安部雅延のグローバルワークス Masanobu Abe Global Works

国際ジャーナリスト、グローバル人材育成のプロが現在の世界を読み解き、グローバルに働く人、これから働く人に必要な知識とスキルを提供。

フリーの国際ジャーナリストで、フランスのビジネススクールで長年教鞭を取り、日産自動車始め多数の大手企業でグローバル人材育成を担当する安部雅延が、国際情勢やグローバルビジネスの最前線を紹介し、豊富な経験を踏まえた独自の視点で世界を読み解くグローバルトーク。

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 10年前の東日本大震災の時はフランスにいました。テレビで映像が連日映し出され、あまりの規模の津波を最初は理解できないほどでした。ちょうど、妻の郷里のブルターニュの小さな町に義父を訪ねた時で、たまたま行った薬局で「日本の親族は大丈夫か」と知らない薬剤師に聞かれ、驚きました。

 義父はチェルノブイリ原発事故を思い出し、当時、ソ連政府が情報開示しなかったために放射能がフランスの農作物を汚染した話をしながら、「今回は大丈夫らしい」といったのを鮮明に覚えています。義父の家に来ていた近所の女性教師が「日本人は政府に騙されている。安全なはずはない」といって議論した思い出します。

 当時、フランスの田舎だけでなく、パリでも娘の結婚式でいったロンドンでも、多くの人々から心配と慰めの言葉をかけてもらい、こんなに世界は狭いのかと思いました。

 人は自分の力ではどうすることもできない戦争や災害、疫病に襲われることによって、精神に大きな影響を受けるのは歴史の常でしょう。20世紀は2つの大戦の戦場となったことは、戦後のヨーロッパ人の心を大きく変え、実存主義が流行り、ヒューマニズムが強まりました。

 日本も多数の犠牲者を太平洋戦争で出したことで、戦後の復興期には若い有能な人々が国の再建に関わり、東京五輪までに戦後は終わり、急速な経済発展の時代に差し掛かったことを世界にアピールできました。そして今、東日本大震災から復興した日本をアピールする東京五輪・パラリンピックを控えています。

 人間は残念ながら、強い悲劇的体験をしないと気付かないことも多くあります。東日本大震災後、数年間続いたがれきの除去に始まるボランティア活動に関わった人の話に共通していたのは「励ますために行ったのに元気をもらって帰ってきた」でした。

 全てを失って意気消沈しているはずの被災者が、何か不思議なポジティブな力を持っていることを感じ、人間には逆境を乗り越えるスキルやパワーが備わっていることを改めて認識させられた思いでした。瓦礫の中に咲く一輪の花のように人間も含めた自然には命の再生力があるということだと思いました。

 最も内心、いい意味で驚いていることは、東日本大震災で灯ったボランティアの炎は、多くの若者の間に人の絆の大切さと、何かために生きたいという心が自然な形で育ったことです。いわゆる今流行りのレジリエンスの耐性が身につきつつあるのかも知れません。

 日本はけっして弱者にやさしい国ではありませんでした。それは弱者救済思想を持つキリスト教の精神文化がないこととも繋がっていました。

 30年前の仏日刊紙リベラシオンは、日本のホームレスの現状を取材し、フランスでは当たり前のホームレスへの食糧援助や冬に寒さを防ぐ施設への収容などを組織的、積極的に行っていないこと、仏教組織に弱者救済活動がそれほど見られないことを紹介した記事を思い出します。

 戦後、日本では働かざる者食うべからずという考えが強く、弱者への思いやりは希薄だったように思います。イタリア・フィレンツェにある欧州大学院で教鞭をとっていた法学者のスナイダー教授は私に「私は社会主義者ではないけれど、人間の不幸はその人のせいだけでもたらされるものではない」といった言葉を深く記憶しています。

 アメリカ人のスナイダー氏はハーバード大学で法学修士、パリ大学で博士号を取得した優秀な学者でしたが、自分にとって非常に深い意味を持つ話でした。働かざる者食うべからずという考えの貧しさを痛感し、助け合い支え合って生きていくことの重要さを学んだ思いでした。

