安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 人工知能(AI)は、新型コロナウイルスのパンデミックをどう分析し、どう役立つのか。この危機的状況でAIは確実に膨大なデータと日々刻々と変化する状況から学習しているはず。今は分野を超えた取り組みが必要な時、感染症の専門家だけでなく、公衆衛生、社会リスク、経済リスク、外交など、幅広い専門知識が対応に求められています。

 では、それらをトータルに判断するのは誰かといえば、それは最終的には国の指導者である政治家です。都市の封鎖(ロックダウン)も海外からの入国者を制限するのも、緊急で医療予算を増額するのも、人命と経済活動の間に優先順位を付けるのも、最終的には国家の指導者が決めることです。

 政府にはさまざまな諮問委員会があり、各省庁にも分野ごとの専門知識を持った人材はいますが、意思決定する指導者への提言には限界があります。ある専門家は、大都市のロックダウンに効果がないといい、感染症の専門家は教科書通りの隔離を主張したとしても、現実に隔離された空間でも感染が拡がっているのが現状です。

 フランスでは、パリのロスチルド老人ホームで、国が指針を出す前の2月には、ホーム内の食道などの濃厚接触が考えられる空間を閉鎖し、入居者を自室に隔離し、親族の面会も禁止し、万全の対策をとったのも関わらず、介護士20人を含む80人以上に感染が拡がっています。

 自分の専門分野でさえ、正体不明の新型コロナウイルスに適切に対処できない現実があり、そこに様々な分野の専門知識が必要となると、人間の能力を超えているように見えます。ブラジルのボルソナーロ大統領のように大した危機ではないと考える指導者もいて、本人の危機に対する感性が疑われたりしています。

 そこで期待されるのは、AIの活用です。政治的決断は通常、専門分野の境界を超えたトータルな判断が要求されますが、知識や分析力の乏しい指導者は往々にして信頼できる部下の意見を鵜呑みにしたりします。ところが、その部下も利権とは無縁でなく公正な提言をしているとはいえず、結果的に正しい判断が導き出されない可能性も多々あります。

 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、これまで既存のビジネスモデルを破壊してきたIT業界が、コロナ危機に取り組んでいる現状を紹介しています。「新型コロナ、IT業界の次なる「破壊目標」」と題した記事で、シリコンバレーにテクノロジーを駆使して感染拡大に対抗する機運を伝えています。

 無論、そこでもビジネスチャンスを見出そうとしているのでしょうが、危機回避をもたらすことができれば、IT業界も評価をあげることになります。「シリコンバレーのハイテクエキスパートが新型コロナウイルスとの戦いに動き出した。感染予測モデルの構築から高齢者向けサービス、医療機器製造まであらゆるプロジェクトに取り組んでいる。」とあります。

 まったく未経験な分野への挑戦なので大きな役割を果せるかは未知数ですが、感染動向を予測するモデルを構築し、ネットで公開しているインスタグラムで働いていた人物は、アメリカの感染者数が3月19日までに1万人に達することを予測し、的中させているとしています。

 「グーグルの親会社アルファベットは、人工知能(AI)部門ディープマインドがワクチン探し、ヘルスケア部門ベリリーがウイルス検出にそれぞれ取り組んでいる。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が立ち上げた慈善団体チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブは、検査の拡大に向けてサンフランシスコの病院と協力している」とあります。

 リスクマネジメントにとって、最も重要なことの一つは正確な情報取得です。正体不明の新型コロナウイルスとの戦いでも、武漢に始まり、膨大な治験が積み上がっているはずですが、それを分析し、なんらかの方策を見つけるには至っていません。

 冷静に科学的に分析する姿勢は重要ですが、WSJは懸念も伝えています。2012年米大統領選でバラク・オバマ陣営の最高技術責任者(CTO)だったコンピューターサイエンティストのハーパー・リード氏の意見として「技術者は自分たちを解決策の一部ではなく、解決策そのものだとみなしがちだ」との意見を紹介しています。

 無論、技術は手段であって、それだけで解決策を決めるのは危険です。しかし、より正確な情報に基づいて判断を下すというのも絶対的に必要です。その意味でAIの分析結果は大いに参考になる意見といえるでしょう。今の技術では、たとえば世界情勢から株価の動向を導き出すことはできていません。

 しかし、単純な人間の経験に基づく感だけよりは、膨大なデータから導き出された予測は有効な検討材料を提供しつつあります。いずれにしろ、1人の指導者が判断するには、あまりにも膨大な専門知識が必要なリスクマネジメントでは、AIの存在価値も確実に大きくなると思われます。すでに軍事分野ではシミュレーションなどに活用されています。

 この数年、個人情報の漏洩やフェイクニュース拡散による政治への悪影響など、批判に晒されることの多いIT業界ですが、人類が遭遇したことのない疫病危機に対して、社会貢献ができれば汚名挽回もできると期待されています。

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 新型コロナウイルスの死者数で中国を上回っているイタリアで、72歳の神父が自分の人工呼吸器を若い患者に譲り、今月15日に死亡した訃報がソーシャルメディアなどで広く共有されています。新約聖書のヨハネによる福音書にある「友のために命を投げ出すほど大きい愛はない」を身を持って実践した行動に、イタリアだけでなく、世界中から賛辞が送られています。

 亡くなったジュゼッペ・ベラルデッリ神父は、イタリアで最も感染犠牲者が多い北部ロンバルディア州ベルガモ司教区に属するカスニーゴの町で司祭長を務めていた人物。呼吸器系の疾患を以前から抱える神父は、信者たちが購入してくれた人工呼吸器を所持していた。人工呼吸器が足らない現状に若い患者に使って欲しいと譲った後、ローヴェレの病院で亡くなった。

 最近は神父の信者に対する性的虐待などで、あまりいいイメージがなく、カトリック教会では多くの信者が教会を離れ、教会の建物そのものが売りに出されるほど、ヨーロッパでは衰退しています。今回の新型コロナウイルスのパンデミックでも、カトリック教会は無力と見られ、メディアは宗教的分析を避けています。

 そんな中、キリスト教の最も本質的な教えを身を持って実践した神父の行為は、多くの人々に感動を与えました。実はイタリアでは医療崩壊が進み、特に感染による死者が4,000人を超えるロンバルディア地方では、医師が治る見込みのない重篤患者には人工呼吸器をつけない「選別」が行われていることが報じられています。

 ベルガモの病院では「倫理的問題があることは承知している」と語る医師もいて、今やフランスやスペインなどでも同じ選別は行われています。そんな窮状の中、自ら犠牲を払う道を選んだ神父の行為に対して、ローマ・カトリックのフランシスコ教皇は24日、亡くなった医師や司祭のための祈りを先導し「病める者に尽くすことで英雄的な手本となったことを神に感謝」すると述べています。

 現在のイタリアでは、コロナウイルスの感染で死亡する人々には付き添いもなく、葬儀も行われていません。それだけでなく、イタリア北部では50人以上の神父が亡くなっている。高齢者の多い神父の死亡率は高いのが実情です。

 アメリカの3大ネットワークの一つCBSも訃報を報じ、シカゴのイタリア系の女性の親族が、ベラルデッリ神父にイタリアで世話になった話を紹介している。カトリック・イエズス会のアメリカ人神父ジェイムズ・マーティン司祭はツイッターで「友のために命を投げ出すほど大きい愛はない」という新約聖書のヨハネによる福音書の言葉を引用し、追悼の言葉を送っています。

 神父の死後、柩が外に運び出される時に外出を禁止されている市民が、窓から拍手を送ったことも伝えられました。ベラルデッリ神父を知る人は「とにかく全ての人の声に耳を傾け、助けようとした偉大な人だった」と証言し、47年間神父として務めを果たした最後は「汝、友のために死ねるか」を実践して、生きる手本を見せてくれました。
 
 見返りを一切望まない他者のための犠牲的行為は、今の世の中ではなかなかできることではありませんが、キリスト教の本質的教えを思い起こさせるだけでなく、死の恐怖に怯える多くの人々の心に染み渡る話だといえます。人は今、心に訴え懸ける話を飢えているように見えます。

