安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが体験を踏まえ現在の世界を読み解きグローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当した安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 外交でもビジネスでも交渉を取り巻く環境には負の要素が常につきまとい、それが結構、交渉の妨げになることは多いといえます。昨日ブログで紹介した富士フィルムホールディングとゼロックスの合併を破綻に追い込んだゼロックスの大株主の存在も、まさに交渉を決裂させた負の存在でした。

 交渉術といえば、世界的に『ハーバード流交渉術』が有名です。交渉を問題解決と捉え、勝者と敗者を生むのではなく、交渉当事者双方に利益をもたらす画期的な交渉術として今日でも応用されています。

 感情を伴う人間と問題を切り離し、相手の立場に焦点を合わせ、解決策を見出すためにはクリエイティブオプションも提示し、交渉は新たな価値の創出という考えもあります。つまり、交渉当事者は協力して理性的、合理的にWinーWinの解決策を導き出す作業を行うというものです。

 日本は、多くのビジネスで伝統的に長期的取引が想定されるため、深刻なダメージを相手に与えたり、対立を生む交渉は避ける傾向があり、弱肉強食で勝敗を重視する交渉が主流の欧米よりは、協力的交渉文化があったわけですが、グローバルな現場ではそうはいきません。

 交渉は確かに合理的にWinーWinの解決策を導き出す作業であればいいのですが、互いに利益を追求する現場では、実際にはモラルを疑う悪意ともとれる要素がが渦巻いています。中国は外国企業が中国国内で商売することを許す代わりに、国内に生産拠点を作らせ、多額の投資で得た企業の高度な知的財産を頂き、投資なしに競争力のある中国メーカーを生んでいます。

 東芝が主力産業を身売りするまで追い込まれたのは、アメリカの原子力関連企業ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー(WH)社を2006年に買収したことにあったといわれています。東芝には当時、原発ビジネスをアメリカで加速させるために買収を必要としていたといいますが、実はWH社は深刻な問題を抱えた不良企業であることは隠されていたといいます。

 今月、アメリカのトランプ大統領が北朝鮮の金正恩労働党委員長と直接会い、非核化交渉を本格化させていますが、相手は昨年までは、権力維持のためなら親族も処刑し、核実験を繰り返し、日米韓に対して何度もミサイル発射実験を繰り返してきた世界で最も孤立した独裁テロ国家というレッテルが貼られた国です。

 日本でいえば、反社会的組織、暴力団のような存在です。彼らと交渉するのは至難な技であるだけでなく、最も関係したくない、関係してはいけない人々です。アメリカもテロリストとは交渉しないという伝統的考えがあり、テロ国家に指定した国のトップと話し合うのも本来のスタイルではありません。

 WinーWinの解決策を導き出す作業の前提には、少なくとも共有すべき価値観が必要ですが、それが北朝鮮には見出せずに長い年月を過ごしてきた感があります。

 最近、ハーバードビジネスレビューで紹介されている元FBI捜査官クリス・ヴォスとビジネスジャーナリストのタール・ラズの共著書『逆転交渉術』(早川書房)は、合理的解決策が望めない犯罪者相手の交渉を手がけてきた人物の経験談に基づく興味深い著書です。

 特に人質立て籠もり事件などで、交渉人が直面するのは、合理的問題解決などまるで望めない状況だというわけです。つまり、犯罪は感情が引き起こすもので、感情を交渉から引き離すのではなく、犯罪者に対しての交渉スキルは感情的で不合理な部分に焦点を絞ることだというのです。

 本書は、FBIの編み出したテクニックを、10章にわたり解説していますが、どれもが実際に起きた深刻な事件の解決に繋がった有用性の高い交渉術です。特に興味深いのは、サブタイトルにもある「まずは『ノー』を引き出せ」で、「ノー」は交渉の終点ではなく起点だという考え方です。

 交渉担当者は相手に「ノー」と言わせることで、「まだ同意する用意ができていない」「私は他のものを求めている」「もっと情報がほしい」などの本音を引き出すことで、次ぎに交渉者は何をすべきかを導きだし、解決策を明確にすることに繋がるというのです。

 それも交渉の最終ゴールである「イエス」は、早い段階でそれを要求するのは相手を警戒させ、得策ではないといいます。さらに著者は「対立を恐れるな」といい、対立への恐怖を克服し、それを共感で乗り切っていくことができれば、価値を見出すことができるとしています。

 私が共感するのは、相手に強要したり、屈辱を与えたりせずに、自分の望むものを手に入れる方法があるという話です。犯罪者は通常、心理的、感情的な問題を抱えており、そこを無神経に触れば、心は閉ざされます。たとえば日本が拉致問題で北朝鮮と交渉するとき、一方的非難で交渉を続けています。

 外交官は「相手は不当な経済的見返りを要求し、そこで妥協しなければ、こちらの要求は飲まない」といいます。しかし、どうして日本人を拉致し利用したのか、あるいはなぜ、今も孤立主義の独裁国家を続けているのかの背後にある彼らの感情を理解しようとはしていません。

 トランプ大統領は今のところ、金正恩に対して屈辱を与えないよう最大限配慮しているように見えます。ボルトン大統領補佐官が、カダフィを路上で血祭りにしたリビア方式を口走ったことを否定しました。代わりに金正恩の書簡にあった「朝鮮半島の平和と安全と」いう大義を支持し、ヴィジョンの共有に努めています。

 無論、圧倒的な経済力、軍事力を持つアメリカに対して北朝鮮は十分過ぎる屈辱を味わっているはずです。経済制裁も圧力です。しかし、独裁国家との直接交渉では問題解決のために相手の複雑な感情を考慮せざるをえません。それが日本にはないように見えます。韓国や中国との関係がいつも難しいのも日本が彼らに与えている屈辱への配慮が足らないからのように見えます。

