安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 今年春に予定される裁判を回避するため、保釈中にも関わらず、国外逃亡したゴーン日産自動車元会長について、フランスのアニエス・パニエリュナシェ経済・財務大臣付副大臣(45)が2日、フランス国籍を保有している同被告がフランスに入国した場合、同被告はフランスから「送還されない」と発言したことが報じられました。

 同時にフランス政府は、ゴーン被告が「日本の司法制度から逃れるべきではなかった」と考えていると述べ、「法を超越する者はいない」と念を押しました。元高級官僚らしい抜け目のない発言ですが、実は政治的には稚拙な発言といわざるを得ません。

 なぜなら、ゴーン氏の逃走は政治的にはフランスに大きなダメージを与えているからです。日産自動車とアライアンスを組む仏自動車メーカー、ルノーの筆頭株主であるフランス政府は現在、日産との経営統合を模索中です。元国営企業で国の基幹産業だったルノーは民営化後もフランス経済にとって雇用を含め重要な存在であり、日産との関係維持・強化もマクロン仏政権の重要案件です。

 フランス政府が、国際刑事警察機構(ICPO)から国際指名手配を受けたゴーン被告が、もしフランスに入国した場合、全てのフランス国籍者に当てはまる保護の原則が適応すれば、日本との関係が悪化するのは必至です。日本を重要な経済パートナーとしているフランスにとって、ゴーン被告逃亡は扱いを間違えれば日産のルノー離れだけでなく、両国関係を悪化させる可能性もあります。

 ゴーン被告の戦略は、国際世論を味方につけて日本の司法制度を批判することで、無断出国を含め、自らの正当性を主張することと思われます。しかし、この手法は成功するとは到底思えません。日本の司法批判は、フランスで高等教育を受けたゴーン被告らしく、人権重視の推定無罪の原則が日本にはないという論理です。

 さらに日産社内や司法への日本の政治的影響を挙げ、まるで日本は司法が政府に従属する途上国であるかのような批判は、権力分立が曖昧なレバノンの政治力を利用して日本から脱出した行為と矛盾します。むしろ、国外逃亡のために大金を払って法の網をくぐり抜けた行為こそ、断罪されるべきでしょう。

 この論理の破綻から見ても、今の段階でフランス政府の閣僚から原則論が出てくるのは、タイミング的に話を複雑にするだけです。さらに,日本は犯罪人引渡し条約をアメリカと韓国としか結んでいない反面、フランスは96カ国と結んでいます。

 日本との犯罪者身柄引き渡し条約を結ぶことを多くの国が敬遠している理由は死刑制度にあるといわれていますが、今回の事例には当てはまらず、フランスの政治的判断が問われるところです。フランス政府は、この数年、シリアやイラクでイスラム国(IS)戦闘員だったフランス国籍者の帰国を拒否し、シリアやイラクで裁かれることを要求してきました。

 自国に都合が悪い国内の治安悪化リスクを理由に政治的判断が優先され、犯罪者の本国送還を拒否したケースですが、批判も浴び、トルコはフランス国籍者のフランス送還を昨年11月から始まっています。その理屈からしてもパニエリュナシェ女史発言は矛盾し、不用意な発言ともいえます。

 それにフランスの世論への配慮もありません。フランス人の多くはゴーン被告が批判する人権無視の日本の司法制度など誰も知りません。むしろ、近年は過去にないほど日本は評価されており、国民一人一人のモラルの高さがイメージとして定着しています。もっといえば私の知る限り、汚職に対してはフランスの司法と同レベルがそれ以上に厳しいというイメージもあります。

 その意味でフランス国民は15億円もの保釈金を捨て、さらに大金を使って日本を違法脱出したゴーン被告に対しては同情はなく、非常に厳しい目が向けられています。その国民感情も考慮せず、一般人と同じようにゴーン被告を保護し、身柄は引き渡さないなどと発言しているのは、エリート官僚出身者の思い上がった的外れの発言です。

 実は2017年6月に発足したマクロン政権は、国政選挙を一回も経験せずに政治経験も浅いスーパーエリートのマクロン氏が大統領に選ばれ、大統領選の翌月の国民議会選挙では、中道の共和国前進が圧倒的過半数の議席を占め、大半の議員は政治経験がまったくない素人新人政治家でした。

 パニエリュナシェ氏もその一人で、政治家や官僚エリートを排出する国立行政学院(ENA)の卒業生で、マクロン大統領から閣僚指名を受けるまでは高級官僚でした。1年以上続く反マクロン政権の黄色いベスト運動や12月に始まった年金制度改革に抵抗するストライキの長期は、議員経験ゼロで権力を集中される皇帝と呼ばれるマクロン氏と素人政治家が引き起こした問題です。

 彼らの特徴は、非常に精巧で合理的な政策立案はできても、その実現のために国民感情を汲み取るのは苦手です。今回のゴーン事件は経済界だけでなく、対日関係を含め、様々な分野に複雑な影響が及んでいます。それもフランスにはダメージの大きい話です。だからこそ政府を代表する人間の発言は慎重であるべきです。

 日本は今回の件について毅然とした態度で取り組むべきです。むしろ、国際的圧力に屈し、国外逃亡の恐れなしとして、特別保釈を認めた判断を猛省し、金と人脈さえあれば違法な出入国も可能な国というイメージを与えたことを問題視すべきでしょう。そして間違っても今回の件で人権重視の司法改革に論点をすり替えることは避けるべきと思います。

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 2010年代が終わり、2020年代が始まったこれからの10年、何が重要かを考えた時、私は「人間一人一人の尊厳を取り戻す」を挙げたいと思います。理由は世界を不安定化し、全てを台無しにする拝金主義から抜け出し、持続可能な満足を人生に見出すために絶対必要だと思うからです。

 ギリシャの時代から金、権力、女が人間を堕落させるというテーマは変わっていませんが、デジタル革命で先進国の国家予算に匹敵する利益を上げる巨大IT企業を目の当たりにし、さらに投資熱で濡れ手に粟のマネーを手にする人口の増加から、拝金主義は過去にない規模に膨らんでいるように見えます。

 それもチャンスは一部の恵まれた富裕層、上流階級にとどまらず、あの強烈な階級社会の英国でさえ、30年前と階級構造が変わっています。数人で始めたベンチャービジネスが巨額の利益を得たり、小さなアパートの一室のパソコンを前にして毎月数千万円の金を動かす個人投資家がいたりで、社会は大きく変わりました。

 無論、その恩恵は脚光を浴びる一握りの成功者だけのものであって、そこには多くの敗者、脱落者がいるのも事実です。しかし、巨額の利益=お金は人間に希望や期待を与え、多くの人はそこに走っている状況は変わっていません。

 日産のゴーン前会長の成功物語と失脚、日本脱出劇は、映画になりそうなドラマチックな展開を見せていますが、高報酬を批判された時、彼は「アメリカのCEOたちの報酬に比べれば、大したことはない」と自己弁護しました。人間の欲望に限りがないことの象徴がマネーにあるといえます。

 無論、単なる金の亡者に見えて実は別の目的がある場合もあります。私の古いユダヤ人の友人は、巨額のお金が動くビジネスのブローカーですが、彼女は手にした大金をせっせとイスラエルに運んでいました。ゴーン被告が祖国レバノンに資金を提供していたかは分かりませんが、その贅沢ぶりを見ると、そうでもなかったといえそうです。

 かつてはセレブ生活は庶民の手の届かない世界でしたが、今はデジタル化、グローバル化が進み、誰にでもビジネスチャンスがあるような幻想を抱かせています。しかし、人間が憧れるセレブ生活で継続的な満足を得られるのでしょうか。

 私は職業柄、これまで何度もプライベートジェット機を所有するジェットセットのセレブたちと接触してきました。友人もいます。しかし、彼らの本音を聞くたびに、その余りにもドロドロした世界にため息が出ます。お金があるために離婚、結婚を繰り返し、人間関係は複雑化し、そのために常に大金が必要なセレブは少なくありません。

 彼らには敵も多くいます。所詮、お金と権力で結びついた人間関係は裏切りにも遭います。常に弁護士が必要になり、そこにも多額のお金が必要です。それに何よりも限りない欲望に翻弄され、満足することはないということです。

 そんな中でも私が濡れ手に粟のビジネスに手を染めなかったのは、私が高校教員の父のもとで育ったからかもしれません。父を尊敬する教え子が何歳になっても父を訪ねてくる姿を見て、人から感謝される人生の素晴らしさを目の当たりにしてきました。

 母方の祖父母も満州で多くの中国人を助け、敗戦後の2年間、長く満州で中国語の通訳官だった祖父は、最初はソ連軍に、後半は八路軍(中国共産党軍)に身柄を拘束され、その時助けたのは祖父母から世話を受けた中国人たちでした。

