安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

American flag coronavirus

 反トランプでこの4年間、論陣を張ってきた米報道専門TV、CNNは、現地時間22日に行われた米大統領選の最後の討論会は、民主党のバイデン候補が53%で勝利したと報じました。アメリカには政治的中立や客観報道重視の文化はなく、多くのメディアは民主党寄りといわれ、4年前の選挙では大半のメディアが当選予想を外しました。

 それはともかく、90分の討論会で気になった一つは、外交問題で北朝鮮の非核化について、トランプ氏は非核化はともかく、自分の在任中、北朝鮮からアメリカに向かってミサイルが飛んでこなかったという、いつもの主張を繰り返しましした。

 ところが、バイデン氏は北朝鮮の非核化でトランプ政権は無能だったと批判しながら、「朝鮮半島を非核地帯にすべきだ」と北朝鮮ではなく朝鮮半島といいました。韓国が聞けば驚く話です。これを「もし朝鮮半島が統一されても、朝鮮半島の核武装は私の政権は認めない」といえば、筋は通るかもしれませんが、それでも現実的な話とはいえないでしょう。

 もう一つの重大失言と思われるのは、民主党が力を入れる環境問題でパリ協定への復帰や温室効果ガス削減に積極的に取り組むことを主張したのは当然ですが、勢い余って、温室効果ガスの元凶の一つとされる石油やシェールガス産業への支援をやめると発言したことです。

 コロナ禍で経済回復が大統領選後の喫緊の課題であり、特に雇用創出に国民の注目が集まる中、あたかもバイデン氏が政権を担えば、アメリカ経済に貢献し、多くの雇用を生んできた基幹産業であるオイルビジネスを終わらせるという発言は、期間を示さなかっただけにテキサスなどオイル産業の集積地は聞き逃すことはないでしょう。

 この2つの失言とも取れるバイデン氏の発言は、前回の第1回目の大統領選討論会のような醜い個人攻撃に終始し評価を下げたトランプ氏が今回冷静だっただけに、今後に影響がありそうです。無論、今後、発言を訂正する可能性はありますが、リーダーシップに関わる討論会の一発勝負の場での失言でバイデン氏の高齢懸念が懸念されます。

 朝鮮半島問題や中国問題は、大統領選では争点になりにくいテーマですが、バイデン氏が不利なのは、彼が前オバマ政権で副大統領だっただけでなく、50年近く民主党に在籍し民主党政権で政府の中枢にいたことで、過去の政治業績でトランプ氏から衝かれる要素が多いことです。

 トランプ氏は実際、オバマ政権で副大統領職にあったバイデン氏が北朝鮮の非核化で何もしてこなかったと批判してきており、バイデン氏の民主党の重鎮としての功績には厳しい批判も浴びています。外交のプロともいわれたバイデン氏が朝鮮半島の非核化という現実にない話をしたことには違和感を覚えます。

 同時に2人の候補者の討論する姿を見ながら、アメリカの長い歴史が引きずってきた根の深い人種差別問題を思い起こしました。白人の抑圧下で平等の権利を主張してきた黒人に対して史上初の黒人のオバマ大統領の誕生と8年間の政権支配でアメリカは変わりました。

 その変化で今度は白人の側の不満が高まり、白人至上主義の支持者も多いトランプ氏が反動として大統領に選ばれたともいえます。

 近年、白人警察官の黒人への暴力のエスカレートが政治問題化していますが、背景にオバマ政権以降、犯罪に手を染める黒人たちが白人警察官の前で横柄な態度をとるようになったことが指摘されています。私のアメリカの白人の話を聞くと、法を無視する黒人たちへの批判がタブー視され、メディアで封殺されているといいます。

 この根の深い問題でも、黒人重視を掲げたバイデン氏の50年近い政治キャリアは無視できず、バイデン氏が皮肉にもトランプ大統領を生んだようにも見えます。

 本来は党派を超えて、自由、平等、公正の国家の根幹に関わる価値観や、建国理念を支えるピューリタニズムに回帰し、国家を再建すべきなのでしょうが、まるでそれらを忘れ、自分の都合にいいように国家理念を解釈し、分断しているようにしか見えません。

 そこから見えることは世界の大混乱です。この分断に独裁主義、権威主義の国々が攻撃を仕掛けてくるのは確実で、すでに大統領選にサイバー攻撃を仕掛けています。意見の対立点を鮮明にするのが欧米文化です。しかし、新しい価値を創造できない分断のまずさにアメリカ人はあたかも気づいていないようです。

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深圳市政府
 ハイテク産業集積地の香港に隣接する深圳

 70年前、毛沢東を中心に社会主義理想郷建設に燃えた同士たちが今の中国を見たら、どう思うのでしょうか。気の遠くなるような大金を手にした一部の富裕層と、相も変わらず、極貧生活を送る貧困層の姿を見て、社会主義はどこに行ったのかといぶかることでしょう。

 コロナ禍を世界でいち早く抜け出し、好調な経済回復を国内外に誇示する最近の中国ですが、本当の姿は貧富の差の急速拡大は無視できない現象です。米ウォールストリートジャーナル(WSJ)によると、コロナショックは世界の例外にもれず、中国は富裕層はますます財を増やし、貧困層は窮地に追い込まれていると指摘されています。

 WSJは、オックスフォード・エコノミクスのシニアエコノミスト、トミー・ウー氏が「米国と同様、中国経済も『K字』型の回復軌道にある」と指摘し、「コロナ禍が中国で貧富の差を広げたのは間違いない」とする見方を紹介しています。

 業種によって明暗が別れるK字型景気回復のシナリオでは、コロナショックで中小企業の倒産が相次ぎ、移動サービスの旅行業や接客サービス業が決定的ダメージを受け、そこに関わる多数の人が失業し、貧困に陥る一方、ハイテク大手や医療危機や医薬品業界などは急速に利益を伸ばし、過去にない収益を挙げていくというものです。

 第一次産業もレストラン業などの消費が落ち込むことで、農業、漁業に関わる人は苦戦を強いられていますが、最も人口の多いサービス業に関わる人々も貧困を強いられています。

 一方、「アメリカと同じように、中国でもコロナ禍による高所得層の雇用への影響は軽微にとどまった。しかも、彼らが保有する株式や不動産は値上がりが続いている」と指摘、それとは逆に「何億人もの低所得層は失業や収入減で今も苦しんでおり、あてにできる生活保護措置も保有資産もほとんどない」とWSJは書いています。