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  富士フイルムホールディングスは、買収計画を破棄した米事務機器大手ゼロックスに対して、契約違反だとして同社をニューヨーク南部地区連邦地方裁判所に提訴したようです。背景にはゼロックスが富士フィルムとの合弁会社、富士ゼロックスと経営統合することに合意していたにも関わらず、ゼロックスの大株主の2人の圧力を受けて合意を違法に破棄したことがあるとされます。

 富士フイルムホールディングスは、同提訴で10億ドル(約1100億円)余りの損害賠償を求めており、今後の動向が注目されます。1カ月前、ゼロックスは 富士フイルムホールディングス との統合計画を撤回する一方、大株主アイカーン、ディーソン両氏と新たな和解に達したと発表し、予想外の展開で騒ぎになっていました。

 ゼロックスが和解したアイカーン氏とディーソン氏は、ゼロックスの企業価値を過小評価しているとして、富士フイルムと設立した合弁会社・富士ゼロックスとの統合計画に反対し、ゼロックスの取締役会に役員を送り込む計画を立てていました。

 ゼロックスは以前、ジェイコブソン最高経営責任者(CEO)の解任と取締役の過半数交代で両氏と合意しながら、今月に入り裁判所の承認を得る前に突然失効した経緯もあります。大株主の意向が圧倒的に強いアメリカでは、合弁事業にも口を出し、今回のような突然の買収破棄もありえる話です。

 今年1月末、富士フイルムホールディングスはゼロックスを買収すると発表しました。富士フイルムホールディングスがゼロックス株の50.1%を取得し、同時に共同出資会社の富士ゼロックスをゼロックスが完全子会社化する方針を固め、富士フイルムホールディングスは世界最大の事務機メーカーになる予定でした。

 当時、記者会見した富士フイルムホールディングスの古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)は、「開発・生産から物流まで世界規模で相乗効果を生み出せる」と買収の意義を強調しました。ゼロックスのジェイコブソンCEOも同意を表明していました。

 アジア市場など経済発展のめざましい新たな市場への拡大を見据えた経営統合は、日本企業のグローバル化への対応として注目され、ポジティブに受け止められていました。富士フィルム側はカメラのデジタル化でフィルム事業から完全な業態変更を強いられ、ゼロックス側はペーパーレス化でコピー機需要が落ち込み、新たなビジネスモデルの模索を求められています。

 ゼロックスの筆頭株主で米著名投資家のアイカーン氏らが今後、ジェイコブソンCEOの解任など指導部刷新に乗り出すと見られます。ゼロックスの判断は1906年創業の3万7000人を従業員を抱える老舗企業の終わりの始まりになる可能性もあります。さらに訴訟の合理的根拠を裁判所がどう判断するのか行方が注目されます。トランプ政権の影響を深読みする見方も出てきています。

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 世界の大学のランキング評価を行うQS世界大学ランキングの最新版で、アメリカの名門ハーバード大学は3位でした。他の調査会社でも常に上位に位置するハーバード大学は、学歴としてのステイタスは非常に高いため、優秀な入学希望者が殺到し、今、同大学のアジア系アメリカ人の入学差別放置問題が注目を集めています。

 この問題は、公正な大学入学審査を追及する米非営利組織、スチューデンツ・フォー・フェア・アドミッションズ(SFFA)が、ハーバード大学が優秀なアジア系志願者の入学を減らして白人、黒人、ヒスパニック系の志願者らを優先して入学させているとして、2014年に同大を提訴したことに端を発しています。

 SEFAが今月15日にマサチューセッツ連邦地裁に提出した書類によれば、学部の入学選考プロセスでアジア系アメリカ人が差別されているという2013年の同大の調査結果があったにもかかわらず、それに対応しなかったとSEFAは主張しています。

 これに対して、大学側は、SEFAを率いるエドワード・ブルーム氏が人種的な少数派を優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブアクション)反対論者であると主張し、SEFAは矛盾した主張をしていると反論しています。

 SFFAが提出した同大学の調査結果によれば、ほかの人種と比較してアジア系志願者は総体的に学業成績が高く、純粋に学業成績だけで審査した場合、アジア系アメリカ人は新入生クラスの43.4%を占め、卒業生の子どもやスポーツ特待生の特権やパーソナル評価を反映させた場合でも、26%を占めるはずだというとされています。

 大学側は、SEFAの指摘に対して、全体的な入学選考プロセスの過程で、さまざまな要因の一つとして入学希望者の人種を考慮できるとした米最高裁の判断に同大が完全に従っていると主張。「ハーバード大は学生に優秀さを求めるが、成績の評点やテストの点数だけを重視して優秀さを定義しているわけではない」と説明し、多様性なども考慮していると弁明しています。

 同大によれば、新入生のクラスに占めるアジア系アメリカ人の比率は現在23%近くに達し、過去10年で3割近く上昇したとしています。この現象は10年前にもアメリカのメディアで話題となり、特に中国系アメリカ人のハーバード入学者の数の急増が注目されていました。

 アメリカでは人種に関して、さまざまな差別禁止の規制がある一方、アカデミックな世界、ビジネスの世界でのアジア系アメリカ人の台頭を快く思わない白人系アメリカ人も少なくないのが実情です。過去には1920年代にユダヤ系アメリカ人の入学を制限しようとして問題になったことが記録されています。

