安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

26072062704_2994169f10_b

 新型コロナウイルスを抑え込むことに成功した国として、中国、韓国、シンガポールなどが挙げられています。いずれも強権発動が功を奏したと思われています。無論、対策が手遅れで全土を封鎖したにも関わらず、感染死亡者が爆発的に増えたイタリアやスペインも最終的には強権発動しています。

 疫病対策の基本は、人と人が距離を取るソーシャル・ディスタンシング。私は言語の問題にも注目していて、日本語はあまり唾を飛ばす言語ではありませんが、韓国語には発音で爆発音というのがあり、たとえば釜山をプランとブサンと両方使っているのは「부산」の「부」は「プ」あるいは「ブ」とも聞こえる爆発音で、当然、唾が飛びます。

 イタリア語、スペイン語、フランス語の発音も飛沫の多い言語です。ソーシャル・ディスタンシングといっても、マスクなしで喋ると感染は早いかもしれません。南欧には握手だけでなく、頬にキスをする、抱擁する習慣があります。インドは世界一人的距離が狭い国で、日頃の習慣を変えるのは大変です。

 しかし、疫病対策はソーシャル・ディスタンシングを徹底し、感染者の隔離を行うためには、国民の自発性にまかさえるだけでは限界があり、中央政府の権限強化も必要です。各国首脳は「戦時下」にあることを強調し、政府が国民生活を大幅に制限する厳しい措置をとることに理解を求めています。

 英保守系メディア「ザ・テレグラム」は、この中央政府に強権を与える現象に対して懸念を表す記事を掲載しています。記者のティム・スタンレー氏は、昨年出版されたロンドン大学のジョン・ヘンダーソン教授の著書『包囲されたフィレンツェ)』を引用しています。

 1629年にイタリア・フィレンツェでペストが大流行した際の出来事を記した本の中で、当時、市は市街周辺に検問所を設け防疫線を張ったにも関わらず、農民たちはうまくすり抜け効果がなく、瞬く間に大勢の市民が死亡したそうです。そこでフィレンツェ市は1630年1月、ロックダウンを実施し、食糧は各世帯の玄関先に届けられたそうです。

 スタンレー記者はそれを「近世初期で最も社会主義に近づいた瞬間だっただろう。この外出禁止令を破った者は、誰であっても厳罰に処された。罰則には投獄も含まれ、それはほぼ死を意味しただろう」と書いています。結果、「仕事場は閉まり、娯楽は禁止され、恋人たちは引き離された。司祭たちは鐘を鳴らして礼拝の開始を知らせ、街中の人々は自分の家で祈りをささげた」。

 「夏になるとペストはようやく収束した。市民たちは聖体の祝日に街に繰り出し、神に感謝の意を表した」とあり、ロックダウンを断行したフィレンツェの致死率は他の都市(たとえばベローナで人口の61%が死亡)と比べ、低かったといわれ、ロックダウン効果は大いにあったことを記録されています。

 無論、当時は今ほど民主主義が成熟していたわけではなく、権力者に属する大商人や聖職者が幅を利かせ、民意なるものが反映される政治が行われていたとも思えませんが、着々と近代市民社会に向かっていたルネッサンスの時期に、疫病対策で社会主義的強権が下された時期でした。

 スタンレー氏は「皆がリバタリアン(自由至上主義者)だと思っていたボリス・ジョンソン英首相は、戦時共産主義と類似した思想と手を結んだらしい。英政府はこれから財政出動や市民的自由への介入について大きく、非常に大きく動こうとしている。」ことに懸念を表明しています。

 戦争という言葉を使えば、権力者はどんな権力をも行使でき、それに味をしめた権力者(官僚も含まれる)は、なかなかその体制を手放そうとしなくなることを懸念しているわけです。戦争という言葉を使えず、法律すら存在しない日本では、むしろ政府の及び腰が問題ですが、英国はまったく違った状況です。

 それにブレグジットで3年7カ月も迷走した原因は民主主義のシンボルである議会で紛糾し続けたことが原因でした。だから英国民は、今回の疫病対策では迅速で大胆な対応をジョンソン政権が取ることを期待しています。リバイアサン(強大な国家権力)についてスタンレー記者は「英国は第2次大戦の終盤にそれを経験し、元に戻るまで40年以上かかった」と指摘しています。

 危機対策の財政出動も小さな政府を追求するリバタリアンには警戒すべきことです。中国と並び韓国が迅速に対策を講じられたのも、社会主義者の文在寅大統領のリーダーシップと、常に北朝鮮との有事という韓国の特殊事情があり、強権発動が容易だったことが伺えます。

 しかし、疫病対策で成果を上げたから社会主義がいいとか、大きな政府が正しいというのは非常に危険な考え方です。強大な権力を一人の人間もしくは集団に長期にわたって与えて良かったことは、歴史上ほとんどありません。人は金と権力、名誉や地位には弱いものです。

 スタンレー記者が結論づけているように、たとえ有事であっても国民は黙るのではなく、疫病押さえ込みという共通の目標に向かって、政府が打ち出す対策に違和感を覚えれば、声を上げるべきだというのは正しい主張だと思います。無論、危機対策では意思決定は絶対的に重要だし、従うべきです。

 しかし、意思決定に向かうプロセスで、それぞれの立場で政府に対して警鐘を鳴らすのは間違っているとはいえません。意志決定者である政府は、そのような意見に真摯に耳を傾けながらも迅速に決断していく必要があります。

 特に今の日本政府を見ていると疫病対策に優先順位をつけられない状況に陥り混迷しているように見えます。英国と違い、まずは人命と経済で優先順位を明確にする必要があるでしょう。

ブログ内関連記事
日本人の強い戦争アレルギー 海外から違和感を持たれる不思議な平和幻想の国
グローバルリスクで官僚体質露呈 リーダーの見識と心が問われている
コロナ危機と自由主義の崩壊? 両者を結びつけるほど愚かなことはない


 

Abe mask

 新型コロナウイルスの対策として、日本政府がマスク2枚を全国民に配布する方針を打ち出し、世界から失笑を買っています。政府が国民を思う気持ちは、その程度かいうわけです。目的は感染拡大防止のためにマスクをしてウイルスをまき散らさせないようにするということでしょうが、国民は有り難いとは受け止めないでしょう。

 30年前の話ですが、ある取材のため、京都大学の名誉教授だった故会田雄次氏の自宅を訪ねたことがあります。当時、日本を代表する知識人といわれ、保守の論客として活躍していた会田氏と対面した時、日本はバブル経済の頂点にあり、欧米先進国を抜く勢いなどといわれ、鼻息が荒かった時期でした。

 そこで会田先生は私に「欧米人はソーシャビリティ、ホスピタリティという点で、今日なお世界の田舎者である日本人とは段違いに訓練されているため、本心を把握するのは困難だ」と仰ったことを鮮明に覚えています。今のとは時代も違いますが、話題は親日家といわれる欧米人が急に日本批判を展開したりする現象についてでした。

 そこで飛び出したソーシャビリティとホスピタリティは、なぜ、会田氏が日本語でいわず、英語でいったのかというと、なかなか英語を置き替えることができる適切な日本がないからです。今ではホスピタリティは「おもてなし」などと訳されていますが、それでも十分な訳語とはいえない。

 今では、企業のIT管理者が「ソーシャビリティテスト」と呼ばれるテストを頻繁に実施して、さまざまなソフトウェアが1台のコンピュータ上で調和して動作することを確認する時に使われる用語を連想する人もいるでしょう。ソーシャビリティは田舎者の対義語ともいえ、一般的には社会性、社会力、円滑な人間関係を築く洗練された態度を意味するソーシャルスキルです。

 日本では高校や大学を卒業すると「社会に出る」といい、受け入れる側の企業は、社会性を身につけさせるのが新入社員研修の基本です。しかし、社会という言葉は日本の歴史では明治以降にできた新しく言葉で、世間という言葉を置きかえたものといわれ、日本にはもともとない概念です。