 改革開放に舵を切って40年、中国共産党政府にとって、最も頭の痛い問題は、小平がいった「金持ちなれるものからなりなさい」の号令で開いてしまった貧富の差です。こんなに豊かな中国を築いたのは共産党政府のおかげで「人民は感謝しなさい」という政府にとって、その恩恵に浴さない貧困層は爆弾のようなものです。

 中国のシリコンバレーといわれる深圳の経済特区成立40周年を祝う記念式典で今月14日に演説した習近平国家主席は「世界の産業変革の主導権を勝ち取る」と息巻きました。

 対米経済戦争でハイテク産業の振興は不可欠なものです。かつて漁村だった古びた町が高層ビルの建ち並ぶ超近代都市に生まれ変わったことを「中国の奇跡」と象徴する深圳は、コロナショックで世界制覇の最重要基地となりました。

 貧困層には目もくれず、経済回復の牽引役のハイテク産業の集積地には力を入れる中国共産党ですが、その一方でコロナで職をなくした数億人の人々の受け皿はなくなる一方です。今年1-6月期(上半期)に、中国の下位60%の世帯が失った所得の規模は約2000億ドルに上るという指摘もあります。

 このブログでも紹介しましたが、スイス金融機関UBSの調査報告によれば、中国では2019年初めから2020年7月までに億万長者が新たに145人増えたとされ、今年の富裕層の資産が過去最大に増えたといいます。

 今後、政府が他の先進諸国にように失業保険制度を整備しなければ、第2の共産革命運動が起きても不思議ではない状況です。国民の多くの不満は命取りです。タイで絶対タブーとされた国王を批判する大規模デモを見ると、人々の不満に容易に火がつく時代であることは間違いないといえそうです。

 この事態は中国共産党が21世紀の社会主義モデルなどと豪語できない事態が足元で起きているということです。

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Deglobalization 1

 日本企業は新型コロナウイルスの感染拡大でアジア、特に中国とのサプライチェーンが寸断されたことから、リスクの分散化を進めています。実際には中国の生産拠点の1部をベトナムなど東南アジアに移転させようとしています。これは正しい判断です。

 グローバルビジネスの関わってきた私から見れば、グローバル化で起きた自国の産業の空洞化を解決するため、グローバル化そのものが間違いだったとする脱グローバル化の動きには、諸手を挙げて賛成することはできません。米中経済戦争やコロナ禍のサプライチェーン問題は、グローバル化が間違っていたと単純に論じる話ではないからです。

 とはいってもグローバリゼーションを金科玉条のように賛美する気にもなりません。これはあたかも国際結婚と同じで、うまくいかなくなると、やっぱり国際結婚はすべきでないという結論を導き出すのは正しいとはいえないのと同じです。国際結婚している私はそう思います。

 確かに国際結婚は天国か地獄です。天国はともかく地獄は異なる常識、異なるコンテクスト同士のトラブルは戦争になりやすいのは歴史が証明しています。何千年も異なる風土の中で暮らし、そこで出来上がったコンテクストには共有しがたいものが多いのは事実です。共存に失敗すれば醜い対立も起きます。

 米ハーバードビジネスレビュー(HBR)が掲載した「米国が脱グローバル化を進めるべきでない4つの理由」という元ボストン・コンサルティング・グループのパートナーのトーマス・ハウト氏の論文は、米大統領選最終盤だけに政治的意図も感じざるを得ない側面もありますが、興味深いものです。

 彼の主張は、アメリカがサプライチェーンの脱グローバル化と、中国とのデカップリング(切り離し)を推し進めれば、アメリカの経済的・政治的国際プレゼンスは弱まり、国際貿易システムを不当に悪用し世界覇権を強める中国を利するだけというものです。

 実際、アメリカの多国籍企業は自国に生産拠点を回帰させる政府の要求にそれほど応じていません。それは市場いう意味だけでなく、グローバルビジネスで得てきた自国だけでは得られないダイバーシティが生んだ豊かなビジネス資源を捨てることを意味し、退化する結果を生むからです。

 日本もアメリカ同様、現実にはテクノロジー産業は、国外での売上げと事業活動に依存している。それに高度な技術で作られる製品が中国などで安価に生産されているからこそ、「安くて高品質の製品」を世界に提供でき、競争力も確保している。

 仮に日本企業がアジアから撤退し「高性能だが高額」の商品を出したら、あっという間に安価な中国や韓国製品で日本の市場は独占されるでしょう。アメリカの多国籍企業が海外引き揚げを政府から要求されても戻らないのはロジカルな理由があるからです。

 脱グローバル化を唱える論者の多くは、愛国主義者が多い反面、他国からの影響に非常に保身的な人が多い。しかし、「日本には日本のやり方がある」という人は、日本が明治維新以降必死に欧米の文明に学んで発展した過去や、戦後、アメリカがもたらした民主主義で平等社会が築けたことを忘れているように見えます。

 グローバル化も問題の本質は、国に引き籠もり、外国からの影響を最小限にする脱グローバルではなく、グローバル化がもたらした負の遺産に正面から対処し、人間を幸せにしない要素を徹底排除することです。

 具体的には、他国で多額の投資と優秀な人材の長年の努力が生んだ高度な技術をただで盗もうという勢力を徹底監視し、努力なしに利益だけ得ようとするのは間違いだということを教えることです。自由市場主義を美辞麗句で賞賛しながら、実は悪用して世界支配を目論むことも許されないことをはっきり示すことだと思います。

 どうしても盗むことをやめない場合は、そうはしない国に移転し、それでも守れないが極めて国民の声明と安全保障に関わる重要な高度精密医療機器や軍需産業などは、国内生産するなどという方針は国が考えることです。コロナ禍はグローバル化の再点検の機会となりましたが、全て間違っていたという話ではありません。

 ネクストコロナは国際的協力関係を深め、それぞれの企業が能力を強化することが重要なのであって、脱グローバル化は中国を利するだけです。

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pxfuel.com

 フランスでは先週16日、中学校の歴史教師サミュエル・パティさんが18歳のチェチェン人の男に斬首される陰惨なテロが起きました。きっかけは、パティさんが表現の自由の権利を扱う授業で、イスラム教が禁じる予言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せ、それを聞いた父親の一人がソーシャルメディア(SNS)上で登校拒否を呼び掛けたことだとされています。