 ハーバートド卒の中国系アメリカ人の友人は「アジア系アメリカ人家庭は相対的に教育熱心で、子供たちは非常に上昇志向が強く、勉強熱心。アメリカでマイノリティから抜け出す唯一の手段が、能力や学歴にあると信じている」と指摘しています。

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 かつて日本企業も公官庁などの役所も、海外の大学の学位しか持たない人材を採用しない慣習がありました。グローバル化が進む中、海外滞在経験や外国語を得意とする帰国子女を採用する動きが加速し、その後、外国高等教育の学位取得者、さらには外国人も採用するようになりました。

 職業柄、海外で日系企業の駐在員に接触する機会が多く、それも30年の時間的経過で見たきた立場からすると、今は非常に中途半端な時期に差し掛かっていると感じます。

 たとえば、彼らのモティべーションを見ると、30年前のような海外駐在に伴う厚遇という条件が低下していることや、自分のスキルアップに繋がるという強い向上心が弱まっていること、さらに日本人としてのアイデンティティも薄れていることが散見されます。

 ここでいうグローバル環境で働くために必要なアイデンティティは、日本の村社会で常識化していり空気を読む受け身の姿勢や排他的メンタリティとは違います。自分の国を愛し誇りを持ち、いいものは普遍化し、悪いものは改善する謙虚を持つことです。自分を知り尽くし、強みを生かし、オープンマインドになることです。

 30年以上前の駐在員には、背中に日の丸が立っていたといわれるほど愛国心、愛社精神が強く、成果をあげるまでは帰国しないという覚悟もありました。多少美化されていますが、NHKの過去の番組プロジェクトXで取り上げられるような人たちです。

 海外で日本人以外の人たちとの協業がうまくいっていない現場に遭遇する場合、その原因には、労働感の極端なギャップ、コミュニケーション問題、日本的マネジメントの不適切な適応などがあります。多くの企業が未だに、その根本的問題の解決に取り組んでいないと私は認識しています。

 日本には能力神話があって、一流大学の卒業生は学習能力が高いから、海外の現場でも短期間に適応し、適切なマネジメントができるという思っているようですが、それなら欧米に存在するビジネススクールは必要ありません。

 私はそのビジネススクールで長年教鞭とをとってきて、その有用性は熟知しているつもりです。それは多文化の中で、いかに多くの引き出しを持ち、状況に応じてそれを適切に適応するかということです。無論、現場での実戦訓練は必要ですが、理論との組み合わせがなければ、成長はできません。

 理論とかマニュアルは、一定の個人ではなく誰でもそれを習得すれば、ある程度の結果が出せるというもので、高度なマネジメントの世界も同じです。問題は日本は長年、同じコンテクストを持つ日本人だけで企業文化を築き上げ、それがある程度機能してきた成功経験を持っていることです。

 最近、60代の日本人と会い、興味深い経験をしました。その人は日本でアメリカ系のコンピュータ巨大企業に就職し、25年間働き、そのキャリアで外資系やグローバル企業の役員を務め、今は自分で会社を経営しているということでした。実はなんのアメリカ文化の知識もなく25年間務めたことで、アメリカの会社では葛藤の連続だったそうです。

 グローバルビジネスが自分の売りなのに、実は欧米的な経営手法に非情な嫌悪感を持っているというのです。そのためアメリカのビジネススクールを出てシリコンバレーにいたような本当の意味で訓練された日本人は本能的に避けてしまうそうです。

 外資系企業に勤めて消化不良を起こしたのは、世代的な問題もあったと思います。しかし、彼らが日本企業のリーダーだとすると事態は深刻です。口ではグローバル化への対応を第1義的に唱える経営者は圧倒的に多いのですが、実は本気度は低いと疑りたくなることに多く遭遇します。

 実はグローバル化をチャンスと受け止め、企業そのものの体質改善に本気で取り組むことで、多くのことに答えを見出し、成功している企業は、数は少ないのですがあります。その本気度が企業の明暗を分けているように思います。

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   難民輸送船、Aquarius号

 人道支援団体が運営する難民輸送船、Aquarius号が新政権発足のイタリアでの入港を拒否され、スペイン・バレンシア港に向かったことは、南欧3カ国の関係に亀裂を生みました。629人のアフリカ難民を乗せたされたAquarius号は、欧州連合(EU)に移民・難民受入れに新たな課題を突きつけた形です。

 スペイン・バレンシア地元政府は、バレンシア港への入港に伴い、モロッコが定めるアフリカ大陸で最も高い最低賃金220ユーロの2倍以上の495ユーロ(約6万円)の社会保障費を月額で支給する意思を表明しており、フランスとの姿勢の違いが浮き彫りになりました。

 ことの経緯は、地域主義とポピュリズムで構成されるイタリアの新政権で、過激な発言で知られる同盟のサルビーニ内相が、Aquarius号のイタリア受入れを拒否し、イタリアを「無責任」と批判したフランスに対して、サルビーニ内相が猛反発し、非難の応酬になってしまったことです。

 フランスのマクロン大統領とイタリアのコンテ首相は15日、パリで会談し、地中海を渡って欧州に流入する難民問題で連携強化することで合意、対立はいったん棚上げされました。マクロン氏は、難民申請者には最初に逃げ込んだ国でしか保護申請を認めない欧州の現行制度が機能していないとの認識を示し、改革の必要性を認めました。

 現在の制度では、イタリアに漂着した難民がイタリアで難民認定を受けないまま、たとえばフランスに入国すると自動的に本国に送り返される仕組みになっており、イタリアはそうしてほしくないと思っています。一方、フランスはすでに欧州をめざす難民が集結するリビアに難民申請審査センターを開設し、地中海を渡らせないような施策を試みています。