 たとえばヨーロッパは「広場の文化」といわれ、町の中心には教会や役所、有力商人の館に囲まれた広場があります。ベルギー・ブリュッセルのグラン・プラスやパリのコンコルド広場がそれに当たりますが、その広場は政治、祭事を行う場であり、民主主義の原型ともいわれています。

 つまり、公(おおやけ)という概念です。これが市民が作る社会に繋がっています。農業国の日本は家族、親族、一族、村、農民、庄屋、氏族、権力者は存在しても、全員が参加する公の場はありません。市民というコンセプトもありません。当然、ソーシャビリティも必要なかったといえます。

 新入社員に社会性を身につけさせるといっても、日本にはソーシャビリティの訓練を受けたエリートという概念はないので、社会のルールー、ビジネスマナー、会社個々の文化習慣を教えることを意味しています。本当は欧米のビジネスエリートと渡り合うためのソーシャビリティは、そんなものではありません。

 実はグローバルビジネスで学ぶべきは、このソーシャビリティにあるのですが、今の世界の現状では、ソーシャビリティやホスピタリティの訓練を徹底して受けているヨーロッパ先進国が経済的には発言力を失っており、世界1にこだわる田舎者のアメリカ人や面子にしか興味のない中国人が幅を利かせているために、ソーシャビリティやホスピタリティは二の次と受け止められがちです。

 しかし、国連やトップ外交の場、グローバルビジネスの場では、ソーシャビリティとホスピタリティは必須であることに変わりありません。そういうと「日本人のホスピタリティは世界的に非常に高い評価を得ているじゃないか」という人もいるでしょう。

 無論、お客さんをもてなすという意味では、客の要求を高いレベルで察知し、丁寧に答えていくという意味では日本のおもてなしはレベルが高いといえます。しかし、職場におけるホスピタリティは、どうでしょうか。従業員の仕事に見合った給与体系や福利厚生、生産性を高め労働時間を短縮し、休暇を増やす努力は十分とはいえません。

 ホスピタリティの本質である円滑な人間関係構築という意味でも、社員が本音をいえないギスギスした職場では、社員のモチベーションは高まりません。全員がお互いを思いやりながら働ける環境づくりが必要ですし、特にリーダーの部下へのホスピタリティが重要いう考えが十分に普及していません。

 その意味では、ホスピタリティは顧客に適応されても社員には適応されておらず、金儲けの手段でしかないのは世界に誇れるとは到底いえません。今は新型コロナウイルスで政府が国民一人一人の人命を優先するのか、企業活動を優先させるのかでもホスピタリティが問われています。

 軽症感染者を病院ではなくホテルで隔離する方向のようですが、その隔離先が空気の悪いビルの谷間に建つ一部屋3畳しかないビジネスホテルで、どうやって数週間過ごすのでしょうか。世界的レベルでは人間扱いとはいえず、免疫力を落とす逆効果も考えられます。国民に対する自治体のホスピタリティが問われるところです。

 ソーシャビリティとホスピタリティは文明国の必須条件です。マスク2枚の配布で国が国民を思う気持ちが伝わるはずがありません。不安と恐怖に怯える国民に何ができるかを日本政府が考えているとは到底思えない状況です。

ブログ内関連記事
日本人の強い戦争アレルギー 海外から違和感を持たれる不思議な平和幻想の国
在宅勤務に踏み切れない日本企業 理由は日本的働き方そのものが壁になっているのでは
極限の危機対応に文化の違い ヨーロッパのヒューマニズムの矛盾が見えてくる
リスクマネジメントとリーダーシップ 日本はいつも国民の従順と真面目さに助けられてきた


 

7378023376_8e8ccd6b3a_b

 昨年3月、イタリアを皮切りに始まった中国の習近平国家主席の欧州歴訪で、中国は巨大経済圏構想「一帯一路」にイタリアを巻き込むことに成功しました。具体的にはイタリアのトリエステ港の港湾整備に中国が大規模投資することで合意。中国は鉄道による物流ルートでは欧州までのルートは確保しており、アドリア海ルートは貨物船ルートとして確保する狙いがあると見られてます。

 今回の新型コロナウイルスの猛威でも、イタリアは中国の医療サポートチームを受入れ、中国を警戒する欧州連合(EU)を尻目に、中国との緊密な関係を続けています。中国のやり方は、その国が課題とする公共事業に担保融資を行い、極端な場合は債務不履行で担保を押収するというものです。

 それを長年、中国は途上国に対して行ってきたのが、昨年は欧州で3番目の経済大国イタリアに融資先を拡大した形です。イタリアにとって都合がいいのは、中国マネーは債務の中身が公開されていないことで、リスクを隠せることです。

 ハーバートビジネスレビューは今年2月、「世界は中国マネーにどれくらい依存しているのか 途上国の隠れ債務と隠れリスクが明らかに」という興味深い記事を掲載しました。それはスキャンダルラスともいうべきもので、中国マネーがヘタをすれば世界経済を完全に狂わせてしまうような状況にわれわれは置かれているという話です。

 それによると、まず、政府が保証する中国の融資は途上国に対する他の先進国の融資と異なり、民間金融機関を対象とするムーディーズなどの調査対象にならず「中国は海外融資活動の報告をしていないし、伝統的なデータ収集機関の目もすり抜けている」と指摘しています。

 「中国政府と中国国有企業は、世界150ヵ国以上に対して、直接融資と貿易金融合わせて約1兆5000億ドルを融資してきた。これにより中国は、世界銀行や国際通貨基金(IMF)も上回る世界最大の公的債権者となった。その融資額は、経済協力開発機構(OECD)の債権国の融資額合計よりも多い」とあり、知らないうちに途上国の多くは中国からの借金漬けになっているというわけです。

 それも政府間の融資は通常、無償資金協力や市場金利を大きく下回る優遇融資、あるいは援助という形なのに対して、中国は市場金利で、しかも担保までとっていると指摘。さらに私の知る北アフリカの天然ガス施設開発では多数の中国人労働者を送り込み、チャイナタウンを作り、プロジェクト終了と共に完全に町ごと消える手法をとっているのが実情です。

 さらに「もっと重要なのは、中国の途上国融資の50%以上が、どこにも報告されていないことだろう。つまりこれらの債務ストックは、世界銀行やIMFや格付け機関が提供する、きわめて信頼性の高いデータソースには反映されていない」ということです。

 この隠蔽された対中債務は、債務国の債務返済能力や金融リスクの評価を不明なものにし、政府債務の本当の規模を把握できなければ「民間部門はソブリン債などの政府債券に適正な価格をつけられない」だけでなく「借り手に問題が生じた場合、複数の債権者の中で中国が優遇される可能性がある」ということで債権のデフォルトリスクを読めなくしているというわけです。

 それにグローバル化で重要度を増した世界経済予測で、中国の海外融資の急増を計算に入れていないことで、正確な分析ができていない現状があると指摘しています。今回のコロナ禍で途上国から経済が傾いていくとすれば、巨額の対中債務を抱える途上国でデフォルトに陥る可能性が高まり、世界経済に深刻な影響を与えるだけでなく、中国は担保を自国の物とすることにも繋がります。

 欧米先進国を中心に構築してきた金融システムやIMFなどの国際機関は今、隠蔽された中国マネーによる巨額の隠れ債務で、現実を正確に把握することができなくなっており、IMFのマネーが中国債務の穴埋めに使われる可能性もあります。

 中国の融資先は途上国に止まらず、今やイタリアなど経済危機に陥る先進国も標的となっており、悪質なサラ金の正体を知らずに融資に飛びつくようなリスクに世界は晒されているといえる状況です。