 父親はイスラム教徒でムハンマドのグロテスクな風刺画を見せたことに激怒し、父親は教師に抗議するだけでは収まらず、SNSでパティさんを強く非難しました。

 そのため、イスラム教徒の間に憎悪と怒りが広まりました。政治家がSNSの検閲強化と危険投稿の即時削除の法制化を訴えています。ところが、SNSの検閲強化は、それこそ表現の自由に抵触するとの批判もあり、議論は進んでいません。

 アメリカの大統領選の最終盤の今、両候補の陣営の放つ非難合戦でツイッターやフェイスブックの内容が削除されたりしており、そこにもSNS運営者の政治的意図が見え隠れし批判されています。

 さらに中露は4年前の大統領選でサイバー攻撃を仕掛けたことが証明されており、露軍参謀本部情報総局(GRU)は、2016年の米大統領選でトランプ現大統領を当選させるためサイバー攻撃を仕掛けたことことで、2018年に選挙当時のGRU当局者12人を起訴しています。

 米英両国は今月19日、GRUが来年夏に予定される東京五輪・パラリンピックの妨害工作を含む一連のサイバー攻撃に関与していたと非難しました。米司法省はGRU所属メンバー6人を化学兵器禁止機関(OPCW)や、2017年のフランスの選挙などを標的とする一連のサイバー攻撃で主要な役割を果たしていたとして起訴しました。

 この数年、世界に脅威を与えた過激派組織、イスラム国(IS)は、世界中でテロリストを勧誘するために最大限SNSを利用しました。移動の必要がなく時間、空間を超越したサイバー空間に目をつけ、問題意識のない日和見主義の若者に巧妙に聖戦主義を広め、戦闘員を養成しました。

 無法地帯と化すサイバー空間は、表現の自由に守られて、危険思想も拡散しています。問題の一つはツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのコミュニケーションツールが一握りの巨大企業によって運営されていることです。検索サイトもグーグルの一人勝ちで明らかにされていないアルゴリズムは偏った検索結果に人を導いている可能性は否定できません。

 それにリベラル派は自分に近い考え方を持つサイバー空間から出ることはなく、保守も同じ傾向があります。異なった意見を持つ人々が議論を闘わせる場は少ないといえます。さらにSNSは感情に支配されやすく、冷静さも公平さも担保されず、集団リンチの様な現象がしばしば起きています。

 アメリカで進む保守派とリベラル派の分断は、SNSの存在なしに語れず、以前よりコミュニケーションを容易にしたはずのSNSが分断をあおり、国民の結束を阻害しています。サイバー空間は自由が保障された言論空間ではなく、「イメージ空間」と化しており、背後で人々の脳の中のイメージの固定化や洗脳を画策する動きが拡がっています。

 人の感情を左右するのは刺激的でインパクトが強いことが効果的なことは、広告業界の常識ですが、同じことがSNSにもいえます。最近、すっかり定着した動画サイト、YOUTUBEも政治的に極端な表現が圧倒的に好まれています。ハリウッド映画が成功したのもインパクトのある過激表現をエスカレートさせているからです。

 その刺激は、ある感情を生み、もしそれに共感すると居心地のいい空間ができる仕掛けです。SNSの当初の問題は、SNSがわれわれの先入観や固定観念に沿ったコンテンツを見せられ、エコーチェンバー(共鳴室)現象や「フィルターバブル」といった思想的な孤立現象が起きることへの懸念でした。

 しかし、未だにその問題解決は見出せていません。実は日本はま逆ですが、欧米社会では意見の相違を明らかにするのは合意に至るプロセスで広く認知されています。そこで意見を交わす中で別の視点や気づきもあり、その相違の中から共通点を見出し、WinWinの結果をもたらすのが交渉の基本です。

 ところが、その民主的アプローチは今、中露の権威主義やイスラム聖戦主義の脅威に晒されています。その権威主義は「支配するかされるか」の論理で支配するものが異なる考えを排除できるというものです。サイバー空間を脅威に晒している犯人は、反自由主義勢力の攻勢によるものだと考えられます。

 そこで重要になるのが倫理観だと私は思っています。異なる意見に苛立ち、拒否し、相手を叩く行為は倫理的行動とはいえません。そもそも支配するか支配されるかという19世紀までの弱肉強食の野蛮な動物的考えが世界に蔓延していること自体、人類が学習していない証拠ではないでしょうか。

 憎悪や怒りがサイバー空間を占領すれば、ネクストコロナは暗いものになるでしょう。そうなればビジネスも行き詰まり、カオスの世界になるのは確実です。逆に人間にとって何が有益なのかというテーマをサイバー空間で共有することができれば持続可能な発展を手に入れることができると私は考えます。

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Sonyheadquarters
    ソニー東京本社

 並み居る世界の優良企業の中から、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が選ぶ「世界で最も持続可能な経営をする企業100社」の首位に立ったのは、日本のソニーでした。長期に暗いトンネルの中にあったソニーの世界再登場は、今流行りのレジリエンス(再起力)を見る思いで、日本人としては鼻の高い話です。

 このランキングが重要なのは、高い収益を挙げている企業というよりは、ヒトを“資本”とみるHuman capital、社会資本 Social Capital、環境 Environment、ビジネスモデルとイノベーションBusiness Model & Innovationを査定の基本に置きながら、企業の健全性、将来性、社会貢献、職場環境、透明性など、さまざまな角度から数値化していることです。

 WSJの環境、ソーシャル、ガバナンス(企業統治)調査アナリストが5500社以上の上場企業を評価し、作成したランキングには、各分野の査定基準に従いながら、持続可能性を幅広い見地で捉え、WSJは「リーダーシップやガバナンス慣行を基に長期的な株主価値の創造能力を採点した」としています。

 そのランキングは、結果的にネックスコロナに向け、世界的企業が優秀な人材を集める上で非常に意味のあるスコアを提供しているともいえます。そこに首位のソニーを初め、100社中日本企業が16社ランクインし、アジアではLGやサムスンなど韓国の5社、インド2社を大きく引き離しています。