 どんな状況変化があっても、変わらない感謝を残すことは容易なことではありません。それはお金では買えないものです。見返りなしに利他的に生きるのは簡単ではありませんが、人からの感謝には喜びと満足感があり、生涯の宝になることを痛感してきました。

 それこそが尊厳を持った生き方だと思います。東日本大震災で始まった復興支援のボランティアに参加した人々が、逆に元気をもらって帰ってきて、その満足感でリピーターになる現象が拡がりました。人は犠牲を払ってでも利他的に生きることで喜びと満足を得られるように作られていると私は考えています。

 利潤を追求するビジネスの世界は、利他的に生きることとは矛盾します。しかし、ユダヤ人の友人が稼いだ金を祖国に捧げるとか、巨万の富を手にしたマイクロソフトのビル・ゲイツが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を立ち上げ、中国、インド、アフリカを含め国内外に8拠点、1400人近い職員を抱え、410億ドル(約5兆円)の基金を元手に、途上国向けに感染症予防や治療薬の開発などを行っています。

 今年、アフガニスタン東部で殺害された中村医師は、長年の灌漑施設整備でアフガンの経済復興に貢献し、彼の柩はアフガンの大統領が担ぎました。どれほど多くのアフガン人が彼に感謝しているかを考えると、これほどの尊厳死はありません。

 パワハラ、セクハラも自分を含め尊厳という意識さえあれば起こり得ないことです。逆に言えば、人間を尊厳視できない人や組織、国家は評価できないということです。日本でも上司の顔色ばかりを伺い、同僚や部下を尊重しない人間は尊厳意識が低いといえます。

 マネーは手段であって目的ではありません。その手段が目的化することが堕落です。その主客性転倒が起きないためには目的を明確化する必要あり、それは必ず利他的であるべきです。それこそが尊厳であり、その尊厳を守れれば、マネーで身を滅ぼすことはないと私は考えています。

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 金融商品取引法違反、会社法違反(特別背任)などの罪で起訴、保釈中の日産自動車の元会長カルロス・ゴーン被告(65)が30日、無断で日本からレバノン・ベイルートに出国した衝撃のニュースは、世界中で報じられました。

 特に日産とアライアンスを組む仏自動車メーカー、ルノーの地元フランスでは、ゴーン被告が同社会長だったことや逃げた先がフランスの委任統治国だったレバノンということもあり、大々的に報じられました。フランス人の友人数人に聞くと「日本は国際的な犯罪者に対してナイーブだったのかしれない」「彼を侮っていたのだろう。彼なら、ありうる行動だ」といっていました。

 仏経済紙レ・ゼコーは「カルロス・ゴーンの大脱出」とのタイトルで「クリスマス休暇に妻と会見するという要求を司法に拒否されたことが、日本からの壮大な脱出計画を決意させたようだ」と報じ、「脱出計画は妻キャロルさんとごく限られた数人で計画され、実行された」とも伝えました。さらに「カルロス・ゴーンは、65歳にして国際逃亡犯としての生きることになる」とも指摘しています。

 保守系仏日刊紙ル・フィガロは「これ(無断出国)は、日本とレバノンだけでなく、フランスとの関係にも緊張を引き起こす深刻な挑発的リスクをもたらしている」と指摘しました。また、仏日刊紙リベラシオンは「ゴーン氏は大晦日を日本ではなく、レバノンの自宅で過ごしたかったのは明白」「日本の司法監督下に置かれながら、どのような方法で出国したかに注目が集まっている」と報じました。

 真相は明らかになっていませんが、偽造パスポートではなく、自分が英雄視されているレバノンの外交特権を利用したとの見方もあります。ただ、妻の役割が大きかったことは誰もが指摘しているところです。日本が国際犯罪に対してナイーブというのは、ゴーン被告本人だけでなく、背後の協力者が日本の常識をはるかに超えた知識と経験を持っていたということです。

 それはともかく、日本の報道には呆れるばかりです。来春に予定される裁判を前に被告が国外、それも身柄引き渡し条約が締結されていない国に逃げられた事実は司法の汚点でしょう。当然、無断出国を許した側は責任を問われて当然です。特に国外に逃げられたら裁くこと自体が困難になる国際逃亡を許してしまったことは重大なミスです。

 しかし、同時に日本の報道に登場した日本の司法制度が推定無罪の原則を軽視する「最初に有罪ありき」とする批判と今回の無断出国を繋げる論調は、論点がズレているというしかありません。ゴーン被告はベイルート到着後、「正義から逃げたのではなく、不正と政治的迫害から自由になるためだ」との声明を出し、自分の行為を正当化しました。

 この声明に乗る形で、日本の司法は無断出国を許しただけでなく「人権を無視し公正さを欠いている実態を世界に晒し、恥をかいた」などと報じるのは、まさにゴーン被告の手中に日本のメディアがはまったというしかありません。

 今、ゴーン被告に関する情報は大半が日本発です。海外メディアは日本の報道を下敷きにして、大した独自取材もせずに書いたものが多く散見されます。となると日本の報道自体がゴーン被告の逃亡を日本の司法制度を根本から改めるきっかけにすべきという論調が世界に配信されることになります。

 まず、今回の国外逃亡を可能にしたのは、彼の金と人脈にあることは明らかです。同時にブラジル、レバノン、フランスの国籍を持つグローバル人間にとって、法をかいくぐった国際的移動は難しいことではありません。ましてスパイの出入国が容易な日本からの出国でした。

 内戦に苦しみ難民化したレバノン人が自国レバノンの人口より多く住むブラジルで生まれた英雄ゴーン被告に対して、レバノン人の結束は非常に固いといえるでしょう。内戦の長期化で世界に散らざるをえなかったレバノン人はユダヤ人同様の強いアイデンティティを持っています。

 さらに日本の司法への上から目線は、フランスの普遍主義的司法との比較からくるものです。レバノンでは司法も腐敗しているので比べるものはありませんが、フランスで高等教育を受けたゴーン被告が持ち出す司法と政治的迫害や人権、公平性の欠如は、フランスの普遍主義的理屈からくるものです。

 もう一つ、彼が上から目線の理由は、日産自動車の再建のためにフランスから送り込まれた人間だからです。自分は日本人ではどうすることもできなかった潰れ掛かった会社を再建しにフランスから送られたという自負から、彼は経営を教えにきた立場で最初から今に至るまで上から目線が身についています。

 しかし、日本は先進国の一角を占め、司法制度も2流ではありません。常に改革は必要ですが、それはどの先進国でも同じです。中国のような政府主導の残酷な人民裁判の国ではありません。韓国のように司法を大統領が操る国でもありません。

 外国人のゴーン被告から見れば、ルノーとの経営統合を嫌う日本政府が、ゴーンを切るために逮捕したと見えるかもしれないし、それに伴う社内の権力闘争の犠牲者だと映るもしれません。しかし、違法行為が認められない段階で逮捕したとは思えず、日本の司法が簡単に政治的意図で動けるような途上国でないことも事実です。

 何人かのフランス人に今回の件で取材すると「不快なニュース。誰でも罪を犯した者は罪を犯した国の司法によって裁かれるのが常識だ。まして日本は先進国、フランスの恥だ」(仏IT企業の55歳の部長)、「彼の人生は終わった。レバノンでヒーロー扱いされても腐敗を嫌う若者が見逃す可能性は低い。政治的に不利と判断されれば権力者も彼を切るだろう」(ル・フィガロ記者)などの声もあります

 このブログで書いたように、巷のフランス人は「ゴーンが有罪か無罪かより、彼の妻がトランプ米大統領やマクロン仏大統領などに協力を求めたことが許せない。司法の前には平等のはず。自分を何様だと持っているのだ」という意見は、私には説得力を持ちました。今回もレバノン大統領の協力が噂されていますが、フランス人は許さないでしょう。

 今回の国外逃亡で、フランス人の間からは消えていた「レバシリ」という言葉が聞こえています。レバノン人、シリア人への蔑視する呼称です。「彼はやっぱりレバシリだから」というわけです。その意味は紀元前に地中海で富を得たレバノン人の先祖であるフェニキア商人が金のために非常にえげつない人間だったことをダブらせているのです。

 日本の司法制度改革をゴーン国外逃亡で論じるのは、あまりに拙速で自虐的です。ゴーン逃亡はどこまでいっても正当化できないはずです。裁判の場で自らの正当性を証明することなく、裁く司法そのものを批判するのは全くのお門違いで傲慢な態度です。

 日本は恩を仇で返したとゴーン被告は受け止めているようですが、約20年の日産在任期間で評価されるのは最初の10年で後半の10年は、金と権力という魔物の軍門に下ったとしか見えません。グローバルビジネスリーダーの寵児は、誰からも見えにくいグローバルビジネスのエアポケットに落ち、今後は国際指名手配の逃亡犯として生きるしかない選択をしてしまったと私は見ています。