ブログ内関連記事
習近平訪欧 警戒しつつも中国大規模投資に喉から手が出そうな欧州
ファーウェイ中国外初の仏工場 弱い欧州の取込み戦略とアメリカでの巻き返し攻勢
新型ウイルス猛威はブラックスワンなのか 投資家も逃げ場を失う金融危機の予兆は本当か
G20で重要さを増す経済覇権と環境問題 リーマンショックの反省は活かされているのか



coronaviruswar2020

 世界が先進国、途上国問わず、全土の封鎖や都市のロックダウンに踏み切る中、日本だけが新型コロナウイルスの感染者数も死者数も少なく、非常事態宣言さえ出ていません。その現状について、私は日本以外の様々な国の友人、知人から説明を求められています。日系企業の海外駐在員も同じ質問をされている例は少なくないでしょう。

 感染者数が少ないのは、PCR検査が徹底実施されていないことが挙げられます。私は個人的に感染死者数はある程度参考になっても、感染者数は検査次第なので国ごとの数字は目安程度で客観性を持つとは思っていません。実は死者数も高齢者養護施設や自宅で亡くなった人の感染者を含んでいないフランスのような国もあります。

 それでも現状を把握するには感染死者数は感染者数よりは有力な科学的根拠になる数字だと思います。だとしても日本はあまりにも少ないのは不思議です。感染症対策は一般的に水際対策が重要とされ、島国は有利と言われています。しかし、今は空路の比重が増しているので、12月に日本に流入していた大量の中国人観光客のことを考えると説明しがたい部分もあります。

 世界最高の医療体制が日本にはあるという話があります。つまり、他の国と違い、医療崩壊が起きにくい状況にあり、かなり適切に医療処置が施されているという説明です。そのため死ななくて済む人が多いという部分は理解できますが、感染者が数万人に届いていない現状を説明することはできません。

 世界一の潔癖症の国という説明もあります。確かに疫病の歴史を見ると、ヨーロッパではアフリカが発生地の場合が多く、アジアでは中国です。両者共に、食文化にいわゆるゲテモノが多く、衛生観念も低いのは事実です。

 世界第2位の経済大国と言われる中国は、大都市でも未だに下水インフラが整備されておらず、トイレに紙が流せず、使用した紙をバケツに棄てるケースは少なくありません。便はウイルス繁殖を助長する大きな要因です。中国及び東南アジアの衛生感覚は日本とは比べ物になりません。

 それなら、下水インフラの完備したアメリカやヨーロッパ先進国でパンデミックが起きていることは説明できません。無論、もともと70%のフランス人がトイレ使用後に手を洗わなかったのを見ると衛生観念が高いとはいえません。日本に長く住むヨーロッパ人は、自分の国に帰国すると「本当に日本に比べ、どこもここも汚い」といいます。

 一方で潔癖症の人は免疫力が弱いともいわれます。人は菌やウイルスと共存し、日々、感染しながら免疫力で病気は抑えられているのも事実です。日本人は明らかにその意味では免疫力は弱いと見られ、今回の強力な感染力を持つ新型コロナウイルスを打ち負かす免疫力はありそうにありません。

 それはともなく、多くの国で出されている外出禁止令、町のロックダウン、非常事態宣言、移動の禁止は、日本でなぜ実施されていないのか。ニューヨークやパリ、ミラノに住む日本人たちが「日本はわれわれの二の舞になる」と警告しても「経済活動はやめられない」の一点張りです。

 すると海外からは「かつてエコノミックアニマルといわれた日本は、さすが国民の人命より経済という考えを本気で思っているんだ」と呆れる声が高まっています。確かに日本人は会社あっての自分という考えも強く、内閣府は財務省の意見に最大限耳を傾けているのも事実です。

 アメリカのトランプ大統領もフランスのマクロン大統領も、さらには英国のジョンソン首相(感染隔離中)、ドイツのメルケル首相も、新型コロナウイルスとの戦いを「戦争」と位置づけています。この言葉が実は国民に大きな意味をもたらしているのですが、日本では取り上げられていません。

 アメリカやフランス、英国の国民が、なぜ政府が命じた外出禁止令や移動禁止令を守っているのか、厳しい罰則に反発しないのかといえば、それは「戦時下」だからです。戦争が起きれば経済活動どころではありません。国民の人命を最優先に考えるのなら、企業を守るのは2の次のはずです。

 戦争ですが、国民が戦場に借り出されるわけではなく、自宅に待機しろといっているだけです。戦場にいけば死を覚悟する必要があります。自宅に待機しても爆弾が投下されれば、命は消え、町は破壊され経済活動など消えてなくなります。どこの国でも戦争は想定された状況です。爆弾の代わりに目に見えないウイルスの攻撃を受けているだけです。

 日本でも北朝鮮がミサイルを打ち込む可能性はゼロとはいえません。アメリカが核で守ってくれているので戦争は他人事のように思って75年が過ぎました。普通の国であれば、国のトップが「今は戦時だ」といえば、それで国民に伝わる内容は十分で、国の方針に従います。なぜなら自分を守るのは自分や家族以外では国しかないからです。

 ところが75年間も「国際紛争には一切関わりません」としてきた日本は、戦争=悪という認識が骨の中まで染み込んでおり、最悪の「手段」でしかない戦争を「目的」のように考え、その言葉へのアレルギーは想像を絶するものがあります。同時に国が誤った方向で戦争を牽引したとの認識から、国が強権を持つことを極端に嫌う傾向があります。

 どんなに民主主義が成熟した国でも有事の際に国が強権を持ち、それを行使するのは当然です。トップ数人が、ああでもない、こうでもないと話し合いばかりしていたら、東日本大震災の時の石巻市の大川小学校のように無力な生徒ほぼ全員死亡する事態になってしまいます。戦争ならありえない話です。

 日本だけが戦争を免れられると考えるのは認識の大きな間違いです。戦争は相手があるもので「私は戦争は一切しません」では全国民が命を落とすかもしれません。先進国の各国トップが「戦争」という言葉を使う時は、国に、より強大な権限が与えられるのは世界の常識です。日本にその体制も法律すらないことが今回のコロナ禍で露呈した形です。

 日本人は他国の人より真面目なので、国の「要請」に真面目に従うはずという性善説は、指導者の国民に対する甘えでしかありません。事実、集会やスポーツイベント、夜の歓楽街は全て自粛しているわけではありません。政府は「戦時」という選択肢を持っていないために意思決定が非常に遅くなっています。他の国は警官や兵隊が秩序を守るために町に繰り出してきます。

 この機に平和幻想に立った戦争アレルギーは棄てるべきでしょう。そもそも戦争=悪の基本は人命だったはずです。その人命より企業というなら、太平洋戦争で個人の人命より、お国のためにといったのと変わりありません。

 人の命は地球より重いといいながら、組織が個人に優先され、人命を軽視する過重労働を強いてきた日本は、中身が本質的に変わっていないといえます。フランスでは徹底したPCR検査を迅速に実施した韓国こそ先進国だという指摘があります。企業活動より人命という観点ではそうかもしれません。

 無論、今後、韓国は経済危機に陥る可能性は大いにあります。文在寅政権には大した経済政策はありません。ただ、そんなことを知っているのは日本だけです。欧米諸国は人権重視の側面だけ見て評価しています。財務省の方ばかり向いて政治を行っていると文明後進国と見られる恐れもあります。

ブログ内関連記事
遅きに失したEUの入域制限 パンデミックに晒されたEUの危機管理の弱点が露呈か 
なぜ欧州が疫病大流行の中心に? EU域外からの入国制限の遅れと医療崩壊がパンデミックを加速させてしまった
リスクマネジメントとリーダーシップ 日本はいつも国民の従順と真面目さに助けられてきた
新型コロナウイルスは聖戦主義とそっくり 世界は今ブラックスワンとの戦いの有事にあると認識すべきだ



telework1

 私にとってテレワークは日常に存在してきた。なぜなら、国際的な距離が存在する仕事が多いからだ。企業で国際業務を担当する人間も電話、メール、テレビ会議などは日常のはず。だから、現在、新型コロナウイルスの猛威で在宅勤務を強いられる以前から、遠隔でチームで結果を出すことは新しいこととはいえません。

