安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大する中、スイス金融大手UBSの報告によると、世界中の富豪の資産が過去最高を記録しているという驚きのニュースが英BBCなどによって報じられました。彼らの資産は今年4月から7月の間で27.5%増、10兆2000億ドル(約1081兆2300億円)に達したそうです。

 世界的な株価上昇が主要因のようですが、特にテクノロジー分野や産業界の最高幹部らの収入が最も増えているとしています。過去のピークだった2017年末の8兆9000億ドル(約943兆4000億円)を上回り、「新型コロナウイルスのパンデミックで富豪たちは絶好調だ」とUSBはしています。

 世界中の富豪の数は年々増えていることは指摘されていましたが、2017年の2,158人から2,189人に増え、過去最高を更新したことを明らかにしています。これはあくまでUBSの調査ですから、他の調査も見る必要がありますが、もう一つの現象は、世界銀行が7日に明らかにしたことで、今年は約20年ぶりに極貧層が増加しているという報告書も発表されました。

 つまり、世界的貧富の差の拡大は、コロナ禍の異常な状況、特に各国政府が感染を抑え込むため、7か月以上経済活動を抑制している中でも、貧富の差の拡大はとどまるところを知らないようです。

 USBによれば富豪の今年最大の勝者は、実業家で資産は7月までの3カ月間で44%の脅威的な増加だったとしています。アマゾンなどのテクノロジー分野の大富豪も資産が41%増え、予想をはるかに超えたデジタル化がコロナ禍が追い風となって、IT業界は「数年分の発展を数カ月間に圧縮した」と分析しています。

 それはIT業界だけでなく、今はワクチンや新型ウイルス治療薬の開発で莫大な資金が流れ込んでいる製薬会社、治療で需要が急増した医療機器を供給する医療機器メーカーも何年分もの受注を受け、医療業界の富豪も恩恵を受けたのは当然ともいえることです。

 素人目には、ほとんどの国で急激な景気後退が続き、不確実性が高まっている状況下で、株価は下がる一方と考えられがちですが、投資家は激変する世界の状況の中で利益を出す企業がどこにあるかをよく分かっています。3月下旬以降の世界の株式市場は、そのためおおむね堅調に推移しています。

 具体的名前の挙がっているのは米アマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)、米電気自動車(EV)メーカー「テスラ」のイーロン・マスクCEOの資産などで今夏、それぞれの企業株の上昇を受けて過去最高を更新したと報告されています。

 一方、興味深いのは富豪たちがコロナ禍で受けた恩恵の中から高額な寄付をしていることです。UBSによると、2020年3月から6月までに世界の富豪209人が総額72億ドル(約7631億円)相当を寄付したとしています。

 内訳はアメリカの富豪98人が総額45億ドル(約4772億円)、中国の富豪12人が総額6億7900万ドル(約720億456万円)、オーストラリアで2人の富豪が合わせて3億2400万ドル(約343億5858万円)を寄付しています。

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digital revolution

 今、コロナ禍でも堅調なビジネスといえば、デジタル革命時代の花形であるデジタルトランスフォーメーション(DX)に関わるビジネスであることに異論をはさむ人はいないでしょう。企業は今、先を争うようにDXに特化した優れた人材を登用し、逆にデジタル技術に疎い人材の切り捨てが始まっています。

 デジタルカメラが本格的に普及した2000年代に入り、パソコンを使えない優れたカメラマンが職業を断念した例は枚挙に暇がありませんでした。印刷の世界では1980年代まで、文字や記号が掘られた突起の活字を拾って箱に並べる技術(文字は裏返しになっている)である活版印刷が一般的でしたが、技術の変化で職人たちは最盛期の恐らく3%程度に減っているはずです。

 私は編集者だったので、その変化を目の前で見てきました。私には神業のような凄いスピードで活字を拾う姿の圧倒されましたが、彼らが失職する姿を目の当たりにしました。今、考えると失職したのは彼らのせいではなく、時代の変化を見据えて先手を打てなかった経営者の問題だったことは明白です。

 「手に職さえあればどこでも生きていける」というのは昔のことで、デジタル革命時代は多くのビジネスモデルが根本的な変更を余儀なくされ、注目されるデジタル技術でさえ、次々に陳腐化する可能性は高いといえます。習得するのにお金も時間も掛かるプロの技術なのに役に立たなくなる日が来る残酷な時代到来です。

 合理化、効率化をもたらす新しい技術が古い技術のプロフェッショナルを抹殺する時代に必要なことは、元来、何のための技術革新なのかを理解しておくことです。たとえば、スマートシティでは電動自動車がネットと繫がり、自動運転と連携し、制御できるようになるので、結果として交通事故は理論的にはなくなるといわれています。

 つまり、技術革新が人命を救い、自動車社会が悲劇を生まなくなるのが目的です。その目的のための技術革新であり、そこから新たなビジネスモデルが生まれるということです。少なくともリーダーと呼ばれる人間は、変化を受け身でとらえるのではなく、変化を常に主導する位置にいなければ前には進めません。

 つまり、「こんなことができれば楽しい」「こんな技術があれば仕事が楽になる」「こんなことが可能になれば安心できる社会になる」といった発想が常に必要です。技術のプロフェッショナルだけではリーダーにはなれないということです。

 ところが日本は戦後、理系エンジニアが幅を利かせ、技術者の現場からのたたき上げがリーダーになる慣習が製造業を中心に確率しました。これは日本にもともとあった職人文化です。技術革新が新しいビジネスモデルを生むという意味では、たとえばIT業界を先導したアップルのスティーヴ・ジョブスもマイクロソフトのビル・ゲイツも技術オタクでした。

 しかし、技術はいつか陳腐化します。アメリカの強みは、人が夢や希望を持つことが絶えず、イノヴェーションを繰り返していることです。その意味で変化に強い人材を育てることが重要というより、よりよい変化をもたらす人材をいかに育てるかが重要ということになります。