 国別でもアメリカ企業が全体の23%と最も多く、2位が日本で16%、3位がフランスで9%となっており、アメリカ、日本が他を圧倒しています。技術1流、経営3流といわれた日本企業の汚名挽回というところでしょう。興味深いのは台湾企業はあっても中国企業は1社もありません。透明性のなさなどが致命的だったのでしょう。

WSJ world's management

 このランキングは多くの投資家が注目し、株主の判断に影響を与えています。スマホで韓国、中国に負け、PCは徹底を余儀なくされ、ゲームなどエンターテイメントが頼みの綱と見られたソニーに復活の日は来ないのではと見られてきただけに、いいニュースだったといえます。

 同ランキングで高いスコアを出すのは容易なことではありません。たとえば、WSJの調査チームの評価は、持続可能性会計基準機構(SASB)の枠組みに沿っており、SASBは、企業の営業業績に影響する財務の合理性に関する重要度の高いカテゴリーです。

 また、「ランキングには、データサービス・助言・情報提供会社アラベスクS-レイと共同開発した人工知能(AI)も使用されている」といいます。

 重視される透明性のスコアには「企業の方針や取り組み、業績指標に関する情報がどの程度公開されているかが反映されている。それらは全て、企業の長期的な財務業績のほか、地球や人間に与え得る影響の重要な指標になる」としています。

 WSJの同ランキングで2位のオランダの医療機器メーカー、フィリップスは、1990年代から高額機器を含め、ほぼ全ての自社医療機器を引き取り、修理し再販しています。一部の予算の限られた顧客に品質を落とさずに低価格で機器を提供するのが狙いだといいます。

 今のコロナ禍で医療機器メーカーは成長産業ですが、高額医療機器は財政的にはどの国も頭痛の種です。特に途上国には特別な支援なしに手にすることはできません。ランキングでは「社会資本」という項目に分類され、フィリップスは高い評価を得ています。

 デジタル化に舵を切る企業が多い中、セキュリティー部門でもソニーや3位のシスコショステムズは高いスコアを叩き出しています。中国は今後、100社にランクインすることがあるのか不明ですが、WSJが示す世界標準は重視してしかるべきものです。

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Mulhouse annour mosuquee
    ミュルーズに完成した超モダンな大モスク内部

 パリ郊外で16日夕方、中学校教師が斬首殺害された事件はフランス国民に衝撃を与えました。犠牲となったサミュエル・パティ氏への追悼が続く中、フランスでは再びテロの脅威に対して国民の間に不安が拡がっています。同時にテロのきっかけとなった「表現の自由」問題の議論が活発化しています。

 今年9月に始まった2015年1月に起きた風刺週刊紙シャルリー・エブド編集部襲撃テロの裁判は、信仰への冒涜は表現の自由によって容認されるかが争点です。歴史教師のパティ氏は、授業で同問題を取り上げたそうです。

 彼は生徒にシャルリー・エブド紙に掲載されたイスラム教が描くことを禁じる創始者ムハンマドの裸のグロテスクな風刺画を授業中に見せたことが反感を買い、殺害の動機になったとされています。

 実はテロは起きなかったものの、教師がムハンマドの風刺画を授業中に見せたことが問題になったのは、初めてではありません。ちょうど、シャルリー・エブド襲撃テロが起きた2015年1月7日の10日後、フランス東部ミュルーズで教師がムハンマドの風刺画を見せたことで、教師が4か月の停職処分を受けています。

 ドイツ、スイス国境に近いミュルーズは、昨年、モダンな大モスクが開館したイスラム教の盛んな地域です。同時にユダヤ人も多く、当時、イスラム教徒たちは教師の行為に対して抗議デモを行ない、教職員組合が教師の処分に抵抗したものの、自治体によって停職処分が決定しました。

 当時、自治体はミュルーズという宗教的対立が起きやすい地域でテロの懸念もあり、停職処分を下したと見られます。ミュルーズから北のアルザス地方では、すでにユダヤ教の墓がナチの鍵十字で落書きされたり、イスラム教徒の墓地が荒らされ、シナゴーグやモスクの放火事件は、20年以上前から続いています。

 つまり、反ユダヤ、反イスラムの極右ネオナチと、過激なイスラム教徒、ユダヤ教徒の対立の激しい地域で、特にイスラム教徒とユダヤ教徒の対立は、イスラエル・パレスチナ情勢に左右されて来ました。

 しかし、教師が停職処分になって5年が経ち、シャルリー・エブド裁判で再び、信仰への冒涜と表現の自由問題が浮上し、今度はマクロン仏大統領が「表現の自由の原則からすれば信仰の冒涜も許される」と発言したことやイスラム指導者イマームの再教育を国家が行う方針を打ち出したことから、在仏イスラム教徒の間にも怒りが高まっています。

 メディアに登場する専門家の多くは非宗教的なリベラルな思想の持ち主が多いので、パティ氏の行為を支持する声が多いのですが、フランスではカトリック教会の衰退は顕著で、宗教そのものが社会の隅に追いやられている状況なので当然といえるかもしれません。

 カトリック系の仏紙ラ・クロワは、今回の事件当日の事件前に発行された新聞で、シャルリー・エブド裁判に関するロジェ・ピーター神父の寄稿を掲載しています。神父は「表現の自由を行使するには、その表現への責任が伴うはず」とコメントしています。

 同神父は「ムハンマドを冒涜する風刺画によって、フランスで生きていくことを選んだイスラム教徒が傷ついていることは確かだ」と指摘し、「彼らの気持ちに寄り添いたい」としながらも、過去に同紙がイエス・キリストやローマ教皇を冒涜した風刺画を載せたことで、キリスト教徒の多くも深く心を痛めたが、風刺画を描いた漫画家を武器で襲撃したことは一度もない」とも書きました。

 一方、フランスのユダヤ社会も揺れています。フランス・イスラエル間の商工会議所の正式ホームページ「イスラエル・バレー」では、被害者の名前がユダヤ人に多いサミュエルだったことから、ユダヤ人が標的だったという懸念を伝えました。さらにフランスへのイスラム過激派のテロ攻撃が新たな段階に入ったと指摘しています。

 フランスでは、2012年3月に仏南西部トゥールーズ周辺で起きたテロでユダヤ人学校の校長や生徒らが殺害されました。現在、ユダヤ関連施設は警察の特別警戒体制の対象になっています。