 コンテ氏は、欧州に流入する移民・難民の数を減らすため、アフリカ大陸を想定した欧州外に難民の「保護センター」を設置する案を提案し、マクロン氏も支持したとも伝えられます。この2週間にうちにEU首相会議が開かれ、新たな移民・難民対策が話し合われる予定です。

 今回問題となった移民輸送移民船、Aquarius号は、フランスのNGO団体「SOSメディテラネ」によって運営されており、リビア沖で救出した629名の移送を行っていました。スペインは発足したばかりの社会党政権が船の受入れを表明した形ですが、今後、スペインに難民が押し寄せれば同国内でも問題になることは明白です。

 南欧諸国の政治状況の変化に翻弄される難民・移民は憐れというしかありません。3年前のシリアやイラクからの大量難民流入では、ドイツに向かう難民をハンガリーが通過させることを拒否し、EU加盟国間で難民政策は一枚岩でないことを露呈させました。

 その時、100万人とも言われる難民・移民を受け入れたドイツでは、アラブ人への差別に耐えかねてトルコなどに引き返す動きが起きています。現実には、この数年EU加盟国は難民の受入れを押しつけあっているのが実情で、EU全体で合意形成するのは容易ではありません。

 たとえば、フランスは2015年に決めた難民受入れの約束を果たしていません。当時、イタリアとギリシャに集中する難民をEU各国で分担することを決め、フランスはイタリア経由の難民7,000以上の受入れを表明したものの現在まで635人しか受け入れていません。

 ギリシャ経由の難民は12,500人受け入れるとしながら4,400人にとどまっており、昨年、フランスで亡命申請をした人は12万1千人で、認められたのは4万人でした。フランスは、ドイツ、オーストリア、スウェーデンに比べ、人口比で難民を受けれた国としては最も低い水準にとどまっています。

 ドイツと共にEUの旗振り役であるフランスは、EU首相会議で、再び非難されるかもしれません。口でいう事と実際に行っていることのギャップが露呈するフランスは、マクロン氏一流の説得力を持つ新たな提案で乗り切っていこうとするのでしょうか。

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Claude Monet.- Le Pont d'Argenteuil 1874

 20年ぶりにロンドンで開催されるモネの大規模な展覧会は、過去になかったユニークな視点が自慢です。ロンドンのナショナル・ギャラリーが開催している「モネと建築」展(7月29日まで)は、「睡蓮」で有名なクロード・モネが描いた作品の建築部分に注目し、1860年中頃から1900年代初頭までの建築物をモネの目から説き起こす試みです。

 風景の画家として知られるモネは、人間よりも自然、建物、都市の風景を画家の秀でた観察眼、洞察力、感性で描きました。いまなら4Kとか8K、高解像度のカメラで、それもドローンを使って撮影すれば、鮮明な画像で自然や建築物を再現できますが、同展は画家の視点から建築を読むことを試みているわけです。

 展覧会は、モネとともの産業革命と科学の到来、近代市民社会の活気という大きな時代の変化の中にあったヨーロッパの農村から都市までの建築をモネの視点で旅しようという企画です。モネの行動範囲はフランス・ノルマンディーからパリ、アムステルダム、ロンドン、ベニスまで、当時の活気あふれるヨーロッパが舞台です。

 たとえば、展覧会が注目している一つは、モネの建築に対する製図技量だといいます。複雑な構造物を正確な角度と直線で巧みに描き出しているというわけです。これまでは光や色彩的視点だけモネ作品は論じられましたが、実は建物を建築物として正確に把握する能力にも長けていたというわけです。

 同展は「農村と風景」「都市と近代化」「モニュメントと神秘」の3つのカテゴリーから構成されていますが、興味深いのは、モネ作品では通常、建物に当たっている光や目に入ってくる色彩、建物が作り出す周囲の空間などに興味が向けられるわけですが、同展では、その建物の中や周囲、さらには農村や都市で暮らす人の息づかいをも意識するモネの視点が加えられていることです。

 実はモネ作品を通して建築を見る視点は、彼が戸外制作にこだわった画家だったことも大いに関係しています。建築では「景観」という言葉を使いますが、モネは画家の視点で建築物の作り出す景観を作品にしている。それも農村の古びた民家から大都市の教会など大規模建築物、橋など広範に渡り、実に多様な建物がモティーフになっています。

 モネが、普通の人間の何倍も視覚認知能力を持ち、細部まで見通せる目、色彩や光だけでなく、多様で複雑な建築物を正確に把握する目を持っていたことを思い知らされる展覧会でもあります。印象派というと日本では画家の感性を直接キャンバスにぶつけるイメージがありますが、実は彼らは非常に科学的だという視点は見逃されがちです。

 ただ、モネはル・コルビュジエに端を発した日本でいう近代建築が本格化し、今の日本や中国、シンガポールのような景観になった都市を見ずして他界しており、モネが生きていたら、どんな作品が生れたか興味があります。

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 アメリカのトランプ大統領が米朝首脳会談にのぞむ前、金正恩氏が真剣かどうか「1分で分かる」、結果が得られそうになければ「会談途中でも退席する」といい、「時間を無駄にしたくない」と発言したことは、欧米のビジネスマンが、よく口にすることです。

 私自身、大きなプロジェクトを抱え、某英国企業の担当者と交渉に入った際、相手は「お互い時間を無駄にしないために、最初にわが社ができることと、できないことをお伝えしておきたい」と切り出しました。事実、その交渉では彼らができることに絞ってプレゼンができ、有意義な時間を過ごせました。