 それもより正しい変化をもたらす美術やビジネスモデルを発見するのは、利他的発想が必要です。つまり、より多くの人を幸せにするという目的、動機が原動力になるべきです。技術オタクは自己満足に終わる傾向は拭えません。機械物の好きな男性が考え出す技術は女性から見れば独善的、差別的です。

 当たり前の話ですが、技術オタクの自己満足ではない、よりよい変化をもたらす人材を育てることは、教育の世界も企業にも急務の課題です。そこには哲学や倫理など文系的な見識も不可欠です。

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Leadership-Role

 今、世界中が1か月を切ったアメリカの大統領選に注目しています。特にトランプ大統領とバイデン前副大統領のTV討論会の結果、劣勢に立つトランプ氏が新型コロナウイルスに感染しながら、それを利用して、どう巻き返すのかは、まるでハリウッド映画を観ているようなハラハラドキドキのドラマチックな展開です。

 しかし、どちらが勝ったとしても、その勝者が直面するアメリカ内外の難問は、過去の経験知では到底対処できるものではなく、想像を絶する困難が待ち受けているのも確かなことです。それはアメリカだけでも政治だけでもなく、ビジネスを含め、ありとあらゆるリーダーにとって過去に経験したことのないレベルの試練を与えています。

 それは一言でいえば「予測不能な不確実な変化」が起きていることであり、確実なのは元の世界に戻ることはないということです。それは衝撃的な出来事が一つ起こったというよりも、いくつもの衝撃的な出来事が波状攻撃のように押し寄せているために、対応しきれない状態です。

 アメリカだけを見ても今年は、訴追直前に大統領を辞任したニクソン氏を除き、米国史上3人目となるトランプ大統領弾劾裁判の無罪判決で始まりました。その後コロナ禍に襲われ、景気は急激に落ち込み、大量失業者を出しました。

 さらに警察による黒人差別が社会問題化し世界に拡散し、ロックダウン(都市封鎖)のストレス、コロナ感染による死の恐怖、先の見えない中での不安は、多くの人々の心を蝕み、冷静に物事を考えるより、自暴自棄になるか引き籠もるかで助け合う精神も薄れています。

 政治家やビジネスリーダーができることは限られており、新型コロナウイルスという巨大津波に襲われ、その津波の原因も正体さえも分らない状態です。つまり、リーダーが何をやったとしても本質的な問題解決はできず、彼らのせいでもないことで批判を浴びる最悪の状況です。

 それでもクライシスマネジメントの基本はリーダーシップです。聖書の最終章の黙示録に書かれたような大患難のような時代にあっても、リーダーを選ぶことの重要性は変わらないはずです。そのリーダーは正しい方向に人々を導く特別な感性を持っている人です。それでもその人でさえうまくいく保障はありません。

 アメリカ大統領選を見ているわれわれは見物人ではなく、自分にも影響を与えることとして見る必要があるでしょう。単にリベラルと保守の対立ではなく、平時ではない未曾有の危機に直面する世界に対して、特別な感性と人並み外れた決断力を持つクライシスマネジメントができるリーダーを選ぶべきでしょう。

 キリスト教の国であるアメリカでは、このような時に謙虚であることを強調しています。米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は「2020年は米国史の転換点、前方は視界不良」という記事で、今の状況に対して「謙虚でいるためには、誰も正確な影響を計り知ることなどできないと認めることが必要だ」と書いています。

 もし、その現実を受け入れることなく、虚勢をはるだけのリーダーなら、大患難時代を乗り越えることはできないでしょう。その典型が無用の長物である権威主義です。無論、その困難に押しつぶされるような弱いメンタルの人間ではリーダーは務まらないのも確かです。

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 トランプ米大統領が新型コロナウイルスに感染したことが連日、世界のニュースになる中、米大統領選でトランプ劣勢の見方が拡がっています。一方、トランプ氏の治療が不透明なだけでなく、大統領選主要スタッフも陽性なため、今、最後の頼みの綱、ペンス副大統領に注目が集まっています。

 トランプ陣営は大統領選最終盤をペンス氏を軸に再選に向け選挙活動の立て直しを図っているようです。米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、選挙陣営の上級顧問ジェイソン・ミラー氏が4日、NBCの「ミート・ザ・プレス」に出演し、ペンス副大統領が今後の選挙活動を主導すると述べたと伝えています。

 「ペンス氏は今週、アリゾナ州とネバダ州で選挙集会を行う予定」としています。また、最大の注目は7日にソルトレークシティーで民主党副大統領候補カマラ・ハリス上院議員との討論会に臨むことです。「ミラー氏によると、ペンス氏のほかトランプ一家が全米各地でトランプ氏への支持を訴える」と述べているようです。

 ただ、トランプ一家について、ホワイトハウス内で起きたクラスター(集団感染)の濃厚接触者に該当するため活動は制限される可能性があり、ペンス氏だけが頼みの綱といえそうです。

 ペンス氏はトランプ一族に比べ、妻を含め、地味な存在ですが、実は共和党が最も頼りとしている存在で、アメリカの伝統保守の体現者として保守支持の有権者からも高い信頼を得ている存在です。

 共和党の重鎮の一人で私がかつてインタビューしたことのある大統領候補とも目されたラマー・アレクサンダー上院議員を初め、共和党はペンス氏に全幅の信頼を置いています。むしろ型破りのトランプ氏を支える伝統保守の安定感のある政治リーダーとして、共和党支持者には安心感が持たれています。

 日本人には分かりにくいキリスト教伝統保守派は、最近、他界して世界に名が知れた最高裁判事のリベラル派のレジェンド、ギンズバーグ女史の対局に位置します。トランプ陣営が保守派のバレット氏を最高裁判事に指名するのを急いでいるのは今後の政治に大きな意味を持つからです。

 伝統保守派は本来、キリスト教の理念に基づき、妊娠中絶や同性愛結婚の合法化に反対し、進化論を公教育で教えることも拒否しています。さらにアメリカの建国理念をピューリタンに起き、アメリカは神が準備した国との信念も持っています。

