安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 外交姿勢は、その国の文化や慣習、国民性の延長線上にあるといわれる。国内で競争を好み、負けず嫌いなアメリカは、外交でも勝ち負けにこだわる。最近はあまり聞かなくなったWin Winという言葉、支配欲や相手と優劣を競う本性が露骨さを増しています。

 面子の国、中国は、口では互恵関係といいながら、実は中華思想で支配欲が強く、国内のウイグル自治区のイスラム教徒の強制改宗を強行し、香港の自由も許さない姿勢です。支配するかされるかの歴史しかない中国は、国外に対しても姿勢は変わりません。

 アメリカの産みの親ともいわれ、島国根性と独立心が強い英国人はプライドが高く、大英帝国の繁栄を忘れない世代はブレグジットを当然と思っています。韓国のセウォル号のような沈みゆく欧州連合(EU)から脱出することで繁栄を取り戻そうとしています。

 英国に見捨てられた(その判断が正しいかは次の10年が決めることですが)欧州は、特別なエリート階級のEU官僚が大好きなルールづくりにこだわり過ぎて、その理想主義的ルールと現実のギャップが大きすぎて「地盤沈下が止まらない」(ウォールストリートジャーナル=WSJ)状況です。世界はEUが強調するルール最優先では動かなくなり、COP25も失敗に終わりました。

 しかし、最も深刻なのは日本だと私は考えています。一見、世界一の清潔で便利な国、洗練されたモダンな国に見えますが、この10年でかつてのように世界がアメリカ、EU、日本で動く時代は過ぎ去り、台頭する中国、外交力で手腕を発揮するロシアを前に、アメリカを除くEUと日本は主要プレーヤーでもなくなりました。

 国際政治の専門家やエコノミストにとって、日本はEU同様、沈みゆく国になりつつあり、国際社会でのかつての存在感はなくなろうとしています。

 WSJが紹介したリトアニアのリナス・リンケビチュウス外相の発言は的確です。「世界戦略における力の均衡は変化しており、その流れは好ましくない方向に向かっている。それはリーダーシップの不在と関係している。われわれがリーダーを持たないならば、常に守勢に回り、常に弱い側に立たされ、暗雲が押し寄せるのを待ち受けることになる」と述べています。

 つまり、中国共産党が支配する中国、プーチン大統領が強権を持つロシアなど、迅速な意思決定が可能な国が好ましくない流れを作る中、国連や民主主義の連合体であるEUは無力化しています。唯一リーダーシップを発揮しているアメリカが同盟国といさかいを起している今、10年前には想像もできなかった世界が拡がっています。

 そんな中、リーダーといえば意志決定者というよりは調整役という意味合いの強い日本では、過去、独自の意思決定で戦争を引き起し孤立したトラウマもあり、戦後は自ら主体的に海外に乗り出し、リーダーシップを発揮するよりは、大国の間で調整役に徹した側面もあります。

 しかし、それも国内で優れたリーダーというのは、力強いリーダーというよりは、組織の隅々まで気を配る調整能力の高い人間が選ばれ、「落とし所を知る」リーダーが好まれることと深く関係しています。私は大手日本企業の海外の進出先を取材した経験から、国内で評価の高いリーダーが必ずしも海外で評価されるとは限らない現実を何度も目の当たりにしてきました。

 今、日本はアメリカと中国やロシアが鋭く対立する中、トランプ大統領と良好な関係にある安倍首相が、習近平国家主席やプーチン大統領とも良好な関係にあることで、得意の両者の「架け橋」となり、仲介役で貢献しようとしているように見えます。

 しかし、リトアニアの外相が指摘するように、今必要なのは、調整役ではなく、リーダーシップです。日本人にはトランプや習近平、プーチンのようなリーダーシップの資質がある人間はいないといってしまえばそれまでですが、少なくとも日本自体はどんなヴィジョンを持ち、何をめざし、具体的にどんな戦略で望むかはっきりさせることが重要です。

 つまり、調整役だとか、アメリカの財布に成り下がっている時間はないということです。周囲の顔色を伺いながら自分を決めるような態度は、この混乱と激変の時代の中では何の役にも立たないと私は考えています。

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Working-Hard-vs-Working

 世界中の誰もが余裕ある人生を送り、豊かさを享受したいと考えているはずです。今年は2010年代の最後の年ですが、この10年間、世界の人々は、より豊かになったのかという問いは難しい質問です。確かに先進国では、数字の上では実質労働時間は20年、30年前よりは減っているように見えますが、その一方で、発展に取り残された人々の存在もクローズアップされました。

 英国でブレグジットが具体化する流れの中、マンチェスターなど労働者の多い町では、総選挙で大勝した保守党への期待が膨らんでいることが報じられています。「今までがひどすぎた。今後は良くなるだろう」というわけです。中には長年、労働党支持者だった日本の自動車メーカーの製造現場で働く男性が「自国第1主義のトランプ政権を見て保守党支持を決めた」という声もあるくらいです。

 グローバリズムで拡がった格差は、かつての18世紀、19世紀の産業革命同様、1部のITや金融エリートたちが短期間で超豊かな生活を手にした一方、製造業や第1次産業を支えてきた純朴な人々は時代の変化には対応できず、取り残されてきました。

 新興国や途上国に仕事を奪われ、その新興国も、より安い労働力を提供できる国に外資が移動する不安を抱えています。夢見心地の理想主義のグローバリズムは、その恩恵にあずかれない人々の悲鳴と共に2010年代後半、トランプ政権登場に象徴されるように国益最優先主義に傾いていきました。

 トランプ氏のアメリカ第1主義は厳しい批判に晒されながらも、予想に反して3年間は好調な経済を続けてきました。英国の総選挙に象徴されるよう2010年の終わりは、古びた社会主義が終焉する時代だったともいえます。無論、独裁国家の台頭は今後の大きな課題ですが。

 多国間主義で自由市場経済を信奉するリベラル派の旗色は悪く、自国民を犠牲にするようなグローバリズムを容認する意見はマイノリティーになりつつあります。途上国の人々に劣悪な環境で長時間労働を強いる先進国の外資系企業の自己中心のあり方が批判され、検証が求められています。

 結局、余裕ある人生を送り、豊かさを享受する人間は1部に限られ、過重労働のストレスから体調を崩したり、自殺する人までいる有り様です。教育やキャリアを詰めない人間は成長著しいベトナムでさえ、英国へ不法就労に向かうトラックの中で死ぬ運命が待っていたということです。

 実は、余裕の追求では世界1といわれるフランスでも、マクロン大統領から「フランス人はもっと働くべきだ」といわれるまでもなく、過去30年の中で最も働いているといわれています。私がフランスに住み始めた約30年前、「休みの合間に働く」というジョークがあったほど働かず、その極めは週労働35時間制の導入でした。