 無論、日本は戦後、途上国に対して多大な貢献をし、世界的な評価を高めてきました。国民の税金がODAに使われ、感謝されたことも事実ですが、結果的に支援で日系企業が潤った感もあります。

 若者の間でボランティア精神が欧米に比べ育たなかった日本では、過去にはボランティアを積極的に行う若者に対して「何、格好つけているんだ」とか「どうせ自己満足のためでしょ」といった批判までありました。それが東日本大震災後、消えたのではないかと思っています。コロナ禍も意識を変えることでしょう。

 それに人との繋がりも希薄になり、隣にいる人とも会話せず、メールを送るような人間関係が広がっていましたが、今は繋がることを求める動きはきわめて盛んです。ビジネスの世界もSNSの「いいね」マークに象徴される、どれだけ多くの人たちの共感が得られるかがカギになっています。

 つまり、人との繋がりを強く求め、何か役に立ちたいという心が、東日本大震災を機に芽生え、日本の復興を支えてきたのかもしれません。私は海外に赴任する日本人ビジネスマン、特に途上国に向かう人たちに贈る言葉として、利益追求は当然だとしても、その国の役に立ちたいという心がなければ、ローカリゼーションは成功しないといっています。

 役に立ちたいという心さえあれば、自分が何をしたらいいか分からないとはならないはずです。世界には助けを必要としている人は山ほどいるわけで、先進国に住んでいるだけで身についたもので役に立つことは多くあるということです。

 日本人は苦労話が大好きでフランス人の妻は呆れていますが、逆境を克服するレジリエンスは、本来、人間に備わっており、それがなければ人類はとっくの昔に滅んでいたでしょう。涙ながらの苦労話にするより、ポジティブアプローチに変えて生きていくことの方が遥かに重要だと思います。

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  ブルターニュ内陸の典型的風景

 もうずいぶん昔の話ですが、初めて訪れたフランスのブルターニュでもう亡くなった妻の祖母の80歳の誕生日に招待されたことがあります。集まった50人くらいだったと記憶していますが、眼前に広がった光景に感銘を受けたことを深く記憶しています。

 何に感銘を受けたかというと、その集まった人々の背後に日本で感じたことのないゆったりとした時の流れを感じたことでした。それに世代間のギャップがなく、まるで若者も年を取れば、集まった高齢者と同じようになるという連続性を感じたことでした。

 パーティーは6時間続き、最初は男たちの数人が会場横にあるバーで一杯飲み、その後、みんなが席についたのですが、席順を決めるのにも時間が掛かりました。それはけっして揉めているというより、誰が誰の近くに座りたいといったほほえましいものでした。

 それから、アペリティフから始まり、食事はなんとパーティー中続きました。その間、皆1人1人が贈り物を持って祖母に私に行き、キスをして言葉をかけ、さらに踊りが始まりました。その時、驚いたのは年齢に関係なくパートナーを選び、おばあさんと20代の若者が一緒に踊る風景にも感銘を受けました。

 皆、祖母の話をして「いい人生を送ってきたよね。自分も年を取ったら、ああなりたい」という若い女性の言葉を聞いて、その光景を見ながら、この人たちは日本人のように親や祖父母とは違った老後が待っているとは考えていないのだと感じ、その背後にある雄大な自然、ゆったりとした時の流れと変わらない過去、現在、未来が繋がった人々の営みを感じました。

 場所はブルターニュの田舎町にあるパーティーにも使われるレストランでした。私は個人的かもしれませんが、自分は親とは違った人生を歩むんだと思い込んでいたのが、そのまるで何千年も前から同じ営みを繰り返してきたゆったりとした時の流れに触れて、人生観を根底から変えさせられたような思いでした。

 特に地方都市から都会に出た人間が、最も忘れてしまいがちなことだと思いました。フランスの歴史人口学者・家族人類学者として知られるエマニュエル・トッドは、人口分布の研究から、ドーナツ理論を考え出し、たとえばパリを中心とした近代化された地域と、その外に広がるドーナツのリング部分にあたる地域があると指摘しました。