 アメリカを再び偉大な国にするという意味には、世界を支配するアメリカというより、世界の安定と平和を守るリーダーはアメリカしかないという使命感によるものです。俗世界ではアメリカの世界支配を中国に奪われる米中の戦いといっていますが、米伝統保守派は、アメリカのみが神から特別な使命を与えられているという考えが強く存在します。

 ペンス氏はその中心的な存在で、トランプ氏と違い、敬虔なクリスチャンたちが共感する質素で禁欲的な人格者の香りをたたえており、派手なビジネスマン出身のトランプ氏を支えてきました。人物的にもバランスのとれた良識人で暴言を吐くことはなく共和党にとってはペンス氏の方が選挙戦を闘いやすいくらいです。

 超リベラルで民主党左派が生み出したハリス副大統領候補との対決も見物です。なぜならペンス氏の対局に位置する存在だからです。バイデン氏は大統領になることが目的化しており、彼の本意ではない左派のいいなりになると指摘されていますが、その先頭に立つのがハリス氏です。

 ただ、ポピュリズムが浸透するアメリカで、果たして保守的理念を支持する層はともかく、保守でもリベラルでもない浮動票をどこまで取り込めるかは疑問です。今は極端なことをいう政治家ほど支持を伸ばす傾向があるからです。

 ペンス氏が全面に出てくることで、トランプ陣営のイメージは変わる可能性があります。無論、トランプ氏は、あらゆる批判を退けて再度全面に出てくることも十分考えられます。何が起きてもおかしくない「オクトーバーサプライズ」ですが、熱心な信仰者はサプライズを神の介在と考えたりしています。

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 海外赴任や国際出張が新型コロナウイルスの蔓延で物理的に困難になって半年以上が経ちます。それでもグローバルビジネス再開の動きは徐々に高まっています。ポスト・コロナがどんな世界に変化するのかは、誰にも予想ができませんが、今は不確実な時代を生き抜くための心の問題が大きなテーマになっています。

 通常、赴任鬱に陥らないため、異文化環境でカルチャーショックを最低限に軽減する方法を研究するのが私の専門分野の一つですが、異文化の不確実性に対処する方法は、コロナ禍での不確実性に対処することに応用できることです。

 コロナ禍で将来に対する不安に押しつぶされそうになっている問題は、異文化環境でストレスを最低限に抑え、成果を出すことより、さらに難しい問題でもあるように見えますが、全ての人類が共有している試練という意味では、孤立感は薄いかもしれません。

 異文化の環境で鬱に陥る入り口は、周囲の人が感じない異文化の違和感が孤立感をもたらすことです。心理学の世界では、不安な気持ちは、より自己中心的な思考と行動を示す要因になるといわれています。自己防衛本能、保身というサバイバル・モードに入ると人間は視野が狭くなり、本来、自分に有益な人間関係まで拒否し、心的引き籠もり状態になりがちです。

 結果的に人とのコミュニケーションを避けるようになり、負のモードに入り、「苦しんでいるのは自分だけだ」と孤立感が深まり、当然、視野も狭くなるというわけです。その自己中心モードを抜け出すためには、人のためになることを実行することです。小さなことでも相手が喜ぶことをすることで自分の心も楽になることは心理学でも証明されています。

 たとえばコロナ禍で、私自身、コロナ見舞いの葉書を親族や友人、知人に送りました。そこには最近、私が趣味で描いた花のパステル画を添えました。その絵は自然の力の凄さに励まされて描いたものです。驚いたことに想定していなかったポジティブな反応がたくさんの送り先から返って来て、それが自分の力にもなった経験をしました。

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     コロナ見舞いの葉書に添えた筆者のパステル画

 つまり、人間に共通する深いところで共感できれば、孤立感から解放され、自分を深く内省できるというわけです。

 アンガーマネジメントに「べき論」を振りかざすのをやめ、「異なるやり方もありうるし、選択肢は別にもある」と考えることの重要性が指摘されています。その前提は、自分で解決できることとできないことを切り分けることです。

 異文化では多くの場合、相手を変えることは不可能に近いことです。にもかかわらず、自分の常識に従って相手を変えることばかりに集中すると、自分が壊れてしまいます。

 コロナ禍でも将来に対する不確実な状況下にある中で、自分の常識や固定観念に固守すると道が見えなくなる可能性があります。経験知は重要ですが、経験知の中である一定の条件下でのみ有効なものと普遍的に適応できるものは切り分けるべきです。

 たとえば、嘘をつくのは非常に悪いと教えられて育った日本人が、嘘も方便という国で仕事に報連相を適応しようとすれば、嘘の報告の上で業務は失敗する可能性があります。コロナ禍でも自分の中の経験知に裏付けられた常識は再検証すべきです。

 コロナ禍の不確実な状況で必要な自分に対する検証について、ハーバート・ビジネスレビューに掲載された「将来への不安に押し潰されず、成長の機会に変える」というポテンシャル・プロジェクト創設者のラスムス・フーガード氏の論文があります。

 それによると、たとえば、自分の心が不安やストレスに陥ってしまうのは、どんなとき、どんなきっかけなのか。より気持ちが落ち着いて回復力を感じるのは一人でいるときか、それとも他人といるときか。さらに自分らしい適切な判断をしているかどうか、自分でわかるか、とあります。

 つまり、極度に不安や恐怖を感じる不確実な状況では、利他的行動を維持し、冷静さを保ちながら、「自分自身をより知ることに注力すべき」という指摘です。利他的思考や行動、自分が何をできるを知ることは、不確実なビジネス環境に答えを与えてくれます。

 この論文で印象的だったのは再起力(レジリエンス)を高めるために、「ときおり数分間、周囲の音や食べ物の味を意識して、屋外で顔をなでる風に注意を払ってみよう。時々立ち止まって、五感があなたに伝えていることを観察するのは、心が忙しさから逃れる機会になり、あなたの意識を高める」とあることでした。これは私にも経験があることです。

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 とうとうフランスの身内が新型コロナウイルスに感染し、危機が身近に迫っています。感染したのはフランス人妻の17歳離れたパリに住む弟で、感染経路は分かっていませんが、大手コンサル会社に勤める彼は、この半年はリモートワークでしたが、日頃、外出時にマスクを馬鹿にしてしていませんでした。