 今回の問題は表現の自由ばかりが強調されていますが、実は問題の本質は、この国が保障している「思想、信教の自由」と「政教分離(ライシテ)」の問題です。表現の自由はライシテの原則から肯定されていますが、一方の信教の自由が示す人の信仰を尊重する精神は無視されています。

 フランス共和国の基本原則は、 国家の中立的な立場から、信仰表明が公の秩序を乱さない限りにおいて「信教の自由および思想・良心の自由」を保障するというものです。ただ、すべての信念の中には宗教だけでなく、無神論も含まれています。シャルリー・エブド編集部は無神論者、非政府主義者の集りです。

 マクロン氏の理屈は、公の秩序を乱さない限り、信念の自由は保障されるというわけですが、実際は無責任な信仰冒涜の風刺画が、十分に社会は混乱に陥れています。前出の仏紙ラ・クロワは、別の神父の意見として「全ての宗教や信念は平和を実現するためのものではないのか」とし、その尺度で表現の自由を考えるべきと書いています。

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The_Red_Tower_by_Giorgio_de_Chirico
      The Red Tower (1913), Peggy Guggenheim Collection

 静寂の広場を駆け抜ける少女、ロボット化したような人間、卓越した古典的絵画技法で描かれた自画像など、100年前に活躍したジュルジョ・デ・キリコの作品は、今見ても斬新です。同時に、20世紀の現代の美術を理解する上で大きな存在であることは間違いありません。

 キリコの作品を今見ると、まるでバンド・デシネ(西洋漫画)に出てくる町の風景や人間に見えたりするのは私の錯覚でしょうか。

 現在、パリのオランジュリー美術館で開催されている「ジョルジョ・デ・キリコ 形而上絵画」展(12月14日まで)は、20世紀の西洋美術の葛藤と限界を知る上で大きな意味があるのだと思います。マックス・エルンスト、ルネ・マグリット、イヴ・タンギー、ポール・デルヴォーなどが、キリコの存在なしには語れない作家たちです。

 今となっては、美術に持ち込まれた哲学的な思考である形而上学は、いったいに何をいっているのかと戸惑うばかりかと思いますが、簡単にいえば、19世紀の産業革命と科学の圧倒的インパクトの中、それまで支配的だったキリスト教的価値観を離れ、新たなアイデンティティを模索する時代に生まれた一つの芸術運動だったといえそうです。

 王宮や権力者に仕える職人画家が、独立した芸術家に移行することで、自分自身を掘り下げざるを得なくなった中で、キリコは一つの方向性を示した(といっても若い時の話ですが)といえます。形而上学、唯物論、象徴主義などは、一時、ヨーロッパで一世を風靡したシュルレアリスムを産みました。

 たとえば、形而上学と唯物論は対立するものとして扱われ、形而上は形を超えたものである心、観念、感情を重視し、唯物論は人間は猿から進化し、土から生まれて土に帰るだけで魂は存在しないとして心や観念は軽視する立場です。

 ところが両方ともキリスト教的世界観から離れて真理を探究するという姿勢では同じで、科学性を重視しながら宗教を否定的にとらえながら、普遍性という観念は共有しています。話は多少難しくなりましたが、20世紀に起きたさまざまな美術運動は、そんな葛藤の中にあったことは確かです。

de Chirico self-portrait
      デ・キリコの自画像 1967年作

 しかし、結局、美しいものを素直に美しいものとして描いた印象派の絵画は、21世紀になっても評価は安定していますが、思想的、観念的な美術運動は、作品の前で戸惑いや不安、不快感を与え、解説なしに鑑賞できないものになっています。

 プロの芸術家や評論家だけにしか理解できない美術作品が果たして歴史の風雨に晒された時、生き延びられるかは甚だ疑問です。ベルリンの国立東洋美術館の館長だったヴィリバルト・ファイト氏は、私に「現代美術の作家は饒舌すぎる。言葉で解説しなければ理解されない作品を芸術と呼べるのだろうか」といったことを思い起こします。

 それはともかく、キリコが古典的絵画を回顧するような作品が評価されなかったと経緯はともかく、20世紀にあれだけの卓越した描写力を持つ画家はそうはいなかったでしょう。キリコの真価は別の所にあるのかもしれません。

 100年後の今、当時の芸術家たちのエキサイティングな葛藤はノスタルジーになってしまった感もあります。今は全てにおいて重いテーマ、難解なものは嫌われ、感性ではなく感覚だけが先行する一過性の作品が持て囃され、芸術にとっては不幸な時代かもしれません。

 でも、そんな結果をもたらしたのも20世紀の観念的、思想的芸術のせいという見方もできます。ポストコロナの芸術はどこに向かうのか、興味深いところです。

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 ナント歴史博物館のあるブルターニュ公爵城は屈辱的併合のシンボル

 このブログでは、私の個人的興味もあって欧州の美術館、博物館情報も書いています。しかし、博物館情報で、こんな不快なことがあったとは驚きです。それはフランス西部ナントの歴史博物館のモンゴル帝国の創始者チンギスカンに関する展覧会が、中国の圧力を受け、開催を見送ったニュースです。

 ナントは私の義理の叔母が住む町で妻の祖母の墓もあり、縁の深い町です。日本人にとっては「ナントの勅令」を学校の歴史の授業で学び、1998年のサッカーのワールドカップで日本対クロアチア戦がナントのスタッド・ド・ボージョワールで行われたことを記憶する人もいるでしょう。

 実はナントは現在でこそ、 ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏の首都ですが、町の旗にあるように半分はブルターニュの旗がデザインされています。

 16世紀にフランスに併合された時のブルターニュ公国の最後の女公アンヌ・ド・ブルターニュゆかりの地で、フランス併合の屈辱の歴史を持つ町です。その歴史を刻む歴史博物館で今は中国の支配を受けるモンゴルの展覧会が企画されたわけです。

 そんなナントのしかも歴史の書き換えなど絶対に許さない歴史博物館に対して、中国共産党政府が、自国の国家観を正当化するため、チンギスカンの歴史の削除や変更を要求してきたというのです。ナントの人間がこれを受け入れるわけがありません。なぜなら彼らもモンゴル同様、フランスに強引に併合された過去を持つからです。

 同博物館は今月12日、開催予定のチンギスハンに関する展覧会について開催を見送ったことを発表しました。開催の見送りの理由として、同博物館のベルトラン・ギレ館長は「私たちは、私たちが擁護する人間的、科学的、倫理的価値のもと企画展を停止することを決定した」と署名入りのプレスリリースで説明しました。