 興味深いのは、テレビ会議が物理的に集る会議以上に仕事の効率を上げる例もあるということ。実際、私は10年以上前に大手自動車メーカーの日本本社と欧州の支社を結んだテレビ会議に参加した時の内容を今でも鮮明に覚えている。理由はテレビ会議の方が、ある議題を議論する時に集中度が高かったからだ。

 集中できている理由は、映像の向うで話す人に対してその人が自分がいる空間にいないため変に空気を読む必要がなく、相手のいうことを理解することに集中できたからだと思います。日本人は本能的にその場の空気を読む習慣があり、その空気が読めない人間は極端な場合は排除されます。

 それでも最近は女性の参加者が増え、男だけの独特の空気が多少和らぎ、明らかにその場の男たちが作り出す空気は読んでいないと思われる女性の発言が、新鮮な空気を送り込んでいます。無論、時には驚きや違和感を感じる男性もいるはずですが。

 グローバルな多文化会議では、空気を読むのは無益なことなので、むしろ、互いがいったことの確認のためのフィードバックを丁寧に行うことや共感する作業が重要です。つまり、テレビ会議の利点は、異文化間のコミュニケーション同様、日本人同士でもコミュニケーションの精度を上げることに効果を上げ、より正確な相互理解に繋がる可能性があることです。

 日本人同士のコミュニケーションで結論を出すためには「場」が非常に重要です。実際に一つの部屋(場)に集まって議論する場合、結論を「落とし所」といいます。その場に参加した人間全員が、最大公約数で納得する「落とし所」を見つけるのが日本では意思決定に繋がります。

 ところが、テレビ会議では「落とし所」を探るのは困難です。共有する場は物理的にはなく、あるのはバーチャル空間です。空気を読むのも容易ではなく、日本人には不慣れな、より独立した個人が集る会議になる傾向があります。そこで各々の参加者のエンゲージメントを高めるためには技術が必要です。

 実はチーム心理には「責任の分散」というのがあります。よく綱引きに例えられますが、1対1の綱引きを5対5にした場合は、5倍以上のパフォーマンスは出せないという結果になるという話です。参会者の心理として「自分がやらなくても他の人がやれば全体として動いているように見える」という思いが働き、全員が100%の力を出さなくなる可能性があるということです。

 実際、テレビ会議では、プロジェクトに積極的に関わろうとする人と、そうでない人がいて、同じ空間にいないので、エンゲージメントを低下させる人が出てくる場合があります。逆にテレビ会議の方が一人一人の顔が個別に見えるのでコミットメントが高まる場合もあります。

 会議で成果を出すためには、いずれにせよ参加者の逃げ場を作らないことが重要です。そこで重要になるのが、個々人や小グループの役割の明確化です。役割は責任とつながり、責任は成果と評価にも繋がります。テレビ会議の時に個別の役割が明確化されれば、それぞれの専門性からの発言ができ、効果的です。

 もう一つは参会者全員の想像力をかき立て考えさせるストーリーライン(筋書き)を準備することです。山のように資料を見せるのは逆効果で、むしろ資料は単純化し、参加者全員の興味をかき立てるプレゼンを行い、自由に参加者が楽しみながら議論に入れる余地を作り、なおかつ結論を導き出すためのストーリーラインを用意することです。

 テレワークで生産性が落ちたという報告は、今回のコロナウイルス禍でよく聞く話ですが、同じ場にいないために集中力を保てない弊害もあります。中には部屋にいきなり小さな子が入って気を散らすなどということもあるでしょう。そのために時間を区切るとか、次のテーマに移るのに時間を空けないなどの工夫も必要です。

 テレビ会議のマネジメントで知恵を使えば、案外、会議で逃げ腰だったメンバーがエンゲージメントを高める効果を産み、チームの生産性を上げることに繋がる可能性もあります。仕事の進め方、働き方をリセットするチャンスと受けとめポジティブに取り組むことが重要でしょう。

ブログ内関連記事
在宅勤務に踏み切れない日本企業 理由は日本的働き方そのものが壁になっているのでは
中間管理職の私言葉とあなた言葉 伝わるための使い分けはどうあるべきか
重要さを増すチームワーク、日米の本質的違いはどこにあるのか
想定外の事態に品不足のPC 在宅勤務がもたらす会社のデジタル・イノベーション


 

Sans-titre-1-8
  仏東部ミュルーズの福音派教会

 フランス政府は、1カ月の間にゼロから3024人に死者を急増させた新型コロナウイルスの拡散の発生源の1つが、仏東部アルザス地方ミュルーズの福音派教会の集会にあったことを断定しています。韓国と同じような感染拡大のパターンだったということです。

 フランスは今月17日に全土で2週間の外出禁止措置を発令し、今は4月15日まで同措置を延期し罰則を強化しました。

 カトリックが圧倒的なフランスでプロテスタン信者の多いアルザス地方ミュルーズの福音派教会で、2月末の礼拝に約2,500人の信者が全国から集まりました。中には南米の仏領ギニアからも信者が来ていたそうです。

 当時、コロナウイルス感染死亡者はゼロだったため、礼拝参加者によれば「新型コロナウイルスへの警告はなく、信者同士抱擁し、頬にキスし、手をつないで歌い祈った」と証言しています。

 国全体としても人と人が距離を取るなどの措置はとられていませんでした。その後、アルザス地方ストラスブールの病院勤務の信者の看護師が職場に戻り、約250人の職員に感染が拡がり、コルシカ島アジャクシオに帰った年金生活者の信者3人や仏領ギニアに帰った信者がウイルスを広めました。

 無論、最も感染が急拡大したのは集会のあったミュルーズで、救急医療コールセンターには連日1,000件の電話が鳴り響いたそうです。集会から1週間後に保健当局は、感染者の共通点からミュルーズの福音派教会が感染源である事を突き止めました。

 現地保健当局の責任者は「まるで町に原子爆弾が投下されたようだった」と振り返り、政府保健当局は、3月上旬時点で厳しい外出禁止令を出していたら、今のような拡大は防げたと後悔しているそうです。実際には2週間後の3月17日に外出禁止措置が発令されましたが手遅れでした。

 問題は、福音派教会の集会に全国だけでなく、海外県の信者まで集ったために全国にあっという間に感染が拡散してしまったことです。30日時点のフランスの感染者数は40,174人、今月初めにゼロだった死亡者は3024人に達しています。

 最も感染者の多いミュルーズでは医療機関の収容能力が限界を超え、今月29日からは、集中治療室(ICU)不足から、高速鉄道TGVの特別医療車両で西海岸に移送が始まった他、隣国ドイツの病院へも患者の大規模移送が始まっています。

 興味深いのは、福音派教会へのバッシングは、仏メディアは控えてきたことです。無論、SNS上では批判の声が上がりましたが、仏メディアがミュルーズの教会が感染発生源と政府が断定したことを正式に報じたのは最近のことです。

 かつてカトリックとプロテスタントの宗教戦争の歴史を持つフランスでは、両者の対立には敏感です。16世紀、ドイツに始まった宗教改革運動で、フランス人のジャン・カルヴァンの思想がフランスで勢力を拡大し、カトリック側からユグノーと呼ばれたプロテスタントと30年以上続いた激しい内戦で残忍な虐殺が繰り返された歴史は深く歴史に刻まれています。

 そこに産業革命以来、科学が台頭し、非科学的な奇跡を信じる宗教そのものが社会から遠ざけられ、今ではカトリック信者でさえ激減し、今回のコロナ禍で宗教めいた発言をする著名人はいません。むしろ、宗教集会がウイルスをまき散らし、多くの犠牲者を出したことで、禍の種だと眉を潜めています。

 それもフランスだけでなく、韓国の爆発的な感染拡大も大邱にある新興宗教団体の集会が発生源だったことから、宗教を白い目で見る傾向は強まっているのが現状です。本来、人間が直面するあらゆる困難で信仰が人を助けると考えられていたのに、皮肉にもその信者がウイルスを拡散させた主因だという事実を、どう解釈すべきなのでしょうか。