 聞けば彼は陽性が分かった前日、彼の30代の甥の建築家夫婦に会いにいっており、その甥もマスクをすることはほとんどない状態です。自分が感染したことが分かっても甥に伝えようとしないため、情報を聞きつけた私の妻が連絡して知らせる始末で、これだけコロナが騒ぎになっているのに危機感がないことが透けて見えました。

 ロンドンに住む娘は、マスクをせず、大人数で集まって酒を飲んで騒ぐ若者たちを見て「彼らは本当に馬鹿だ」と軽蔑しています。罰金でも科さなければ政府のいうことを聞かない実態は日本とは大きな違いです。ヨーロッパでは若者の多くが「コロナはインフルエンザと同じで必ず治る」とか「若者は免疫力が強いので、ほとんど無症状で終わる」といっています。

 そこで各国政府は、自分が軽い症状で終わっても、持病があり免疫力の低い高齢者に感染するリスクを考慮して、マスク着用や手洗いの徹底を呼び掛けているわけですが、そもそも自分を守るためでなく、他の人にうつさないマスクという考え方では、自分のことを最優先で考える個人主義者には、面倒くさいだけのものです。

 それより気になるのは、世界中の多くの若者が既存メディアの報道に関心がなく、多くの情報は共感を得るためにSNSに掲載されたニュースだけで、当然、共感を得る内容に偏ってしまっていることです。さらに政治不信ではなく、政治に関心がなく、政治の力も信じていない若者が増える一方だと私は見ています。

 そのため、今回のような公衆衛生に関わる深刻な問題で政府が次々と対策措置を打ち出しても聞く耳を持たない現象が起きています。「政府のいうことに従う」のは社会主義国家や独裁国家の話で誰もが自由に選択できる自由社会で「国家権力=悪」と受け止める風潮もある中、政府のいうことを絶対視する若者は減る一方といえそうです。

 特にマスクをすることは利他的行為なだけに、利他的に生きる習慣の乏しい若者は、共感こそすれ、自分を優先する文化によって他者を尊重する精神が失われつつあります。自由主義世界では、世界各地でマスク着用義務に反対する運動が起き、バーやレストランの営業禁止に抗議し、政府を提訴する動きも起きています。

 大して見識も知識もないのに政府のいうことやマスメディアの提供する情報を馬鹿にし、自分勝手に行動する若者が散見され、それは今では大人社会にも拡がっています。日本以外の国では政府が適切な対策を講じるかより、その対策に気分で動く国民を従わせることに苦労しているのが現状です。

 あらゆる権威が失墜し、過去にこだわらない若者が唯一追求するのは人生を楽しむ「Fun」ですが、過去の歴史にも何度かそのような時代があり、人々は一過性の享楽にふけり、国を滅亡させた経験があります。自由と民主主義の社会は、社会主義中国の前に衰退を見せていますが、実はその中国でも若者の享楽に歯止めが掛からない状況です。

 ごく一握りのITビジネスのビリオネの成功者と、明日を生きることすら不確実な若者の増加はコロナ禍で加速しています。スペインでは若者の失業率は47%と驚異的数字です。彼らが自暴自棄になり政府のいうことを聞かないのは当然ともいえる現象です。

 しかし、失墜した権威の中で人々が本物を見極めることができれば、希望はあると私は考えています。コロナ禍はそれを見つけるために高い犠牲の代価を支払わされているのかもしれません。

 そのために人間が抗しきれない自然現象の前に謙虚であると同時に、人間や自然に本来備わった生命力を大切にすることが再起力(レジリエンス)の基本だと思います。

 私の好きなスペインの画家、ミロは戦争で疲弊し、荒廃した世界に向け、息を吹き返す星や花、昆虫、動物を活き活きと描きました。東日本大震災の津波に全てが押し流された瓦礫の中から一輪の花が咲く姿は自然の生命力の凄さを見せてくれました。そんな生命力を大切にしていきたいものです。

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 英下院は29日、欧州連合(EU)と英国が締結した離脱協定を事実上一部反故にする「国内市場法案」を賛成多数で可決しました。同法案は離脱協定で合意された英領北アイルランドのプロトコル(手続き)をほごにするもので国際法に違反するとして、5人の首相経験者全員が批判し、法務担当の要人2人も既に政権を離脱しています。上院での行方が注目されます。

 この一度合意した離脱協定の国際法を軽視するジョンソン英首相の暴挙は、英国の国際社会での信頼を失墜させかねないものです。しかし、同首相は1年前にも同じような暴挙に出ていました。

 昨年のまさに同じ時期、ジョンソン首相は、就任後70日で離脱期限1カ月を切った段階で、ようやくメイ首相が欧州連合(EU)との間で合意した離脱協定案に替わる代替案をEUに示しました。それも議会審議させないために夏休み明け議会を強引に休会する暴挙に出ました。

 結果、司法に国会休会という暴挙は違憲とされましたが、状況としては昨年10月17日からEU首脳会議が開かれることを念頭に、その時点で代替案が承認されなければ、合意なき離脱になるか、総選挙するか、再度の国民投票か、あるいは再度離脱期限を延期するか、誰も予想できない状況でした。

 このブログで当時書きましたが、ビジネス交渉で用いられる交渉での時間的に追い込んでいき、相手に時間的余裕を与えないことによって自分に有利な結果を相手から引き出すタイムプレッシャーの手法のように見えました。それも自分の足下の議会には議論の時間を与えようとしない暴挙でした。

 ジョンソン氏の政治手法とも取れるもので、自分の思い通りに物事を動かすために、時間的余裕がなくなった時点(今回は通商交渉締結期限3か月を切った)で、相手にショックを与える提案を行ったりして、圧力を加え、有利な結果を引き出すやり方のように見えます。

 しかし、リスクもあります。昨年は前代未聞の議会休会が違憲とされ、議会を開かざる得なくなりました。今回は上院で国内市場法案が否決される可能性も消えていません。無論、その場合の次の手も考えているのでしょうが、あくまでもEUという相手のある話です。