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 令和初の大納会を迎えた東京株式市場は30日、日経平均株価の終値が2万3656円62銭と、年末としてはバブル期の1990年以来29年ぶりの高値を記録しました。アメリカも今年後半は一貫して株価が上昇傾向で年末を迎えました。米中貿易摩擦による不安が後退したなどが主要因とされています。

 特に弾劾の危機に晒されているトランプ米大統領は、何度も景気後退を指摘されながらも、株価だけ見れば、米中貿易戦争の緊張状態で下落した時期もありましたが、一貫してアメリカ経済は堅調な伸びを見せてきました。

 一方、GAFA(グーグル、アップル、ファイスブック、アマゾン)という巨大IT起業は健在で、4社の時価総額は合計すると世界第4位の経済大国ドイツの国家予算を超える規模だそうです。まさに革新的テクノロジーによるデジタル革命の巨人たちというしかなく、その富の集中は今年を振り返っても不動のように見えます。

 まさに新しいテクノロジーが富を生み、その富によるテクノロジービジネスへの投資でさらにテクノロジーやサービスが進化している状況です。当然、投資家は最大限の注意を払い、一儲けできそうなシリコンバレー発の起業した小さな起業への投資意欲も衰えていない状況です。

 人類は18世紀半ばから始まった産業革命以来、テクノロジーの進化とマネーが人間の経済活動の中心となり、今もそれは変わりません。とくにデジタル革命により物理的距離や時間を超えられたことが圧倒的に大きく、インターネットの普及で、一挙にグローバル化が進んだのも新しい状況です。

 パリ近郊に住む親戚の家を最近訪れた際、彼らの住む地域でインターネットがプロバイダーの大元のOrange(旧フランステレコム)の技術的問題でネットが1週間繋がらない状況だというのです。彼らの家はテレビもネット経由で見ており、電話もIT電話なため、家の中でもスマホしか使えない状況でした。

 1週間もテレビを見ていない住人は「今ではアフリカでも皆スマホを持ち、WIFIも普及している。この地域はアフリカ以下だ」と嘆いていました。ネットの普及で表面的な情報はどこでも取得できるようになり、逆にその量の多さから物事の理解を深める習慣が希薄になっています。

 人間の幸福度は満足度に比例しているといわれますが、テクノロジーとマネーの連携が生み出すものは人間に期待感を与え、欲望を増幅させる一方、果たして持続可能な満足感、つまり幸福に繋がっているかは極めて疑問だと思っています。

 このブログに何度か書きましたが、テクノロジーとマネーで先頭を走るアメリカで毎年報告される「自分の仕事に意味があると感じる職業ランキング」で、高校の校長や大学入学資格を得る学校の教師などが1位にランキングされているのは意外な事実です。

 それを見ると「意味がある」、つまり心の満足度が高い職業がテクノロジーやマネーとは無縁のところにあることがはっきり分かります。アメリカの大学生の就職希望ランキングのアンケートで、GAFA以上にNGOが上位にきているのも興味深いものがあります。

 パリの国境なき医師団で財務部長を務める人物は、私とのインタビューで「私は銀行に10年以上務め、高給を稼いでいたが、週末の国境なき医師団のボランティアの満足度は、はるかに上だった。だから、給料は3分の1になったが、エキサイティングな活動に転職した」と語っていました。

 つまり、持続可能な満足感は利他的に生きることにあるということです。私自身、有益な情報をジャーナリストとして提供したことが評価されるほど嬉しいことはないし、研修が大いに役に立ったと受講者や企業から感謝されるほど満足することはありません。

 ではなぜ、テクノロジーやマネーは再現のない欲望を与えるにも関わらず、持続可能な満足に繋がらないのでしょうか。テクノロジーもマネーも本来、人間が生活を営むための手段であって、目的ではないからです。主人であるべき人間がテクノロジーやマネーに隷属化し、目的になってしまっていることが問題だと私は考えています。

 手段が目的化していいことはありません。テクノロジーもマネーも利便性をもたらす手段であって、それが目的化し、さらに拝金主義という宗教のようになってしまっている。手段でしかないものを目的化すれば、麻薬のようなもので魔物化してしまいます。

 麻薬は依存症を生み、それがないと生きていけない状態に陥ります。期待感という人参を目の前にぶら下げられ、果てしない欲望の渦に巻き込まれていくということです。結果、人間は利己的な自由を求め、家族を破壊し、共同体を破壊する恐れがあるということです。

 高額の宝くじが当たった人の多くが人生を狂わせてしまっているように、マネーという魔物にとりつかれるほど、恐ろしいことはありません。その意味で手段と目的が逆転していないか、私は常に自戒しながら生きようと自分に言い聞かせています。

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 ブレグジットが3年半ぶりにようやく確実になりそうですが、一貫していわれていたのが英国民は楽観的だったということです。確かに2019年は、多くの英国民がブレグジットを話題にすることすら避けたいくらいうんざりの状態でしたが、それでも「なんとかなる」と悲観的にはなっていませんでした。

 その英国がかつて統治していた香港は、一国二制度を危うくする中国中央政府の強圧的支配に抗議するデモが半年以上続き、年明けまで続きそうです。その一方で大規模な改修を終えた公共美術館、香港藝術館が最近オープンし、学生が乱入しそうなモールで食事をし、騒乱中の同じ小さな香港内で起きているとは思えない対照的な出来事です。

 その中国本土も経済は減速状態にあり、米中貿易戦争は終息の気配を見えず、先行き不透明状態が続いています。香港のみならず、ウイグル族への弾圧などで国際的批判を浴びるなど、課題は山積状態ですが、実は案外、国民は全体的に楽観的です。アメリカ国内でファーウェイに圧力がかけられても、13億の市場規模の中国では不安要因ではありません。

 その中国と対峙するアメリカは次期大統領選を控え、連日のようにトランプ米大統領の弾劾の行方が報道されていますが、トランプ氏の大統領就任以来、何度も景気減速や株価下落の予想が浮上しましたが、そうはなりませんでした。フェイスブックから個人情報が大量に流出し、アマゾンの推奨商品に不良品が少なくないことが指摘されても、ビクともしていません。

 最近、過激派組織、イスラム国(IS)がイラクやシリアで勢力を盛り返していることが伝えられています。この5年間、テロが頻発したフランスのルドリアン外相が指摘したように、ISは絶滅などしておらず、復活の機会を伺っているという見立て通りの動きが出ています。

 今後、アフガニスタンから米軍が大規模撤退すれば、世界中でテロが起きるという予想もあります。つまり、世界は投資家が最も嫌う不透明、不確かな状況に満ちています。

 オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士が50年以上、国民性を調査、分析した中から生まれた国民性指標の中に「不確性の回避」という項目があります。「自分の常識とは違う状況に危険を感じるか否か」という項目です。

 人は自分の常識では計れない人間や状況に遭遇すると、なんらかのストレスや不安を感じるものです。しかし、ホフステードは、そのストレスは国民により違いがあることを発見し、国ごとの指標を示しています。それによると英国人、アメリカ人、中国人は不安やストレスを感じる度合が低いというのです。

 逆に日本人、フランス人、ドイツ人は、ストレスを強く感じる国です。つまり、不確実な状況に対して悲観的になりやすいということです。行き過ぎればパニックにも陥る可能性があります。たとえば海外旅行に出かける前に徹底した準備をするのが日本人やドイツ人、フランス人です。

 空港からホテルまでの行き方、その国で気をつけることや毎日のスケジュールの確認、必要と思われる物は全部抱えて持っていくのは、逆に言えば、自分がこれから行く国の不確実な状況に不安を感じるからです。

 ワールドトラベラーとして知られる英国人は、大した準備もせず、ホテルに着いたら、フロントで「今日はこの町で何かおもしろいことはあるか」などと聞く光景をよく目にします。日本で爆買いする中国人は買い物しすぎると現地でスーツケースを買い、柔軟に対応しています。

 今は余程の国でない限り、多くの日用品は現地で手に入るのに、日本人は全て抱えて持っていこうとしますが、英国人はしません。この不確実な状況に強い不安を感じる性格にはメリットもあります。それはあらゆる困難な状況に備えるリスクマネジメント意識が高いことです。備えあれば憂いなしということです。

 一方、デメリットは慎重すぎて大胆な行動が取れないことです。ビジネスは常にギャンブル性を抱えていますが、日本人はハイリスクの懸けに出るより被害を最小化する方を好み、保守的です。サラリーマン社長は保身のために大改革を実行せず、自分の就任期間に何事も起こらないようにするのも不確実性を回避したい本能が働いているからです。