 フランスでは、専門家の科学者会議が政府に対して、当初の2週間ではなく6週間の外出制限が必要との警戒を出し、政府は従う見通しです。多くの外出できない状況の中、心のケアは大きな課題です。誰も体験したことのない事態に直面し、人が何に価値を置いて生きているかが問われているともいえる状況です。

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 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)によって、世界各国で外出禁止令が出され、日本政府も在宅でのテレワークを推奨しています。欧米諸国はリアクションが早いのですが、日本企業は躊躇する場合が多く、業務がうまく機能しないと心配する企業は少なくありません。

 一つは各自が在宅で仕事をするためのインフラ整備、つまりテレワークを可能にするネットワーク構築や、PC端末支給にコストが掛かるだけでなく、ハッカーなどから情報を守るセキュリティの問題まで心配は尽きません。それに永遠にウイルスが蔓延するとは考えにくいので、働き方の大きな変更はしたくない企業も少なくないでしょう。

 しかし、より本質的課題は、果たして在宅勤務で、職場に集まって協働作業していた時と同じ成果を上げられるかが見えない問題です。特に業務の複雑化でチームワークは、どこの職場でも必要なので、物理的に離れた在宅で、デジタル技術を駆使したとしても、同じパフォーマンスを出せないのではと考える企業は少なくないでしょう。

 某日系大企業のIT部門で働く友人の息子は「この際、一気に社内のデジタル化を進めて生産性を上げればと思うんだけど、経営者側は重い腰を上げようとしない」と、働き方の改革が断行できないのは世代の問題と考える30代以下の社員は多いようです。

 そこで在宅勤務の本格導入の技術面以外の課題を考えると、日本型チームワークと欧米型チームワークの違い、さらにはチームを率いるリーダーの日本での役割の性質に壁があるように思います。これは日本の仕事慣習の批判ではなく、その優れた部分を残しつつも改革すれば、さらに大きなパフォーマンスを発揮できるという話です。

 ハーバードビジネスレビューは「チームのリモートワークを機能させる9つのポイント」を掲載し、在宅勤務でチームリーダーがどうあるべきかの方法論を紹介していますが、最初に「チームの目標と各自の役割を明確にすること」が挙げられています。

 当然のように見えますが、実は欧米型組織は、基本的には様々なスキルを持った個々の集合体で、適材適所で最大限のパフォーマンスを発揮するために設計された精巧な機械がイメージされます。一方、日本型組織では、複数の個が一体化して一つのアイデンティティを共有し、一つの個として動くイメージです。

 日本型組織では、一人一人の役割と責任は明確でなく、相互補完的に足らない部分を補い遭い、その場その時で自発的に自分のすべきことを悟って行動することが個々人に求められます。結果、独立した役割が存在するわけではなく、業務は常に重なり合う部分が多く、ファジーが最適と考えられています。

 となると、まず、在宅勤務のチームを率いるリーダーが、チームの目標を明確化することはできても、役割の明確化は難しいということになります。無論、アメリカの職場でも、自分の職務で行き詰まった時に他のチームメンバーに支援を求めることはありますが、あくまでそれをチームワークの中心に置いているわけではありません。

 日本の企業では、チームの中の自分の役割を悟って積極的に関与する人間、その「悟る」「自発的に行う」ことが評価されます。となるとチーム内の全てのメンバーの進捗を知る必要があるわけですが、欧米型組織では、基本的に自分の役割は明確化しており、他のメンバーが代行することもないので、互いの仕事に対する関心度も低いといえます。

 結果的に在宅でも自分の役割は明確なので、頻繁に横同士のコミュニケーションを取る必要はなく、リーダーは各自の進捗を管理すればいいということになります。無論、日本企業の組織内でも職務によっては、あまりチームメンバー同士のコミュニケーションが必要ない専門職もありますが、有機的に動くことを重視する日本の組織では、テレワークに壁があります。

 現実にはハーバートレビューの指摘している通り「危機の最中には新たな業務がいくつも発生するため、メンバーの多くは各方面から引っ張りだこになるだろう。このような切羽詰まった状況に独力で対応するよう求め、部下をいっそうの重圧に晒すようなことは、やってはならない。プロジェクト間の稼働調整を支援する意思があることを、(リーダーは)はっきり伝えよう」とあります。

 つまり、業務の複雑化、緊急性で一人がいくつものプロジェクトに関わる場合、個々人の信頼関係が構築できにくいリスクもあるので、リーダーは必要とされて一時的に入ってくるメンバーを他のメンバーに丁寧に紹介する必要があると指摘しているわけです。

 さらに仕事だけでなく、メンバー同士のバーチャルの交流も重要だとしています。職場にいれば、昼食を共にする、小休憩で雑談するなどの交流もできますが、在宅では物理的な交流は困難です。それでも定期的にバーチャルで仕事以外の交流を行うとか、ウイルスの問題がなくなれば、定期的にどこかに集まって交流するのも効果的です。

 そこでも日本型組織の考え方では、組織人間としてのアイデンティティ強化が目的になりやすいのですが、それも重要ですが、在宅勤務は個々人の主体性も育てることが期待されます。終身雇用で囲い込み、家族的経営で帰属意識を育て忠誠心だけで仕事をするのは難しい時代です。

 その忠誠心が中心にあった時代でも、個人のモチベーションも向上心も高かったのが、今はそのモチベーションや個人の目標を持つのも難しい時代です。仕事の重圧で疲れ切った上司を見て、昇進したいと思わない若手社員は増える一方という調査報告もあります。

 そんな中、在宅勤務が今後、定着の方向に向かう場合もメリット、デメリットを整理しておく必要があります。問題はチームリーダーが、どれだけメンバーに関心を持つかだと思います。実は同じ職場にいても部下への関心は高いといえない現状があるはずです。離れていればこそ、何倍もの関心が必要になり、それはリーダーシップに非常にいい効果をもたらすはずです。

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 中国武漢を発生源とした新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)は、止まるところを知らない状況です。日本人の感覚なら初動を間違えた中国は、世界に多大な迷惑をかけたことを謝罪すべきと考えますが、中国は逆に感染を押さえ込んだ成功体験を引っさげ「世界に教えてあげたい」と上から目線です。

 もしかしたら、メルケル首相がいうように世界は「第二次世界大戦以来の危機」に直面しているかもしれない事態ということは、中国はなんらかのメッセージを発信すべきです。しかし、日頃から超内向きで一党独裁体制を維持する中国は、世界の人がが共感できるメッセージは発信できていません。

 日本人がグローバル・シーンで異文化の人々と協業してストレスを感じる1つに「謝らない」「いいわけや責任転嫁が多すぎる」というのがあります。たとえば上司に指示された仕事でミスをした場合、「最初から指示内容に無理があった」とか「同僚のB氏のスキルが低いから結果を出せなかった」などといって、謝る気配はありません。

 夫婦の間でも、妻が夫に頼まれて買った物が違っていても「紛らわしい物が多すぎる」と責任転嫁し、間違った物を買ったミスを認めようとしないケースもあります。何か揉め事があると、日本人は内心「ここで誰かが謝れば事が済むのに」と思ったりしますが、普通は誰も謝りません。

 私の調査では、様々なケースで「あなたは相手に謝るか」という質問に対して、最も謝らないと答えたのはアメリカ人、2位は中国人でした。韓国人も上位に位置し、むしろ謝罪文化そのものが存在しないかの様でした。

 むしろ、相手に謝る意味が理解できないという意見の方が多かった。では、なぜ日本人は何でもすぐ謝るのか。異文化を説明する多くの人は謝罪より保身を優先すると指摘しています。

 しかし、私は一歩踏み込んで、日本の村社会、職人文化の徒弟制度、主人に仕える忠誠心、親に対する孝行心、仏教、儒教などが、複合的に重なり合い、世界では稀な謝罪文化が生まれたと考えています。私自身、身近にフランス人の妻や親族がいて、さらにグローバル企業のコンサルをしたり、フランスのビジネススクールで教鞭をとったり、世界中を取材したりする中で、考え続けてきたことです。