 そんな経験を、トランプ氏の発言を聞いて思い出しました。国際的なディールでは、相手の事業内容や興味が見えないことも多く、そのすれ違いで無駄な時間を過ごすことも少なくありません。当然、相手のことを徹底して調べて交渉に望むのが基本ですが、それでも見えないものは多く、話してみないと分らないこともあります。
 
 「時間を無駄にしない」というのは、生産性という観点から重要なことです。より短い時間に多くの成果を出そうとする場合、時間はお金に相当します。企業は社員に残業させれば、残業代と事務所の電気代などの諸費用が嵩みます。そこでサービス残業を強いるか、効率性を究極まで高めるかの選択肢になるわけです。

 しかし、生産性や効率性を重視する欧米のビジネス文化の背景には、日本人が持つ労働観と決定的な違いがあること気付く人は少ないかもしれません。それは世界一働くことが好きではないフランス人から見ると、その違いがよく分かります。つまり、働くこと自体を最短に押さえ、プライベートを充実させたいという考え方です。

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 日本人の「時間を無駄にしない」意味は、「抱えている仕事はたくさんあるので、時間を無駄にしたくない」、つまり、忙しいので時間は無駄にしない方がいいという考えです。もちろん、欧米人も同じような考えはあります。

 ところがアメリカで「時間を無駄にしたくないから、面会時間は30分」とか言われたのに、面談後は退社して家族や友人たちとバーベキューを楽しむと聞かされると、「はあ?」と思う日本人ビジネスマンを少なくありません。

 もらえる時間が少ないのは相手にとっての優先順位が低いことを意味する場合は当然あったとしても、プライベートを優先するのは論外と考える日本人は少ないないでしょう。トランプ氏が北東アジアの安全保障にも関わる重要な米朝首脳会談に望む時、「時間を無駄にしたくない」と言いながら、早く帰国して、マイヤミの自分のゴルフコースでゴルフに興じていたらどうでしょうか。

 なんでも成果主義のトランプ氏にとっては、たとえばオバマ前政権が北朝鮮に騙され続け、努力が実らなかったことを無駄な時を過ごしたと非難しています。それは成果を生まない交渉に時間だけでなく、莫大な予算も費やした無駄も意味します。

 東洋人の時間感覚は、ポリクロニック(多元的同時並行志向)と言われ、時間管理よりも対人関係重視で対人関係が行動を規制し、約束の時間は流動的です。中国などアジア地域では人間関係構築に飲食などで多大な時間を使い、個人の時間を犠牲にすることも多々あります。

 モノクロニック(一元的単一志向)の欧米に比べ、東洋人は時間は確固たるものではなく、融通がきくもので流動的に捉えられています。それに長期間の人間関係を期待し、時間を掛けるのはそのための投資と捉える考えもあります。

 だからトランプ氏とゴルフをする安倍首相を見て、良好な関係は揺るぎないと思ってしまう。ところがビジネスも外交もそうですが、欧米ではプライベートと仕事は完全に分かれており、仕事では短期間の人間関係が基本で、結果によっては簡単に関係は切れてしまう。

 昔、中曽根首相とレーガン米大統領が「ロン・ヤス」と呼び合う関係だから、日米関係は良好と日本人は思いたがりましたが、国益を抱えた国家の長は、国益の相反が起きれば、そんな人間関係はあっと言う間に変わってします可能性があります。 

 たしかに無駄が豊かさを生むという考えもありますが、時間感覚が欧米とアジアで大きく違っているのも事実です。実際、クリントン政権時代に北朝鮮問題を担当したアメリカの高官の一人は「何度も北朝鮮の裏切りにあい、随分、無駄な時間を過ごした」と回想し、相当恨みに思っているようです。

 時間とお金を費やせば、それなりの代価を得るという合理的志向の裏に時間感覚の文化の違いがあることを理解するのも重要なことです。

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 リスクを恐れていては大きな成功は得られないといいますが、12日の米朝首脳会談後にアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩労働党委員長が署名した共同声明は、金正恩の一人勝ちという見方もありますが、私は金正恩こそ、高いリスクを冒す一歩を踏み出したと見ています。

 理由は北朝鮮がこれまで憎んできたアメリカやアメリカが守る韓国を敵国として失う可能性があるからです。その引き返せない一歩を踏み出した可能性が高いからです。

 共同声明に非核化の日程や方法が明記されていないなど具体性がない一方、北が切望する体制保証や制裁解除、米韓軍事演習の中止を得られそうなことから、大失敗だったと見る見方が強まっています。しかし、北が望むものを得る代わりに、アメリカが敵国でなくなるという視点は見逃されがちです。

 中国共産党は、彼らが唯一、日本支配から中国国民を解放した政党という根拠を協調することで政権を維持してきました。世界中の多くの独裁的政権は、敵を作ることによって求心力を高め、政権への国民の不満が高まると外国と戦争すれば、国民の目は政権から国外に注意が向けられ、求心力を取り戻せるといわれています。

 北朝鮮は昨年まで「アメリカが朝鮮敵視政策と核の脅威を根本的に清算しない限り、核と弾道ミサイルを交渉のテーブルに載せない」とか「ソウルを火の海にする」と言い放っていました。北朝鮮国民は現政権が核武装することで、アメリカの脅威から守ってくれており、それをなせるのは金正恩委員長しかいないと思わせています。

 かりにアメリカとの緊張関係が緩み、アメリカが脅威をもたらす憎い敵国でなくなり、アメリカの仲介で朝鮮戦争の終戦と平和条約が結ばれ、韓国も敵でなくなり、経済的にも豊かになった場合、これまでうまくいかないことをアメリカ、韓国、日本のせいにしてきた金正恩体制は、どうやって求心力を保つのか疑問です。