 逆に不確実な状況に強いストレスを感じないアメリカ人は「なんでも問題は必ず解決できる」という考えが強いといわれます。超楽観的で、たとえば、極端な例ではマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏や、ファイスブック創業者のザッカーバーグ氏は、ハーバート大学中退組です。学歴社会のアメリカでハーバート大学を中退するのは、かなりの不確実な選択です。

 しかし、アメリカ人はこのような話が大好きです。むしろ、不確実なことに挑戦するマインドは評価されています。もともとアメリカのビジネスマインドはハイリスク、ハイリターンです。たとえ成功者が一握りの人間だとしても、チャレンジ精神を大切にしています。

 逆に不確かなことにストレスを感じやすいフランスでは、チャレンジという言葉はネガティブに使われる方が圧倒的に多く、起業文化はアメリカや英国の足元にも及びません。常に保障を求め、確実かどうかが重視されます。年金制度改革で気が狂ったように反発するフランス人は、保障の象徴である年金が不確かになることへの極度の不安を感じているからです。

 今から30年前、日中文化交流協会の代表理事の一人だった作曲家の故團伊玖磨氏から聞いた話ですが、中国奥地を訪れた時、村人から「今の皇帝は誰か」と聞かれたことがあったといいます。「今は中国共産党が国を治め、小平が主席だ」と答えると「その皇帝はいい人か」と聞かれたそうです。

 広大な国土ではありそうな話ですが、それ以上に治世者の移り変わりとは関係なく生きている人々に團氏は感心したそうです。中国人は目まぐるしく権力者が変わることに慣れており、状況変化に強く、したたかに生きる国民性を持っているといわれます。逆にいえば状況は常に変わるので短期決戦のビジネスを好むというわけです。

 ネガティブな報道がされた場合、それを悲観的に捉えがちな日本のような国は不確実性回避の性質が強く、逆に3年半もブレグジットが迷走しても、相変わらず楽観的なのが英国です。7つの海を支配した大英帝国を築けたのも異文化という不確かなものに極度のストレスを感じなかったからかもしれません。

 国民性はどうすることもできないものでもありますが、不確か、不透明な状況が拡がるグローバル化が進む世界では、それにストレスを感じない方が有利といえそうです。無論、十分なリスクマネジメントも必要ですが、大胆な挑戦を避け、何もしないことの方が危険を招く時代といえそうです。

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 今年のクリスマスも中国製のおもちゃが世界中の子供たちに与えられました。特に地球温暖化に悪影響をもたらし、廃棄にも問題のあるプラスチック製のおもちゃは、問題視されながらも圧倒的シェアを占めています。一方、最近は再生可能な素材で作られるおもちゃや木製のおもちゃにも注目が集まっています。

 この数年、フランスではマクロン政権の企業優遇、雇用に関わる社会保障負担税の軽減政策などもあり、一旦中国や旧東欧諸国に生産拠点を移した企業がフランスに戻る現象が起きています。とはいえ途上国生産に比べ、国際的な競争力を持つ価格確保には至っていません。

 そんな中、ポルトガルの靴産業が活況をていしています。World Footwear Yearbook 2019によれば、2018年の世界の靴輸出量に占める国の割合では、中国のシェアが2018年、64.7%と圧倒的で、次がベトナムの8.6%、インドネシアの2.8%、ドイツの2.1%と続いています。無論、生産量では人口の多いインドも上位につけています。

 そこに静かなだら堅調な伸びを示しているのがポルトガルです。もともと靴産業の盛んなポルトガルでは、ポルトガル第2の都市で商業の中心地、ポルトワインで有名なポルトから車で1時間ほどのマラインス、フェルゲイラスなどに靴生産地が散在していました。

 1980年代から90年代にかけて世界のトレンドだったウォーキングシューズやカジュアルシューズが生産され、代表的メーカーは、OEMを含め、日産5000足を超える生産を行っていたといわれます。ところが、2000年に入り状況は一転し、中国に靴産業は奪われてしまいました。

 ポルトガルはピーク時に約6万人が靴産業で雇用されていたのが、3万強まで落ち込み、機械化で対抗しようとしましたが、中国でコスト面で勝つことはできず、靴職人は職を失っていきました。それが2011年頃から、質の高い靴に特化する戦略に転換し、さらには新しいモデルを市場投入するまでの期間を中国より数カ月短縮することで、高級ブランドを中心に復活しました。

 ユーレカシューズ、ペルラト、アルマンド・シルヴァ、マタ、レモンジェリーなどが欧米市場で靴専門店を中心にシェアを拡大し、さらには高級ブランド市場でも高い信頼性から受注を伸ばしています。中国にOEM生産を奪われたポルトガルは、自社ブランドの世界的認知度を高めることに注力し復活を果たした形です。

 靴産業を世界的レベルでみると、靴生産量は2018年、242億足で前年度比、2.7%増え、2010年以降、20.5%も成長している産業です。一方、この8年間で世界の靴の6割強を生産する中国の生産量は9%減っている状況です。

 ポルトガルの靴産業は、1970年代に日本が開発したクオーツ技術でスイスの時計産業が一挙に衰退し、代わって高級手作り時計を自社ブランドで作る戦略で復活したのに似ています。興味深いのは職人文化の継続性です。ポルトガルでは今、靴を何代にも渡って作ってきた家族経営の靴メーカーが復活していることです。

 一足一足丁寧に手作りする小さな工房に、世界中のセレブから注文が殺到しているという状況は嬉しい悲鳴です。大量生産、大量消費ではない質と高級感が勝負の分野では、やはりヨーロッパの伝統産業は、まだまだ健在といえそうです。

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 日本企業が弱体化しているからとは簡単にはいえませんが、国境を越えたM&Aや資本提携で自分の国の常識が、新しく持ち込まれた外国企業のやり方でギクシャクするケースは少なからずあります。特に支配するか、されるかの歴史が長く、なおかつ独善性が強い国の企業ほど、異文化に妥協しない側面もあります。

 私は日産自動車がフランスのルノーと資本提携したことで必要となった異文化理解、グローバルマネジメントについて10年以上、マネジメントクラスから生産ラインで働く従業員までを対象に研修を担当させてもらいました。

 1年前に逮捕され、起訴された同社にルノーから送り込まれたゴーン元会長の評価は今では地に落ちていますが、実は多文化の中で育ったゴーン氏だからこそうまくいった面もあったと私は今でも考えています。

 日産とルノーが資本提携する前に、あるプロジェクトでフランスのホテルチェーン、アコーホテルズと関係する仕事をした経験があります。世界90か国以上で3,500軒以上のホテルを有する巨大企業ですが、彼らのグローバル展開は興味深いものでした。

 グローバル展開して成功する企業は、一般的にローカリゼーションに対しての認識を持っています。たとえば、20年以上前、アコーのアジア・オセアニア地域を統括するタイ・バンコックの責任者が「重要な決定をする時、もちろん、パリにある本社と協議するが、私がいいといえば本社は私の判断をほとんどの場合、支持します」とオーストラリア人の責任者は私にいっていました。

 企業買収などで日本に進出する欧米グローバル企業が、一方的に自分たちのやり方を押しつけたのは過去の話です。たとえばゴーン氏は「自動車産業はその国に根ざしたマネジメントができなければ成功しない」といっていました。無論、再建屋の異名を持つゴーン氏は2万人の解雇という手荒なこともしましたが、一方で工場やディーラーを周り、従業員の声に耳を傾けていました。

 彼自身がブラジルのレバノン社会で生まれ、レバノン、フランスで教育を受けたグローバルな人間だったことで、単純にフランス的やり方に固守したわけでなかったことで、巨額の負債を抱えた日産の再建はできたともいえます。無論、意思決定やマネジメント改革も行われ、それが功を奏した最初の10年と逆にゴーン氏を裸の王様にした後半の10年があったともいえます。

 それはともかく、あなたの会社が外国企業に買収されたり、資本提携した場合、どんな人間がが指揮を取るかが最重要であることはいうまでもありませんが、受ける側も知っておくべきことは少なくないといえます。特にハイコンテクストの日本人は異文化受容がけっして容易ではないからです。

 多くの国では、異なった宗教や人種が混在して、常識の共有度は高いとはいえません。小さい時から近所やクラスメートに多様な文化が存在していれば、異文化に対する耐性もありますが、日本人にはありません。関西の人が関東の人に違和感を感じるくらい、大した違いのない日本人同士でさえ理解し合えないわけですから、国を超えた異文化耐性はありません。

 そこで私は国内外で外国企業と協業する状況にどう対処するかという研修で、異文化をどう感じ、どう対処するかについて研修前に「文化の異なる人たちと協業するための適応力診断票」アンケートを実施しています。その1部を紹介すると、