 ブルターニュやノルマンディー地方は、まさにドーナツのリングにあたる地域です。産業革命以来の都市化で都市に集まった人々の考えはリベラルなのに対して、その他の地方都市は近代化に遅れ、保守的と軽蔑されました。しかし、彼らはフランスの根底に流れる伝統の体現者であり、人の営みの本質を大切にしている人たちでもありました。

 参加したパーティーは、都会に出てもけっして新しいものを手に入れられるわけではないとも言いたげで、それは日本の地方の過疎化現象にも通じるものがありました。

 しかし、それ以上に感じたことは、雄大な地平線まで続く丘陵に、時々、小雨が降り、その後、雲の切れ間から差し込む太陽の光線が地上を照らす、そんなブルターニュの自然自体が、人生の様々な出来事と重なり、南仏にはない深い味わいのある人々を生み出しているように感じました。

 コロナ禍のリモートワークで働き方が変わる中、海に囲まれたブルターニュ半島の自然に吸い寄せられるように都会から引っ越してくる人も増えています。

 私は都会育ちではないフランス人を妻にできた事を心から感謝しています。フランスでも最も強いカトリック信仰、ケルトの文化に支えられたブルターニュは、その後家族で住むことにもなりましたが、興味がパリに集中する日本人が知らないフランスのもう一つの顔がそこにはありました。

 DXの時代、コロカ禍で激変する世界の中で、生と死を超越した人間の普遍的営みというものを、立ち止まって考えるのも重要なことだと思います。

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 ビジネスのグローバル化は自明の理といわれ、日本企業にとってもグローバルビジネスを開拓し、その戦略的且つ効果的な管理が最重要経営課題であることは今も変わっていません。ところがリーマンショックの金融危機、脱グローバルのトランプ米政権、ブレグジットでグローバルビジネスは足踏み状態が続いていました。

 そこに襲ったコロナショックと、グローバリゼーションを逆手にとって覇権を強める中国の台頭で、企業のグローバル戦略は大きな見直しを迫られています。今後の世界をどう読むかといった大きなテーマは横に置いておくとして、グローバル戦略で浮上したダイバーシティの取り込み方についても再考が必要です。

 特にアメリカやヨーロッパのようにダイバーシティを可能にするベースがある地域とそうでない地域についての例を紹介したいと思います。今から2年前、大連で大規模建設プロジェクトを請け負うドイツ系の会社の現場マネージャーを務める黒人系の友人が、現地で指揮をとることになりました。

 彼は中東や東南アジア、中米などで、様々な巨大プロジェクトに関わる経験豊富な男でした。通常規模の大きなプロジェクトの現場では、様々な人種の人間が働いており、ドイツの会社は途上国では白人が行くと強圧的イメージを与えるので、スコットランドの血とカリブの黒人の血が混じった有能な友人は、会社にとって好都合でした。

 ところが大連では様子が違い、現場のマネージャーとして赴任し、数百名の中国人を前に紹介された時、彼らの顔が凍り付いたといいます。その後も彼への嫌がらせや、指示に従わない状況が相次ぎ、結局、半年で本社に「自分はミスキャストだ」と報告し、彼は撤退したそうです。

 プライドの高い中国人、それも彼らの認識では飛ぶ鳥を落とす勢いで世界第2位の経済大国に躍り出た中国に黒人リーダーがやってきたことを、どうやら受け入れられなかったようです。彼はシンガポールで仕事をしたこともあり、中国系の傲慢な部下に遭遇した経験もあるのですが、シンガポールは他民族、多宗教の国なので、なんとは仕事はできていたそうです。

 他の例を紹介すると、英国人の大学教授が韓国の大学に招聘され、韓国のファンだった夫婦は喜んで韓国に住んでいました。契約を更新し帰国する気持ちもなかった約10年後、親しくしていた韓国人の友人教授が「なぜ自分の国に帰らないのか。帰れない理由があるのか」と聞かれ、ショックを受けたそうで、その1年後に英国に引き揚げました。

 中国も韓国も民族主義が非常に強い国で、政治指導者も民族主義を公言しています。欧米諸国では戦争にもつながるリスクを持つ優劣を争う民族主義に対しては歴史の教訓から批判的です。極右のポピュリズムへの警戒感もそこから生まれたものです。