 中世に黒死病で大量の死者を出したヨーロッパでは、ヴェニスで王侯貴族が堕落した生活を繰り返していたことへの神の裁きが下ったと言われました。今では疫病は科学が全面的に信じられ、表舞台で対策をしているわけで宗教の出る幕はありません。イタリアではカトリックの神父が50人以上死亡しているほどです。

 とはいえ、科学で実際、抑え込めていない現状もあり、さりとて宗教も役に立たないという考えが大勢を占めている状況です。今後、人々の心が再び、神に向かうことはあるのでしょうか。ウイルスで亡くなれば葬儀も簡略化され、埋葬にも立ち合えない状況が続いています。しかし、コロナ危機に対して心のあり方を教示する役割は宗教にはあるはずです。

ブログ内関連記事
人口呼吸器を若い患者に譲った神父 久しぶりに聞く「友のために命を捧げる」死に多くの人々が心を揺り動かされた
誰も見たことのない大都市の風景 お金が全てのGDP神話から目を覚ます年なのかもしれない
極限の危機対応に文化の違い ヨーロッパのヒューマニズムの矛盾が見えてくる



141021-M-DN141-001

 新型コロナウイルスのアウトブレイクに直面し、都市のロックダウン、罰則のある厳しい外出制限措置をとっている国は増えています。スペインは経済活動を2週間禁止するという大胆な措置を決めました。逆にスウェーデンのように「各自の責任にまかせる」という国もあり、ほぼ全ての国民が感染拡大に最大限の注意を払いながらも、日常生活を継続している国もあります。

 自宅待機といっても、人々の生活形態は非常に多様です。一人暮らしの高齢者の多いイタリア、11平米のアパートに子供5人の7人家族で住むパリの住民、離婚スレスレのカップル、一人暮らしの学生、単身親家庭、同居を考えながら互いに一人暮らしを続けるカップル、友達の家を転々とする定住場所のない人、そして街角で暮らすホームレスと、人の生活形態は様々です。

 この数日、外出制限措置でほとんどの人が自宅にいるフランスで、ドメスティック・バイオレンス(DV)通報数が35%も増えていることがニュースになっています。さもありなんという感想です。なぜなら、DVは、もともとフランスでは深刻な社会問題で、昨年1月からの半年間だけで元配偶者等によるものも含めて、DVで死亡した女性の数は100人を超えています。

 DV被害者支援団体などは、DV対策の「マーシャルプラン」策定を求めて抗議行動を展開しており、パリのトロカデロ広場でも昨年8月には抗議デモが行われました。政府は緊急対策として、2020年に避難所シェルター等の収容能力を1000人分(シェルター分250人分、当座の住居斡旋で750人分)増やす方針を固めました。

 フランスでは昨年1月から6月の半年間でDV立件件数は7,490件に上り、15歳以下の未成年のDV死亡者は36名。さらにDVを含む幼児虐待・放置にいたっては29,149件に登っています。前年度同期でDV被害は6,918件、幼児虐待・放置は27,629件、未成年者DV死亡者は40名。虐待の通報窓口には、年間約466,000件、1日平均1,300件近く電話がかかっています。

 そこに外出禁止令が下されたわけですから、人のイライラは助長され、閉鎖された逃げ場のない空間で必要のない衝突が急増するのは想像に難くありません。避難シェルターでさえ、閉ざされた空間で感染リスクあり、本当に地獄を味わっている人も少なくないでしょう。

 私は、感染症の専門家ではありませんが、自宅待機が最善策とは考えていません。理由は市民を各自の自宅に閉じ込めることはDVに象徴されるようにリスクがあるからです。経済的影響も当然避けられません。たとえばロンドンで暮らす娘夫婦には手間のかかる3歳の双子がいます。

 2人ともサラリーマンで、現在は在宅勤務です。子供の幼稚園は休園です。結局、夫婦のどちらかが子供の面倒を見て、もう一人が仕事に集中する形態をとっていますが、子供はその状況を理解しているわけではありませんから、容易ではありません。

 もし、自宅近くの喫茶店やシェアオフィスのような場所が活用できれば、仕事効率が上がることでしょうし、息抜きにもなります。子供も諦めもつくでしょう。では、感染拡大させない喫茶店やシェアオフィスは、どのような対策が必要かといえば、まず、密集を避けるため座席を1m以上空けることです。

 さらに入店、入室制限で人数を通常の半分以下に減らすことです。また、テレビ会議などが必要な場合は、シェアオフィスでも1人1人が閉ざされた遮音された空間を提供することで可能です。徹底した衛生管理を行い、喫茶店やシェアオフィス内での人の接触をさせないことも重要です。

 問題は通信セキュリティの確保ですが、今のIT技術で不可能なことはないはずです。私は職業柄、出先の喫茶店やホテルのロビー、公園のベンチなど、どこでも仕事をしてきましたから、感染に関する対策が講じられていれば、仕事内容にもよりますが可能ではないかと考えています。

 公共の建物の活用も考えられます。だいたい自宅待機は各国1カ月を目途にしています。臨時に仕事空間を図書館など公共施設が徹底した衛生管理と入室制限、接触制限を行い提供するというアイディアもあるでしょう。

 自宅に閉じ込めておけば安心という短絡的な考えでは、DVが起きたり、離婚や自殺もすでに起きています。ウイルスは避けられても他のリスクが高まります。国と企業、サービス業などが知恵を絞れば、様々な働き方が可能でしょう。

 客が少なくても1カ月閉店するよりはいいという店も少なくないでしょう。ウイルス対策では通気が大切といいますが、人間は外気なしに生きられないように外出も必要です。無論、ウイルスとの戦争にそんなことはいっていられないという専門家もいるでしょうが、別のリスクも考える必要があります。

ブログ内関連記事
AIはコロナ危機をどう分析するのか 進取のIT業界の実力が思わぬところに生かされる期待感
在宅勤務に踏み切れない日本企業 理由は日本的働き方そのものが壁になっているのでは
想定外の事態に品不足のPC 在宅勤務がもたらす会社のデジタル・イノベーション



conspiracy-theories

 アメリカでの新型コロナウイルスの感染者数が中国を上回り、世界中でロックダウン(封鎖)が拡がり、人々は人命と経済両面の危機に直面し、終わりの見えない戦いに静かに自宅でなりを潜めて災禍が過ぎ去るのを待っています。パンデミックは世界大移動時代がもたらしたものでもありました。

 ウイルスは人が運ぶもので、今回も早い段階で人から人への感染が確認され、発生地の中国・武漢の封鎖に始まり、イタリアは前代未聞の全土封鎖に踏み切り、今や個々人だけでなく経済の要の一つである流通も滞る状況に陥っています。そのため経済ダメージはリーマンショック以上と見られています。

 アメリカ疾病対策センター(CDC)によれば、同国の季節性インフルエンザの罹患者は合計2200万〜3100万人、病院来院者は1000万〜1500万人、入院件数は21万〜37万人、死亡者数は1万2000〜3万人と推定されるとしていまう。正確な数字が把握しにくいのが疫病の特徴ですが、それでも毎年のことで、それなりに国は対応しており、ロックダウンもパニックにも陥っていません。

 そのインフルエンザの罹患者数や死者数より、多いとはいえない新型コロナウイルスに対して、なぜ、世界中の人々がパニックに陥り、各国政府は国境を封鎖し、経済活動の息の根を止めるような決断をしているのか、不思議に思う人も徐々に増えているといわれています。

 そこで浮上しているのが様々な陰謀説です。思い出すのは9・11米同時多発テロの後、首謀者といわれたアルカイダのビンラディンが、世界貿易センタービルの破壊状況は「想像をはるかに超えた規模だった」と語っていたことです。今の状況が陰謀によるものなら、首謀者は同じことを思っているかもしれません。