<異文化理解>
自分とは異なる文化を持つ人との協業で:「どんな感情を持ち、どう対処しますか」
質問:一方的に見えるトップダウンのリーダーに対して
〇どう感じるか
(納得できず危険だと感じる それもありだと思う)
〇どう対処するか
a、1人での決定はリスクがあるので意思決定の仕方を改めてもらうように要求する。
b、コンセンサス重視の日本の意思決定スタイルを丁寧に説明し、理解を求め、調整してもらう。
c、多くの日本企業が日本のやり方で結果を出してきた過去を示し、変更してもらう。

<異文化間コミュニケーション>
〇ビジネスの現場
1、上司、先輩と積極的にかかわらない。          はい いいえ
2、自分の持っている情報を他者と共有しない。       はい いいえ
3、会議の場で反対意見を言われたら、できるだけ反論しない。はい いいえ
〇プライベート
1、私的な場では、あまり議論しない。           はい いいえ
2、どうせ言っても無駄だとあきらめてしまう。       はい いいえ
3、家族や友人が自分の気持ちを悟ってくれないと苛立つ。  はい いいえ

<不確実なことへの免疫>
あなたは以下の状況に、どんな感情を抱きますか。
質問:いつも決まった時間に決まった交通手段で通勤しているのに交通ダイヤが乱れてしまった。
(a、いらいらして怒りを感じる b、強い不安を感じる c、なんとかなると非日常を楽しむ)

 日本人は異文化を頭で捉えようとして知識で乗り切ろうとする傾向が強いのですが、実は異文化対応力は自分自身の問題だということです。特に日本人にしか通じない村社会の常識を異文化の相手に強要したり、その村社会の自覚もない場合に多くの衝突や摩擦が起きてしまいます。

 日本的なやり方が、うまく機能することを伝えたければ、相手が理解できるように客観性を持って丁寧に説明する必要があります。つまり自分たちを知ってもらう努力が必要です。同時に生産性を高めるための方法については、しっかり議論し、ベターなものを受け入れる謙虚さも必要です。

 日本には上に対する忖度、斟酌し、服従して従う文化があります。お上は絶対的だから、自分が違うと思ってもいってはいけないというものです。これではストレスをためるだけで信頼関係は築けません。トップダウンでも議論し、いうべきことをいったうえで決定には完全に従う姿勢が重要です。

 カルチャーダイバーシティは避けては通れない世界的運命です。その一歩踏み出すことは明日を生きていくためには大いに有用です。ポジティブに捉えれば自分のスキルアップ、キャリアアップに繋がるものです。

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     パリ外環を1周するトラムT3 

 デジタル革命といわれる現代、今ほど製造業が危うい時代はないかもしれません。新たなITテクノロジーはコミュニケーションのあり方を変えただけでなく、人間のライフスタイルそのものを大きく変化させています。さらに地球温暖化対策や過去にない健康ブームも、人々が求める物とサービスを大きく変えています。

 私が長年、大学で教鞭をとったフランス西部ブルターニュ地方の中心都市、レンヌは、大学都市であるとともに、これまで何度もフランスで最も魅力的な都市に選ばれています。市内の人口は20万人超ですが、周辺には大企業の事業拠点や研究所もあり、キャノンは30年近く前にレンヌ郊外リフレに拠点を構えています。

 そんなレンヌは今、地下鉄など公共交通機関の整備で郊外に住み、市内で働く人々が、市内入り口まで車で来て、車は駐車場に入れ、地下鉄に乗り換えるスタイルが定着しています。中にはその車さえ、近所の人とネット上の乗合サービスを利用する人も増えています。

 かつてはフランスの地方都市では、車は一家に1台ではなく、一人1台が当り前だったのが、車は1台あればいいという家庭も増えています。若者は安価なネット・レンタルサービスなどを利用し、自家用車を持たない人も増えています。さらに大気汚染対策で市内への車乗り入れ制限もあり、車の利用率は年々、下がっています。

 同様な現象は、世界の先進国で見られる現象です。世界で最も車社会といわれたアメリカでさえ、若者の車離れは止まらない状況だと、米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は最近伝えています。

 「全米で運転量が減少している要因には、人口密度の高い都市部への人口移動、職場に近い場所に住むことや別の輸送手段を好む若者の増加、テレワークやネット通販・ストリーミングの台頭、通勤が不要な年金生活者の増加などが挙げられる」と指摘しています。

 アメリカじんにとって車は自分の靴と同じくらい必要なものというイメージでしたが、そうでもなくなってきているのは驚きです。さらに驚きなのは通常、車の利用率は景気に連動しているといわれ、不景気で失業すると、まず、自家用車を売るといわれたのが、この10年景気は上向きなのに自動車の保有率が減少しているのも過去にない現象です。

 日本でも車を所有するためのコストを別の生活の質向上に使いたい若者が増え、カーシェアやリースが増えています。高級車を保有する男性に女性が憧れたバブルの時代は完全に過去のものです。

 それでもアメリカでは車の販売台数は過去最高を記録しているといいます。公共交通機関が未整備のアメリカでは、どんなにライフスタイルが変わっても車は今のところ必要ということでしょう。しかし、WSJは、車の利用時間は確実に減少していると指摘しています。

 そこには人々のライフスタイルそのものの変化があり、WSJは「国勢調査によると、在宅勤務を毎日する労働者の割合は10年の4.3%から18年には5.3%に上昇している。労働省によると、終日の在宅勤務を時々する人の割合も約15%と以前から増えている」と指摘しています。

 パリでは市の外環を走っていた路線バスが路面電車、トラムに変わりました。トラムはフランス全土で急増しており、車道は減らされ、トラムでの移動が増えています。アメリカの都市でも同様な現象が見られます。

 製造業を象徴する自動車業界では100年に1度といわれる電動(EV)化が進み、ただでさせ巨額の投資が必要なところに車離れが襲い、人々のライフスタイルの変化の見極めは、ますます重要さを増しています。市場を見誤れば命取りになるのがビジネスの世界、製造業もサービス業も経営判断がますます難し時代が到来しています。

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  シンガポールのカジノゾーンを持つリゾート・ワールド・セントーサ

 東京地検特捜部は今月25日、自民党衆院議員の秋元司容疑者(48)を収賄容疑で逮捕しました。容疑はカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業への参入に意欲を見せる中国企業の役員らから賄賂を受け取った疑いです。クリスマスの日には似つかない忌まわしい逮捕劇でした。

 秋元氏は2017年8月から18年10月までIRを担当する内閣府と国土交通省の副大臣を務めていたIRプロジェクトの政府側の中核の人物です。同時に中国ギャンブル企業の顧問を務めていた人物など3人も逮捕されました。顧問といえば聞こえがいいかもしれませんが、日本のIR新事業に参入するために雇われたブローカーということです。

 IR事業の目玉であるカジノの日本導入で最初の逮捕者が、なんと政府側担当者の政治家だったということで、同事業そのものに暗雲が垂れ込めています。今まで競輪、競馬、競艇など公営賭博と警察に管理されるパチンコしか存在しなかった日本としては、巨額の金がうごめくカジノは未知の世界です。

 私は縁あって、ほとんどの人間が経験したことのない日本にカジノを誘致するプロジェクトに20年前に関わった経験を持ち、その経済効果の凄さと共に、カジノマネーに群がる恐るべき人々の実態に触れることができました。

 カジノ誘致が政治的には本格始動していなかったことで可能性は限りなく低かった時代が幸いし、巨額の資金を持つ欧米のカジノ事業者らは大手調査会社を使って市場調査している段階でした。そのため当時は公人を巻き込んだ贈収賄など起き得ない状況でした。

 欧米のカジノの誘致された町をつぶさに見て回った私は、カジノの経済波及効果の凄さを目の当たりにしました。まず、世界中でカジノが誘致された町は、一挙に町の様相が変わります。道路などのインフラが一挙に整備され、町はピカピカになり、花々で飾られた美しい町に変貌します。

 高級ホテルが立ち並び、他の産業誘致よりも少ないスペースで、町の税収は一挙に上昇するのがカジノです。ところが影の部分も無視できません。1980年代、米ネバダ州ラスベガスはマフィアが暗躍し犯罪の町というイメージが定着し、衰退しました。

 そこで女性市長の発案で、町に家族を呼び込むためのアミューズメントパーク化でイメージを変え、町が蘇り今のラスベガスがあるわけです。

 この成功例がシンガポールなど世界中に拡がり、日本もIRにカジノを埋め込むことで犯罪性、暴力性を打ち消すことができると判断したわけです。しかし、目的はあくまで圧倒的収益をもたらすカジノ事業誘致です。今日本で横浜市のようにカジノ誘致に手を挙げる自治体はそれが目的です。

 この賭博事業による圧倒的経済効果という点に注目するのは、テーマパークなどを手がけるアミューズメント事業者だけでなく、飲食業界、小売店など、さまざまな業界が関心を持っているわけですが、問題なのは日本の文化風土に合うかどうかということです。

