 一方、北東アジアの安全保障に何よりも注目しているアメリカは、日本の輸出規制強化で韓国が極端に弱体化すれば、朝鮮半島での立場も弱まり北朝鮮のさらなる台頭が予想されるため、日韓関係の悪化は望んでいないはずです。そのため、完全に日本側に立つ姿勢はとらない可能性が高いと思われます。

 つまり、文在寅政権に一定の圧力を加え、経済の失策を認めさせ、懸案事項である従軍慰安婦や徴用工問題での譲歩を促しながら、日本には、これ以上、韓国を追い込まないようブレーキをかけるかもしれません。足腰の弱い韓国の極端な弱体化は主導権を握りたい北朝鮮の思う壺でもあるからです。

 つまり、文在寅政権周辺に暗躍する北朝鮮工作員が今回の一連のシナリオを描いている可能性も否定できません。それにアメリカは韓国が中国に助けを求め、中国への依存度を増すことは望んでいないはずです。

 ただ、アメリカが韓国に理解を示さない形での介入であれば、韓国国民の屈辱感が強くなり、反米感情も高まるのは必至で、非常に難しい判断が求められているのに事実です。そのため、理想は二国間での解決ですが、韓国への優遇継続は日本の国内世論が許さず、特別支援も困難な日本は、過去にないほどの高度な外交判断を下す必要に迫られているともいえます。

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 海外経験が豊富な日本人が、日本人の弱点と感じるものに「あまりにも近視眼」という指摘があります。私も賛同者の一人ですが、これは単に視野が広いか狭いかという意味ではない話です。たとえば、自由や公正さの理想を掲げるアメリカは、広大な国土と世界最強の経済力、軍事力を持ち、独善的で日本のように他国に学ぶ謙虚さはありません。

 パリに長年住んだインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(現インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ)のコラムニスト、故ウィリアム・ファフ氏は、私に「アメリカ人は海外で何が起きているかより、せいぜい自分の住む州や町しか関心はない」「CNNなど国際報道専門テレビや私の書くコラムに関心を持つ人の大半は、アメリカ人ではない」と言っていました。

 つまり、超大国アメリカに住む人々は、決して視野が広いわけではないということになります。私がインタビューした知日派の欧州知識人たちは「日本人が海外の動向に関心を持ち、外国から学ぼうという姿勢を持つことに驚かされる」「日本の本屋にある海外に関する書籍の量は、他のどの国よりも多い」と口を揃えて言っています。

 それでも日本人は近視眼的で視野が狭いという意味は、どういうことなのでしょうか。それは、どれだけ世界のことを知っているかという知識の量の話ではなく、「人間にとって」という普遍的思考が弱いことを意味しています。

 マーケティングでいえば、日本市場だけを視野に日本人の嗜好を注視するのは当然ですが、それがアメリカ人にとっても中国人にとって、どうなのかという視点は別問題と考えられています。アメリカの成功は、アメリカの大衆文化が世界の人々に受け入れられた側面は見逃せません。

 コカコーラ、ハンバーガーショップ、スタバに象徴される大衆文化は、多くの人々とより深いネットワークを実現するSNSなどのコミュニケーションツールにも繋がり、GAFAはビジネスで圧倒的な収益を上げています。異なった文化を持つ多文化のアメリカが大衆文化と共に生み出したのが巨大IT産業です。

 つまり、グローバル化が進んだ今の世界では、特定の文化や常識という縛りから離れ「人間にとっていいものは何か」「国籍や人種に関係なく誰もが満足し、ハッピーになれるものは何か」をゼロベースで考え抜くことの重要さがますます増しているということです。

 たとえば、世界に誇る完成度の高い日本の宅配サービスは今、東南アジアにも拡がっています。自動車の効率性の高い生産システムは、この30年の間に世界に拡がりました。世界の誰にとってもいいものはいいわけで、あるドメスティックな文化で生れた物でも、世界の人がいいと思えば、巨額の利益をもたらすということです。

 ところが、もともと普遍思考が強い一神教のキリスト教徒やユダヤ教徒は、知識ではない人間の内にひらかれた視野の広さを持っていますが、一神教でない日本人は普遍的思考は弱いといえます。つまり国籍や人種、宗教に関係なく全ての人間にとってどうなのかという思考が苦手です。そのため自分を客観的に説明するスキルに欠けます。

 たとえば、戦後最悪といわれる日韓関係のこじれで、背景には韓国との関係を重視するあまり、日本が目に余るような韓国の不当な言動に目をつむり、我慢に我慢を重ね、特別優遇してきたことがあるといわれます。

 相手は半世紀以上も小中学校で反日教育を続け、慰安婦問題や徴用工問題でいつもゆすってくるのに対して、併合や敗戦の負い目もあり、目をつむり、優遇措置を続けてきたわけですが、それが効果的でなかったことにようやく気づき、ヒステリックに逆の方向に向かっています。

 独立国家なら、なぜ国益を損ねるようなことに対して、我慢し続けてきたのか、きわめて日本的忍耐外交ですが、これを世界の人が納得できように説明できてはいません。その我慢を立派な行為だったと評価する声も聞かれません。相手が日本人なら、有り難く感じるでしょうが、世界は日本が考えるほど報恩思想が定着していません。