 そのEUは1日、英国の国内市場法案に対して法的措置を開始しました。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、同法案を巡り1部撤回を求めたにも関わらず英国が応じないため、離脱協定の条項にのっとり、法案の1部撤回を求め英国に正式通知の書簡を送ったことをを明らかにしました。

 同書簡に英国は1カ月以内に返答する必要があり、欧州委は英国からの返事を検討の上、満足できなければ欧州司法裁判所に提訴するという流れです。自由貿易協定(FTA)交渉の最終局面にある英・EU間は、この提訴で合意なき離脱の可能性が高まり、来年1月から大混乱が生じる可能性も否定できません。

 EUと英国は現在、離脱移行期間にあり、英国側は10月15日までにFTAの合意がなければ、移行期間終了の12月末以降、英国とEUは、FTA合意なしで世界貿易期間(WTO)ルールに従って貿易を行うことになるという最後通牒を突きつけています。

 それも昨年12月に合意し、今年1月に英・EU双方で承認した離脱協定の「北アイルランドに関するプロトコル(取り決め)」を書き直す国内市場法案が提出されたことで、FTA交渉に圧力を加える結果になっています。

 新型コロナウイルスで、客観的に見れば英国の方が追い込まれているように見えます。離脱協定にあるEUに支払う莫大な清算金もコロナ禍で膨れ上がる対策支出や経済減速が、完全離脱と重なっているからです。仮にFTAノーディールで離脱すると、企業は関税と貿易障壁の打撃を受け、経済に甚大な悪影響が及ぶ可能性もあります。

 果たして豪腕のジョンソン首相の交渉術で難局を乗り越えられるのでしょうか。ヨーロッパの長い歴史は交渉の歴史であり、EUは国際的交渉事には熟練しています。EU27ヶ国を相手にする英国側はコロナ禍で追い込まれています。今になって英国内に離脱撤回議論が起きているのも今の状況を考えると当然かもしれません。

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 大統領選挙後の混乱が続くベラルーシをめぐり、混迷につけ込むロシアの介入に欧州が危機感をつのらせています。フランスのマクロン大統領は29日、リトアニアでベラルーシの反政権派のチハノフスカヤ氏と会談し、事態打開のための仲介支援を表明したことでロシアのプーチン大統領が苛立っています。

 ベラルーシは旧ソ連邦解体後、ロシアにとって西方唯一の友好国で安全保障の戦略的にも重要な国です。隣国ウクライナはクリミアをロシアが強引に取り上げたことで、逆にEUとの関係が深まっており、ロシアは簡単にはウクライナに手を出せない状況なので、尚更、ベラルーシは重要です。

 マクロン氏は、欧州安全保障協力機構(OSCE)の仲介で政権側と反政権側の対話を進める構えです。逮捕されているルカシェンコ大統領再選に抗議する反政権派のデモ参加者の釈放も支援するとしています。これには直ちにルカシェンコ氏の後ろ楯になっているロシアのプーチン大統領が「前代未聞の外交圧力」と反発しています。

 大統領選挙の結果を受けて混乱が続くベラルーシでは、反政権派のリーダーで大統領選の候補者だったチハノフスカヤ氏が当局の逮捕を恐れ、リトアニアへ出国を余儀なくされました。現地メディアの報道では、マクロン氏と会談したチハノフスカヤ氏は「マクロン氏がプーチン氏に全力で働きかけてくれる」ことへの期待感を示してています。

 さらに「ベラルーシ国民は年末までに新しい大統領選挙が行われることを望んでいる」と述べ、対話を通じた政権交代を望んでいるわけですが、ハードルは相当高そうです。マクロン氏は会談後、記者団に「仲介支援に全力を尽くす」と強調しました。

 すでに大統領就任式まで済ませたルカシェンコ氏ですが、ロシアからの度重なる国家統合に向けたアプローチに対して、昨年11月には「国家主権や独立を脅かすような書類には署名しない」と発言し、ロシアと一定の距離を置く姿勢を見せていました。しかし、今ではロシアだけがルカシェンコ氏の頼みの綱です。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は「ルカシェンコ氏は、自らの独裁政権を維持する上で唯一の後ろ盾だとみるロシアとの関係強化に動いている」「今月にはプーチン氏への忠誠心を示すため、ルカシェンコ氏がソチを訪れている」と指摘、ロシアの優位性が明白なことを伝えています。

 安全保障上の問題を含め、ロシアがベラルーシに対してて存在感を強めることは北大西洋条約機構(NATO)にとってもEUにとっても脅威です。欧州連合(EU)は大統領選での不正や抗議デモ参加者への不当逮捕と暴力に対して、ルカシェンコ氏の6選に疑問を呈し、対ベラルーシ制裁を議論しているところです。

 英政府は、大統領選挙後に反政権派や市民への人権侵害が相次いだとして、ルカシェンコ大統領などに対し、英国国内の資産凍結などの制裁を科す決定を下しました。

 WSJは「ロシアがベラルーシに軍事基地を置けば、約96キロにわたるポーランド・リトアニア国境を横から挟み撃ちする形で軍を配備できるようになる。この国境はバルト海諸国と他のNATO加盟国をつなぐ唯一の陸路だ」とロシアがベラルーシを手中に収めたい理由を指摘しています。この国境は通称スバルキ・ギャップと呼ばれ、NATOのアキレス腱と呼ばれています。

 ただ、プーチン大統領の側も今回は慎重です。ウクライナ内戦への介入、クリミア併合でウクライナ国民の反ロシア感情が強まった経験から、ただでさえも反政権勢力が勢いを増している中で国民感情は無視できません。危機感を抱くマクロン氏の外交攻勢にプーチン氏が苛立つのも当然です。

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  フランス上院議会


 フランスでは27日に約半数にあたる172議席を改選する上院選(定数348議席)の投開票が行われました。その結果、マクロン大統領率いる与党・共和国前進は非改選も含め約20議席と議席数を伸ばせず、野党の中道右派・共和党グループが過半数を維持することになりました。