 唯一考えられるのは、朝鮮半島の統一への関心が薄く、拉致問題のみを主張し続ける日本が、敵国として残る可能性はあります。しかし、北朝鮮があまりにも日本に敵対心を露にすると日本の同盟国であるアメリカも黙っているわけにはいかなくなるでしょう。

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 冷戦が作り出した敵国という考え方や、帝国主義、覇権主義は、21世紀の国際環境の変化の中で根底から変わろうとしている。金正恩もトランプも、その新しい時代の中で誕生した指導者であり、過去に囚われない発想と、経済発展に大きな興味を抱いています。

 トランプ氏は豊富なビジネスディール経験からくる自信の上で、世界で最も孤立した独裁国家の残虐な独裁者を交渉のテーブルにつかせたのも過去にはないことです。

 米朝会談後の米ABCテレビのインタビューで、自分の親族も処刑し、核開発のために国民を飢えさせてきた残虐な指導者を信用できるのかという問いに対して「私に相手を選ぶ余地はない。まずは相手を信じて交渉で結果を出すことに集中したい」と答えたのが、現実主義のビジネスマン大統領らしく、印象的でした。

 トランプ大統領が、どこまで深読みして首脳会談を行ったかは不明ですが、リスクを冒したのはトランプ氏だけでなく、本人の自覚があるかどうかは別として金正恩氏も高いリスクを冒しているように見えます。なぜなら、金正恩も現状に引き返せない領域に踏み込んでいるからです。それに戦争の可能性はいったん遠のきました。

 専門家の中には、2005年の六者会合で仮合意に達した北朝鮮の核廃棄より中身がないという人もいますが、成果主義のトランプ氏が今回の合意を反故にする相手を放置する可能性は低く、本気度は非常に高いといえます。金正恩もそれを見て取ったはずです。国のトップ同士が膝を詰めて話したことは非常に大きいといえます。

 その意味で、冷戦が招いた緊張状態が緩んだとき、北が約束を反故にする行動に出た場合、パンドラの箱が開き、戦争状態に陥る可能性は否定できません。今後のトランプ大統領の交渉手腕に期待するしかありません。
 
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 最近、日本の政府系銀行でグローバルビジネス研修を行い、少々、がっかりしました。日本がODAなどで国際的支援を行うプロジェクトなどを資金面からサポートする仕事を行っているため、他のメガバンクで働く人より、途上国開発とか国際支援という公益性に意識があると期待していたからです。

 実際には、そういう人もいるのでしょうが、就活した結果、メガバンクを全部落ちたので、仕方なく入行したという人の方が多いのが実情で、チャンスを伺い、メガバンクに転職する例もあるそうです。理由はひとえに報酬問題で、政府系ということは準公務員扱いで、待遇は人事院の規定で決まるので、メガバンクに比べれば見劣りするというわけです。

 実は途上国の開発や支援などを学問として体系的に学べる英国や公益性重視を教えるエリート養成校のフランスなどに比べ、日本には高い専門性を持つ教授陣や研究者が非常に少ないのが現実です。最大の原因はキリスト教の背景を持つ欧米諸国の基本的価値観である弱者救済の奉仕精神が日本には乏しいからです。

 無論、今の政教分離が明確なヨーロッパ先進国の英国、フランス、ドイツ、イタリアなどでは、教育分野に直接的にキリスト教が持ち込まれることはないし、表面的にはその影すら感じられません。ところが異文化を深く読み込めば、キリスト教的価値観は暗黙の了解として存在しています。

 たとえば、エリートを養成するフランスの高等教育機関であるグランゼコールの教育プログラムでは公益性を重視する教育を行っている。中でも政治家や官僚を養成するパリ政治学院や国立行政学院(ENA)、日産のゴーン社長のように民間企業のトップとして活躍する人材を輩出するエコール・ポリテクニークなどは、ノブレス・オブリージュ(高貴な者の義務)を教えています。

 知能レベルが高く、経済的にも恵まれた環境に育った人間は、やがてリーダーとなり、より重い社会的義務を負うというノブレス・オブリージュのルーツは「貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない不文律」にあります。日本ではほとんど指摘されませんが、この考え方の背景にはキリスト教が大きく影響しています。

 昨年5月、フランスでは同国史上最年少の39歳でマクロン大統領が就任しました。マクロン氏はパリ政治学院とENAで学び、ENAで最も優秀な成績で卒業した者が進む仏財務省財政監査総局の財政監察官となり、官僚、政界、投資銀行、財務相とキャリアを積んできた人物です。

 実学重視のグランゼコールでは、授業の他に役所や民間企業で長期の研修を行うのが一般的です。私が教鞭をとっていたビジネス系のグランゼコールでは3年間のうち10カ月の企業研修が課されていました。ENAの場合は、地方自治体の役所で研修を受けるのが一般的です。

 そこでも将来のリーダーになっていくエリートたちは徹底して公益性の重要さを学んでいます。ビジネス系のグランゼコールを含め、けっして個人がビリオネアになるための成功物語を中心的に学んでいるわけではありません。

 無論、日本企業も社会貢献など、社会的責任が問われており、企業活動そのものは結果的に社会貢献に繋がっているという意識はあります。しかし、個々人、特に人の上に立つリーダーに公共性、公益性への意識があるかは極めて疑問です。

 公益性重視のリーダーシップは、倫理的行動心理だけに強制はできず、個人に任された側面も大きいだけに、難しい問題ですが、今日本で起きているさまざまな官僚や企業の不祥事の根本に、組織(村)への忠誠心が公共への奉仕精神を上回っている問題があるように思われます。