 同館は「モンゴル少数民族に対する中国政府の強硬姿勢により、当初のプロジェクトに関する検閲を受けた」との認識を示したのです。今回の企画展は、中国の内モンゴル美術館と共同で計画されたものでしたが、中国国家文物局が横やりを入れた形です。

 同館によれば、中国国家文物局の要求には「(中国共産党の)新たな国家観にとって有利となるモンゴル文化に関する顕著な偏った書き換えが含まれ」具体的には「チンギスハン」「帝国」「モンゴル」といった言葉を展覧会から削除するよう要求されたそうです。

 さらに同展に関する文献、地図、パンフレットおよび宣伝に対する監督権までも求められ、同博物館は「要求は中国共産党政府が従来のモンゴルの歴史と文化を完全排除し、新しい歴史観を押し付けるものだ」と反発し、同企画展の開催を3年以上は見送る方針を決めました。

 仏シンクタンク、戦略研究財団のアジア担当、バレリー・ニケ氏が「中国政府は、公式の国家観と一致しない歴史観を禁じており、国外にも適応しようとしている」と指摘し、さらに同シンクタンクの研究員、アントワーヌ・ボンダス氏は、中国の要求は「常軌を逸している」とツイートしました。

 ナント歴史博物館は今後、中国の干渉を回避するため、「ヨーロッパとアメリカのコレクションによって構成された」新しい展示企画を準備し、「最初のあらすじは堅持する」との考えを示しています。

 自国の体制に都合よく歴史を書き換えるのは左派政権の常套手段ですが、その改ざんされた歴史観を世界中に適応しようという試みは呆れるしかありません。

 かつて聖書に対抗して、唯物史観を捏造した共産主義が史実と向き合うことがなかったように、中国政府はモンゴル少数民族への支配を強めるため、海外のモンゴル展にまで干渉しようとしたということです。

 今年9月に中国語教育の時間を大幅に増やす政策を打ち出し、内モンゴルで大規模な抗議デモも起きています。新疆ウイグル自治区の強制収容所といい、漢民族支配のために少数民族の歴史まで改ざんする試みは許されていいはずがありません。

 中国の干渉を退けたナントの歴史博物館ですが、日本にも、このような毅然とした態度が必要でしょう。それがないことでベルリンの従軍慰安婦像が未だに放置されているのには強い不快感を持ちます。

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 パリなど9都市で夜間外出令が出たフランスですが、米系大手物流サービス企業に勤める友人のブノア氏が2週間前に新型コロナウイルスに感染しました。40代の彼は20年以上トライアスロンを趣味にしており、自宅隔離期間中もピンピンとしていて、すでに会社に出社しています。

 彼は夏のヴァカンス前はリモートワークだったのですが、ヴァカンス明けの9月からは出社していました。会社からはリモートワークを提案されたそうですが、その提案を拒否し、パリ西郊外の自宅からパリ中心部に通勤していました。

 営業一筋で生きてきたブノア氏は、エリート教育で知られるパリの理系グランゼコールを出て以来、今の会社が3社目。2回の転職理由は上司と揉めたことが原因ですが、会議の嫌いな彼は管理職より、営業職を貫くつもりです。米系企業なので上司はアメリカ人ですが、働き方については気に入っているそうです。

 「アメリカ人は1日を2回楽しんでいる。早朝7時にはオフィスに来て仕事し、4時には退社し、4時以降はプライベートでさまざまなメニューがある」といっています。アメリカ留学経験もある彼は、アメリカ人の生産性が高く合理的に働くことを気に入っているようですが、それでも上司とはいつも揉めているところは変わっていません。

 フランスの労働法は社員にテレワークをさせるには社員の同意が必要で、リモートワークを拒否しても解雇はできません。無論、同じ労働法の中には「不可抗力な外的要因が起きた場合は、企業は事業の存続と社員の安全を優先する」とあるので、会社がリモートワークを強制したり、逆に社員が自分の安全を主張してリモートワークを選んだりすることも可能です。

 友人は9月以降、リモートワークを拒否し、職場に通っていたのがコロナで陽性反応が出たため、自宅隔離になりました。自宅隔離中、仕事を継続する義務はないので一切仕事はしなかったといっています。そもそもリモートワークを拒否した理由がフランス人らしいのです。

 彼曰く、「リモートワークをしてみて不快だったのは、自宅に仕事を持ち込み、プライベートな時間がかき乱されたことだ」と。仕事とプライベートをきっちり分けるフランス人にとって、自宅のパソコン画面の向こう側に上司や同僚、クライアントの顔があるとストレスが溜まるというわけです。

 フランスの現在の労働法は全て「職場にて就労することをベース」に定められており、リモートワークの合間に「スポーツジムに行ったり、子供の学校の送り迎えをしたり、ガーデニングをすること」は想定されていません。政府はコロナ感染再拡大でリモートワークを奨励していますが、現在リモートワークをしている人の割合は全労働者の約15%程度で、ロックダウン時だった4月でも24%でした。

 友人は「リモートワークしていると自宅にいる自分が会社に監視されているようで、居心地が悪かった。上司が自分を信頼していないと感じ、不快だった」といいます。それにパリやその周辺でアパート住まいしているフランス人の多くは、アパートに書斎はないので、公私が分けにくいダイニングルームやリビングのソファ、人によってはベッドルームを使うしかない実情もあります。

 会社側もリモートワークで生産性が上がっていないと訴える労務管理担当者も少なくなく、社員の管理に苦慮しています。ブノア氏は「本当に会社がテレワークを強制するなら、もっと郊外の書斎のある一軒家か、転職しかない」とまでいっています。

 7月下旬にフランス国立統計経済研究所(INSEE)が携帯電話の位置情報から割り出した調査の報告書によれば、3月、4月、5月のロックダウン(都市封鎖)中、パリ市内に居住、滞在した人は、外出制限前と比較して平均で451,000人も少なくなり、そのうち半数はパリを脱出したパリジャンだったとされています。