 まず、村社会には、その村だけの独特な掟、ルールがあるものです。それは微妙なバランスによって「和」を保っている。もし、ある人が和を崩すようなことをすれば、全体に対して謝罪を要求され、謝罪が許されなければ、村八分になります。その審判は通常、正義を根拠にしていません。

 職人文化は徒弟制度で成り立っています。技を極めるために師匠の家に入り、雑巾駆けしながら師匠の技術を盗み、叱られながら育っていくのが常です。師匠の個人的感情も含んだ叱責はパワハラとは捉えられず、弟子はひたすら下を向いて謝るだけで、謝らなければ追い出されます。

 日本には昔から丁稚奉公の習慣があり、少年が商家に住み込み、小間使いをしながら商家の隅々まで理解し、取引先や顧客に精通し目標は商売を覚え、番頭になることです。主人から評価を受けるために主人の気持ちを悟り、斟酌しながら何でもやる人間にならなければなりません。

 職人の徒弟制度も商家の丁稚も、最初は食べさせてもらい、技や商売の仕方をタダで習うわけですから、感謝は当り前でミスをすれば、主人に謝るのは当然という関係です。この文化は近代化された今の日本でも、形を変えて根強く残っています。

 ビジネススクールの授業で日本企業に残る職人文化の説明で、高学歴者も最初は一兵卒から始まる慣習を紹介したことがあります。それに対してフィンランド人の学生が「能力のある人間を最初から適材適所で使わないのは愚かだ」という意見が帰ってきました。

 徒弟制度にしろ、丁稚奉公にしろ、背景には「人生は修行」という仏教文化も存在しています。一人前にしてもらうために修行させてもらうのだから、師匠も主人もありがたい存在です。寺に入り、修行を重ね、悟りを開くには、一にも二にも忍耐です。叱責も自分を成長させる肥やしと考えます。

 日本では主人に仕える人間がどうあるべきかについては多くの教えと高い規範が存在しますが、主人がどうあるべきは極めて手薄です。なぜなら皆自分の上を見て、村のルールを踏み外さない様に空気を読んで人生を送っているので、横の同僚や部下への意識は薄い傾向があります。誠実さも主人に対する忠誠心あってのことで、周囲全ての人に対する誠実さではありません。

 これらの大元には、親に対する孝の精神があり、親に対して子はどうあるべきかという儒教的規範が存在します。昔は親に刃向かう子は親不孝者といわれ、いかに親に従い、親を困らすことなく、親の気持ちに寄り添い、喜んでもらうかに子供は集中すべきだと教えられました。

 孝の精神は美しいものとして賛美されましたが、今は親や教師を敬う文化は、ほとんど日本では消えている状況です。そのため、会社に入っても、宴会で上司が座るべき上座の席に部下が平気で座って、ため息をつかれることは多発しています。

 しかし、上司に評価されたいという動機もあって、上司に迷惑はかけられないとか、上司の顔色を伺い、上司に喜んでもらおうという考えは今でも存在します。となると上司が不快に思えば、謝るのは当然です。つまり、日本文化に歴史的に深く根ざした様々な要素が複雑に絡まり、謝罪文化が出来上がっるといえそうです。

 外国人初のトヨタ自動車取締役副社長のフランス人のディディエ・ルロワ氏は、就任当初「今後は、上司のためではなく、会社の利益のために働け」という衝撃発言をしました。ヨーロッパで日産に勤務した経験を持つ同氏は日本人を知っており、上司の顔色を見ながら働く日本人に違和感を持っていたことが伺えます。

 そのトヨタの最近の社内アンケートで、管理職になりたい社員が全体の30%しかいないという結果があったそうです。理由は「自分が憧れ、あの人の様になりたいと思う上司が見当たらないから」というものでした。逆にいえば、「あんな人間になりたくない」ということです。これは今の日本企業の抱える問題の核心をついた部下の本音だと思います。

 謝罪文化の説明から外れますが、下が上に対してどうあるべきかは、日本は非常に高い規範を保ってきましたが、上が下に対してどうあるべきは、未だに先が見えていない状況です。私は自分の著書の中で、それを「下僕の精神構造」と呼んでいます。

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 世界中で外出禁止などの非常事態宣言が出されるの中、新型コロナウイルスのパンデミックで在庫がなくなるのはトイレットペーパーだけではないようです。アメリカなど数カ国で自宅でのテレワークに欠かせないノートPCが売り切れる現象が起きており、メーカーや販売店は複雑な状況に陥っています。

 PC需要しては、一つはテレワークの新たな状況に対応するため、多くの企業が社員一人一人に作業を安全に行えるPCを支給する例です。もう一つは子供の自宅学習にPCが必要になる例で、こちらはもともと自宅にあるPCやタブレットを活用できます。

 ところが、この数年、スマホの普及でPCを持たない個人や家族は急増。PCよりもスマホだけという家庭は増えており、自宅学習ならテレビとネットを繋ぐかタブレットでも可能です。ただ、PCが必要なケースもあって、この際、家にPCを1台位は置いておきたいという個人や家庭も増えている。

 ウォールストリートジャーナル(WSJ)は「在宅勤務急増でノートPC売り切れ 米国」というタイトルの記事を掲載、皮肉にも武漢を中心としたウイルス拡大で、多くのPCメーカーが生産を依存する中国でサプライチェーンの寸断が起き、PCの供給ができないという現状を紹介しています。

 「デル・テクノロジーズも供給不足に対処するため代替の供給源を探っており、在宅勤務の増加で注文が増えていると同社に近い人物は述べる」「 レノボ・グループ も、ノートパソコンとヘッドセット、モニターのセットなど、在宅勤務に役立つ機器パッケージの需要が増している」とWSJは指摘。

 一方、「アップルは13日に中華圏を除く世界の直営店を27日まで閉鎖する方針を明らかにした」と供給が追いつかない状況の中、店舗の閉鎖でアップル派も困惑状態。私個人はPCを自分で修理するため、香港に本拠地を置く部品のネット販売会社で2月初めに購入した部品が手元に送られてきたのは1カ月半後でした。

 自宅でのテレワークで、今問題になっているのはセキュリティの問題。個人所有のPCを使う場合、この機を狙ったハッキングなどの犯罪の急増で、大事な会社の情報がテレワークで使用されるPCから盗まれる例が多発し、PCだけでなく、ルーターなども危険に晒されています。

 企業側が支給するPCなら、プロがセッティングしているので安全かというと、その場合でもセキュリティは破られる例が多発しています。とにかく、想定外の状況があまりに早く訪れたため、企業側も万全を期すのが難しい状況というところです。

 この機会に、これまで遅々として進んでいなかったデジタル化への対応を進める企業も出ており、特に遅れているといわれる大企業も仕事の効率化も含め、その分野の予算を増やす傾向も報告されています。コロナ危機が過ぎ去っても、仕事の仕方を根本的に変えようという企業もあります。

 当然、在宅勤務を積極的に導入している企業は、今回のコロナ危機への対応で強みを発揮。日本でも町おこしで地方の町が場所を選ばないIT系企業の誘致を進め、恵まれた子育て環境と大自然を売りに企業誘致に成功している例もあります。広々したオフィスで空気もよく、仕事が続けられているという報告もあります。

 無論、在宅勤務が可能な職種は限られていますが、せっかく普及したネット端末を活用しない手はありません。東日本大震災で孤立した高齢者にタブレットを配り、ネットで日用品購入を可能にした例も。PCはキーボードがあるので高齢者には不向きですが、タップだけで商品を選べるタブレットは操作が簡単で普及しました。

 働き方改革という意味でも旧態依然としたスタイルを捨て、デジタル化を最大限活用するのは時代の流れ。巨大なビルを構えるのが大企業の証という時代は過ぎ去り、最小限のオフィスで利益を最大化する時代に入っているといえそうです。

 そうなればテレワークのメリットである勤務時間に自由度が与えられ、通勤ラッシュは解消し、移動が抑えられることでCO2も削減されることになります。無論、テレワークで指摘される労働時間の長期化、チームワークをどうするか、監視体制など課題はありますが、これは新しいものともいえません。