 9・11の時は、当時のブッシュ大統領とビンラディン家は親密な関係にあり、アメリカにいた家族をFBIが国外に逃がしています。実行犯がアルカイダだったことは確かですが、世界貿易センターに保存されていた誰かに都合の悪い資料がテロで完全に消えたことも何度も指摘されています。

 ペンタゴンに一機が突っ込んだことについても、特別に頑丈に作られたペンタゴンの建物が旅客機の衝突程度で受ける以上の被害を受けたことが複数の専門家が指摘されており、別の要因(ミサイル攻撃や爆弾)も指摘され、未だに分かっていないといわれています。

 今回の新型コロナウイルス危機で最初に飛び出したのは、武漢が発生地だということもあり、中国共産党陰謀説です。米中貿易戦争の最中にあるトランプ米大統領は「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼び、中国の初動対応を批判しました。

 批判を交わしたい中国は、昨年米軍兵士が参加した中国・武漢で開かれた国際スポーツ大会を通じて、米軍が中国にウイルスを持ち込んだというカナダのメディアの分析を中国外務省の趙立堅副報道局長がツイッターで熱心に拡散し、アメリカの怒りを買いました。

 そのアメリカではアンチトランプの急先鋒のCNNでさえ、このコロナ危機でトランプ大統領の支持率が改善していることを認めています。大統領選の最中にあるアメリカで、危機回避に貢献する国家指導者が再選される確立は高くなることを考えれば、トランプ陣営の陰謀説も考えられます。

 リーマンショックと異なり、G20は協調体制を構築しづらくなっています。主要因は米中対立です。コロナ危機があまりに経済と密接に関係しているため、米中経済戦争に直接響く問題だからです。

 陰謀説には過激な環境活動家が、先進国が温室効果ガスの排出量を減らす努力を怠っていることに業を煮やし、地球温暖化の最大の原因である経済活動を止める目的でバイオテロを実行したという説です。無論、証拠はありません。

 行き交う様々な陰謀説は、このコロナ危機で誰が得をするのかで説得力を持たせようとしています。中国陰謀説は、一見、経済活動の鈍化、物流の停止は、世界の工場である中国にダメージを与えるように見えますが、実はアメリカや日本の技術を吸収し尽くした中国は、先進国の下請けを脱するために自国メーカーによる世界支配を模索しており、その段階に入っているという指摘もあります。

 このコロナ危機でアメリカや日本、欧米の既存の企業が倒産に追い込まれれば、中国による買収も考えられますし、中国メーカーが取って代わることも可能です。自分が実力と努力でのし上がるより、相手を潰して優位に立つという歴史を持つ中国なら考えられる話です。

 その中国にとって貿易戦争を仕掛けるトランプの再選は不都合なのは明白です。コロナ危機にうまく対応できなかければ国民の支持を失い、中国に近い民主党候補が当選する可能性もあると見られています。一方、トランプ氏が4月のイースターに経済活動を再開させる発言した裏に深い意味があるという指摘もあります。

 IT業界陰謀説もあります。個人情報漏洩などで批判もあるIT業界は、人的接触回避が必要な事態でデジタル化を加速させることができるからです。テレワーク、ネット配信授業、遠隔手術、疫病のAI分析など様々な分野のデジタル化の加速をコロナ危機がもたらしているのも確かです。

 まだまだ他にも陰謀説は出てきそうですが、インフルエンザより死者数が少ない新型コロナウイルスによるパニック現象には、感染力の強さと正体が分らないこと、ワクチンがないことが挙げられます。空気感染するのか、感染経路も特定できず、正体が不明なために防ぎようがないことはパニックを引き起こす主要因になっています。

 それも世界保健機関(WHO)は、ワクチンの実質的な仕様には1年半以上掛かるとの見方も示しています。となると感染を防ぐための各国の隔離政策は今後も長期に必要となる可能性もあります。無論、季節性のインフルエンザでも完全予防はできていないわけですが、戦う武器を持たない状態です。

 リスクマネジメントの基本は日頃の備えにあります。だからこそ想定外の危機はパニックを起しやすいわけですが、それでも冷静さと迅速な判断は必須です。それに世界の諜報機関が陰謀説の裏付けをとるため情報収集に躍起になっているはずです。

ブログ内関連記事
コロナ危機と自由主義の崩壊? 両者を結びつけるほど愚かなことはない
想定外の事態に品不足のPC 在宅勤務がもたらす会社のデジタル・イノベーション
新型コロナウイルスは聖戦主義とそっくり 世界は今ブラックスワンとの戦いの有事にあると認識すべきだ
新型ウイルス猛威はブラックスワンなのか 投資家も逃げ場を失う金融危機の予兆は本当か


 

america-china-commerce-commun

 アメリカの新型コロナウイルスの感染者数が中国を抜いたことで、トランプ政権が感染拡大の対策に失敗すれば、国際社会でのアメリカのプレゼンスが低下、逆に中国が浮上する可能性があると指摘する見方が出ています。つまり、危機を迅速に抑え込めるのは社会主義体制の独裁国家で自由主義は無力という話です。

 疫病の封じ込めだけでいえば、国民に対して強権を発することのできる独裁国家の方が有利かもしれません。しかし、中国の急成長を支えたのは自由貿易で、だからこそ世界の工場になり得たし、旧態依然とした管理社会の社会主義だけでは、経済成長は望めなかったことも確か。

 中国を知る専門家たちが共通する見解は、中華思想の影響です。彼らの原動力は中国を中心に地球が回るようになること、すなわち世界制覇であり、世界が中国にひれ伏す日を迎えることです。共産主義などのイデオロギーは、その目的を成就する手段でしかないということです。

 表向きは東西冷戦時代と同じように自由主義と社会主義のどちらに普遍性があるかの戦いのように見せかけていますが、覇権主義の中身は、本当は超内向きの漢民族の民族主義です。もっといえば、漢民族が権力を掌握することこそが全てといっても過言ではないということです。

 われわれ自由世界に生きる者が、コロナショックの封じ込めと引き換えに、そんな中華思想を受け入れるようになるなど分析するのは、とんでもない話です。日本は冷戦時代も本当の意味でイデオロギー対立の中身を理解していなかったと思われますが、自由主義と社会主義のどちらに普遍性があるかという戦いであって、米ソの単なる勢力争いではなかったということです。

 今、新型コロナウイルスを巡り、トランプ米大統領が「中国ウイルス」「武漢ウイルス」といったことを発端として米中対立が高まっていますが、実際、中国が初動を間違ったことがパンデミックを引き起こした最大の原因であることは明らかです。

 にもかかわらず、中国は感染押さえ込みを成功させた優等国で、やっぱり一党独裁の権威的政治システムは正しいなどと吹聴し、自由主義のアメリカは敗北し、今後世界へのプレゼンスが低下するなどという見方は、冷戦時代に意味も分からず、アメリカに追随してきた日本的見方というしかありません。

 一方、トランプ嫌いで知られる米ニューズウィーク誌は、アメリカで感染者数が中国を抜いた事実に対して、トランプ氏は、諸悪の根源は中国にあると主張することで、中国への怒りに火をつけ、アメリカ国民の不安やトランプ政権の対応に対する批判を交わす政治的狡猾さがあると茶化しています。これも中国の正体を知らない指摘です。

 無論、自由主義世界にも大いに問題はあります。個人の自由を最優先してきたことで、非常事態宣言や外出制限令が出されても、従わない人間はいます。日本に至っては国民に命令する法律も罰則もなく、ひたすら頼りになるには個人の良心です。

 日本人は真面目といっても、首相の妻がこの事態で集団で花見をする非常識も自由で良心がマヒしている証拠です。自由を支える良心は本来、宗教が担ってきたわけですが、それも日本だけでなく、ヨーロッパでも世俗化が行き過ぎ、まったく機能していません。

 人命よりも政治というのは愚かなことです。しかし、歴史は人命より政治で動いてきたのも事実です。世界的大恐慌に陥る可能性のある2020年、どのような政治体制が正しいかを議論する前に、産業革命以降を支配した拝金主義と科学至上主義、宗教の排除を見直し、リセットする方がはるかに重要だと思う今日この頃です。