 しかし、誰が考えても日本よりはるかに手厚い社会保障を行う国で、いったいどこからお金は来るのかといわざるを得ない状況でした。結果的に財政赤字は膨らみ、より短く働き、より多くの報酬を得るという生産性向上には重要な原動力ですが、そうはいかず、今では一生懸命働くしかないと考えるフランス人が大半を占めるようになりました。

 マクロン政権は、42もある職種別の年金制度を1本化し、職種ごとに労組が勝ち取った既得権益を切り崩そうとしています。石炭で汽車が走っていた時代に勝ち取った運転手の50歳定年など、ハイテク時代には説得力のない定年制を変えようというわけです。

 今は労組が激しく抵抗していますが、同じようなストライキを実施した1995年とは、国民の意識は大きく変わっています。フランス人でさえ、働かなければ豊かな生活はできないという考えに変化しているわけです。

 結局、2010年代は先進国でも途上国でも多忙さが増した10年だったといえそうです。ただ、その原動力が拝金主義にあるのも確かです。私は2020年代は拝金主義の間違いに気づく10年になって欲しいと思っています。

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  100年に渡り労働党の牙城といわれたワーキントンも保守党の手に落ちた

 今月12日投票の英総選挙で、欧州連合(EU)離脱実現を掲げたジョンソン首相率いる保守党は、メディアの予想を上回る大勝を果たしました。特に「赤い壁」と呼ばれる労働党が伝統的に強い地域で、有権者の票が大挙して保守党に流れたことが大きかったといわれています。結果、109人もの保守党新人議員が誕生しました。

 労働党の牙城といわれ、100年以上労働党議員を議会に送り込んできた英北西部ワーキントンや、労働党出身のブレア元首相の選挙区で労働党の強い北東部セッジフィールドでさえ、労働党は保守党に破れました。話は複雑で英国人労働者は、ポーランドなどからの労働者が大量流入し、職場を奪われ、EU離脱や移民への強硬姿勢を掲げる保守党の主張にも共感する部分がありました。

 労働党の敗因は、単純ともいえるものでした。コービン同党党首も大敗を受け「離脱問題が議論を二極化し、分断させた。それが(大敗の)結果をもたらした」と認めているように、他のいかなる重要な内政問題よりも、国の将来を根底から左右する離脱問題が最大の争点だったということです。

 ところが保守党が離脱達成という明確な目標を掲げて選挙に望んだのに対して、労働党のコービン党首は2度目の国民投票にも言及し、残留を強く主張することはありせんでした。国民投票後、3年半も離脱議論が迷走した中での総選挙ですから、離脱か残留かが争点なのは明らかだったし、これ以上の迷走を大半の英国民が望んでいないことも明白でした。

 離脱が正しいかどうかよりも、決めないことでの不透明感で国民は窒息状態だったといえます。労働党は単純にその状況を見誤ったということです。私は今秋、英国で様々な職種、様々な世代にブレグジットについて取材し「もううんざりだ」「その話は職場では禁止されている」「家庭内ではブレグジットを話題にしないルールになっている」という答えが返ってきました。

 実は大敗した労働党は、日本のメディアが指摘するほど、労働者の党ではなくなっています。なぜなら、デジタル革命で産業構造が急変し、英国の伝統的な階級構成は大きく変化してしまったからです。1990年代後半の世論調査では、労働党を支える新たなホワイトカラー層の登場を伝えていました。

 最もその変化を体現したのはブレア首相(当時)でした。政策的には保守党のサッチャー政権がとった外資に開かれた経済政策などを継承し、EUで定期開催される社会党大会で「社会主義を基礎とした政策は時代遅れ」と堂々と述べていました。ドイツも社民党が改革を進めていた時代です。

 通常、英国政治はフランスやドイツから見ると先進性を感じるものです。大陸欧州の古い国々は1980年代から1990年半ばまで、社会民主主義が宗教のように信じられていました。当時は右派といっても英国の労働党より左だといわれました。

 英国自体も、この3年半で大きく政治状況は変わりました。2016年の国民投票で離脱方針が明らかになり、強硬離脱をめざすメイ首相(当時)は、1年後の6月、離脱をスムーズに行うため、足下の保守党基盤を強化しようとして前倒し総選挙を行った結果、議席を減らし、そこから迷走が始まりました。

 当時の英国民は誰も経験したことのないEU離脱に不安を抱え、離脱の勢いはトーンダウンしていました。労働党は得をした形でしたが、その後の2年半の迷走は政治不信を招き、メイ政権は弱体化しました。今では、はっきりさせたい方が、離脱が正しいかどうかより重要と考えるようになり、ジョンソン氏に委ねる選択をしたと見られます。

 BBC放送前政治部長ニック・ロビンソン氏は「コービン労働党時代は終わった。労働党を政権党にするコービン・プロジェクトも終わった」と指摘していますが、この挫折は労働党にとって過去最大級のものかもしれません。少なくとも古い社会主義を持ち出すことは不可能になったといえそうです。

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 業務の複雑化でチームワークが世界的に重要さを増す中、リーダーとチームメンバー同士はどうあるべきかは重要なテーマです。ラグビーのワールドカップで1段と注目度を増したラグビーというスポーツも完全なチームワークのスポーツ。

 日本代表のヘッドコーチ、エディ・ジョーンズ(2012年〜2015年)、ジェイミー・ジョセフ(2016年〜現在)は、それぞれ指導方法は異なっていました。エディは、成果を出すためには選手が2度と参加したくないというほどの厳しいトレーニングを重ねることに重点が置かれ、ジェイミーは、すべてを受け入れ、包み込むビッグダディ的存在といわれています。

 2人の違いからいえば、ジョイミーは東洋人が好む大家族を纏める面倒見のいい父親的存在、エディはあくまでパフォーマンスを重視し、彼ら1人1人のスキルを引き出す欧米型といえるかもしれません。これは社会心理学者の故三隅二不二氏(1924-2002年)が提唱した世界的に知られるPM理論に置きかえることもできそうです。

 つまり、エディはパフォーマンス(P)重視で、ジョイミーはメインテナンス(M)重視ということです。どちらも目的は結果を出すことに代わりはありませんが、P機能とM機能の両方を同じ比重で備えた理想的なリーダーは存在せず、どちらかに強みがあるため、たとえばP型リーダーには、チーム1人1人を心配するM型の女房役が必要ということになります。

 チームを家族に例えれば、P型の父親にM型の母親がいて子供は成長していくというです。ドラッカーは「働く者が満足しても、仕事を生産的に行わなければ失敗であり、逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと働けなければ失敗である」といっているのは、P機能とM機能両方の必要性を説いたものです。