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 今や人類が経験したことのない地球規模での新型コロナウイルスのパンデミック。ニューヨークもパリもミラノも誰もいないゴーストタウンと化しています。ローマの時代から権力者と文明を証明してきた大都市は、大規模な戦時下で破壊や無人化を何度か経験していますが、戦時以外で高度に発達した大都市から長期に人が消えたのは初めて。

 この現象は、人命と経済活動停止という視点からネガティブに語られることがほとんどですが、中には海の上に浮くヴェニスの水が綺麗になり、水面から水底が見えるようになり、経済活動停止で温室効果ガスが大幅に削減され、2020年は二酸化炭素(CO2)排出量が前年を下回る予想も出ています。

 国際エネルギー機関(IEA)は2月11日、世界で2019年のCO2排出量が前年比横ばいの約333億トンだったと発表しました。横ばいは16年以来3年ぶりです。要因としては代替エネルギーの風力、太陽光発電の普及、石炭から天然ガスへの転換などが指摘されています。

 大工業都市、武漢に始まったコロナウイルスのパンデミックは、中国の大気汚染対策より経済活動優先、アメリカのパリ協定離脱、先進国がなかなか本腰を入れない温室効果ガス対策に業を煮やした過激な環境活動家が、生物テロとして武漢にウイルスをばら蒔いたという説まで飛び出しています。

 世界の経済活動を無理やり停止させ、機能不全に陥れるには最強の方法かもしれません。デジタル革命が起きているとはいえ、まだまだ人との接触なしに経済活動を行うことは困難な状況を考えると、疫病は圧倒的なパワー。今まで当り前だった経済活動を含めた日常は目の前から消え、不安と恐怖だけが拡がっています。

 18世紀中庸から始まった産業革命を支えたのは科学と工業化。多くの人々は農業などの第一次産業を離れ大都市に移動し、何よりもお金に依存するようになり、新興国も同じ運命を辿っています。20世紀の2つの大戦で中断された産業化は戦後、大量生産、大量消費時代を迎える一方、東西冷戦のイデオロギー時代を経験しました。

 冷戦の終結でイデオロギーの時代から経済の時代といわれ、1995年に大統領に就任したフランスのシラク大統領は翌年の新年恒例の世界に送り込む大使の集会で「あなた方の使命は、フランスのセールスマンになることだ」と宣言したのを思い出します。

 冷戦終結から30年、1にも2にも経済に集中し、世界中に多くのビリオネを産みながら、幸福をもたらすのはお金しかないとの妄想が完全に定着した30年でした。経済活動の効率化でグローバル化が進み、人間の生活を効率化する手段でしかなかったお金は、ギリシャの哲学者アリストテレスが予言した通り、目的になってしまいました。

 結果、勝ち組と負け組が色分けされ、グローバル化も壁にぶつかり、今はトランプ米大統領の登場とともに自国第一主義が主流となりつつありますが、脱グローバル化の流れですが、拝金主義に変わりはありません。

 そのもとで国家はCO2を輩出しながら、GDPの押し上げに専念し、その先頭を走るのはアメリカと中国ですが、この数年の気候変動で批判は強まっています。ただ、残念ながら、未だに地球温暖化の危機を警告する多くの活動家が政治イデオロギーと無縁でないため、科学的根拠も信頼されたいない側面もあります。

 いずれにせよ、コロナ・ショックは人命だけでなく、経済活動の停止をもたらし、株価も暴落し、われわれの生活そのものを脅かし、その被害対象に例外はないようです。同時に大都市の空気は澄み渡り、河川の汚染はなくなり、原発施設もフル稼働させる必要がない状況です。

 経済活動を停止せずに人命保護に対処するジレンマは、経済活動を促進しつつ環境を悪化させないというジレンマに似ています。疫病禍が通りすぎるのを待つしかない状況ですが、さらなる悪化や長期化が避けられないことを前提に、経済神話を抜け出す施策を考える時かもしれません。

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 フランスや英国の日系企業に勤める友人の英国人やフランス人たちは、新型コロナウイルスへの会社の対応にイライラしています。理由は、これだけ危機的状況に陥っても従業員ではなく、ビジネス第1、組織第1の姿勢を変えていないことだといいます。無論、日本企業もその国の方針には従いますが、考え方の違いが浮き彫りになっています。

 すでに操業一時停止を決めた日系製造業は多いのですが、理由は移動の制限によるサプライチェーンや輸送の機能不全です。ナショナルスタッフが苛立つので従業員の健康より、ビジネスや組織を先に考えていることです。口の悪い古参の英国人は「さすが、負けると分かっていた戦争を国民を犠牲にしてやらせた日本だな」などといっています。

 無論、誤解もあるので彼らに説明はしていますが、「組織と個人の関係が日本は逆さま」という意見は彼らの中では優勢です。確かに東京電力は東日本大震災で破壊された福島原発施設に、被爆の危険を知りながら、正社員ではなく多数の派遣の作業員を送り込んだことを思い出したりします。

 フランスには命の危険が及ぶ可能性のある仕事は拒否できるという法律があり、拒否しても会社は解雇や降格、減給はできません。人権意識ともいえるもので当然の権利というところでしょう。無論、掟破りはどこの国にもあるので、拒否した社員を冷遇する経営者もいますが、大手はそれはできません。

 最近、フランスの保守系日刊紙、ル・フィガロに掲載された政治哲学者のジャン=ループ・ボナミー氏の論文で「かつて第三世界の一員だった韓国が、今ではフランスよりコロナウイルス対策を適切に行える先進国になった。対応ができていないフランスは途上国に成り下がった」と指摘しています。

 しかし、この指摘に東アジアの研究者から反発する意見も聞かれます。韓国は民族主義を掲げ、人道支援や難民受入れは日本同様、積極的とはいえません。中国同様、韓国は民族主義だから危機に強いかもしれないが尊敬はできないというものです。

 欧米諸国は弱者救済の精神で、移民・難民を大量に受入れ、そのために社会が混乱し、フランスでは政府の外出禁止令に従わないアラブ系移民が少なくないなどの現実もあります。そんな状況も覚悟の上で人道支援してきたヒューマニズムにヨーロッパ人は誇りを持っている面もあります。

 ただ、今回の新型コロナウイルスへの対応を見ると、誇れる人権重視を疑いたくなる側面もあります。すでに死者が中国を上回る4,000人に達したイタリアでは、医療現場が飽和状態に陥り、80歳以上で持病があり、呼吸器疾患に陥った患者より、治る可能性のある患者に優先的に治療を施す選別を行っています。

 フランスでも医者は、治る可能性が低い患者の治療は行うべきではないという医師は少なくなりません。高額な人工呼吸器を使うのは治る可能性がある患者だけというわけです。この話は別に新しい話とはいえません。実は私のフランス人の義父や義母が数年前に他界したときにも同じ理屈を目の前で体験しました。

 ブルターニュに住む、地味でごく普通だった義父や義母への医者の扱いを見て、日本人としては少々ショックを受けました。未だに残る階層社会の名残もあってか「治療を施しても対して長生きできない可能性が高いので、無駄な治療はしない」といわれた時、「そんな」と思いました。

 私自身、パリ郊外の病院に極度のめまいで救急車で搬送されたことがあり、収容しきれないため、私は病院の廊下で点滴を受けていました。何度も点滴の注射針が外れ、大きな声でも出さなければ放置されたままでした。翌朝、詳しい説明もなく帰宅を命じられました。フランス人の親族からは「フランスは野蛮な国だと思っただろう」といわれました。

 その意味ではボナミー氏がいうようにフランスは途上国に成り下がっているといわれても仕方がないのかもしれません。お金があれば、保険は効かないが高度な治療を迅速に受けられるパリのアメリカンホスピタルにいけばいいと外国人たちは考えています。

 日本のように延命のために過剰なまでの治療を施す国は、私の知る限り多くはありません。どの国も国家の医療財政は逼迫し、財政赤字を押し上げています。無駄な治療は行わないというのも合理性がありますが、これが人権やヒューマニズムの国といえるのかとも思います。