ブログ内関連記事
人口呼吸器を若い患者に譲った神父 久しぶりに聞く「友のために命を捧げる」死に多くの人々が心を揺り動かされた
誰も見たことのない大都市の風景 お金が全てのGDP神話から目を覚ます年なのかもしれない
GDP日本悲観論は机上の空論 人間が体感する幸福度こそ正直な豊かさを表している
新型ウイルス猛威はブラックスワンなのか 投資家も逃げ場を失う金融危機の予兆は本当か 
 



30212411048_2a1d7200e2_c

 人工知能(AI)は、新型コロナウイルスのパンデミックをどう分析し、どう役立つのか。この危機的状況でAIは確実に膨大なデータと日々刻々と変化する状況から学習しているはず。今は分野を超えた取り組みが必要な時、感染症の専門家だけでなく、公衆衛生、社会リスク、経済リスク、外交など、幅広い専門知識が対応に求められています。

 では、それらをトータルに判断するのは誰かといえば、それは最終的には国の指導者である政治家です。都市の封鎖(ロックダウン)も海外からの入国者を制限するのも、緊急で医療予算を増額するのも、人命と経済活動の間に優先順位を付けるのも、最終的には国家の指導者が決めることです。

 政府にはさまざまな諮問委員会があり、各省庁にも分野ごとの専門知識を持った人材はいますが、意思決定する指導者への提言には限界があります。ある専門家は、大都市のロックダウンに効果がないといい、感染症の専門家は教科書通りの隔離を主張したとしても、現実に隔離された空間でも感染が拡がっているのが現状です。

 フランスでは、パリのロスチルド老人ホームで、国が指針を出す前の2月には、ホーム内の食道などの濃厚接触が考えられる空間を閉鎖し、入居者を自室に隔離し、親族の面会も禁止し、万全の対策をとったのも関わらず、介護士20人を含む80人以上に感染が拡がっています。

 自分の専門分野でさえ、正体不明の新型コロナウイルスに適切に対処できない現実があり、そこに様々な分野の専門知識が必要となると、人間の能力を超えているように見えます。ブラジルのボルソナーロ大統領のように大した危機ではないと考える指導者もいて、本人の危機に対する感性が疑われたりしています。

 そこで期待されるのは、AIの活用です。政治的決断は通常、専門分野の境界を超えたトータルな判断が要求されますが、知識や分析力の乏しい指導者は往々にして信頼できる部下の意見を鵜呑みにしたりします。ところが、その部下も利権とは無縁でなく公正な提言をしているとはいえず、結果的に正しい判断が導き出されない可能性も多々あります。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、これまで既存のビジネスモデルを破壊してきたIT業界が、コロナ危機に取り組んでいる現状を紹介しています。「新型コロナ、IT業界の次なる「破壊目標」」と題した記事で、シリコンバレーにテクノロジーを駆使して感染拡大に対抗する機運を伝えています。

 無論、そこでもビジネスチャンスを見出そうとしているのでしょうが、危機回避をもたらすことができれば、IT業界も評価をあげることになります。「シリコンバレーのハイテクエキスパートが新型コロナウイルスとの戦いに動き出した。感染予測モデルの構築から高齢者向けサービス、医療機器製造まであらゆるプロジェクトに取り組んでいる。」とあります。

 まったく未経験な分野への挑戦なので大きな役割を果せるかは未知数ですが、感染動向を予測するモデルを構築し、ネットで公開しているインスタグラムで働いていた人物は、アメリカの感染者数が3月19日までに1万人に達することを予測し、的中させているとしています。

 「グーグルの親会社アルファベットは、人工知能(AI)部門ディープマインドがワクチン探し、ヘルスケア部門ベリリーがウイルス検出にそれぞれ取り組んでいる。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が立ち上げた慈善団体チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブは、検査の拡大に向けてサンフランシスコの病院と協力している」とあります。

 リスクマネジメントにとって、最も重要なことの一つは正確な情報取得です。正体不明の新型コロナウイルスとの戦いでも、武漢に始まり、膨大な治験が積み上がっているはずですが、それを分析し、なんらかの方策を見つけるには至っていません。

 冷静に科学的に分析する姿勢は重要ですが、WSJは懸念も伝えています。2012年米大統領選でバラク・オバマ陣営の最高技術責任者(CTO)だったコンピューターサイエンティストのハーパー・リード氏の意見として「技術者は自分たちを解決策の一部ではなく、解決策そのものだとみなしがちだ」との意見を紹介しています。

 無論、技術は手段であって、それだけで解決策を決めるのは危険です。しかし、より正確な情報に基づいて判断を下すというのも絶対的に必要です。その意味でAIの分析結果は大いに参考になる意見といえるでしょう。今の技術では、たとえば世界情勢から株価の動向を導き出すことはできていません。

 しかし、単純な人間の経験に基づく感だけよりは、膨大なデータから導き出された予測は有効な検討材料を提供しつつあります。いずれにしろ、1人の指導者が判断するには、あまりにも膨大な専門知識が必要なリスクマネジメントでは、AIの存在価値も確実に大きくなると思われます。すでに軍事分野ではシミュレーションなどに活用されています。

 この数年、個人情報の漏洩やフェイクニュース拡散による政治への悪影響など、批判に晒されることの多いIT業界ですが、人類が遭遇したことのない疫病危機に対して、社会貢献ができれば汚名挽回もできると期待されています。

ブログ内関連記事
想定外の事態に品不足のPC 在宅勤務がもたらす会社のデジタル・イノベーション
新型コロナウイルスは聖戦主義とそっくり 世界は今ブラックスワンとの戦いの有事にあると認識すべきだ
文系理系の垣根を超えた複数のスキルを駆使できる創造的人材が求められる時代がやってきた
フェイスブック個人情報流出8,700万人の大半は米国内、アジアではフィリピン 




giuseppe-berardelli-62

 新型コロナウイルスの死者数で中国を上回っているイタリアで、72歳の神父が自分の人工呼吸器を若い患者に譲り、今月15日に死亡した訃報がソーシャルメディアなどで広く共有されています。新約聖書のヨハネによる福音書にある「友のために命を投げ出すほど大きい愛はない」を身を持って実践した行動に、イタリアだけでなく、世界中から賛辞が送られています。

 亡くなったジュゼッペ・ベラルデッリ神父は、イタリアで最も感染犠牲者が多い北部ロンバルディア州ベルガモ司教区に属するカスニーゴの町で司祭長を務めていた人物。呼吸器系の疾患を以前から抱える神父は、信者たちが購入してくれた人工呼吸器を所持していた。人工呼吸器が足らない現状に若い患者に使って欲しいと譲った後、ローヴェレの病院で亡くなった。

 最近は神父の信者に対する性的虐待などで、あまりいいイメージがなく、カトリック教会では多くの信者が教会を離れ、教会の建物そのものが売りに出されるほど、ヨーロッパでは衰退しています。今回の新型コロナウイルスのパンデミックでも、カトリック教会は無力と見られ、メディアは宗教的分析を避けています。

 そんな中、キリスト教の最も本質的な教えを身を持って実践した神父の行為は、多くの人々に感動を与えました。実はイタリアでは医療崩壊が進み、特に感染による死者が4,000人を超えるロンバルディア地方では、医師が治る見込みのない重篤患者には人工呼吸器をつけない「選別」が行われていることが報じられています。

 ベルガモの病院では「倫理的問題があることは承知している」と語る医師もいて、今やフランスやスペインなどでも同じ選別は行われています。そんな窮状の中、自ら犠牲を払う道を選んだ神父の行為に対して、ローマ・カトリックのフランシスコ教皇は24日、亡くなった医師や司祭のための祈りを先導し「病める者に尽くすことで英雄的な手本となったことを神に感謝」すると述べています。