 ハーバード・ビジネス・レビューに最近掲載されたリーダーやチーム論の専門家、マイク・ロビンズ氏の「従業員は2つの”承認”を求めている」という小論には、部下は常にレコグニション(成果を認める)、アプリシエーション(人間として認める)という2つの承認を求めていると指摘しています。

 これもPM理論に似た印象ですが、レコグニションは成果主義に由来し、結果という条件付きで特別賞与を出したり、表彰したり、昇進があったりすることですが、それだけでは同僚は全て競争相手になってしまい「気持ちよく働く職場」にはなりません。そこで成果という条件なしに人間としての全存在を認めるアプリシエーションがあれば、誰もが気持ちよく、いきいき働けるというわけです。

 では、リーダーに父親的、あるいは慕える師としての存在を求める日本は、パフォーマンスはともかく、アプリシエーションは十分なのかというと、そうであればパワハラは起きないはずです。アメリカの職場に日本人リーダーが入った時、問題になるのは、部下に仕事を頼むのに「Please」といわないとか、できた仕事に対して「Thank you」といわないことです。

 つまり、ロビンズ氏がいうアプリシエーションは、部下1人1人の人間として価値を認め、どんな結果であれ、基本的に部下の働きに感謝するという姿勢の必要性を説いているわけです。つまり、東洋に存在する地位による人間の上下関係ではなく、人間としては平等にリスペクトされるべきという考えに基づいたものだということです。

 ドラッカーは「弱点を直すより、長所を伸ばすことが有効」といいます。事実、ラグビーでは外国人も多い日本代表チームーですが、父親的存在であるジョセフ氏の下で力を発揮する日本人選手を見ると長所を伸ばすという意味では効果があったともいえます。

 しかし、一つ上をめざすとなれば、パフォーマンス機能強化にも注目すべきでしょう。エディが強調した選手一人一人の自発性、自主性は、その意味で重要です。ビジネスでいえば、自ら自分の役割を自覚し、目標設定を行い、コミットしていく姿勢を養うことであり、一方、リーダーは強い意思決定のもとでチームを結束させることで生産性を上げる必要があるということです。

 改善の余地があるということは日本には伸び代があるということです。しかし、そこには文化の壁もあります。だからこそ異文化の助けが必要です。異文化は自ら気づかないことを気づかせてくれるからです。

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 リーダーが職場で部下に声がけすることはマネジメント上、世界中で非常に重要といわれています。しかし、「調子はどうだい」と漠然として質問をしたら、大抵の部下は「絶好調です」とはいわないまでも「まあまあです」と答えるだけで、声がけで部下から本音を聞き出すのは難しいのが現実です。

 無論、「調子はどう?」と聞くこと自体は最初のアプローチとしては間違っているわけでなく、むしろ、「まあまあです」と答えが返ってきた後が問題です。コミュニケーションの精度を高める方法としてビジネススクールでは、アクティブ・リスニングが有効といわれています。

 アクティブ・リスニングの基本は聞き上手になることです。それも受け身の「聞く」ではなく「聴く」、つまり能動的に傾聴する姿勢が強調されています。そのメソッドでは部下から「まあまあです」との答えが返ってきたら、次ぎに「ところで〇〇案件で苦戦していたみたいだけど、今の現状はどう?」と具体的な質問に移る、その質問力が重視されています。

 人間は、自分に関心を持ち、理解を示す人間に好感も持つものです。部下は上司から、より具体的質問をされると「ああ、自分の抱えている仕事に関心を持ってもらっているんだ」と、心に響くわけです。そこまで辿り着いたとしても、次のステップを間違えると、全てが台無しになります。

 その踏み込んだ具体的質問に部下が「あの案件は、〇〇が理由で成果は出せないと思いますよ」と答えた場合、「それは、君の〇〇のやり方が問題だ」と、部下に非があるような発言をすると、部下の心は一挙に閉まり、やる気もなくなり、適当に受け答えするようになってしまいます。

 仕事ができる上司ほど、すぐに指導に入ろうとして空回りし、相手の学習の機会が失わせる例を私は山ほど見てきました。そのため、部下から、より具体的答えが返ってきた時に、すぐに自身の価値観でジャッジせず、自分の価値観は横に置き、部下の答えを確認する作業、すなわち「それは言い換えると、〇〇という意味かな」と確認する必要があります。

 特に異文化環境では、この確認作業は背景にある文化の違いからくる誤解を避けるという意味で非常に重要です。今では日本国内でも昭和生まれと平成生まれの世代ギャップは大きく、世代によって同じ状況でも驚くほど反応が異なったりするので、確認作業は重要さを増しています。

 その確認作業でも説教は禁物です。最終目標は本人の「気づき」ですから、リーダーのジャッジは必要ありません。確認するための何回かの会話の行き来の後は共感です。これが日本人には非常に苦手です。なぜなら同質性の強い日本社会は高度な共感社会で常識への共有度が高く、いちいち共感を口にする習慣がありません。

 それに日本では上司は部下とは同じレベルの人間ではないという認識が強いために共感を難しくしています。しかし、部下にしてみれば、上司が具体的質問をしたことで自分の抱える仕事に関心を持っていることを知り、確認や共感で自分に寄り添おうとしている態度を取ることで距離感が一挙に縮まるわけです。

 この丁寧なコミュニケーションは、仕事で成果を出してきた実力ある上司ほど、難しいということを私は様々な場面で見てきました。日本は職人文化が歴史的に根付き、最初の段階のテクニカルスキル習得で子弟の関係が残っています。テクニカルスキル習得段階ではある程度有効ですが、師の背中を見て学ぶ前提は部下の仕事習得意欲です。それがなければ、成り立たないものです。

 テクニカルスキルの次の段階である人を管理・指導するヒューマンスキルの段階に入ると、職人文化だけでは、どうにもなりません。特に掲げる目標に対して部下のエンゲージメント、コミットメントを高めるのは、リーダーの仕事です。つまり、部下の心をつかむ必要があるわけです。

 ところがリーダーに理系人間が多い日本では、もともと学生時代から人間より自然や物、テクノロジーに関心があった人が多く、特に人間の心理に対しては認識が浅い場合が少なくありません。それに上昇志向の優等生ほど自分の評価を高めるために上ばかり向き、下に関心を払わない傾向もあります。

 声がけの仕方や有効なコミュニケーションの方法論の根底には、人間自体に対する関心があります。人間が複雑で不確実性に満ちています。数字で割り切れる方がすっきりしていいと考える理系人間は、人間を面倒くさいと思うものです。

 しかし、信頼関係構築なしにいい結果を出すことは何においてもありえません。丁寧なコミュニケーションを支える人への関心が、驚くほどの効果を生んだ例はなんども見てきました。