 別のパリ不動産組合の調査では、パリを脱出したパリ住民の中で、生粋の代々、パリに住むパリジアンの占める割合は少ないという報告もあります。

 リモートワークでいいなら、通勤圏内に住む必要はないという場合、子育てだけでなく、広い家でないとプライバシーが保てないという理由もあるということです。最初は朝晩の満員電車に乗る苦痛がないことに喜んだフランス人たちも、今では近所で貸し出しているリモートスペースを借りる人が急増しているという理由も分かる気がします。

 リモートワークは職種によって容易な分野と困難な分野がありますが、会社のために生きているという日本的感覚がない欧米社会でも、リモートワークの課題は多いといえます。

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 アメリカの大統領選の「オクトーバー・サプライズ」は、トランプ米大統領の新型コロナウイルス感染で始まりました。そこで過去の大統領選では日陰だった副大統領候補討論会は一気に注目を集め、トランプ、バイデン両候補による常軌を逸した中身のない大統領候補討論会よりは実のある議論になりました。

 討論会後、CNNが世論調査でハリス氏優位を伝えましたが、最初から民主党支持を明確にし、トランプ批判の急先鋒のCNNは、たかだか500人足らずのアンケートで結果を報じました。CNNは4年前の選挙では「クリントン・ニュース・ネットワーク」(CNN)と揶揄されるほど、民主党のヒラリー・クリントン支持の報道を繰り返し、この4年間はトランプ批判報道で利益を上げたニュースチャンネルです。

 討論会は想定通り、民主党のカマラ・ハリス候補は、21万人が死亡したトランプ政権の新型コロナウイルス対策の無策の攻撃で口火を切りました。ところが、ハリス氏は出だしで人格が疑われる失敗をしました。それは討論会の冒頭、ハリス氏がトランプ大統領の回復を願うコメントをしなかったことです。

 トランプ攻撃しか頭になかったハリス氏は、国民の過半数によって選出された大統領に敬意を払わず、浮動票が勝敗を決めるといわれる今回の大統領選挙で、有権者をリスペクトする姿勢を忘れ、米メディアでも指摘されました。

 最も残念なことは、現政権を担う現役のペンス氏はともかく、ハリス氏はバイデン・ハリス陣営が準備する政策がトランプ政権と何が異なるのかを明確にせず、トランプ政権を貶める攻撃に終始したことです。特に注目のコロナ対策で具体策を説明できずに終わったのは驚きです。

 討論会出だしで、ハリス氏がいった「コロナ対策の初期対応で何もしなかった」とトランプ政権の無策無能ぶりを批判しましたが、ペンス氏がいうように米政府は1月30日には中国からアメリカへの渡航を禁止し、専門家の指摘では、その措置がなければ感染死亡者は10倍になっていた可能性があるということでした。

 実際、1月30日に中国人の渡航禁止を「人種差別だ」と反対したのは、バイデン氏でした。さらにいえば、中国人渡航禁止に踏み切らなかった欧州連合(EU)は、イタリアを初め、雪崩を打つように感染が拡がり、今も再感染拡大で苦しんでいます。

 実はバイデン・ハリス陣営がコロナ対策で過去1度も独自の具体的な政策を出していないことをペンス氏は知っていたといわれます。ハリス氏が「トランプ政権は何もしなかった」という事実に反した指摘でトランプ政権のイメージダウンを謀ろうとしたのは左翼の常套手段です。

 逆にペンス氏はバイデン氏が副大統領だった2009年、豚インフルエンザ流行で6,000万人が感染したことを挙げ、今回の新型コロナウイルスの感染者750万人とは比べようのない感染拡大を許したオバマ政権の無策を指摘しました。実際、バイデン氏の主席補佐官だったクレイン氏は「何百万人もの人が死亡しなかったのは運で、全くの失策だった」と認めているほどです。

 トランプ氏の外交無策を批判したハリス氏に対して、ペンス氏はアメリカ人なら誰もが心を痛め、過激派組織イスラム国(IS)の完全掃討作戦の原動力となったISに拘束され殺害された米国人人道活動家、ケイラ・ミュラーさんの話を持ち出しました。外交のプロといわれる当時副大統領だったバイデン氏は、モラーさん救出を決断できず、死に追いやったと指摘しました。

 純粋な動機で内戦で疲弊するシリアに渡った20代前半の熱心なキリスト教徒のミュラーさんを拉致し、しかもISのトップ、バグダディの性の奴隷となり、殺害されたことは、アメリカ国民の怒りを買った典型的な事例です。そもそもオバマ政権はシリアで化学兵器が使用されても放置し、結果、ISが勢力を一気に拡大させた過去の経緯もあります。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は討論会後の社説でペンス氏の成果の一つは「ペンス氏がバイデン、ハリス両氏の民主党がいかに左傾化しているかを指摘したことだ。」「バイデン氏は今後4年間に温暖化対策”グリーン・ニューディール”で2兆ドル(約212兆円)支出する考えであり、法人税率引き上げによる4兆ドルの増税案の影響が労働者層にも及ぶ」ことを指摘したことでした。

 私はWSJが同じ社説の最後に「トランプ氏が勝利のチャンスをつかむには、政策の違いを選挙の争点にする必要がある。ペンス氏はそのやり方を示した」という指摘に共感します。ポピュリズムに傾くアメリカで政策論争ができるかは疑問ですが、期待したいところです。

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Ecole juive education
  ユダヤ人学校の授業風景 Actualite juiveより

 フランス・パリには、ユダヤ教の教義に従って運営されるユダヤ人のためのユダヤ人学校が65校も存在します。ユダヤ人の親たちの多くは子供をユダヤ人学校に通わせ、富裕層の多い彼らは教育熱心で多くが大学や高等専門大学のグランゼコールに進み、社会の上流層に食い込んでいます。

 12歳まで子供の学校への送り迎えが義務づけられているフランスでは、朝夕の登下校時に親が高級車でユダヤ人学校前に乗り付ける光景は、ユダヤ人が多いフランス南西部トゥールーズなどでも日常化しています。

 欧州最大規模の60万人が生活するフランスのユダヤ人たちは社会の富裕層を形成し、全国に300校ものユダヤ人学校を持っています。

 フランスのマクロン大統領は今月2日、共和国のルールを同国のイスラム社会に周知徹底するため、イスラム教指導者イマームらの養成を国内で行う方針を明らかにしました。目的はイスラム教徒の多いアラブ系移民のさらなるフランスへの同化と、海外から送り込まれる過激思想を持つイマームの排除です。