 まず、ギャンブルそのものは、日本では未成年者が関わることはできません。子供がパチンコ屋に出入りできないし、馬券を買う年齢は20歳以上です。ところがオンラインカジノが普及したことで年齢制限は曖昧化しています。日本ではパチンコ施設は小学校など子供が通う教育施設と距離を取る必要があります。

 IRはその点で、今までの公営ギャンブルやパチンコに比べ、はるかに射幸心を煽るカジノを含んでいるにも関わらず、子供が遊ぶアミューズメントと混在させようとしています。カジノ賛成派はシンガポールなどの例を出し、誘致後の犯罪件数が増えていないことや治安が悪化していないことを上げていますが、これは実は長い目で見る必要があるでしょう。

 日本のようにカジノを禁止してきた国は世界的に見れば少数派ですが、背景には昭和25年に出された最高裁判決があり「国民の射幸心をあおるのは勤労によって財産を得ようとするという健全な経済的風俗を害する」ということで過剰な射幸心が人間を堕落させ、ひいては社会全体を駄目にするというものです。

 事実、世界中でカジノは、勤勉さよりも一攫千金を狙う人間の欲望を当て込んでおり、売春同様、多くの反社会的勢力が関わってきたビジネスです。人間の欲望を最大化する作用のあるカジノは、禁欲的仏教が定着した日本の文化風土とは相いれないものがあります。

 アメリカのように欲望を最大化する人生観とともに、弱者を支援する寄付の文化が定着していれば、社会貢献という健全なものに転嫁できますが、日本にそれは定着はしていません。私が日本でカジノを口にして集まってきたのは、まずはパチンコ関連業者です。さらに世界の怪しいブローカーや反社会勢力でした。

 つまり、IRというオブラートに包まれたカジノ誘致は、どんなに法規制を掛けても、そんなものをくぐり抜けることに熟練した人間たちが暗躍するということです。今回の秋元議員逮捕は、IR担当の政府の中枢にいた人物を直撃するものでした。となるとナイーブな地方自治体の議員や役人など一溜まりもありません。

 私はカジノを日本に定着させるには100年は掛かると見ています。ただ、カジノはそれほどものかということです。結局、勤勉に働いても経済の先行きが怪しくなった日本は、カジノに手を出して日本が保ってきた高い道徳意識を失い、社会全体を劣化させるリスクがあるということです。

 もともとカジノは貧富の激しい国々の既得権を持つ富裕層の遊びでした。それが一般大衆に放たれたのがラスベガスです。それが癌細胞のように増殖し犯罪の町と化したた過去があります。カジノマネーに群がる恐るべき人たちをつぶさに見てきた私としては、もっと他のこと、つまりイノベーションをもたらす人材育成などに投資すべきだと考えています。

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 クリスマス前の今月19日、米国の福音派の雑誌、クリスチャニティー・トゥデイ(CT)のマーク・ガリ編集長は、トランプ大統領の罷免(ひめん)を求める論評を掲載し、アンチ・トランプのCNNや米3大ネットワークの1つ、CBSなどに出演してトランプ大統領を批判しました。

 福音派といえば、トランプ氏を支える岩盤支持基盤といわれ、中西部のバイブル・ベルト地帯では「神がトランプを送った」と信じる篤実な信徒も少なくないくらいです。再選をめざすトランプ氏にとっては福音派は無視できない存在であることに間違いありません。

 22日には、同誌のティモシー・ダルリンプル社長がトランプ大統領を批判する論評を再び掲載し、一方でトランプ氏が福音派の理念に沿った多くの良いことを行ったと前置きしながらも、福音主義者がトランプ氏を受け入れることは、同氏の「過激なまでの不道徳、強欲、汚職、あつれきを生む言動、人種攻撃、移民や難民に対する残酷さや敵意」に縛り付けられることを意味すると主張しました。

 福音主義派のキリスト教徒向けに発行されているCTは、発行部数13万部。毎月430万人がウェブサイトを閲覧しているといわれています。無論、CTが福音派を代弁する雑誌というわけではなく、CTのトランプ罷免の主張に、トランプ氏はすぐさまツイッターで同誌を「極左の雑誌」と一蹴。これに対してガリ氏はCNNのインタビューで「私たちは福音派の中で中道の雑誌だと思っている」と述べています。

 アメリカの2000年以降の選挙分析では、宗派によって支持する政党がほぼ固定化しており、プロテスタント、特に白人の福音派は一貫して共和党支持でトランプ政権でも岩盤支持層の中核を占めています。一方、福音派を含むプロテスタンの黒人教会は民主党支持が多いといわれています。

 さらにアメリカ政治を背後で動かしているといわれるユダヤ教は、トランプ氏に限っていえば複雑です。娘がバリバリのユダヤ教徒のクシュナー氏と結婚し、ユダヤ教に改宗しています。トランプ氏はエルサレムをイスラエルの首都と主張するイスラエル政府を支持する一方、白人支持層はナショナリストが多く、反ユダヤの傾向が強く、在米ユダヤ人は反発しています。

 政治的に熱心な白人福音派は、中絶や同性婚、人種問題などに関する政治的な決定が、信仰生活にも大きな影響を与えるため、彼らは信仰的な信念を政治に反映させることをミッションと考えています。しかし、福音派も一枚岩ではなく、黒人教会は民主党支持です。

 ベトナム戦争で反戦気運が高まり、ヒッピーに象徴されるドラッグ、中絶、同性愛などリベラリズムが蔓延した1960年代、性道徳、中絶禁止などに厳しい規範を持つキリスト教は危機に瀕しました。さらに民主党色の強い最高裁が、公立学校での祈祷禁止や妊娠中絶合法化といったリベラルな判決を相次いで下したため、キリスト教会は政治への関与を強めざるを得なくなりました。

 特にその中心にいたのが福音派で、彼らは選挙で共和党につくか、あるいは民主党につくかではなく、「われわれは自らの信仰的信念を守るため、自らの主体的判断で支持者を決めている」と断言し、非常に強く政治にコミットする姿勢を見せています。そのためCT紙面上では政治議論はいつも白熱しています。

 キリスト教根本主義ともいわれる福音派は、聖書の原則に忠実で社会の変化に合わせて妥協するような宗派ではありません。今回のトランプ批判も厳格な彼らの信じる価値観からいえば、当然ともいえるもので、CNN及び民主党は喜んでいますが、彼らのリベラリズムと福音派はまったく相いれないものを持っています。

 大統領選挙では福音派の票は大きな影響力があるため、もしトランプ氏がいつものパターンで攻撃されれば、何倍も攻撃するようなアグレッシブな対応を繰り返しているとダメージになる可能性は高いといえます。ガリ編集長はトランプ政権発足以来、対決姿勢だけの民主党を批判する一方、ウクライナ疑惑は政権の道徳性を貶めたと強く批判しています。

 果たしてトランプ氏は自らの正当性のために福音派にも牙を剥くのか、これは民主党との対決以上に重要な意味を持つかもしれません。

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 中国ウイグル自治区のイスラム教徒への弾圧、チベットで今も続く仏教徒への弾圧、一国二制度を無視した中国中央政府の香港への強圧的態度などは、2020年に持ち越される重要な人権課題です。ブレグジットに象徴される民主主義国家の意思決定の煩雑をよそに、独裁的体制国家が台頭した1年でした。

 中国、ロシアという国連安全保障理事会の常任理事国5カ国の中で、全会一致が必要な重要案件でいつも他の常任理事国に同調しない、この2カ国は国連の意思決定を骨抜きにしています。その彼らが最も嫌悪するのは人権問題をかざされる事です。米オバマ政権時代に対中国、対ロシア関係が冷え込んだ理由の一つは何かとオバマ政権が人権を持ち出したからです。

 どんな経済発展しているとはいえ、国内外で人権を蹂躙する行為を繰り返せば、国家の評価は下がります。面子を重んじる中国、大国意識の強いロシアには堪えがたいことです。韓国が従軍慰安問題を世界に吹聴しているのも自国の評価を高めるために日本の評価を下げるのが目的です。

 私は国際情勢のみならず、ビジネスの世界でも人権への配慮は2020年の重要テーマになると見ています。昨年から本格化した女性の人権を守るための「MeToo」運動や 最近、英大手スーパー、テスコの上海事業所で受刑者を強制労働させていた問題も、環境問題と並び重要さを増しています。

 とはいえ、私自身は左翼思想を持つ過激な環境活動家や、フェミニズムの活動家に与するものではありません。なぜなら、そこには別の政治的目的や伝統を破壊し、世界を無秩序にするリベラリズムが潜んでおり、被害者意識ばかりが強く、利他的に生きようとする人間の本性を否定しているからです。