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 フランスの昨年のクリスマスは、黄色いベスト運動で盛り上がれず、今年は政府の推進する年金制度改革に反対する激しいストライキで、暗いクリスマスを向かえようとしています。一方、英国は12日の総選挙で離脱派の保守党がサッチャー政権以来の大勝で、来年1月末までの離脱を確実にし、3年半に渡る暗雲が取り払われようとする中でのクリスマスとなりました。

 実は英国はフランスのような規模でストライキやデモ行進を行うことは、ほとんどありません。フランスは大革命で絶対権力者であった国王をギロチンに掛けて以来、権利を勝ち取るための抗議運動は伝統になっています。一般市民もその行動を理解し、通勤の交通手段を奪われても「彼らには彼らの生活があるから」とストライキを受け入れる傾向があります。

 実は今回の抗議運動を主導している過激な抗議行動で知られる仏労働総同盟(CGT)への労働者の加入率はけっして高いとはいえません。この20年は加入率減少に対処するため、様々な戦略変更を行っています。ただ、抗議活動は熟練しており、組合加入者でない人々への呼び掛けも積極的です。

 たとえば、今回、都市部を走る公営バスの営業所を出発する運転手に「自分だけ稼いでいいのか。俺たちは国の将来のために給料を減らしながら闘っている」などと詰め寄ったりしています。精油所を封鎖したり、大型ショッピングセンターに乱入したりして、経済活動妨害にあの手この手で、政府が11日に明らかにした改革案の詳細を受け、クリスマス時期のスト決行を呼び掛けています。

 一方、欧州連合(EU)最強の経済大国といわれたドイツも数年前までは人手不足で、シリアから押し寄せる難民やスペインなど失業率の高い他のEU加盟国からの人材受入れに積極的でしたが、経済減速が明らかになる中、暗雲が立ちこめています。

 ドイツの自動車大手は今月、相次いで大規模な人員削減計画を打ち出しました。フォルクスワーゲンの高級車部門アウディは、2025年までに国内従業員の約15%に当たる9,500人相当を削減すると発表、ダイムラーの高級車部門「メルセデス・ベンツ」やBMWも人員削減の方針です。無論、EV化に向けての莫大な投資が背景にはありますが、暗いクリスマスを向かえたことは確かです。

 EUの牽引役である仏独が暗いクリスマスを向かえているのに対して、総選挙で大勝し離脱に向けた国民の付託を受けたジョンソン首相率いる保守党政権は、3年半にわたるブレグジットの迷走の末、ようやく光が見えてきたともいえます。誰に聞いても「ブレグジットの話はしないでくれ」といっていた”うんざり感”はなくなりそうです。

 無論、本当は全てが明るいとはいえません。EUという相手のある話ですから、ジョンソン首相が望む通りにはいかないことが予想されます。たとえ1月に離脱しても、新たな通商協定をEUと結ぶ段階でもめたりすれば、来年のクリスマスは暗いものになる可能性もあります。

 EUは、移民受入れ政策で旧中・東欧諸国が加盟国の国力に比例した割当制度に反対しており、西側大国と同じ発言権を要求しています。フォンデアライエン新欧州委員長は、ポピュリズム台頭に強い警戒感を表明しているように、経済運営の苦戦でポピュリズムが益々支持される可能性もあります。その意味で2020年は、英国にとってもEUにとっても、この先を左右する正念場になりそう年といえます。

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 他国のことをビジネス・チャンスだけで見ると、その国を見誤る可能性は高いといえます。発展めざましい新興国、途上国だけともいえませんが、ポジティブな側面ばかりでなく、隠された影の部分も知っておく必要があります。特にその国のために何ができるかという視点が重視される昨今では重要な要素です。

 たとえば、平均年齢が非常若く、人口構成がピラミッド型のベトナムは、少子高齢化が急速に進む先進国が羨む状況です。若者は向上心があり、ビジネスのIT化が進む中、現地のIT関連の求人サイト「トップデブ」によれば、2020年にはIT人材が10万人、21年には19万人も不足するだろうと指摘されているほどです。

 後発メリットとでもいえることですが、未成熟な産業化社会の途上国では、逆に最先端のビジネスモデルを導入するのが容易な側面もあります。特にベトナム戦争後に意思決定の早い社会主義体制を選んだベトナムはデジタル革命時代への適応が早いと見られています。

 たとえば、ソビエト連邦崩壊後の1991年に独立を取り戻したバルト3国の一つ、エストニアは天然資源がなく、孤立した小国でしたが、インターネット経済と大規模な技術革新で危機を乗り越え、21世紀の発展モデルとして新興国や途上国の間では注目されています。

 ベトナムでは、官民問わず、急速なIT化が進んでおり、IT部門で現在1,500人を雇用している国営ベトナム郵政通信グループは、25年までに5,000人増やす計画だといい、外資系企業でも確実にIT分野の投資拡大が進んでいます。特にスマートフォンをベトナムで生産する韓国LG電子や、サムスン電子は、IT人材の大規模採用を計画しているといいます。

 ところが、それだけの規模の人材を供給する体制は国になく、ベトナム全土の大学235校のうちIT教育をしているのは153校に留まり、毎年約5万人のIT人材が卒業しているものの、即戦力になるのは1万5,000人程度といわれています。

 しかし、ベトナム戦争で疲弊した国の急速な発展とは裏腹に、その変化についていけない人々も多くいるのが現状です。これはたとえば日本企業の投資が積極的に行われているタイで、高度人材は1部であり、農家で家族思いの若い女性が、リゾート地で売春している現状は変わっていません。

 今年10月23日、イギリス ・ロンドン近郊でトラックのコンテナから39人もの遺体が見つかり、全員がベトナム人だったことが判明しました。中には15歳の少年も含まれ、世界に衝撃を与えました。彼らの目的は両親や家族のための出稼ぎだったといいます。

 ほとんどの犠牲者は、ホーチミンやハノイなど高層ビルが建ち並ぶ大都市出身者ではなく、貧しい農村部で生まれ育ち、十分な教育を受けられず、発展から取り残された人々でした。亡くなった5歳の女性は日本の弁当工場で3年間働いた後、今度はロンドンをめざし悲劇が起きたといいます。深いため息の出る話です。

 実は発展めざましいベトナムでは、未だに出稼ぎ労働者が国の経済を支えている実態があります。これは、フィリピンから水商売目的で来日する若い女性の不法就労なども同じことですが、多くは国際的犯罪組織である悪質なブローカーが手助けし、酷い搾取を行っているのが現状です。

 ロンドン郊外のトラックのコンテナで発見された女性も、そのようなブローカーによって連れて行かれ、犠牲になったわけです。欧州ではそんな悲劇は今、人身売買の国際ブローカーの手で地中海を命懸けで渡るアフリカの不法移民に山のように起きています。