 感染者がヨーロッパでも最も多いイタリア北部ロンバルディア州のベルガモを取材した仏公共TVフランス2は「倫理上、正しいかどうかは別として、蘇生(そせい)措置は生存の可能性が高い患者を優先している」という医者の話を紹介しています。倫理などといっていられない状況が伺えますが、パンデミックで建前と現実のギャップは大きいといえます。

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  カンヌ国際映画祭も延期

 フランスで今年5月12日から23日にかけて開催予定だった毎年恒例の第73回カンヌ国際映画祭について、主催者側は新型コロナウイルスのパンデミックを理由に延期を発表しました。17日正午からフランス全土で外出禁止令が出る中、春から始まる様々な文化・スポーツイベントの延期が相次いでいます。

 世界1の1億人に迫る外国人旅行数を誇るフランスは、国際規模の文化・スポーツイベント大国でもあり、国の観光戦略の大きな柱です。そのため経済的ダメージも計り知れず、すでにテニスの世界4大大会の1つであるローランギャロス(全仏オープン)も、今年は5月から9月に開催が変更されました。

 毎年5月に重なるカンヌ映画祭と全仏オープンは、観光の目玉で富裕層の注目度も高いことで知られています。さらに毎年7月開催の自転車の国際ロードレース、ツールド・ド・フランスも国際自転車競技連合(UCI)が3月18日に、ロードレース国際大会を4月末まで開催しないことを発表、全ての自転車ロードレースの日程は大幅に秋にずれ込む見通しです。

 さらには、サッカーの欧州選手権(EURO)の1年間延期が決まったことで、サポーターを含む観客が大移動するサッカー・イベントもなくなりました。また、ルーヴル美術館など多くの美術館、博物館が閉館しており、欧州連合(EU)は域外からの入域者を遮断する措置を取ったため、そもそも外国人旅行者は来れなくなっています。

 フランスはGDPに占める観光業の割合は、世界5位で7%超、世界1位のスペインの11%超よりは少ないものの、文化・スポーツイベントの次々の延期や中止が与える影響は深刻といわざるを得ません。逆にいえば、毎年、非常に規模の大きい国際イベントをいくつもこなしてきているわけです。

 当然、それらのイベントを支える宿泊施設、交通機関、道路インフラ、レストランなどが受け皿として整備されているということです。そういえば、5月前半に行われる予定の国際的自動車レースの最高峰F1もオランダ、スペインが中止され、5月末のモナコ開催も延期になりました。

 なんと、そのモナコではアルベール2世公が新型コロナウイルスに感染したことが公表されました。今やイタリアでの感染死者数が中国を抜く勢いのヨーロッパでは、メルケル独首相が「第二次世界大戦以来の危機」といい、マクロン仏大統領やジョンソン英首相が「戦争だ」という深刻な状況に陥っています。

 フランス人のブレグジットのEU側主席補佐官まで感染が認められ、交渉チーム全員が自宅待機状態で、今年末まで合意をめざす様々な英国との交渉に影響を与えそうです。今、ヨーロッパかっッ国が恐れていることは、イタリアの様な医療崩壊が起きることです。

 本来、文化・スポーツイベントは、人生を豊かにし、勇気づけてくれるものです。それができない状況が長期化することは、経済だけでなく、精神にも悪影響を与えそうです。 

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 WSJ「サンダース氏を卒業する若い有権者」より PHOTO: SID HASTINGS/SHUTTERSTOCK

 アメリカの大統領選に向けた民主党の指名争いは、スーパーチューズデイを境に当初、優勢だった急進左派のバーニー・サンダース候補が連敗を重ね、穏健派のジョー・バイデン前副大統領が候補指名を獲得する可能性が限りなく高まっています。米メディアの中にサンダース氏に撤退を施す論調も出始めているほどです。

 17日には大票田の南部フロリダ州など3州で予備選が行われ、穏健派のバイデン前副大統領がフロリダ、イリノイ、アリゾナ州で勝利を確実にし、候補者指名獲得は目の前だと勝利を確信しているようです。

 サンダース候補の敗因の一つは、圧倒的支持を受けていた若者層が減っていることです。ウォールストリートジャーナル(WSJ)は「サンダース氏を卒業する若い有権者」と題して、2016年の大統領選の時より、30歳未満のサンダース支持層の割合が今回は減っていることを指摘しています。

 サンダース氏の主張する民主社会主義の中身を見ると、内政では富裕者税新設、中間、低所得者層向け住宅建設の支援、家賃統制、最低賃金引上げ、公立カレッジ授業料の無償化など、弱者寄りの社会主義的政策が目白押しです。特に医療保険改革「オバマケア」を国民皆保険にすることを公約に掲げています。

 これらは欧州が1970年代から取り組んできた社会主義による福祉理想国家に類似するもので、英国では労働党が「揺り籠から墓場まで」、仏独も民主社会主義は宗教のように信奉され、弱者救済の社会政策に多額な財政支出を行い、結果は巨額な赤字財政に陥り、今は完全に下火です。

 民主社会主義下の欧州では、人々は政府から支援を受け取ることに慣れ、巨額の支出で財政が逼迫する政府は緊縮に切り替えようとしても、フランスの黄色いベスト運動に象徴されるように一度握った既得権益は何がなんでも手放さないと抵抗を繰り返しています。

 そもそもサンダース氏が主張する民主社会主義は、国の経済が常に成長している前提でしか成りたたず、その成長を支える企業や富裕層を縛れば、財政難に陥るのは明白です。かつて階層社会でクラスが固定化していた欧州もIT革命で階層社会は崩れ、誰もが成功できる環境が整いつつあります。人を弱者に固定化しがちな社会主義は夢を与えません。

 そもそも英国が欧州連合(EU)を離脱したのも、その欧州大陸に拡がった古くさい民主社会主義を嫌ってのことでした。私は民主社会主義を信奉するミッテラン左派政権時代からフランスに住み、いかに国家に管理された社会が不自由なものかを身を持って経験しました。

 このところの行き過ぎたグローバル化による格差拡大で、ナショナリズムを前提としたポピュリズムが台頭しています。実はサンダースも「アメリカ・ファースト」のスタンスはトランプ氏と変わりません。しかし、学生ローンに苦しみ、将来に不安を抱えるアメリカの若者も、いつかは中間層以上になりたいと思っており、そうなればサンダース氏の主張は魅力に欠けるでしょう。

 そもそも誰もが成功できるアメリカン・ドリームの国で、個人の自由の保障を国是とするアメリカに社会主義は似合いません。富裕層は主体的に人道支援活動を行うのがアメリカの伝統であり、むりやり金を政府が取り上げて再分配するようなことをすれば、旧ソ連や中国の二の舞です。

 新型コロナウイルスでトランプ氏も対処を間違えば、一挙に支持を失う可能性もあり、大統領選は疫病問題に大きく揺さぶられています。サンダース氏ではトランプに勝てないと思っている民主党にとっては、バイデン氏優勢は朗報かもしれませんが、選挙当日まで予想ができない状況が続きそうです。

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 経済活動は人の心理を読み込むことにあると、よくいわれますが、先進国、途上国を問わず、新型コロナウイルス蔓延の緊急事態に生活の危機を感じ、トイレットペーパーやアルコール消毒液、果ては頭痛の痛み止めまで買いだめしようとスーパーに殺到する現象が起きています。

 店頭からトイレットペーパーやマスクが消えているのを見て「なんでそんなに買い占めるのか」と呆れながらも、自分も備えあれば憂いなしとばかりに、いつもは一つしか買わない物を3つは買ってしまう否定しがたい心理が働いてしまいます。結果、店頭から姿を消す商品が続出しています。

 これを経済用語で「合成の誤謬」と説明する専門家は少なくありません。一般的な説明は「ミクロの視点では合理的な行動であっても、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも好ましくない結果が生じてしまう」ということです。

 トイレットペーパーがなくなるかもしれない危機感から買いだめに走るのは個人として合理的自己防衛手段として適切な行動です。しかし、結果として皆が同じことをするので、店頭からトイレットペーパが消え、危機感はさらに強まり、悪いサイクルに入ってしまう。