 現在、下院(国民議会)でも、共和国前進は党議員の離脱が相次ぎ、過半数を割った状態で他の中道政党の協力で過半数を維持している状態です。2017年6月の選挙で共和国前進は、多数の新人議員とともにマクロン氏が創設した党ということで勝ち馬に乗ろうとする中道右派や左派の議員が合流し、圧倒的多数派を形成しました。

 「もはや右でも左でもない時代が到来した」といわれ、日の出を落とす勢いで国民の期待感も高かったわけですが、今回の下院選の選挙結果は、国民の失望感とマクロン政権の求心力の低下を感じさせるものでした。

 上院選は地方議員などが投票する間接選で定数の約半分を3年ごとに改選しており、前回の2017年は共和党が下院で大勝したにも関わらず、歴史の浅い共和国前進は地方では浸透しておらず、今回同様苦戦しました。改選前は23議席でした。

 今回は地方でも長期化したマクロン政権批判の黄色いベスト運動に加え、コロナ禍でフランスの有権者が最も重視する失業問題の悪化が影響したこともあり、共和国前進は劣勢に廻っていました。マクロン氏の支持率は前月比6ポイント下がって38%、一日のコロナ感染者数が1万人を超え続ける状況で、コロナ対策への政府の対応も疑問視されている状況です。

 フランスの政治は時計の振り子といわれ、右派のジスカールデスタン後の1980年代は左派のミッテランの時代、1995年に右派のシラク政権になり、1997年にはシラク大統領下で左派のジョスパン政権が誕生し、その後、右派のサルコジ政権、左派のオランド政権が2017年に4月まで続きました。

 国民は右派に委ねても左派に委ねても失業率は一向に改善せず、移民や治安問題は改善しないため、銀行家の出身の30代の中道を掲げるマクロン氏を大統領に選び、翌月の総選挙では共和国前進が大量得票しました。しかし、マクロン政権は今、先行きが怪しい状況です。

 かといって中道右派の共和党に魅力を放つリーダーは今のところ見つからず、増しては左派の社会党は低迷を続けています。中道を国民が選んだことで結果を出せない状況はフランスの政治的混乱の長期化避けられない情勢で、安定しているのは前回大統領選でマクロン氏と決戦投票を闘ったマリーヌ・ルペン率いる超右派の国民連合くらいです。

 フランスの中道右派は英国の左派・労働党といわれるほど、フランスの政治は社会主義に近いものがあります。それは過去のことという人もいますが、中道のマクロン政権も何かと民間企業活動を干渉し、管理する政治傾向があります。根底には民主主義は大切だが、格差を生むアメリカ型資本主義への強い警戒感が今もあります。

 黄色いベスト運動はフランスならでは運動で、マクロン氏が大企業や富裕層寄りの政策をとっていると反発することから起きた運動で英国では起き得ないものです。フランスやドイツが未だに抜け出せない社会主義的体質が英国のブレグジットを促した事実は見逃せません。

 ビジネスマン出身で経済に精通しているとして期待されたマクロン氏も、議会を軽視し強権政治を続けていることで支持率を落としています。右派でも左派でも歴代大統領は大統領府のエリゼ宮に入ると権力に溺れ、ナポレオンかローマ皇帝にようになるといわれています。

 その悪習が消える気配はありません。エリゼ宮は伏魔殿で、特に女性問題で堕落しなかったのはドゴールだけだったという大統領府内部の歴史に詳しい古参の話もあるくらいです。

 せっかく改善していた失業率がコロナ禍で2017年の大統領就任当初に逆戻りし、今後さらに悪化する可能性もあり、政権運営は容易でない状況です。

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 トランプ米大統領は今月26日、死去したギンズバーグ連邦最高裁判所判事の空席を埋めるため、シカゴの連邦高等裁判所判事であるエイミー・コニー・バレット氏を指名すると発表しました。当然ながら自身の大統領選での再選が念頭にある一方、終身である連邦最高裁判所判事の構成を保守派で長期に占めることができる48歳の若いバレット女史を選んだと見られます。

 注目点は、リベラル派の伝説的闘志だった故ルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の後に彼女の対局に位置するは敬虔(けいけん)なカトリック信者で、人工妊娠中絶について「常に不道徳なもの」といってきたバレット氏を据えようという保守派のトランプ氏の明確な意志があることです。

 当然、念頭にトランプ氏の岩盤支持層といわれる福音派教会を中心としたキリスト教伝統保守に答える狙いがあるのは明らかです。では、アメリカにおける伝統保守とは何を意味するのでしょうか。

 バレット氏の家族構成、日頃の言動がその全てを表しています。彼女には8歳から19歳までの7人の子供がおり、うち2人はハイチからの有色人種の養子。自分で生んだ最後の子は妊娠中にダウン症で生まれる確立が高いと医者にいわれたが出産を選択し、障害を持っています。

 ホワイトハウスに今回招かれた時に7人全員を連れてきた映像が報道されました。最高裁の判事は9人で構成されているので、9人家族の彼女は慣れているという冗談も飛び交ったようです。

 彼女も夫もカトリック教徒でなおかつ信仰の原点回帰をめざすカトリック・カリスマ刷新運動のメンバーで、キリスト教の教派を超えた教会一致運動であるエキュメニカル運動に参加しています。産児制限の禁止を守る厳格なカトリック教徒は子供が多い。子供は神の意思によって生まれてくるのであって、人工的操作は好ましくなく、子供が多いのは神の祝福と考えられています。

 フランスでも私の妻の故郷であるカトリックの保守派が圧倒的に多かったブルターニュ地方では、産児制限は神父と相談し許可を得る必要があったといいます。

 養子をとる習慣もキリスト教の重要な教えの一つで、震災で親を亡くしたハイチの孤児を2人も養子にしているのは、弱者救済のキリスト教の精神からすれば「良き行ない」の一つです。欧米では貧困地域からの養子は一般的で、理由は子供がいないからより、人道主義的色合いが強いといえます。