 現在のイタリアでは、コロナウイルスの感染で死亡する人々には付き添いもなく、葬儀も行われていません。それだけでなく、イタリア北部では50人以上の神父が亡くなっている。高齢者の多い神父の死亡率は高いのが実情です。

 アメリカの3大ネットワークの一つCBSも訃報を報じ、シカゴのイタリア系の女性の親族が、ベラルデッリ神父にイタリアで世話になった話を紹介している。カトリック・イエズス会のアメリカ人神父ジェイムズ・マーティン司祭はツイッターで「友のために命を投げ出すほど大きい愛はない」という新約聖書のヨハネによる福音書の言葉を引用し、追悼の言葉を送っています。

 神父の死後、柩が外に運び出される時に外出を禁止されている市民が、窓から拍手を送ったことも伝えられました。ベラルデッリ神父を知る人は「とにかく全ての人の声に耳を傾け、助けようとした偉大な人だった」と証言し、47年間神父として務めを果たした最後は「汝、友のために死ねるか」を実践して、生きる手本を見せてくれました。
 
 見返りを一切望まない他者のための犠牲的行為は、今の世の中ではなかなかできることではありませんが、キリスト教の本質的教えを思い起こさせるだけでなく、死の恐怖に怯える多くの人々の心に染み渡る話だといえます。人は今、心に訴え懸ける話を飢えているように見えます。

 フランスでは、専門家の科学者会議が政府に対して、当初の2週間ではなく6週間の外出制限が必要との警戒を出し、政府は従う見通しです。多くの外出できない状況の中、心のケアは大きな課題です。誰も体験したことのない事態に直面し、人が何に価値を置いて生きているかが問われているともいえる状況です。

ブログ内関連記事
誰も見たことのない大都市の風景 お金が全てのGDP神話から目を覚ます年なのかもしれない
極限の危機対応に文化の違い ヨーロッパのヒューマニズムの矛盾が見えてくる
グローバル経済活動一時停止 超ポジティブ思考で乗り越える精神力とは
免疫力を下げる脳の情動感染 ミラーニューロンで負の感情を蔓延らせない東日本大震災の教訓
 



social-media-909708_960_720

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)によって、世界各国で外出禁止令が出され、日本政府も在宅でのテレワークを推奨しています。欧米諸国はリアクションが早いのですが、日本企業は躊躇する場合が多く、業務がうまく機能しないと心配する企業は少なくありません。

 一つは各自が在宅で仕事をするためのインフラ整備、つまりテレワークを可能にするネットワーク構築や、PC端末支給にコストが掛かるだけでなく、ハッカーなどから情報を守るセキュリティの問題まで心配は尽きません。それに永遠にウイルスが蔓延するとは考えにくいので、働き方の大きな変更はしたくない企業も少なくないでしょう。

 しかし、より本質的課題は、果たして在宅勤務で、職場に集まって協働作業していた時と同じ成果を上げられるかが見えない問題です。特に業務の複雑化でチームワークは、どこの職場でも必要なので、物理的に離れた在宅で、デジタル技術を駆使したとしても、同じパフォーマンスを出せないのではと考える企業は少なくないでしょう。

 某日系大企業のIT部門で働く友人の息子は「この際、一気に社内のデジタル化を進めて生産性を上げればと思うんだけど、経営者側は重い腰を上げようとしない」と、働き方の改革が断行できないのは世代の問題と考える30代以下の社員は多いようです。

 そこで在宅勤務の本格導入の技術面以外の課題を考えると、日本型チームワークと欧米型チームワークの違い、さらにはチームを率いるリーダーの日本での役割の性質に壁があるように思います。これは日本の仕事慣習の批判ではなく、その優れた部分を残しつつも改革すれば、さらに大きなパフォーマンスを発揮できるという話です。

 ハーバードビジネスレビューは「チームのリモートワークを機能させる9つのポイント」を掲載し、在宅勤務でチームリーダーがどうあるべきかの方法論を紹介していますが、最初に「チームの目標と各自の役割を明確にすること」が挙げられています。

 当然のように見えますが、実は欧米型組織は、基本的には様々なスキルを持った個々の集合体で、適材適所で最大限のパフォーマンスを発揮するために設計された精巧な機械がイメージされます。一方、日本型組織では、複数の個が一体化して一つのアイデンティティを共有し、一つの個として動くイメージです。

 日本型組織では、一人一人の役割と責任は明確でなく、相互補完的に足らない部分を補い遭い、その場その時で自発的に自分のすべきことを悟って行動することが個々人に求められます。結果、独立した役割が存在するわけではなく、業務は常に重なり合う部分が多く、ファジーが最適と考えられています。

 となると、まず、在宅勤務のチームを率いるリーダーが、チームの目標を明確化することはできても、役割の明確化は難しいということになります。無論、アメリカの職場でも、自分の職務で行き詰まった時に他のチームメンバーに支援を求めることはありますが、あくまでそれをチームワークの中心に置いているわけではありません。

 日本の企業では、チームの中の自分の役割を悟って積極的に関与する人間、その「悟る」「自発的に行う」ことが評価されます。となるとチーム内の全てのメンバーの進捗を知る必要があるわけですが、欧米型組織では、基本的に自分の役割は明確化しており、他のメンバーが代行することもないので、互いの仕事に対する関心度も低いといえます。

 結果的に在宅でも自分の役割は明確なので、頻繁に横同士のコミュニケーションを取る必要はなく、リーダーは各自の進捗を管理すればいいということになります。無論、日本企業の組織内でも職務によっては、あまりチームメンバー同士のコミュニケーションが必要ない専門職もありますが、有機的に動くことを重視する日本の組織では、テレワークに壁があります。

 現実にはハーバートレビューの指摘している通り「危機の最中には新たな業務がいくつも発生するため、メンバーの多くは各方面から引っ張りだこになるだろう。このような切羽詰まった状況に独力で対応するよう求め、部下をいっそうの重圧に晒すようなことは、やってはならない。プロジェクト間の稼働調整を支援する意思があることを、(リーダーは)はっきり伝えよう」とあります。

 つまり、業務の複雑化、緊急性で一人がいくつものプロジェクトに関わる場合、個々人の信頼関係が構築できにくいリスクもあるので、リーダーは必要とされて一時的に入ってくるメンバーを他のメンバーに丁寧に紹介する必要があると指摘しているわけです。

 さらに仕事だけでなく、メンバー同士のバーチャルの交流も重要だとしています。職場にいれば、昼食を共にする、小休憩で雑談するなどの交流もできますが、在宅では物理的な交流は困難です。それでも定期的にバーチャルで仕事以外の交流を行うとか、ウイルスの問題がなくなれば、定期的にどこかに集まって交流するのも効果的です。

 そこでも日本型組織の考え方では、組織人間としてのアイデンティティ強化が目的になりやすいのですが、それも重要ですが、在宅勤務は個々人の主体性も育てることが期待されます。終身雇用で囲い込み、家族的経営で帰属意識を育て忠誠心だけで仕事をするのは難しい時代です。

 その忠誠心が中心にあった時代でも、個人のモチベーションも向上心も高かったのが、今はそのモチベーションや個人の目標を持つのも難しい時代です。仕事の重圧で疲れ切った上司を見て、昇進したいと思わない若手社員は増える一方という調査報告もあります。

 そんな中、在宅勤務が今後、定着の方向に向かう場合もメリット、デメリットを整理しておく必要があります。問題はチームリーダーが、どれだけメンバーに関心を持つかだと思います。実は同じ職場にいても部下への関心は高いといえない現状があるはずです。離れていればこそ、何倍もの関心が必要になり、それはリーダーシップに非常にいい効果をもたらすはずです。

ブログ内関連記事
想定外の事態に品不足のPC 在宅勤務がもたらす会社のデジタル・イノベーション
日本企業に問われる生産性向上 誰もが気持ちよく働き、なおかつ成果も出せる職場とは
「One Team」は目的ではない。一体感を得る過程に注目すると答えが見えてくる 
ますます重要さが増すグローバル・チームビルディングを支える8つの基本事項