 実は今の健康危機に対する対策でもミクロ的には正しくともマクロ的には間違ってしまう(誤謬)ことも考えられます。ミクロ対策では、ウイルス感染拡大が生じた原因である海外からの入国を制限するとか、クラスターが起きやすい集会の禁止、自宅待機などなど、専門家の意見に従えば「隔離」がキーワードです。

 ところが、マクロとしては日頃、人間は接触が日常化し、経済活動だけでなく、人間関係を良好に保つために濃厚接触は是とされています。それを全て断ち切れば、経済は停止し弱小ビジネスは経営が行き詰まり、日常生活も危機に陥ります。戦時下で物が不足する時と同じ恐怖が拡がり、パニックを引き起こし、セキュリティ対策は逆効果を生む可能性もあります。

 東日本大震災では生き残ることができたのに、受けた被害の大きさに絶望し、自殺する牧畜経営者がいました。今回もウイルスに感染していないにも関わらず、経営に生き詰まり、自殺者が出る恐れもあります。それもパンデミックの犠牲者というかもしれません。

 つまり、専門家はあくまでミクロの視点でしか見れません。セキュリティ対策の目的は、単に個別のリスクを抑え、排除するだけでなく、全体を元の健全な日常も戻すことです。無論、疫病対策は専門家の意見が重視されて当然ですが、犠牲者を最小限に抑える一方で、さらなる社会的、国家的なカタストロフィーが起きないようにするマクロ、ここでは政治判断が必要です。

 専門家の弱みは、ミクロ的視点に陥り易いことです。逆に政治家はマクロ的視点に陥りやすく、個々の問題へのきめ細かな対策は苦手です。外出禁止、学校休校などマクロ的決定は得意ですが、そこで起きる個々の不都合と混乱のマイナス面に対する感性が希薄なのも特徴です。

 今、世界中に溢れる新型コロナウイルスの情報は過去にない量です。ところが結果的に多くの人が感染病に対する正しい知識を持てたかというと、むしろ「分らないことが分かった」ということだと思います。つまり、不安はいっこうに収まらず、政府の打ち出す対策にも不信感が拡がっています。

 もう一つ、このような状況で見られるのは集団心理です。「皆が買いだめに走っているのだから、彼らの行動は正しいはず、よくは分らないけど、買いだめしておこう」という心理です。これも世界中同じです。パニックを引き起こす典型的な人間心理です。

 われわれは、全てのことについて個人の見識だけで判断することは不可能です。特にデジタル革命で複雑化するビジネス界も日常生活も、便利とリスクが表裏一体となって、われわれに押し寄せています。グローバリズムで世界が一つになると思いきや、個人や集団、国家のとんでもない欲望と野心が行き交うことで、リスクは限りなく増大しました。

 結果的に政府は国を守ることに注力し、個人も無力ながら自分を守ることに必死な状態です。口では協調が重要といいながらも不信感も強まっています。無論、最大の敵はエゴイズムであり、その発展型の地域主義、血族主義、民族主義、国家主義です。

 本来は個人も集団も互いに人のために生きる精神が中心にあれば、リスクを心配することはないはずです。子供や高齢者、病人など弱者の世話する保育士や看護師が、集団感染の可能性が高いライブハウスに行く行為も弱者を扱う仕事の従事者としては考えものです。

 世界中に同じようなことが起きているのは残念なことですが、驚くべきは日本で、会社側が社員に向かって「感染すれば首だ」と脅す現象があることです。人あっての企業という考えの不在には背筋が寒くなります。経営者に会ってはいけない自己保身のエゴイズムです。

 あまり報道されていないようですが、日本にも似たような法律があるかどうかは分かりませんが、フランスには命の危険があると判断された場合、正当な理由として被雇用者は仕事を拒否できる法律があります。雇用者がこれに対して減給や降格、解雇することは禁じられています。

 東日本大震災で福島の原発事故が発生した時、エールフランスのパイロットとCAは、日本本土への着陸を拒否しました。それは働く者の正当な権利です。今回のような危機的状況では日本は今のところ感染封じ込めに成功しているように見えますが、世界中で国民性や価値観の違いが表面化しています。

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 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は16日、新型ウイルスのパンデミックに対して、EU域外からの不要不急の理由なしの入域を30日間禁じる方針を明らかにしました。印象としては遅きに失した感が強く、安全保障に対するEUの指導力が問われる形となりました。

 実際に入域制限を実施した場合、「渡航制限はまず30日間実施し、必要に応じて延長する可能性がある」とフォンデアライエン氏は述べています。範囲は人の移動の自由を保障するシェンゲン協定加盟26か国に加え、非加盟国のアイルランド、さらにはEU非加盟国のスイス、アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタインにも要請する方針です。ただし、EU離脱の英国市民は対象に含まないとしています。

 しかし、中国武漢以上のスピードで感染者及び死者が拡大している欧州は、すでに全土の封鎖を行っているイタリアを初め、加盟各国が世界保健機関(WHO)のパンデミック宣言を受け、本腰で対策に乗り出していますが、急増現象は止まる気配がありません。

 3月初旬のヨーロッパは驚くほど危機感がなく、中国からの大量の観光客を受けいているにも関わらず、私の耳には「あれは東洋人にしか感染しないのではないか」というとんでもない驕りの発言が聞かれました。マスクはもとより、手洗いする習慣すらないヨーロッパ人は、たかをくくっていたのが現状です。

 春節でたとえばフランスにいる60万から70万人の華僑は、中国と行き来し、中国人の個人の旅行客の入国も放置されていました。イタリア北部で爆発的な感染拡大が確認された時期にもフランスではリヨンでサッカーの試合が行われ、イタリアから数千人のサポーターがやってきました。

 最も早く対策案を打ち出したのは英国ですが、すでにEUではありません。日本同様の島国なので水際対策も容易です。無論、英国はヨーロッパの大国の中では1,000人あたりの病床数も医師の数も最も低いので、重篤患者が急増した場合、対応に問題が出てくる可能性はあります。

 イタリアの致死率が中国を上回っている理由の一つは、ヨーロッパでは日本に次いで高齢化率が高いことです。1,000人当たりの医師の数は欧州内では4人と平均以上ですが、病床数はフランスの半分の3.3床です。日本の13.1床とは比較になりません。

 私の個人的経験からも病気になっても、ヨーロッパではなかなか入院はさせてくれません。高齢者でも高度な医療機器が必要でない限り、自宅にいるしかありません。医療費が無料の国は多いのですが、近所のクリニックの主治医から、大規模病院に辿り着くのは大変です。血液検査も頻繁にはせず、CTやMRI検査を受けるのは何カ月待ちです。

 高齢化が進むヨーロッパでは、高齢者の重篤化が特徴の新型コロナウイルスの場合、医療崩壊する可能性は非常に高いといえます。特にピークを過ぎたといわれる中国で猛威を振るった新型コロナウイルスはヨーロッパで変異したとの見方もあり、感染力が強くなっているというのも心配です。

 経済優先でヨーロッパの統合・拡大を進めてきたEUは、経済効率を最優先し、特に人と物の移動の自由の保障は、単一通貨導入と並ぶ柱です。物流の効率化で経済は活性化し、大きな成果を上げていますが、危機に際して国防の要となる国境が管理されない状況は大きなリスクです。

 アメリカの様な合衆国であれば、大統領がヨーロッパからの入国を国家として禁止することは政策として可能ですが、ヨーロッパは加盟各国の合意でしか物事を動かすことができない仕組みです。過去には2015年にフランスで起きた同時テロなどでテロリストが一旦域内に入ってくれば、移動は自由なことが問題になりました。

 今回も人の移動を止められなかったことが感染拡大を阻止できなかった原因の一つです。加盟国間の国境封鎖より先に、とにかく域内への外国入域者を遮断するのが疫病対策のプロトコルとしては先だったにも関わらず、欧州委員会はアクションを起しませんでした。