 有色人差別がアメリカの大統領選の争点になっていますが、白人夫妻で5人の子供のいるバレット氏は、有色人種を二人も養子にしていることで、リベラル派も文句はいえないだろういうということです。彼女の子供たちが最も愛しているのが障害を持つ末っ子だという話も、日頃、差別のない平等主義を中心に掲げるリベラル派も非難できないでしょう。

 アメリカのトランプ支持の保守派の友人は、数代に渡り敬虔なカトリック教徒ですが、彼が小さい時、母親と買い物に行った帰り、車の中で彼がキャンディーを食べているのに気がついた母親が「そのキャンディーはどうしたの」と聞かれ、「さっき、スーパーの戸棚からとった」と答えたら、「それは泥棒のすること」といって車でスーパーに引き返し、謝罪して金を払ったという話を聞いたことがあります。

 アメリカでの善良な親は、そうやって見本を示し、何が正しく、何が間違った行ないかというモラルを教える象徴的話でした。友人もその時の親の取った行動が忘れられないといいます。

 バレット氏の場合は私生活で、人種や障害者の壁を超えた家庭を持ち、実践していることが、アメリカ国民には伝わっているはずです。同時に職業として法と秩序を重んじる判事として、法解釈に厳密な法学者という点も注目点でしょう。

 彼女は判事としての仕事においては「私的価値観を持ち込まない」と明言していますが、信仰に決定的に反した裁可を下すことがないことは、誰もが知っていることです。なぜなら、一人の人間を心を2つに完全に分けることはできないからです。

 リベラル派はバレット氏の判事起用で、ますますアメリカが保守化することに強い懸念を持っているのは明らかです。前回の大統領選でクリントン候補は、大統領就任式で聖書に手をおいて宣誓する習慣はやめるといっていました。そのリベラル化の流れに保守派は今後、どのように戦っていくのでしょうか。

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  2度もテロのあったパリ11区のニコラ・アベール通り(筆者撮影)

 パリ市内の路上で今月25日、仏風刺週刊紙、シャルリー・エブド旧編集部が入っていた建物前で、男女2人が大型刃物を持った男に襲われる事件が発生しました。逮捕されたパキスタン国籍の18歳の実行犯の男は、襲撃の動機について、シャルリー・エブド紙が今月、ムハンマドの風刺画を掲載したこと挙げています。

 2012年3月にフランス南西部トゥールーズ周辺で起きたイスラム過激思想に染まった容疑者が単独で仏兵やユダヤ人学校を襲ったテロ以降、ローンウルフ型といわれる単独犯によるテロが増えています。テロが発生すると背景捜査が行われ、実行犯の後ろに組織が存在するのが常識でしたが、近年は個人の思いつきでテロを実行する例も増えています。

 理由は、テロ対策の監視は、組織的繫がりを重視しているため、準備段階でテロ計画が発覚しやすいのですが、ホームグロウン型の単独犯の場合は計画段階で発覚しにくいからです。実は2015年のシャルリー・エブド襲撃テロ犯も、わざわざテロ組織との関係を絶った上で実行したことが分かっています。

 ローンウルフ型テロが増えることで、当局の監視は困難を極めています。危険人物監視リストに載っていない人物が、いきなりテロを実行する場合、事前阻止は非常に困難です。中東あたりに存在するテロ組織は、社会に不満を持つ人間にテロを呼び掛けるだけで、個人がそれに呼応してテロを実行するのは都合のいいことです。

 それはともかく、今回逮捕された犯人は、9月2日に始まったシャルリー・エブド襲撃事件の裁判に合わせ、シャルリー・エブド紙が表現の自由を主張するため、再度、イスラム教で禁止されているイスラム教創始者ムハンマドを描写した愚劣な風刺画を掲載したことへの怒りが動機だったと供述しているようです。

 実は私も何度も訪れたことのある5年9か月前に起きたテロ事件と今回のテロの現場であるパリ11区のニコラ・アベール通りの旧シャルリー・エブド編集部のあったビルは、イスラム聖戦主義に傾倒する者にとっての「テロの聖地」になっています。今回逮捕された男はシャルリー・エブド編集部が他の場所に移転したことを知らなかったようです。

 被害者は同じビルに入っているテレビ制作会社、プリュミエール・リン・テレビジョンの30代の従業員でした。もし犯人が本当にシャルリー・エブド編集部の移転を知らずに襲撃したとすると、標的誤認だったことになりますが、このテレビ制作会社もルポルタージュ専門の結構刺激的な番組作りで知られており、結果的にまんざら完全に誤認ともいえないかもしれません。

 シャルリー・エブド紙を巡っては、宗教指導者を冒涜する愚劣な風刺画を何度も掲載することで、メディアの表現の自由の正当性を主張していることが、裁判の争点になっています。同問題では仏国内の穏健派のイスラム教徒の間でも反発が拡がっています。

 さらにマクロン仏大統領が「(信仰)冒涜もメディアの表現の自由で権利だ」との見解を示したことも波紋を呼んでいます。同件に関しては、非営利のネット監視団体「反過激派プロジェクト」の情報で、今月の公判前に過激派組織アルカイダのイエメン分派と関連のあるメディアグループが、風刺画に対抗してフランスでの攻撃を呼び掛ける声明を出したことが明らかになっています。

 シャルリー・エブド編集部襲撃事件で殺害された編集者やイラストレーターには極左、無政府主義者など宗教を完全否定するリベラル思想の持ち主がほとんどで、過去にはムハンマドだけでなく、ローマ・カトリック教皇を冒涜する風刺漫画も何度か掲載しています。2015年の事件当時、同紙はフランスがイスラム化する危機感を風刺画で表現しました。

 フランス世論研究所(IFOP)の今年2月の世論調査では、宗教への冒涜は認められると答えたのは約50%で、残り半数は冒涜には限度があると答えています。特にムハンマドの肖像描写を禁じるイスラム教の教義を無視するだけでなく、愚劣なムハンマド像を描くのは限度を超えていると考える人も少なくありません。

 フランスでは1789年の大革命以降、政教分離が進んだだけでなく、宗教、特にカトリック信仰に対する侮辱や冒涜を犯罪としないヨーロッパで最初の国となった歴史を持っています。20世紀初頭、ライシテと呼ばれる政教分離の世俗主義は法的にも定められました。