 安定した持続可能な経済発展が急務な世界は、まだまだ理想とはかけ離れた厳しい現実の中にあるといえます。

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 フランスでは、5日に始まったマクロン仏政権が計画する年金制度改革に反対する全国規模のストライキが続いています。1995年にも同様な規模のゼネストがありましたが、今回はサラリーマンの対応も大きく違っています。24年前の3週間以上続いた恐るべきストを経験した私も、時代の変化をまざまざと見せつけられる思いです。

 フランスは1995年11月に起きたゼネストで1っカ月近く公共交通機関だけでなく、公共セクターのサービスが止まった最悪の事態を受け、今では、どんなストライキでも最低限の公共サービスを義務づける法律が施行されており、たとえば、公共交通機関の全面ストップは禁じられています。

 とはいえ、誰もが通勤に使う公共交通機関である大都市の地下鉄や都心と郊外を結ぶ電車が5本に1本しか走らないとなると、サラリーマンは困ります。実際、通勤電車の間引き運転により大混乱が生じ、今は24年前と違い、ストライキなら会社を休めばいいという風潮もありません。

 数少ない本数の電車にギュウギュウ詰めで乗る乗客のイライラも24年前には見たことがなく、暴力的小競り合いも起しています。結果、皮肉にも温暖化対策で大都市への車の乗り入れが制限され、電車通勤が奨励されている状況の中で起きたストライキで、道路は車で溢れています。

 忘れもしない24年前、パリ東郊外に住んでいた筆者は、凱旋門近くの美術館で開催された高山辰雄展の記者会見に出席するため、11月に吹雪の中、早朝、徒歩で3時間掛けて凱旋門に向かいました。携帯電話も普及しておらず、当然メールなどもなく、到着したら記者会見は中止と伝えられました。

 当時は通信手段が限られていただけでなく、ネットを通じた様々な仲介サイトもありませんでした。できたことはヒッチハイクか、徒歩、自転車と手段は限られていました。今回は、車の相乗り情報を提供するサービスや近所の人が車を貸し出すサービスなどの仲介サイトの利用率が急増し、代替交通手段確保に役立っています。

 たとえば、近所の人の車をレンタルする仲介サイトでは、1日25ユーロで借りられ、遠くのレンタカー屋で1日65ユーロの車を借りる必要はありません。今回は相乗りサービスでの利用料金を自治体が負担するケースもあり、無料で利用もできます。

 さらにストライキによる自分に必要な情報をネットでリアルタイムにチェックすることもでき、ラジオに釘付けになった24年前とは大違いです。携帯電話があれば記者会見の中止も電話で確認できたはずです。

 とはいえ、パリ首都圏で公共交通機関利用者は毎日、約440万人といわれ、十分な交通手段が提供されていない現実もあります。さらには温暖化対策で通勤での車の利用を制限する方向に向かっており、公共交通機関の利用は増える一方です。現在、パリ首都圏では200キロ以上の線路設置のプロジェクトが進んでおり、無人電車になるとしています。

 ゼネスト自体もSNS上で呼び掛けられ、動員は容易になっています。同時に政府の年金改革に対するポジティブ、ネガティブの意見が飛び交い、24年前に比べ、ストライキへの支持率は大きく減っています。革新的情報手段の進歩は、人々の生活も意識も大きく変えていることを体感しています。

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 EU離脱派の元欧州議会議員でジャーナリストのダニエル・ハンナン氏が、ブレグジット後は日本との関係強化が英国経済の成長で重要というコラムを英テレグラフに寄稿しました。今さら引き返すことはできないブレグジット、人々の関心はブレグジット後の英国がどうあるべきかに関心が移っているともいえます。

 ハンナン氏は、英国が欧州連合(EU)を離脱する理由は、自国の法律を優先する民主的な自治を取り戻すことと、自国の外交政策を追求し、EUを介さず自主的に貿易できる2点とした上で、日本がこれまで英国に対して、EU域内では最大の投資を行ってきたパートナー国でブレグジット後の経済発展に欠かせない存在と指摘しています。

 ハンナン氏によれば、世界3位の経済大国の日本は、古くから英国を重要なパートナーと考え、日本が高い目標掲げる投資や金融サービス、デジタル貿易などの分野は、英国が収益を伸ばそうとしている分野と合致すると主張しています。

 EUに縛られない独自の通商戦略で動くことを主張してきた離脱派としては当然の主張という部分もありますが、これまで彼らは、”特別な関係”のアメリカや英連邦に属するカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、さらには英国法に由来するコモン・ローを持つマレーシアなどと、新たな貿易協定を結ぶことの重要性を強調してきました。

 そこに日本を加えるだけでなく、世界第3位の経済大国との新たな通商関係を結ぶことは、英国にとってアメリカとの関係同様、重要だとナンハン氏は主張しているわけです。しかし、日系企業が英国を欧州のヘッドクォーターに選んでいる理由は、英語圏であることやEUと市場が一つになっていることで関税障壁がないことなどが主な理由です。

 確かにハンナン氏が指摘するように第1次大戦以前は、日本は英国を重要なパートナーに選び、戦後、日英関係は驚くほど回復し、今に至っています。第2次世界大戦で蔓延した反日感情は今はなく、在英日本人の数も欧州最大です。

 同じ島国である英国は欧州大陸を背景に大西洋に面し、日本はアジア大陸を背景に太平洋に面し、共にアメリカを最大の同盟国にしてきた共通点もあります。

 EUにネガティブなハンナン氏は「農産物の規格や製品の関税についての議論をEUは重視するが、そんなものは20世紀の遺物だ」と切り捨て、英国は「日本をはじめとした同盟諸国と、それぞれのサービスについての相互理解、公平な投資、越境データ移動、サービス提供者への規制緩和などに関して最先端の協定を結ぶ道を模索すべき」として、これぞ21世紀の貿易だと書いています。

 過去、世界を主導した環大西洋文明のアメリカと並ぶ主役だった英国は、今度は環太平洋諸国との関係強化に関心を抱いています。中でも日本は、同じ価値観を共有し、技術と経済を先取りする先進性を備えた国とのイメージがあり、ブレグジット派には大きな魅力といえるのかもしれません。

 無論、保守党の古い議員の中には、未だにネガティブな対日感情を抱く人はいないとはいえませんが、ブレグジットは英国が生き残りをかけた大きな懸けでもあり、日本は無視できないというわけです。ならば、日本企業が英国に留まれる環境を整える必要が彼らにはあります。ハンナン氏は関税重視は古いといっても、競争力を左右することは否定できません。

 EUあっての英国という日系企業が圧倒的に多い中、ブレグジット後の英国は、どうやって彼らを引き止められるのか、具体的な施策は示されていません。全て個別に各国と協定を結ぶといいますが、ハンナン氏を含む離脱派が主張する公平性をどう保障するのかも見えていません。