 その意味で、いずれフォンデアライエン欧州委員長の指導力が問われることになるかもしれません。それも彼女はドイツの国防大臣経験者です。各国首脳以上にEUの中心部で危機感を持つべきだったという批判も出ています。


 
 

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    スイス・ジュネーブにあるWHO本部

 フランスのマクロン大統領は緊急のテレビ演説を行い「われわれは、科学に対する信頼性をもとに適切な措置をとる」と国民の前で語りました。それもフランスには世界に誇る細菌学やワクチン開発で知られるパスツール研究所があり、優秀な専門家を配しているので安心だといわんばかりでした。

 確かにユネスコの記憶遺産に登録され、世界中の感染病学者と連携するパスツール研究所の存在は大きいといえるでしょう。それに私自身、科学を軽視するつもりはまったくありません。

 しかし、現実にはフランスの新型コロナウイルスの感染者は15日時点で5,000人を超え、死者127人に達した。急増し、14日にはフィリップ仏首相が薬局と生活必需品を扱う店舗を除く、レストランや店舗、劇場などで全て休業する措置を期限を定めず発令しました。

 中国を除き、世界最多の感染者を出しているイタリアでは、コンテ首相が今月9日に中国でも実施されなかった国全土の封鎖に踏み切ったにも関わらず、5日には感染者が24,747人、死者数1,809人と増加し続けています。専門家の間では死者数が多いのは医療体制の崩壊で治療が追いついていないことが指摘されています。

 事実はイタリアは緊縮財政で医療費が極端に削減され、国民1,000人辺りの医者と病少数がドイツやフランスの半分しかありません。その意味では実は英国も病床数が少なく、感染拡大すれば医療崩壊の可能性は否定できません。

 イタリアに次いで感染者が多いスペインでは、新規感染者が13日から14日の間に1,500人超増加し、感染者数は計8,000人に達し、サンチェス首相は非常事態宣言を発令し、全土で人の移動を制限し、仕事や病院の受診、食料品の買い出し以外の外出を禁止する措置に踏み切りました。

 一方、15日に感染者数が6,000人に近づいたドイツでは死者は13人と少ないのですが、同国のメルケル首相は「このまま放置すれば国民の60から70%に感染拡大する可能性がある」と発言し、政界から不安を煽ると非難を浴びました。そのドイツも16日より、ほとんどの連邦州が学校と保育所を閉鎖することを決定しました。

 英国では15日時点で、感染者数は1,391人、死者は35人と多少少ないのですが、英政府は今月2日、感染拡大を阻止する厳格で厳しい対策計画を発表しており「科学的根拠に基づき、政府があらゆる合理的な措置を講じ、変化する状況に迅速に対応できるようにする」として、政府に意思決定権限を与える新法の成立を急ぎ、警察で補えない活動を軍に委託する措置を表明しています。

 その他、デンマーク、オランダ、チェコ、オーストリアなどで次々と外国人の入国制限などの措置が取られていますが、とにかく、欧州連合(EU)にはアイルランドを除く26カ国が参加している「人と物の移動の自由」を保障するシェンゲン協定があり、国境検問が廃止されているため、自国を守るのは不可能に近い状況です。

 まるでシリアやイラクの戦場から帰国するヨーロッパ国籍のテロリストがEU域内を自由に行き来し、脅威を与えた時を思い出させる状況です。

 EU諸国の首脳が14日に次々に対策を発表した背景には、前日に世界保健機関(WHO)テドロス事務局長が「欧州が今や、パンデミックの震源地となった」と述べたことが明らかに影響しています。同事務局長は「中国で感染拡大のペースが最悪だった時期以上に、今の欧州は1日ごとに感染者が増加している」と危機感を表明した。

 私は個人的には、中国が初動を誤ったことが原因であり、パンデミックに繋がったのは、自国エチオピアで多額の公共投資を行う中国にテドロス氏が異常なまで忖度し、結果、WHOはパンデミック宣言を中国での感染が終息に向かった時点まで行わなかったことにあると推測しています。

 テドロスが今になって欧州に震源地が移ったとか、途上国への拡大を懸念するといっている背景に、非常に政治的影が見え隠れしています。中国は初動の遅れの批判をかわす意味もあり、自分たちが克服したので、その勝利を世界は相続すべきと主張し、すでにイタリアに中国の医療チームを送り込んでいます。

 社会主義の一党独裁体制がいかにリスクに強いかを示す千載一隅のチャンスというわけですが、国内からは初動の遅れによる犠牲者拡大の責任を棚に上げる習近平ら政府首脳部の姿勢に批判の声があがっています。

 WHOに中国が手が伸びている現実は、ヨーロッパでは知られていません。そこは世界有数の医療専門家の集まりという認識しかありません。それに私の経験では欧米人は日本人以上に科学を信奉しています。アメリカでトランプ大統領が国民に祈りを捧げるよう呼び掛けたことにも否定的で、宗教を持ち出すのは愚かといっています。

 しかし、もっと早く濃厚接触を禁止し、シェンゲン域内の国境封鎖ではなく、EU域外からの入国制限を迅速に行い、人の多く集る場所を閉鎖していれば、ここまで急速に死者を増さなかった可能性は十分考えられます。初動の遅れたは、WHOのパンデミック宣言の遅れにあると私は見ています。

 実はグローバル・リスクマネジメントの重要項目の中に、リスクを察知する感性を日々、磨いておくというのがあります。そういうと今回の様な危機は際しては法的根拠がないと政府が権力行使できないとい意見もあるでしょう。しかし、政府が有事と判断すれば、大統領や首相の決断で大胆な措置をとるのは可能です。

 日本と違い、海外の軍事紛争に関与してきたヨーロッパ諸国は、国防への意識は非常に高く、有事への備えははるかに整備されています。フランスの医療体制を根底から危機対応に変更するホワイトプランも健康危機を有事と同じレベルで考えているからです。

 結局、WHOの公式見解を対策行使の理由にすれば、野党も国民も黙るという役人的発想が見え隠れします。そのWHOに政治の陰があれば、国家は危機に晒されます。EUは中国と違い、各国の主権が存在すると同時に統合・拡大を進めた結果、連合の政策と主権の葛藤があります。民主主義の弱点でもあり、実際、イラク戦争ではEUの統一した行動は取れませんでした。

 意思決定が煩雑だということでいえば、一党独裁の社会主義体制の方が有利に見えますが、言論の自由は封殺され、人権も踏みにじられる可能性があります。それに中央政府が判断を間違えれば国家が危機に晒されるリスクもあります。

 一見、有事に強そうな社会主義体制ですが、東西冷戦の勝者は自由主義陣営でした。問題は国連を含め、国際機関が政治に左右される現実が実際にあり、世界を危険に晒していることです。ユネスコで南京虐殺が歴史来記憶遺産になったのも同じことです。

 それに日本人には知られていませんが、重篤化した患者の治療体制でいえば、ヨーロッパは遅れています。簡単に高度な治療を受けることは日常でもありません。それが死者数を増やしている原因の一つとも考えられます。

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 Windowsを開発したマイクロソフトの生みの親、ビル・ゲイツ氏が3月13日、取締役会から正式に退きました。2008年にはマイクロソフトの一線を退き、会長職に就き、妻のメリンダとともに立ち上げたビル&メリンダ・ゲイツ財団の慈善活動に専念し、 14年には会長職も辞任し、新任のサティア・ナデラCEOの技術アドバイザーとしてサポートしていました。

 ゲイツは1995年以降、世界長者番付で合計18回も世界1位となった前例のない成功したビジネスマンです。17年以降はアマゾン創業者であるジェフ・ベゾスに1位の座を抜かれましたが、依然2位に付けています。19年4月時点のゲイツの資産額は1006億ドルとされています。

 その巨額の資産を活用するビル&メリンダ・ゲイツ財団を通じ、エイズ研究へ多額の支援を初め、最近ではアメリカの権威ある医学問題誌「ニューイングランド・ジャーナルオブ・メディシン」電子版に「新型コロナウイルスは今世紀最悪のパンデミックか?」という論文を掲載したりしています。