 理由の一つは、あまりにも長い年月カトリック教会が君主制の時代に権力にすり寄り、既得権益を持ち、影響を与え続けた過去かと決別するためでした。しかし、それは大量のアラブ系移民が持ち込んだイスラム教に対しても、イスラム女性が頭部や全身を覆うスカーフやブルカを公の場で着用することを禁じることに繫がり、結果的にイスラム教排斥にも繋がっています。

 パリ政治学院の政治神学者アナスタシア・コロシモ教授は、「反宗教主義あるいは無神論者は、フランスではますます攻撃的になっている」と指摘しています。政府は移民の同化政策だといいますが、個人の信仰を冒涜し排斥するのは逆効果になっています。

 北アフリカ・マグレブ諸国から受け入れたアラブ系移民が人口の1割を超えるフランスでは、彼らへの差別がライシテで正当化されていますが、私の友人で国会議員だった故セラーク氏は「ライシテと同時にわが国は憲法で信教の自由も定められており、宗教冒涜は大きな矛盾だ」といっていました。

 英国は信教の自由に比重が置かれているので、役所のカウンターでも電車の中でもスカーフをしたイスラム女性や、ターバンを頭に巻いたシーク教徒を見かけますが、フランスは禁止しています。大革命以来、宗教を社会に片隅の追いやってきたフランスでテロが止む気配のないのも当然といえそうです。

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 フランスでは新型コロナウイルスの感染拡大で延期されていた自転車の世界大規模のロードレース、ツール・ド・フランスが、ようやく無事に終わりました。

 今度は本来5月24日開幕だったテニスの4大大会、全仏オープン(ローラン・ギャロス)が今月27日に開幕するわけですが、フランスの感染拡大は止まらず、観客数制限をめぐり、葛藤が続いています。

 ツール・ド・フランスでは大会運営のトップが新型コロナに感染するなど多少のトラブルはありましたが、選手やチーム関係者の間で次ぎ次ぎに感染が拡がる事態だけは避けられました。

 春から夏にかけて目白押しのフランスのスポーツイベントの世界的大会は、全て秋以降にずれ込んでいますが、感染第2波に襲われ、緊張が走っています。カステックス仏首相は24日、観客数の上限について、主催者が予定している5,000人を1,000人に減らすべきとの考えを示し、大会主催者側は困惑しています。

 フランスでは24日時点の直近24時間の新型コロナウイルスの新規感染者数が、過去最多の16,096人を記録しました。新規感染者の7日平均も11,679人と1万人を超え、ヴェラン仏保健相が「全体として状況は悪化し続けている」との見解を示したばかり。

 一方、全仏オープンの主催者は、9月に開幕が決まった時点で当初、観客数を1日当たり2万人に制限する予定だったのが、9月に入ってからの感染者数の増加を受け、11,500人、5,000人と相次いで上限を引き下げていました。

 そこにカステックス首相が他のスポーツと同様の制限を設けるべきとの見解を述べ、開幕直前の対応に追われる事態になりました。開催地はパリ西部ブローニュの森に接し、同地区は現在の5段階の警戒レベルでは、上から3番目の「警戒強化ゾーン」です。

 制限措置としては、9月26日以降、大規模な集会は1,000人までに制限され、大規模な地域的イベント、フェスティバル、学生のパーティー等の開催は禁止というわけですから、首相のいうことは理に適っています。

 最近増えたスポーツの無観客試合や観客数制限は、当然ながら、主催者にとっては深刻な経済的ダメージをもたらしています。全仏オープンも例外ではありません。

 昨年、大会収入に大きな影響のある放映権の更新が行われ、2021年から2023年までの契約更改では、放映権の大部分は依然として France Televisionsが保有するものの 、残りはアマゾン社が獲得したと報道されました。

 実は全仏オープンはグランドスラムの中では唯一英語圏ではなく、放映権収入も昨年時点で2,400万ユーロ(約28億円)と、「ウィンブルドン」と「全米オープン」がそれぞれ約7,000万ユーロ(約83億円)なのと比べると低いといわれています。

 今年の大会までは、この金額が続くことを考えると、観客収入が激減する中では頼りの綱といえそうです。来年からは関係者の話では契約の更改で放映権収入は25%ほどアップするそうです。

 「全仏オープン」でアマゾン社は、2020年に開閉式ルーフが完成するセンターコート「コート フィリップ・シャトリエ」で、初日の夜に行われるセッションの配信権と、今年オープンした「コート シモーヌ・マチュー」で行われる全試合の独占配信権を得ています。

 一方、チケット収入の激減は目を見張るものです。昨年の大会での主要コートに入れない入場チケットの料金は日本円で約27,000円/枚、センターコートの一般席で約51,000円〜80,000円、BOX席は200,000円/枚前後で、男子決勝では一般席でも110,000円から265,000円/枚、ボックス席は約750,000円/枚でした。

 地元フランスでも庶民が観戦できるレベルのスポーツイベントとは言えず、海外から富裕層の観客が集る社交の場にもなっています。フランステニス連盟(FFT)のベルナール・ジウディセリ会長は延期の決まった5月に無観客開催の可能性について言及しています。

 会長は「会場で実施される大会であり、テレビの画面で放送される大会でもある」「世界中で多くの視聴者が待っているし、無観客でもビジネスモデルの一部は実施できる。つまりは放映権料(大会収入の3分の1以上を占める)で、無視できない要素だ」と語っています。

 大会の総収益は2億6000万ユーロ(約300億円)で、FFTの収入の8割を占めるそうです。毎年、約50万人の観戦者が訪れる同大会で、放映権やスポンサー収入が維持されたとしても観客数を1試合1,000人に制限した場合の減収は大きいのが実情です。

 フランスのテニス界にとって深刻なダメージとなりそうで、開幕直前の入場制限は大きな試練といえそうです。一方、アマゾンなどのネット配信のビジネスモデルはポストコロナで一人勝ちの様相を呈しています。

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