 無論、日本は英国との関係を重視していくことに変わりはないと思いますが、英国からのラブコールに対して、停滞気味の日本企業にとってもチャンスであるのも事実。同時にブレグジット後の混乱への慎重で柔軟な対応と、対英政策の新たな思慮深いスタンスが日本には求められているといえます。

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 アメリカや世界の人々の問題意識や意見、傾向に関する情報を調査するシンクタンク、米ピュー研究所の最新の調査では、アメリカ及び欧州諸国では、対中感情が悪化していると報告されています。結果は米ニュースウィーク誌などが引用し伝えています。

 調査は34カ国、3万8000人以上を対象に今年5月13日から10月2日にかけて長期に行われ、中国を好ましくない国と思っている人の割合(各国の中央値)は41%、好ましい国だと考えている人の割合(同)は40%で、昨年の調査よりも対中イメージは悪化したことを紹介しています。

 日々、変化しやすい国のイメージですが、特にアメリカ、カナダ、オーストラリアでは、確実に対中イメージは悪化しているとしています。これらの国は移民によって形成された多文化共生主義の国で、国家理念がはっきりしている国だという特徴があります。

 中国を好ましくない国と答えた割合はアメリカで60%、カナダで67%と、それぞれ過去最高、もともと対中感情が良くない日本では85%、スウェーデンでは70%、フランスでは62%でした。隣国日本は、領土問題など安全保障問題で直接的な利害関係を抱えていますが、他の欧州諸国は違った理由といえます。逆に中国に最も好意的なのはロシアで71%がポジティブで前年比でも6ポイントも増えています。

 そうしてみると2019年の世界は多極化というより、2極化が進んだといえます。ヨーロッパの場合は、私の長年の体感では、地政学的に距離があるため、中国に対する無知も手伝って、中国に対して日本よりはるかに好意的だったのが最近、アメリカの動向などを踏まえ、好ましくないイメージに転換していると考えられます。

 英国はキャメロン政権時に安全保障に関わる原発施設建設で中国の莫大な投資を受け入れたり、アメリカ・日本に対抗して中国が立ち上げたアジアインフラ投資銀行(AIIB)にいち早く参加を表明し、政治と経済は別物という認識で、中国に急接近しましたが、今は警戒感の方が高まっています。

 全体としては、トランプ政権が浮き彫りにしたファーウェイに象徴される中国企業と中国共産党政府の密接な関係、香港の抗議デモの長期化で見えてきた中国の姿勢は、反中感情を高めたといえるでしょう。ITコミュニケーション革命で民主主義の膳弱さが浮き彫りになる中、情報を集中と迅速な意思決定が可能な独裁国家が台頭している状況も対中感情に悪影響を与えているといえます。

 最近、日本を訪問した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者で東アジア研究の権威といわれるアメリカのエズラ・ボーゲル氏(89)は、日本を含む欧米先進国は成長した中国を受け入れるべきと発言していますが、国際世論は数値的には逆の方向に動いているといえます。

 ロシアはけっして中国と友好国とはいえない一方、あまりにも長い国境を抱え、最近はアメリカに対抗するという共通の目的で、ロシアが戦略的に天然ガスのパイプライン開通などで急接近し、共同軍事演習を行うなど、外交接近しています。

 トランプ政権が持ち出した対中貿易戦争は、リベラル派が好きな多極化均衡論に反し、2極化を進め、第3次世界大戦の様相を呈していると指摘する人も少なくありません。ただ、東西冷戦時代とは状況は異なっており、成長するアジアや南米、アフリカ諸国の動向も2020年は気になるところです。

 元はといえば、中国が改革開放で経済成長を優先する方向に舵を切り、政治は「社会主義、経済は資本主義」と使い分け、自由貿易圏に入ってきた時に、欧米諸国は「豊かになれば、国民はより自由を求め、一党独裁の社会主義体制は崩壊する」と読んでいたのが、そうならなかった誤読への後悔があると私は見ています。

 今でも中国の内部崩壊に期待を託す西側諸国の人は少なくありませんが、欧米人では読めない中華思想や民族主義、ナショナリズムの方が、自由主義に勝っている状況は、2020年も変わらないことが予想されます。今まで関心も持たれていなかったウイグル族への弾圧など中国の人権弾圧の内政が、さらに明らかになる中、反中感情が軽減されるとは思えない状況です。

 その意味ではリスク拡散ということで、グローバル企業は中国以外の選択肢を求め、拠点の移動は止まらない可能性も十分考えられます。また、中国から本国に引き揚げ、国内生産の比率を上げる選択をする企業も増える傾向も見えた1年でした。

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 スペインで開催中の第25回気候変動枠組条約締約国会議(COP25)で、スウェーデンのグレタ・トーゥーベリさん(16)が存在感を示しています。同じ少女でパキスタンでタリバンから銃弾を受け、九死に一生を得たマララ・ユスフザイさん(当時15歳)がいますが、彼女は女性の教育普及、人権活動家ですが、2人の違いは、自ら犠牲者なのかどうかということです。

 それはともかく、世界には今、香港で若者を中心に中国中央政府に対して、一国二制度の維持を訴えるデモが半年以上続いています。若者たちが危機感を抱いて立ち上がる例では1960年代から70年代にかけての学生左翼運動が思い起こされますが、彼らが世界を大きく変えることはありませんでした。

 そこで考えさせられるのは、あることに危機感を抱き、それを根本的に変えようとする時の効果的アプローチとは何かということです。これは第4次産業革命ともいわれるデジタル革命を生きる企業にとっても、ドラスティックな変革を迫れる中、変革の実効力が問われているという意味で通じるものがあります。

 グレタさんのアプローチは、危機感を煽り、聞く者に良心の呵責を引き起こさせるネガティブアプローチです。無論、若者の曇りのない純粋な心を持った主張に大人が耳を傾けることは重要です。歴史上、革命が若者によって起きる例は、たとえばチュニジアのジャスミン革命では、路上で物売りする大学まで出た青年が独裁政権に抗議し焼身自殺したことが発端でした。

 若者は自らを拘束する重たい現実があまりないだけに、理想とはほど遠い矛盾と不義に満ちた現実に不安や怒りを感じる正義感で行動する場合があります。それが1960年から70年代に左翼運動として爆発したわけですが、現状を変更する方法論やイデオロギーに間違いがあったということです。

 たばこのパッケージに肺がんで真っ黒になった肺の中の写真をプリントしたりするのもネガティブアプローチです。それを見たら誰もが恐怖を感じ、たばこを吸わなくなるかといえば、そんなことはありません。私のヘビースモーカーの友人は「たばこをやめたら早死にする」とうそぶいて、吸い続けています。

 人々の良心に訴えかけ、危機感を煽る方法は、結論からいえば、大きな効果を生むとはいえないことは、世界の第1線の心理学者が言っていることです。それは一時的共感を得られても結果を生むための大きな効果は期待できません。人によって危機感に違いがあり、共有は難しいからです。

 バチカンのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの「最後の審判」は、典型的なネガティブアプローチです。イエスの教えを守らなければ恐ろしい地獄が待っているという恐怖心を与えて信仰を強めようとしたものです。しかし、その後の世界は人々がより自由と豊かさを求め、科学的根拠を重視するようになり、単純な恐怖信仰の強要は極端にいえば逆効果だったともいえます。

 これは組織が変革を必要とする時に、たとえば「国外に出てグローバル化しなければ、会社は滅ぶ」というネガティブアプローチに置きかえられますが、その危機感を組織全体で共有するのは難しいでしょう。会社が業績を改善するためにリストラで人員整理が必要という時、従業員は解雇という別の危機感に意識を奪われます。

 つまり、「もし、〇〇しなければ、こんな悪い結果になる」というネガティブアプローチより、「もし、〇〇すれば、こんないい結果が得られる」というポジティブアプローチの方が、はるかに人間にとって有益で効果的ということです。そこには結果を出すための方法論も提示されるからです。

 無論、まったくネガティブアプローチが必要ないということではありません。ただ危機感があてにしている良心や良識は相対的で人によって違うために、ネガティブアプローチは一定のブレーキの効果はあっても、問題解決にはならないということです。

 たとえば、フランスでは、今年、スリが急増しました。背後にはルーマニアなどの東欧のロマを手先とする犯罪組織があり、最近はモロッコの犯罪組織が摘発されました。彼らを犯罪に駆り立てるのは貧困です。彼らを何回逮捕して罰を与えても貧困が解決しなければ再犯を繰り返します。

 つまり、罰というネガティブアプローチだけでは、根本的な解決に繋がらないわけです。重要なことは希望をもたらす問題解決の具体的方法とともに、ポジティブにアプローチする方が危機を脱するためには、はるかに効果的ということです。無論、その前提には明確なヴィジョンが必要だし、進捗をを徹底管理することも必要です。

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  リヨン国際美食館に生まれ変わったリヨン中心部にある巨大な旧オテル・デュー

 フランスといえば、この1年、毎週土曜に恒例となった黄色いベスト運動のデモ。今月はもしかしてゼネストが1995年の1カ月近く続いた時の再来ともいわれ、暗いクリスマス時期にニュースが流れています。加えてもしかすると、この時期を狙ったテロの脅威も高まっています。

 それでも外国人観光客の数は、政府がめざす年間1億人に近づいており、観光大国恐るべしです。その観光の目玉の一つがフランスの食文化。フランス料理は未だに世界に不動の位置を占めており、2010年にはフランスの食文化は世界無形遺産に登録され、さらに世界的評価を高めています。

 モンサンミッシェルを初め、古代遺跡や古城、美しい歴史的村など30以上の有形の世界遺産とともに、美食文化(ガストノロミ)はフランスの重要な観光資源であることは誰もが認めるところ。その中心都市といえば、リヨン。そのリヨンに今年11月26日、リヨン国際美食館がオープンしました。

 フランス南東部に位置するリヨンは、パリからTGVで2時間程、マルセイユと並び、パリに続く大都市で、北側には老舗ワイナリーが並ぶブルゴーニュ地方が控え、リヨンは絹織物で栄えた商人の街でもあり、周辺で取れる豊かな食材と古代ローマ時代からの歴史が持つ多様性から、ガストノロミを育んだ街です。日本でいえば京都のような街です。

 そんな街の観光の目玉にもなりそうな国際美食館が、2020年10月に最初の名誉招待国とした選んだのが日本。特別展「日本食月間」が、日本の外務省、農林水産省などが連携し開催されるそうです。企画展のテーマは「食」で、出展自治体は、食をテーマとして工芸品の展示、販売、ワークショップなどにより、食文化を通じた地域の魅力を発信することが可能ということです。

 単に高級和食の紹介に留まらず、食ブースでは、郷土産品の試食会を行うとしています。特に日本食月間では「伝統と先端と」展が準備され、出展する地方自治体の募集も始まっています。世界で最も和食が定着してしまったフランスでは、サラリーマンの昼食でも和食は極めて一般的です。

 元々の食の目利きとして知られるフランス人は、洗練された和食の価値をいち早く認め、私がインタビューした数名の有名シェフで和食を評価しないフランス人は一人もいませんでした。昨年8月に他界した故ジョエル・ロブションは「日本では優れた料理を安価で気軽に食べられる素晴らしい文化がある」と称賛し、日本でも積極的に出店しています。

 新美食館は、リヨン市内を流れるローヌ川とソーヌ川の間のまさに市内中心部に位置し、17世紀の歴史的建造物であった旧施療院(病院)を5年を掛けて改修した建物。「オテルデュー」と呼ばれる施療院は「神の家」という意味で、中世にパリのほかフランス各地に建てられ、周辺の王侯貴族や修道院が運営するワイナリーから資金が寄進され、貧しい人、難病に苦しむ人を療養する施設でした。

 改装された館内にはには実際に料理のできる実用的なキッチンスタジオやタッチスクリーンによる説明、子供向けの体験スペースなども準備されています。

 ポールボキューズなど、世界的に知られるシェフを輩出したリヨンは、ミュシュランの星付きレストランが多く存在する美食の街。同美食館は複合施設として設立され、5つ星ホテルや商業施設、レストランなどが入り、フランス人も1度は行ってみたい新たな施設となっています。

 昨年から今年初頭にかけ、日仏交流160周年のイベントが様々な美術館、博物館で精力的に開催され、竹細工から現代美術まで多くの来館者を集めました。過去のいかなる時代より日本文化に対する評価が高まる中、文化交流の深まりは日本人にとって嬉しいことです。

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  パラグアイ北部パラグアイ川流域に暮らすインディオたち(筆者撮影)

 あることをきっかけに中南米社会に深く触れるようになって理解したのは、アメリカへの非常に複雑な思いでした。たとえばベネズエラ、コロンビア、ボリビアなどのアンデス諸国は、反米か親米かに分かれ、その現象こそ彼らのアメリカへの複雑な思いを象徴しています。

 反米の理由には、歴史的背景はもとより、アメリカとは反りが合わない社会主義、あるいは独裁政治にあることは明らかですが、それだけでなくアメリカ人の上から目線の態度への反発も反米感情を育てているといえます。

 ある時、南米の最貧国の一つといわれるパラグアイで、アメリカの大学生の視察研究グループに遭遇したことがあります。彼らは首都アスンシオンだけでなく、パラグアイ人も眉をひそめる先住民インディオが暮らす奥地まで行ってフィールドワークした帰りでした。