 マクロン氏が上げた共和国のルールの一つは男女平等で、女性は夫の所有物と映るイスラム文化をフランスは受け入れないということです。2つ目は全ての国民は等しくフランスの公教育を受ける義務があるということです。

 マクロン氏は3歳から保育施設に通い、男女共学で教育を受けるフランスの教育制度への厳しい順守を仏国内のイスラム教徒に改めて求めました。フランスでは現在、約5万人の子供がイスラム系の親の意向で在宅教育を受けており、毎年増加傾向にあります。また、学校で子供が音楽の授業やプールに入ることを拒否している状況もあります。

 フランスには欧州最大でしかもユダヤ人の10倍の600万人のアラブ系住民を抱え、そのうち約500万がイスラム教徒といわれています。ところがユダヤ人学校は存在しますが、イスラム教に特化したイスラム学校は存在しません。

 因みにフランスでは伝統的に私立校はカトリック教会組織が運営する通称エコールリーブルと呼ばれる学校が大半を占め、その数は保育園から高校まで全国で公立学校に迫る数が存在します。大抵の学校は自宅から近距離にあり、パリのユダヤ人学校も同様です。

 つまり、イスラム教徒の子供の大半は非宗教の公立校に通うしかなく、1部の富裕層がカトリック系の私立校に子供を通わせています。イスラム学校がない理由は、キリスト教が支配していた欧州では十字軍の時代からイスラム教は敵対勢力でしかなく、今も欧州社会には警戒感があるからです。

 2015年1月と11月に起きたイスラム過激派による大規模テロを受け、フランス政府は学校内で宗教の授業を強化し、多文化教育を実施してきた一方、フランスでは公立、私立問わず、イスラム女性のスカーフ着用は校内では禁じられています。

 市役所にクリスマスの飾りつけをするのに、公共の場で特定の宗教を強調することは禁じるというのは、イスラム住民には矛盾です。

 マクロン大統領の新方針は政教分離の原則の徹底で妥協の余地がないとしている一方、現存するカトリック系、ユダヤ系私立学校は認知されており、イスラム教徒には不平等感もあります。信仰実践するカトリック教徒が激減する中、信仰生活を実践するイスラム教徒は一大勢力です。

 イスラム教礼拝堂のモスクの数は増えていますが、今後はイスラム教の教義に基づいた義務教育の学校をどうするかが課題です。イスラム教徒の子どもが他教徒から分離した形で集団礼拝や宗教教育の授業を独自に受けることに対しては、多文化共存社会の実現を阻害するという反対意見も強いのが実情です。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は旧約聖書を共有する一神教で、それぞれ明確は世界観を持っています。世俗化したキリスト教圏であるヨーロッパでは、英国が少数のイスラム学校を認可しています。一神教は社会のルールである男女平等や人権、法順守、自由といった社会の根幹の価値観に強い影響を与えています。

 多文化共存社会を肯定するのが世界的潮流ですが、一神教は人間や社会の価値観に大きな影響を与えるだけに信教の自由だけでは解決できない問題を抱えています。フランスではイスラム学校の議論は非常にマイナーです。どんなにイスラム人口が増えても議論したくないテーマだからです。

 しかし、既得権を持つユダヤ教、キリスト教徒とイスラム教の不平等は、21世紀の多文化共存社会では避けては通れない問題で、無視し続ければテロが再び頻発することも考えられます。

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    ベルギー・ブリュッセルにあるNATO本部
 
 米国・欧州間の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)が本部を置くベルギーが、第5世代(5G)移動通信システム構築に向け、中国の華為技術(ファーウェイ)機器の排除を決定しました。英国、フランスなどに続き、EU加盟国は次々に同様な措置を決めています。

 ベルギー通信大手プロキシムスとフランスの通信大手オレンジのベルギー法人は今月9日、5Gシステム構築について、フィンランドのノキアなどの機器を採用すると発表しました。5Gで欧州に攻勢をかけてきたファーウェイには厳しい決定でした。

 特にベルギーはこれまで4G などの旧来の通信網でファーウェイに依存してきただけに、5G環境整備にも中国製品を継続的に使用する効率性やコスト面でも優位にあると思われていただけに、ファーウェには衝撃的なニュースでした。

 ベルギー・ブリュッセルにはNATO本部や欧州委員会があり、安全保障上の理由から、米情報機関は中国情報企業の欧州への覇権攻勢に強い懸念を伝えて圧力をかけていました。ブリュッセルは環大西洋及び欧州大陸の安全保障の要(かなめ)の機関が集中し、中国への情報漏洩は致命的です。

 今回のベルギーの決定に、ファーウェイ広報担当者は「入札の結果であり自由市場の原理に基づいている」として表向き政治的圧力を否定しましたが、苦々しい思いであることは間違いないありません。実際、中国商務部は、EU加盟国が採用に前向きなノキアとエリクソンに対して、両社の中国で製造する製品を輸出できないよう報復措置を取る可能性に言及しています。

 それにアメリカの大統領選の結果によっては、ファーウェイ外しの圧力は弱まる可能性もあり、経済的に厳しい状況のEU諸国に対して、ファーウェイは今後、弱い国から再攻勢をかけてくる可能性はあり、中国は諦めていないと思われます。

 欧州の中国に対する警戒感が高まる中、EUは、米国がファーウェイ排除の厳しい姿勢をとっているのとは一線を画し、サイバーリスクの観点から各加盟国にリスクに対処する体制づくりを求めてきました。ファーウェイに関してはEU離脱の英国がファーウェイ外しを決定した他、フランスも排除を決めています。

 ただ、現実は、今年末までに全加盟国で5Gサービスの開始をめざしてきたEUでは、今年2月時点で既に5Gについてファーウェイとは90以上の契約を確定していました。それに4Gからの移行には数年掛かる中、ノキアやエリクソンだけに頼る切り替えも容易でないのが実情です。

 そこでEU各加盟国が、安全保障を優先させるのか、それとも経済的効率を選択するのかで葛藤する中、日系通信大手にも参入のチャンスが訪れているわけです。

 日系企業は世界的に技術、安全両面で絶対的信頼感があり、最近は日EU経済連携協定(EPA)などで経済交流も深まる中、日系通信大手に参入の可能性が出てきたといえます。あとは日系企業が大胆なグローバル戦略に舵を切れるかだけだと思います。

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