 そこで、今回の新型コロナウイルスの感染拡大について、ゲイツ氏は致死率が1%前後というのは、1957年の季節性インフルエンザのパンデミックの致死率0.6%を上回り、1918年のスペイン風邪に迫る危険性を持っていると分析し、間接的に事態を甘く見るトランプ政権に警告しています。

 アメリカの多くの富裕層が慈善事業に熱心なことは知られていますが、ゲイツ氏はその先頭を走っているといえます。大富豪のウォーレン・バフェット氏とともに立ち上げたギビング・プレッジという団体を通し、大富豪たちに「資産の半分を寄付」するよう呼び掛ける運動も順調です。

 ゲイツ氏は、その意味でビジネスで成功しただけでなく、世界的な慈善活動は現在進行形です。無論、ビジネスでの偉業がベースにある話ですが、彼が確立した成功モデルは、いうまでもなくプラットフォームビジネスの先がけだったということです。

 誰もがどんな場合にも必要とする基盤を提供する、それも世界が長期にわたって必要とする物を時代に則して進化させて、そのシェアを絶対的にしてきたのが、PCのOSであるWindowsです。スティーブ・ジョブズのアップルのOSと並び称されますが、Windouwsは、より需要が見込まれるビジネス界で圧倒的シェアを獲得してきました。

 個人的にいえば、Windowsの歴史はとてもアメリカらしいアプローチで賞賛とはいえません。というのも85年に登場したWindows、90年のWindows3.0、さらに改良を重ねた95年、その後の98、ネット時代に対応した2000と続く全OSと付き合った私としては、消費者として多額を費やす羽目になったからです。

 アメリカらしいというのは日本だったら市場に流す製品として、あまりにも未完成なのに、行け行けドンドンでチャンスを逃すまいと次々に新しいOSを市場投入し、不具合は消費者からのフィードバックで修正すればいいというアプローチは、アップルとも似ています。他の選択肢のない強みでユーザーはOSだけでなく、ソフトや周辺機器の入れ換えまで強要されました。

 それはともかく、プラットフォームビジネスはその後、ファイスブックなど単なる基幹技術の分野を離れ、サービス分野に拡がり、19世紀の産業革命に次ぐデジタル革命、コミュニケーション革命をもたらし、自動車業界に影響を与えています。ゲイツ氏の偉業はそこにあるといえそうです。

 そこで同じことを日本に当てはめて考えた場合、日本は工業機械や家電製品の基盤技術は持っているので、サムスンが高度なスマホを作っても、中身には多くの日本の技術が入っているという状況はありました。しかし、産業革命を引き起こす様な技術革新はもたらしていません。

 プラットフォームビジネスを制する者が世界を制すという意味では、残念ながら日本は勝者にはなり得ていません。人々の生活を根底から変える技術やサービスの提供という意味では、個々の技術では優れた物はありますが、日本は世界的成功を収めてはいません。

 その理由の一つが、「こういう物やサービスがあれば、もっと楽しいし、可能性が拡がり、人々が幸せになれるよね」という考えが、アメリカ人ほど強くないからです。単に利便性を追求するだけでなく、そこから生まれる豊かさ、クリエイティブなものがあるかどうかです。

 普遍化という視点もあります。アメリカ人が考える「誰もが」というのは、人種や宗教を超えた普遍的な人間を指しているからです。それは自国の中が多人種、多文化だからということもいえます。その普遍性が、尽きないアイディアを生み出し、ビジネスとして成功する要素になっているといえそうです。



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 相手に非難されていると感じさせないコミュニケーションスタイルの改善方法に、「私言葉」で喋るというのがあります。

 たとえば、部下に残業してほしい時に「明日の朝までに提出しなきゃいけない書類があるから、(あなた)残ってやってくれる?」というと言外に圧力が加わるので「私はあなたが残ってやってくれると本当に助かる(嬉しい)んだが」といい換えたりします。

 英語やフランス語では、私という主体が重視される西洋文明が背景にあるため、会話でも「I」とか「Je」という主語なしにフレーズを組み立てることができません。ところが共同体への帰属意識が強い日本では、むしろ「私」という主語は省かれ、代わりにいつも言外に「われわれ」があります。

 たとえば、共同作業が必要な場面でも上司が部下に「じゃ、この作業をわれわれ皆で協力してやりましょう」と日本でいうところを、欧米だと「私は皆さんに協力しながらこの作業をやってほしい」と誰が誰に何を望んでいるかを明確にする必要があります。

 欧米社会には、日本のような前提となる共同体意識が薄く、逆に自分の意思や感情が重視するので、チームワークも個人個人のモチベーションや選択の自由が重視されます。結果的に頼み方も違ってくるわけです。異文化間コミュニケーションでは、伝わること事態が難しいので自分の意図を伝えるための工夫が必要です。

 しかし、これは異文化間だけではありません。同質文化に生きる日本社会でも、伝えることは簡単ではありません。ここでいう意図や自分の感情を率直に伝えることは日本人には不慣れです。

 ミスを繰り返す部下に対して「どうして(あなたは)ミスを繰り返すのか」というのと「私の説明が十分じゃなかったようだ。一緒にやってみよう」では、相手に伝わる印象は大きく変わります。私言葉への言い換えで自分の感情も含める演習は、研修などで実施してみても受講生が苦戦するところです。

 しかし、逆の話もあります。最近、トヨタ自動車の春の労使交渉の場面がYouTubeで公開されています。その中で豊田章男社長が中間管理職に対して「I」ではなく「You」を主語にして話すことの重要性を強調しています。私言葉とはまったく逆のように見えますが、相手を大事にするという意味では同じだといえます。

 豊田社長は特に関連企業(といっても下請け)に対して、トヨタの中間管理職は「I」を主語に自分の都合だけをパートナー企業に伝え、一方的に関係者を呼びつけていることを指摘し、もっと「You」言葉を使い、相手を尊重し相手の都合に関心を払う姿勢が必要だといっています。

 ここには両者の上下関係の意識があることも想像できます。「明日は2時から30分ほど”私は”時間があるので」という言外に相手が打合せに来るのが当然という考え方があります。それを「明日の”あなたの”都合はどうですか?こちらから出向いてもいいのですが」というべきだというわけです。

 縦社会の日本では年上なのか年下なのか、地位が上なのか下なのか、力の上下関係に非常に敏感です。それが上の者が下の者から敬意を払われた状態なら、まだいいのですが、形だけの権威主義に陥ると下の者は本音を話そうとはしません。嘘の報告をするかもしれません。

 公開されているトヨタタイムズの中で編集長に起用されている俳優の香川照之氏とのインタビューで、豊田氏は「私の仕事はいかに部下から本当のことを聞き出すかです」といっています。「部下は自分に都合の悪いことは話さないし、本当のことはなかなかいわない」というわけです。

 日本人は長い間、自分の本音は隠し、建前で生きるように訓練されてきました。幼稚園から集団生活のルールを教えられ、和が全てなので和を乱す個人の意見や本音は抑えるように訓練され、さらには権威ある者に従順であることが強調されてきました。

 アメリカのように正直であることは日本では軽視されがちです。本音は偉くなってからしか話すべきではないという考え方もあります。その意味で改めてあなたの本音は?と聞かれて当惑する日本人は少なくないでしょう。

 豊田社長のいう「You」を主語にする考えは、「自分の目の前にいる人への無関心」をどう変えるかという観点で話されたことです。相手に対して自分の都合だけをいうのは相手への無関心であり、敬意がないということです。私はこのブログで今年は「一人一人の尊厳」がキーワードになると書きました。これは私の願望かもしれません。

 一方、「I」を主語にする目的も相手との共感を得るためです。「私もあなたがいったのと同じような経験をして苦労したので、本当に(私も)理解できます」と共感するのが目的です。これも相手への敬意と関心がなければできないことです。

 「あなた言葉」と「私言葉」は同じ目的のためにあり、それを時と場所によって使い分ける必要があります。どちらも目的は本音を分かち合い、人間の距離感を縮め、信頼感を得ることにあります。無論、意識変革は容易なものではありませんが、グローバルに通じる人間に進化することにもなる話です。

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