 ビジネスの世界で新しいテクノロジーによる完成度の高い製品を安価に提供し、世界経済を席巻した頃の1980年代の日本を考えると、世界中の人々をワクワクさせる製品が開発され、市場に投入されていたことを思い出します。技術革新が産業社会そのものを変化させた時代でした。

 ソニーの創業者の一人、故井深大氏は「『デジタルだ、アナログだ』なんてのは、ほんの道具だてにしか過ぎない。これは技術革新にも入るか入らないくらい」と発言しています。日本はバブル崩壊から今日に至る期間、どれだけ技術革新に貢献してきたのでしょうか。

 時代は変わり、普遍的思考が強かった欧米先進国でも、キリスト教信仰が薄れ、何でもOKのリベラル思想がはびこり、彼らの普遍思考は非常に浅くなり、確信も失いつつあります。彼らは自国の物語を自信を持って語れない時代が来ており、日本にとってはチャンスかもしれません。

 人間の生活を飛躍的に改善し、幸福にするパラダイムシフトをもたらす者が真の勝利者であり、世界の貢献者になるはずです。そのヴィジョンは「人間にとって」という視点が不可欠です。広く浅い知識や経験より、人間洞察を深める必要があるということになります。

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香港6-12警民大衝突

 香港で5月末から続く大規模デモに対して、中国政府を代表する中国国務院の香港・マカオ事務弁公室が異例の記者会見を開き、香港政府と警察当局への支持を表明しました。デモ鎮圧で譲歩しない姿勢を打ち出す香港政府への支持を中国政府が鮮明にしたことで、事態は次の段階に移った印象です。

 デモ隊の襲撃を受けた香港・マカオ事務弁公室の楊光報道官は29日、あくまでデモ収束の責任は林鄭月娥行政長官にあるとしながらも、香港当局によるデモ鎮圧強化にお墨付きを与えた印象です。「暴力を罰し、法の支配を守ること」を強調した揚光報道官は、最悪の場合、中国人民解放軍(PLA)を投入する可能性については否定も肯定もしませんでした。

 旧統治国である英国のメディアも高い関心を持って取材を続けていますが、英BBCは「中国国防省報道官は先週、香港の指導者が中国軍に支援を求めることを認める”明確な条項”が法律には存在する」と述べ「専門家の間では中国軍の出動について、政治的に危険すぎると中国政府は考えるだろうとの見方が出ている。」ことを紹介しています。

 しかし、デモ隊の目的は、香港で身柄を拘束した容疑者の中国本土への移送を可能にする逃亡犯条例改正案の撤回や林鄭月娥行政長官の辞任だけでなく、香港が共産中国に完全に取り込まれることへの反対を世界にアピールするものに変わっています。

 世界的にも治安の良さで知られた香港が毎週末、過激化する抗議デモで町が荒れ、観光産業だけでなく、国際ビジネス都市としてのイメージを損ねているのは事実です。中国政府にとっては本土の経済発展で香港の利用価値がすでに低下していることから、抗議行動の長期化に危機感を強めています。

 すでに毎週末の抗議デモは8週連続となり、中国政府はデモ自体が「外部勢力」による干渉の産物だと非難していますが、最も恐れているのは、フランスの黄色いベスト運動のような長期化です。

 昨年11月下旬に始まったマクロン仏政権に対する抗議運動である黄色いベスト運動は、今月27日で37週連続で行われています。27日のデモでは仏南部ペルピニャンの与党・共和国前進のロマン・グロ議員の事務所がデモ隊の暴徒に襲撃され、事務所の窓ガラスが割られ、放火されました。

 29日にはパリ近郊で欧州連合(EU)とカナダの包括的経済貿易協定(CETA)に反対する農業従事者が共和国前進議員の事務所を襲撃する事件が発生し、政党や政治家事務所を直接標的とする襲撃事件も今年に入り、何回も起きています。

 世界的に見ても9カ月以上も連続して民主主義国家で続く激しい抗議デモは前例がなく、香港で抗議デモを展開する若者たちにも黄色いベスト運動は影響を与えているようです。香港に保障された一国二制度の高度な自治権が危うい状態にあることを誰よりも感じる香港市民の中国政府に対する不信感は、日々強まっています。

 日に日に危険性を増す抗議デモに対して、中国共産党への求心力強化を重視する習近平政権が妥協する選択肢はないと見られます。中国政府にしてみれば、一党独裁の社会主義体制を潰そうとする外国勢力が、デモを支援しているとしていますが、香港は今、自由主義世界と社会主義世界の対立の前線基地化しているようにも見えます。

 フランスでもデモ隊への警察の強圧的姿勢は強く非難され、抵抗はさらに強まりましたが、中国政府は対応で弱腰を見せれば、外国勢力を含め、反中国政府に屈することになり、それは許容できるものではありません。

 同弁公室の徐露穎報道官が、林鄭行政長官が「行政のやり方を改め、より開かれた姿勢で包括的に世論に耳を傾ける」と語ったのは、マクロン氏が黄色いベスト運動を受けて示した認識とそっくりです。しかし、実際にフランスの大討論会のような集会を林鄭行政長官と市民の間で開催はした形跡はありません。

 政府と市民の間に生じた亀裂に対する黄色いベスト運動や香港のような市民の直接抗議行動は、新たな政治現象として世界に波紋を拡げています。SNSによって世論が形成される今日、政権に民意を反映させる方法は、根底から変わりつつあります。これはビジネスにも多大な影響を与えているといえます。

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