 カトリックの高校学校に通っていた子供の卒業ミサに、かつて出席したことがあります。その時の神父の話は今でも鮮明に覚えています。その神父は今後社会に出たり、大学に進学しても記憶に止めておいて欲しいことを一つだけ話すといって、「人間の価値」について話しました。

 「神様は人間1人1人を自分の形に似せ、想像された。すなわち、神が絶対的な価値を持つ存在であるように人間1人1人も絶対的価値がある。そのことだけは忘れないで欲しい」と神父はいいました。つまり、経済的豊かさや能力、容姿など外面的な属性とは一切関係なく、人間は等しく絶対的価値を持っているという話です。

 「このことさえ覚えていれば、他の人を傷つけることも自分を卑下することも間違っていることが分かります」と神父は続けました。その考えを持っていればセクハラもパワハラも起き得ないという事です。これは西洋キリスト教文明が生んだ基本的人権思想を明確に表すものです。

 その西洋ではキリスト教は衰退の一途を辿っていますが、信仰を離れて残された人権思想は欧米先進国の価値観に深く根ざしています。無論、人権に配慮するしっかりとした思想があれば、なぜ植民地争奪戦に明け暮れ、奴隷制度を肯定し、戦争を繰り返してきたのかという疑問はあります。

 さらには許しと寛容を説くキリスト教国家アメリカが、9・11テロ後、報復に出てアフガニスタンやイラクを攻撃したのは、汝の敵を愛せよ、右の頬を打たれれば左の頬を差し出せというキリスト教精神とは矛盾するものです。今は米中貿易戦争で報復を繰り返しています。そこには愛の神だけでなく、キリスト教には不義という間違ったことを許さない正義の裁きの神も存在するからです。

 無論、アメリカには神の国という意識があるので、悪を打つという特別な論理もありますが、その理屈は世界的に認められているわけではありません。世界を支配する中華思想を国是とする中国共産党も自らの正当性を主張し、真っ向から対立しています。

 しかし、人権への配慮は、より普遍性を持ったものです。それは個人の人権だけが尊重されるだけでなく、家族を尊重することや、人間が利他的に生きることを大切にするという意味での人権です。行方不明になった2歳の男の子を救出して話題になった尾畠春夫さん(78)の困った人を自発的に助け続ける行動には、誰もが感動したはずです。

 ビジネスの世界でも目的は人間の生活の質向上にある事は間違いありません。にもかかわらず従業員の家庭や人権を無視したマネジメントは矛盾しています。生活の質向上への意識が益々強まる世界では、人権に配慮した職場に人は集るようになっています。

 アジアの高度技術者が最も働きたくない国1位という日本の不名誉は、従業員1人1人の人権への配慮が薄いからです。背景には主人に下僕として仕える歴史的に備わった下僕の精神構造もあるでしょう。下僕には人権はありません。かつて奴隷は家族が引き離され売り買いされていました。企業が従業員の家族を犠牲にすることを厭わないのも、どこか似ています。

 会社への忠誠心や愛社精神ばかりが強調され、競争に打ち勝つために実力のない者を淘汰し、人として扱わないという姿勢は、世界的には評価されないものです。むしろ1人1人の能力を引き出し、活かし育てていくリーダーの能力が問われていることを認識してほしいと私は思っています。

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 今や私のようなグローバル人材育成を専門とする者の間では、ラグビー日本代表は多文化チームを成功させる好材料として注目されています。特に「One team」のキャッチフレーズが脚光を浴びています。最近、某大手日系企業のシンガポール支社長を務める友人から「日本本社はあれから、何かにつけ”One team"になれと号令を掛けられ、困っている」という話を聞きました。

 聞けば日本国内では、多くの企業上層部が同じ号令を掛けていて、現場は困惑状態と伝え聞きました。日本には「一体化」「全体野球」「一丸となって」など、昔からスポーツのみならず、あらゆる場面で一体感は強調されてきました。いわばOne Teamというキャッチフレーズは日本人のDNAに刻まれたもので大いに共感もしているのでしょう。

 過去には終身雇用や家族的経営が当り前の時代に一体化が強調され、戦争時には敵に勝つためには上官と兵士、兵士同士が一丸となることは必須といわれ、そのチームワークは相互の協力関係、助け合い、和の精神によって支えられていました。さらに私がいつも指摘する、ご主人様や全体のために犠牲を惜しんではいけない下僕の精神や仏教の無私の思想もあったと思われます。

 では、One teamと、日本が長らく批判されてきた個人よりも集団に価値を置く集団主義や画一主義と何が違うのかということです。昔はソ連共産党が国家目標の実現のために集産主義を掲げ、中国は「共産党への感謝」を強調し、中華思想での一体感を強調しています。

 下僕や無私、利他精神は、集団主義を妨げる自分優先の価値観は存在しないため、一体感を得るのは容易ですが、今では自分のことしか考えられない若者が増え、職場でも容易に同僚に積極的に関わる精神もなく、アメリカ人社員からも「日本の方が個人主義的だ」などといわれる始末です。

 ですから、One taemの中身を検証し、整理する必要があります。ラグビー日本代表チームの特徴は日本人、韓国人、西洋人、黒人、南太平洋諸島出身者などで構成される多人種、多文化です。その彼らを英国生まれのスポーツでOne Teamにするという多文化チームのマネジメントの話です。

 今、国際ラグビーリーグ連盟は、ラグビーをサッカーと並ぶ世界化に取り組んでおり、サッカーのワールドカップと違い、国籍を外した多文化チームを容認する戦略です。そこにはラグビーの世界化戦略における精神的な普遍主義の普及も見え隠れしています。

 興味深いのは、ワールドカップ世界大会の後の代表選手たちのインタビューで「最初からOne Team
ではなかった」「最初はサボる選手を批判的に見ていたし、不愉快なことはたくさんあった」と証言していることです。つまり、長い時間と忍耐を通してようやくOne teamに辿り着いたという話です。

 つまり、非常に纏めにくい多文化チームを、どのようにしてOne teamにしたかに注目すべきで、部下にお題目のように唱えていれば実現できるのものではないということです。それも鍵を握るのは選手ではなく、ヘッドコーチというリーダーにあったということです。

 私は全体目的と固体目的の実現は同じレベルで重要であり、両者がWin Winの関係にならなければ一体感は得られないと考えています。人間はたとえ徹底して利他的に生きたとしても、精神的喜びがなければ長続きはしません。逆にいえば精神的満足度が高ければ、お金という報酬は最優先にはならないということです。

 多文化チームということは価値観が違うということです。個人個人の個性や育った環境の違いなどが複雑に絡まっています。そのため、チームに参加する人間1人1人のモチベーションや目的にも違いがあります。しかし、スポーツはビジネスと違い、多文化を纏めやすい要素も持っています。

 それは、そのスポーツが嫌いで参加するアスリートはいないからです。中には授業料を払ってでもチームに参加したい選手もいるくらいで、基本的にはやりたくてやっているスポーツでモチベーションは千差万別とはいえません。そのため世界一になるという目標は容易に設定できるわけです。

 ビジネスは、目標達成自体の困難さから始まります。たとえその仕事が大好きだったとしてもギクシャクした職場の人間関係など劣悪な環境や低報酬ではやる気もなくなります。終身雇用時代のような会社への忠誠心もなくなりつつある時代です。One teamどころか簡単に転職してしまう時代です。

 つまり、One teamを実現する前提条件が必要だということです。その前提条件を作るのは会社側であり、リーダーです。部下に「ワンチームになれ」と号令しても何もなりません。

 One teamにしていくための信頼関係構築はどうすべきか、目標共有はどうすべきか、意思決定は誰が行うのか、一人一人の役割、権限、責任は明確になっているのか、全体目的と固体目的は同じレベルで扱われているのかなど、リーダーによるチームを一体化する環境づくりでやることは山ほどあります。

 そのリーダーが最初に持つ基本スタンスは、能力や結果で人を見るのではなく、どんな人間にも同じ価値があり、尊重すべきだという姿勢が必要です。その前提のもとにパフォーマンスを出す方法を考えることです。One teamは手段であり結果としてなっただけで、目的ではありません。

 それに日本人が考えるような個人を犠牲にするのがOne teamではなく、チームの一人一人が達成感という満足感を持つことが重要です。One teamは個人の主張を押さえ込んだ妥協の産物ではないということを、よく考える必要があります。

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 コミュニケーション革命をもたらしたデジタル技術は、人類に平和をもたらしているのかと問われれば、答えに窮する人は多いでしょう。たとえば、私が関わってきた治安分析の世界では、2つの大きな変化があります。1つはネット社会での「言葉の暴力」です。