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 北朝鮮の金正恩労働党委員長との「ディール」に望むアメリカのトランプ大統領は、結果として先の板門店での南北首脳会談で署名された南北共同宣言に盛り込まれた朝鮮戦争の終戦と平和協定の締結を進めることが予想されます。

 これは「ディール」において両者が共有しやすいミッションとしては、十分なものと言えるでしょう。なぜなら、今も維持する朝鮮戦争休戦協定は、国連を代表したアメリカが深く関与してできたことであり、同じアメリカのトランプ氏が過去誰もなし遂げられなかった軍事休戦状態を終わらせることができれば、大きな功績になるからです。

 近年、還流ブームで大挙して韓国に観光に行った日本人は、韓国が戦争状態にあることなど、ほとんど知らないはずです。1953年に署名された休戦協定には「最終的な平和解決が成立するまで朝鮮における戦争行為とあらゆる武力行使の完全な停止を保証する」と書いてあります。

 イデオロギーの対立という冷戦時代の置き土産でも休戦協定は、世界情勢が大きく変わる中、両国が体制の違いを認め、尊重するなら朝鮮戦争の終戦と平和協定の新たな締結は可能とのシナリオです。これは朝鮮半島統一からは一歩後退であり、いったんは統一を断念し、体制の異なる2つの国が平和協定に基づいて存在し続けることを意味します。

 メリットは、軍事休戦状態に費やされている莫大な予算が大幅に軽減され、アメリカや周辺国を含め、軍事的緊張状態の解消に繋がることです。さらに北朝鮮の経済再生も期待されます。しかし、不可侵条約を含む新たな平和条約の中身が、これまでの休戦協定と変わらなければ意味がないし、対立を起こさない保障も必要です。
 
 一方で朝鮮戦争の終戦と平和協定の締結は、朝鮮半島及び東アジアに平和と安定をもたらすという意味では一歩前進であり、さらに北が核武装放棄を受け入れれば、さらに一歩前進ということになります。ただ、朝鮮戦争の終戦は、アメリカのみならず国連の関与が不可欠です。

 問題は、朝鮮半島に住む人々が、移ろいたすい感情に左右される傾向が強いことです。休戦協定も過去何度も協定が破られ、一触即発の危機はありました。韓国内でも感情に左右されて政治が揺れ動き、あっと言う間に世論がま逆の方法に向かうことも多いのが実情です。

 いずれにしても新たな平和協定を締結するにしても、周辺大国及び国連の関与が必要で、今回の米朝2国間会談は、その方向性を決めるにとどまる可能性が高いと見られます。つまり、両国の不信感を最大限払拭し、共通するミッションの実現に向かっていく道筋を確認できたら、大きな成果といえるでしょう。

 ただ、トランプ氏の政治手法は、常に敵味方を明確にし、戦う姿勢を崩さないことです。妥協とか落とし所いうのは、彼のいう「弱虫」のすることという考えもあります。その意味では今回の米朝
会談は、命懸けで望んでいるともいえます。

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 孫子の兵法の諺にもある 「敵を欺くにはまず味方から」 は、アメリカのトランプ大統領にも当てはまるのだろうか。想定外の唐突な言動で知られるトランプ氏は、ティラーソン国務長官、バノン主席戦略官、マクマスター大統領補佐官など、次々に側近を更迭し、政権内部の不和が伝えられています。

 イラン核合意の破棄については、最もトランプ氏が畏敬の念を持っているマティス米国防長官までもが安全保障上の理由で反対した経緯が伝えられ、鉄鋼とアルミニウムに高い輸入関税をかけることに対しても、政権内はけっして一枚岩とは言えない状況です。

 特に関税問題は当初、中国に圧力を加えるためと見られていたのが、同盟国にも特例を認めず、カナダで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)で発表された合意文書(コミュニケ)への承認も撤回し、G7合意を台無しにしました。

 安倍首相が中心となって作成されたといわれる合意文書には、トランプ氏にも配慮した苦渋の跡が見られ、「ルールに基づく国際秩序」、「自由、公平で相互利益になる貿易と投資が、成長と雇用創出の主要原動力」だとし、「関税障壁、非関税障壁の削減に向けて努力する」とありました。

 ところが、その文章にいったん署名したトランプ氏は、北朝鮮の金正恩労働党委員長との会談でシンガポールに向かう機内で、議長国カナダのトルドー首相がG7後の記者会見で「米国関税はいささか無礼だ」「好き勝手な真似はさせない」と語ったことに不快感を示し、承認取り消しを支持しました。

 トランプ氏はG7の時には、自分に対して厳しく問いただすことはせず、自分が去った後に攻撃的な発言をしたとして「非常に不正直で弱虫だ。我々の関税は、カナダが乳製品に270%もかけてることへの反応だ!」とツイートし、諸外国が莫大な関税をアメリカにかけ、貿易不均衡でアメリカは不利益を被っているとの日頃の弁を繰り返しました。

 同盟国がトランプ氏の言動に眉をひそめる中、本当の敵である中国とロシアは10日、両国がが主導する上海協力機構(SCO)の青島での首脳会議で「保護主義政策に対し、協調して取り組む」などとうたった「青島宣言」を採択しました。
 中国の習近平国家主席は、会議終了後の共同記者発表で、米トランプ政権を念頭に「いかなる保護貿易主義にも反対し、透明で開かれた多国間の貿易体制を維持すべきだ」と述べ、ロシアのプーチン大統領はG7がロシアに他国の民主主義を損なう行為をやめるよう求める合意文書をまとめたことに対して、「根拠のない無駄話はやめ、本当の協力のため具体的な問題に取り組むべきだ」と批判しました。