 彼ら数人と話す機会があり、感想を聞くと「未だに全近代的な暮らしをするインディオは馬鹿だと思った」「こんな国に生まれなくて良かった」「問題解決する意志がないなら、投資しても無駄だと思った」など、ネガティブな意見が大半を占めました。

 私はてっきり、世界一の経済大国に暮らす若者が、逆に南米奥地のプリミティブな生活に憧れる部分もあるのかと思っていましたが、「あんな生活を1,000年以上続けるなんて、本当に愚かだ」という物言いに逆に驚かされました。ただ私の知る限り、大半のアメリカ人は国外に関心はなく、無知だということもあるとは思いますが、その馬鹿にしきった態度に少々呆れました。

 さらに国連の途上国支援プログラムで働くアメリカ人職員とパラグアイで遭遇した時も、上から目線に呆れたことがあります。ホームレス化した人たちの支援活動をしているのに「彼らは無責任で、まともな生き方ができない、どうしようもない連中だ」と侮蔑の本音を語っていました。

 翻って日本は、途上国に対してどうなのか。相手国の復興プロジェクトに日本企業が加わることは多いのですが、インドネシアの政府関係者に話を聞くと「最初から損得勘定が露骨だ」といい、話を持ってくる政府系の日本人に対しても「今度はどんなビジネスできたんですか」と聞き返すこともあるといいます。

 近年、日本企業は、国内市場で成長が見込めないので海外に出るという話は山のように聞きますが、ビジネスの論理としては正しくとも、進出する先の国のことをどこまで考えているか疑問です。賃金が安いから生産拠点を移し、その国の人も雇用して貢献でき、Win Winの関係といいますが、相手国の人にとっては複雑です。

 なぜなら、さらに生産コストを下げられる賃金の安い国があれば移動していくからです。今は急成長する新興国、途上国でのビジネスが盛んで、単に労働力供給国ではなく、市場としても魅力を放っています。そのため進出する外資系企業には、ローカリゼーションが、この10年重要さを増しています。

 その国の国民に愛され、感謝される企業にならなければ、根を張ることはできません。その国の人にとっては、国や地域に継続的に貢献してくれることが重要です。逆に言えば日本市場の逼迫が理由だとしても、よその国に荒稼ぎするために土足で踏み込むことはできないということです。

 ビジネスの基本は信頼関係の構築ですが、信頼関係は共有できるヴィジョンがなければ成り立ちません。飲み食いを繰り返し、ゴルフをいくらしても深い信頼関係はできません。そのヴィジョンは、途上国にとっては豊かで安定した安全な国づくりです。

 上から目線で「発展しないのは、その国の国民が怠惰だからだ」とか「いい加減な生き方しかできないからだ」という態度では、単なる経済植民地と同じです。それに成長する国のおかげで先進国の経済が救われている側面もあります。つまり、支援の波に乗って国内で行き詰まった企業が救われる例も多々あるということです。

 無論、採算が合わずに撤退する日本企業もありますが、中身を見ると、特に大手の中にマネジメントのまずさが目立ちます。いすれにせよ、国を超えるということは、相手の国や地域の役に立つ、貢献するという姿勢が絶対に必要だし、支援を受ける側にもプライドがあり、複雑な心が存在することも理解すべきでしょう。

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 ペシャワール会の中村哲医師(73)がアフガニスタン東部で殺害され、欧米メディアも一斉に速報で報じました。「いいことをしているのだから守られるはず」という考えは、まったく通じない現実を見せつけられ、日頃、医療から農業用水整備まで幅広い分野で精力的にアフガン復興に貢献した偉大な人物も標的になる現実を思い知らされました。

 反政府勢力のタリバンまで「中村医師は、わが国の復興に尽力しているので襲撃などしない」という声明を出していますが、アフガン国民の支持あってのタリバンにしてみれば、当然といえるでしょう。それに日本はタリバンの敵であるアメリカの同盟国とはいえ、タリバン掃討軍事作戦には一切関与してきませんでした。

 ならば誰がということですが、一つ浮上しているのは、過激派組織イスラム国(IS)です。なぜなら、非常に計画的で、これまでに分かっている事件当時の状況から、中村医師自身が標的だったことが伺えるからです。シリアで支配地域を失い、最高指導者のバグダディ容疑者を殺害され、劣勢にあるISは、世界が注目するテロを実行し、存在感をアピールする必要があるという見方です。

 長年、治安分析を仕事としてきた私からすれば、テロの原則は「注目度の高い場所で注目度の高い標的を、注目度の高い方法で実行する」ことです。9・11の世界貿易センタービルやペンタゴン、世界的に知られるフランスの風刺週刊紙シャルリー・エブドの編集部やパリのバタクラン劇場、最近ではロンドン橋など、いずれも実行すれば、トップニュースになるテロです。

 もし、仮に金目的なら、紛争地域や不安定地域で多発する外国人誘拐が考えられますが、最初から中村医師殺害が目的だったように見えます。21世紀のモンスターといわれるISは人間の心理に精通し、どうしたら人の心を揺り動かし、注目度を上げるかは、よく分かっています。

 人道援助援助関係者でいえば、バグダディ容疑者が、アメリカ人援助活動家だったケーラ・ミュラーさんを拉致し、散々もてあそんだ挙げ句殺害した悲劇がありました。そのため米軍特殊部隊は、バグダディ容疑者殺害の作戦名を「ケート・ミュラー」としていました。この悲劇は全アメリカ国民の心を揺り動かしました。

 2016年にバングラデシュの首都ダッカの高級飲食店で日本人7人を含む20人が殺害されたテロ襲撃事件では、殺害された職員は純粋な人道援助とはいえなくても、日本のODAの仕事に関わる人たちでした。「あなたの国のため、いいことをしているから助けてくれ」という言葉は通じませんでした。

 アフガンでは2008年8月、中村医師が所属するペシャワール会のスタッフとして現地で復興支援に尽力していた伊藤和也さん(当時31)が武装集団に拉致され、殺害されました。中村医師は同会の日本人スタッフ全員を撤収させ、自分だけ残って命懸けの活動をしていました。

 2018年だけで武装組織などに襲撃された国連や赤十字、国際的NGOの職員ら、援助関係者は405人にのぼり、131人が死亡し、130人が誘拐されたという数字もあります。紛争が続くアフリカでは、日赤職員や人道支援関係者が命を落とす例は数知れません。

 つまり、平和な日本では考えられない残虐で死と隣り合わせの状況の中、人道援助活動が行われている現実があるということです。心配なのは今回の事件で、人道支援活動の火が日本から消えることです。キリスト教の欧米諸国では死の犠牲は崇高なものという考えがありますが、日本はどうでしょうか。

 軽い動機で紛争地域に向かうとんでもない日本の若者は論外ですが、中村医師の命懸けの足跡と示した平和主義が、日本のこれからの人道支援活動に良い影響があることを祈るばかりです。

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