 よく話題になる韓国の若いスター女優などが、ネット上での非難を浴びて自殺する例のその結果です。治安の最重要事項は人の生存に関わることです。言葉の暴力が死を招く現象は、ネット時代でなくともありましたが、今はネット上で心ない発言が飛び交い、規制をかけても言論や表現の自由との関係で「言葉の暴力は」はエスカレートする一方です。

 2つ目は、反社会的なイスラム聖戦主義やネオナチ思想などがネットを通じて拡散したことで、テロリストのリクルートが容易になったことです。ラップ音楽と戦闘ゲームの軽いノリで差別や貧困に苦しむ若者にアプローチし、ゲームではなく、本物の武器を使い、人を殺傷できる究極の刺激を与えてくれる戦闘地にいける過激派組織、イスラム国(IS)はアピールし世界中からテロリストを調達しました。

 テロのグローバル化が進む中、ネットは最強のツールと化しています。欧州連合(EU)では、検索サイト運営会社、グーグルなどに対して、明らかに危険なサイトを強制削除する法律を作ったりしていますが、阻止できていません。そこでも刺激的戦闘映像などとともに言葉による洗脳が行われています。

 デジタル革命時代といっても一つも変わっていないのは、言葉の重要性です。AIも実は言葉で動いているし、有益な話から危険な思想に至るまで、言葉は人の心するツールであることに変わりはありません。言葉はマインドコントロールでの最強のツールでもあります。

 悪化の一途を辿っている日韓関係でわれわれが見落としがちなのは、言葉使いです。基本的に世界のどこを見渡しても過去に深刻に対立したり、支配し支配された歴史を持つ国同士が歴史認識を共有することはありません。特に被害者の記憶は癒えることはあっても消えることはありません。

 フランスは第2次世界大戦下で国の半分をドイツに占領され、支配を受けた歴史を抱えています。ドイツ支配下ではユダヤ人狩りが起き、ドイツに協力したコラボと呼ばれた協力者や、ドイツ兵に体を売った女性たちが戦後、厳しい社会的制裁を受け、国内でも葛藤がありました。

 私はドイツとフランスの関係を見ていて、強い印象を受けたのは、過去には東西冷戦終結後に当時のコール首相が欧州首脳を前に発した「ドイツの復興を忍耐強く見守り、共助してくれたことに感謝する」という言葉です。同じ言葉は最近、シュタインマイヤー現独大統領も公の場で述べています。

 この言葉は、謝罪の言葉以上に当事国の国民の心に響く言葉です。歴史の記憶の研究者の間では、被害国の国民の記憶が消えることはないといいます。アジアの悲劇は日本も韓国も中国もキリスト教国ではないことです。韓国はキリスト教が盛んですが、ローマ・カトリックのフランシスコ教皇が警告したようにキリスト教は赦しの宗教という点を韓国のキリスト教徒は理解していないということです。

 仏独の外交官などにドイツ人の妻がいることは知られていますが、両国は共に「汝の敵を愛せよ」というイエス・キリストの教えを知っていたことが、埋めがたい恩讐を超える助けになったともいえます。両国関係を難しさは、たとえば私がフランスに移り住んだ1990年代初頭、フランスでのテレビでは毎日のようにナチスドイツ時代を描いたテレビドラマや映画が放映されていました。

 冷戦で共通の敵であるソ連と対峙し、仏独は協力する必要があった時代でさえ、ドイツへの蛮行をコミカルに描く皮肉に満ちたドラマを放映していたわけです。その一方で両国はEUの深化・拡大の牽引役として協力を続け、今ではまるで忌まわしい歴史の過去はなかったかのようです。

 無論、ドゴールという強いリーダーシップを発揮する大統領がいたフランスは、政治力でも国内のドイツを嫌悪する世論を抑えることができた事実もあります。冷戦への対応からEU強化という新たな目標を両国は共有することに成功しました。しかし、そこでも両国の政治家は常に言葉を選んだ慎重な発言があったことが大きいということです。

 たとえば、2015年の日韓慰安婦合意でも「最終的かつ不可逆的な解決」という表現は、半世紀以上徹底した反日教育を受けた韓国民が受け入れるとは思えません。「この問題はこれで終わり」などという種類のことではないからです。これも言葉の配慮が十分でなかったことを伺わせます。

 不用意・不見識な言葉がSNSで行き交う時代、どんな信頼関係も発せられる一言で一瞬にして壊れてしまうこともあります。ネット上の言葉がISの戦闘を加速化させたわけですから、戦争を引き起こす可能性も否定できません。ビジネスの世界でも言葉は非常に重要です。言霊という言葉あるように、言葉は状況を一転させる力を持っているということです。

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 グローバルビジネスや異文化環境で仕事をする時、毅然とした態度と柔軟性の両方が求められるといわれます。これは外交にもいえることで国益を追求することや、国家として信じる普遍的価値観を守るという意味では妥協は可能な限り最低限にすべきですが、一方で柔軟な対応がなければ対立の悪循環に陥るリスクもあります。

 この数年の日本は、隣国の中国、韓国との関係が困難に陥っています。対中関係が改善の方向に向かっているとはいえ、来春に予定される習近平国家主席を国賓として迎えるためには、日本国内で一波乱も二波乱もありそうです。

 中国は対米関係悪化で出口を見出せず、経済も停滞する中、対日戦略を一転させているとか、安倍政権が就任当初冷え込ませた強硬姿勢を改めたことなどが指摘されています。しかし国民の反中感情改善は容易でありまえん。米ピュー研究所の最新の調査では、反中感情が先進国で軒並み60%〜70%代と高まっていますが、中国を好ましくない国と考える国では、日本は85%と断トツです。

 一方、韓国は日本にとって自由と民主主義、法治国家という同じ価値観を共有する重要な隣国であることには変わりありませんが、互いの国民の相手国に抱くネガティブな感情は出口が見えない状態です。実際、温泉好きの韓国人が訪れていた私の郷里、別府や湯布院では韓国人観光客は激減状態だそうです。

 無論、徹底した反日教育を学校で半世紀以上続けてきたことが根底にあり、一度恨みを持てば100年でも1000年でも持ち続けるという国民性の影響もあるでしょう。日本製品の不買運動を続ける韓国では、いかに日本製品で溢れ返っているかを思い知らされているといいます。

 ビジネスにおけるグローバル交渉は、外交に例えるられますが、実際に国外の拠点でビジネスを日々行う場合も外交的な要素は存在します。同時にローカリゼーションを推進し、その国に根を生やすためには、その国の人々に愛され受け入れられる企業をめざす必要もあります。信頼関係構築なしにビジネスは成り立たないからです。

 そこで必ず課題となるのが、どこまで自社及び日本の価値観を持ち込めるのかということです。某大手企業で自社の経営理念を海外拠点でも浸透させたいので、その方法を相談されたことがあります。経営理念は、その会社の従業員を一つにする縦糸のような存在で、当然重要ですが、グローバルな観点で見れば、その中身は大きく違います。

 日本企業の経営理念は、どちらかというと精神論が大半を占め、本来の利潤追求の企業目的とは矛盾するような「人間を幸せにする」的な社会貢献のキャッチコピーがあったりします。無論、企業活動も社会貢献ですが、どこまでいってもビジネスであり、NGOが展開する人道支援活動ではありません。

 この境が曖昧な点も日本の経営理念の特徴です。つまり、日本企業の経営理念が、どの国の人々にも理解され受け入れられる普遍性があるかは検証する必要があります。無論、テクノロジーの追求は人々の生活そのものを根底から変えるものもあるので、普遍性もありますが、けっして精神論とはいえません。

 同時に日本人が重視するものが、どこの国でも重要とは限りません。たとえば、日本人はルールを守ることに心血を注ぐ国民性を持っています。それを他国の従業員に当てはめようとしても無理な場合があります。毅然とした態度で妥協しないという姿勢が軋轢を生むケースも多々あります。

 だからといって、ルールはどうでも言い訳でもありません。新興国や途上国で仕事をすることが圧倒的に増えている状況の中、その国がなぜ途上国だったのかいえば、ルールを無視し気分で動き、公共性がなく利己的な国民性が発展を妨げてきたのも事実です。だから相手の国になんでも合わせればいいという話でもありません。

 現地で譲れないことがある場合、その中身が果たして、その国の人々にも有効なものなのか、それとも日本人だからこそ適応できているのか検証する必要がああります。やり方は1つであるというのは大きな間違いです。異文化環境で生産性を上げられる効率的なやり方が見つかる場合もあります。

 方法論は相対的で絶対的なものではなく、固定化し宗教扱いするのは非常に危険です。細かいことが大好きな日本人にだけ適応できる方法を文化や慣習、国民性の違う人に対して強制的に適応しても結果は出ません。どんな途上国でも新しい発見はあるものです。それよりも目標を共有することに力点を置くことで結果を出している企業は多くあります。

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