 実はトランプ氏の敵も味方も敵に回しているような言動の背景には、彼を選んだ人々、すなわち、グローバリゼーションの犠牲者といわれる白人労働者層の存在がある。つまり、低い関税のもとに安い製品がアメリカになだれ込み、国内産業を圧迫している一方、中国などにアメリカ企業が生産拠点を移したことで、多くのアメリカ人労働者が職を失った現実があります。

 無論、トランプ氏の経済政策が功を奏するかは別問題ですし、鉄鋼とアルミニウムの輸入関税に対する「安全保障上の理由」は、取ってつけたような印象を与えているのも事実です。しかし、少なくともトランプ大統領が、まじめに働く信仰深く、弱い立場にある労働者層をグローバリゼーションから守ろうとしている印象は与えています。

 皮肉にも、共産党一党独裁の中国やプーチン一強の独裁色の強いロシアが保身のために口にしているのが、アメリカが広めた自由貿易というのもおかしな反応です。自由貿易システムを利用して経済復興を遂げてきた中国、ロシアは、本当は自由市場主義を信じているわけでもなく、さまざまな貿易障壁を作り、透明で開かれているとは到底言えない現実もあります。

 そういった矛盾や偽善が、グローバリゼーションで生じた不具合の是正に乗り出すトランプ氏によってあぶり出されている。それもビジネスマンスタイルのトランプ氏のアプローチは、観念的でもイデオロギー的でもなく、非常に現実的、実用主義的です。

 つまり、G7に集まったアメリカ以外の6カ国の首脳も、青島に集まった中国・ロシア首脳も、こぞって保護主義を批判し、自由市場主義の理念をあたかも信仰の対象のように繰り返し確認している状況が続いています。

 トランプ氏は歴史的見識がなく、政治、外交の素人と批判され、一見、敵も味方も敵に回し、孤立しているかのように見えます。しかし、歴史的見識の結果として何もしないことが得策などという旧来のエスタブリッシュメントへの嫌悪から生れたトランプ氏は、対北朝鮮問題を含め、自体を動かしていることも否定できない事実です。

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ロワール川河畔の港湾都市ナント市に、ナント大学の研究チームが建てたフランス初の3Dプリンターで完成させた住宅

 気候変動もあって世界中で繰り返し起きる津波や地震などの自然災害は、多くの人々の生活を奪っています。特に生活の基礎となる住宅の崩壊は深刻です。さらに、およそ人間が住むにはふさわしくない質素すぎるボロ屋での生活を強いられている貧困に苦しむ人々の数は、恐ろしほど多いのが現状です。

 そこで必要とされているのは、安価で迅速にできる住宅再建の方法です。災害の被災者、紛争後の町の再建には欠かせない。フランス西部ブルターニュ半島の南の付け根にあるナント市の建築研究所は、災害時の仮設住宅や貧困地区の粗末な住宅環境の改善のために、3Dプリンターを活用した住宅建築ロボットを開発し、注目を集めています。

 建設方法は、大型の3Dプリンター・ロボットを設置し、まずは発砲ウレタン(100間絶縁性を保つ特殊ポリマー)で外壁と内壁の型枠を作り、そこにコンクリートを流し込むというもの。フランス国営TVフランス2は、この新たなプロジェクトを紹介しています。

 3Dプリンター・ロボットにプログラムされた設計図通りに機械は黙々と動き、断熱素材やコンクリート材を組み合わせて住宅の躯体は出来上がっていきます。日本に比べ寒冷のヨーロッパで考えられた住宅は、壁は厚く断熱がしっかりしており、日本の薄っぺらなプレハブ住宅の仮設住宅とはまったく違ったしっかりとした家が出来上がります。

 関わる人間の数は、せいぜい3人で、驚くべきことに建設期間は床面積が30坪程度の家なら、2日あれば完成し、人件費がいらない分、建設費用も100万円程度。被災地などの建設要因を派遣する費用も押さえられ、住宅の長期使用も可能。

 無論、台所やバスルームなどの設備、水道の配管、電気工事は必要ですが、住宅の基本構造が3Dプリンターで短期間にできるのは魅力。設備設置もロボットまかせが期待されており、被災地の住宅再建のみならず、普通の住宅の建設での活躍も期待されています。

 組み込まれた設計プログラムで、同じスタイルの家を何軒でも建てることができ、数が増えれば、さらにコストが下がると研究開発チームは見ているそうです。世界中で住宅の建設現場で人手不足が指摘される中、人件費も上昇していることから、将来の新たな住宅建設方法として注目されています。

 建築家にとっても3Dプリンター・ロボットの魅力は魅力です。どんな形でも設計した通りに非常に正確に再現できるからです。直線だけでなく曲線を使った家も、人間の技術的制限がないために容易に建てることができ、建築家のイマジネーションを制約なく具体化できます。

 この建設用3Dロボットに最も注目しているのは人道援助団体で、新しいテクノロジーを利用して被災地などで安価で短期間に大量の住宅建設ができると期待が高まっています。この新たなテクノロジーで建てられた住宅は、世界各所にプロトタイプがすでにあるそうです。さらに公営住宅建設にも活用できるとしています。

 当然、新たなビジネスモデルとしても注目されており、投資が増えれば、さらに進化する可能性はあります。日本の住宅メーカーが工場でパーツを全て作り、現場で組み立てる方法が一般的ですが、そんあ工場もいらないし、組み立てる人材も不要というのは注目に値します。無論、耐震をどうするのかも課題の一つと思いますが。

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