 実はダンバーシティ効果を生むにはそのベースが必要です。それなしにダイバーシティを導入すれば失敗するのは間違いありません。女性活躍といいながら、最近辞任した山田内閣広報官は「飲み会を断らない」と公言していました。飲み会で人脈を広げる男性たちが築いた文化を受け入れて出世したケースです。

 それでも百歩譲って、飲み会を受け入れたのは出世した暁に女性も活躍できるワーク・ライフ・バランスを徹底する社会を作るためだったとすれば、なるほどと思うのですが、どうやら、そういった信念はなかったようです。日系企業の研修で遭遇する女性管理職の多くも男性化している場合がほとんどです。

 無論、そんな女性を批判するつもりはありませんが、世界一といわれる男性中心社会を構築してきた日本では、仕方がないことだともいます。この場合もダイバーシティのベースがないといえます。ベースがなければ、ダイバーシティは逆効果になりかねません。

 すなわち、ダイバーシティのデメリットであるミスコミュニケーションやストレスが発生し、情報の共有化が困難になり、仕事の非効率化の原因にもなります。チームビルディングも困難さを増し、チーム目標への合意と共有、職位と権限、責任、評価、意思決定プロセス、進捗把握、最終評価、就労意識などマネジメント手法そのものの相違が混乱を招きます。

 さらに、カルチャーダイバーシティのデメリットである自国民の優位性による独善や相手文化を蔑視する固定観念が深刻な対立を生み、“決められない”マネジメントに陥る可能性もあります。黒人の友人の大連での体験は、まさにそれを物語るものでした。

 本来のダイバーシティのメリットは、多様な背景を持つ人間の集合体が生み出すアイディアの豊富さ、視点の幅広さです。問題を捉える視点が一つではないため、解決策の導き出し方、その選択肢、意思決定プロセス、プランの実行方法などを検討する際、ゼロベースで検討できることです。

 固定観念や偏った意見に、グループ全体が引きずり込まれる“集団思考の罠”に陥るリスクが少なくなり、多様な人材は、情報の宝庫であり、ローカリゼーションを進めていく上でも、土地にあった有効な考えや発想、ポテンシャルのあるプランを生み出す源泉となります。

 しかし、これらのメリットを引き出すためには、そのべースをいかに作り出すかが重要です。興味深い話で、以前、シカゴで出会った日本人女性から聞いたで「結局、アメリカは弱肉強食を認めている国なので男性が有利」という指摘でした。女性が活躍できるアメリカに引っ越した結果、彼女が分かったことだったといいます。

 アメリカは多分、世界一のダイバーシティのべースを持つ国です。それでも自由が保障されている以上、弱肉強食の中で既得権益を握る白人社会に対して有色人種が人間としての尊厳や社会的地位を獲得する戦いには多くの犠牲を払っています。

 差別に関する法律は世界で最も多いのも、ダイバーシティを価値とし平等社会をめざす本気度がアメリカには伺えます。しかし、それは差別される側が運動し、その声が反映される形で法律ができていったということで、声を上げなければ差別する側はされる側の苦痛は理解できないものです。

 そのため、ダイバーシティマネジメントでは、背景の異なる社員1人1人の声に耳を傾け、常に解決すべき課題を特定し、排除していく必要があります。中でもヴィジョンや目標は理解され共有されているのかは、一体性を作り出すには重要です。人の受け止め方は様々なので、その確認作業は必要です。

 社員からのフィードバックに耳を傾ける習慣をリーダーは身に着ける必要があります。下が上に忖度して支えるという東洋的慣習に、部下を思うリーダーの心と主体性を加える必要があります。ダイバーシティには常に監視が必要で、気を緩めれば違いから発生する対立が生まれ、逆効果になってしまいます。無関心は禁物です。

 そうしながら、きめ細かく対応し、根気強くダイバーシティ効果を引き出すベース作りをすることで、少しずつダイバーシティ効果をもたらすこともできるようになるということです。最もやっていはいけないことは問題を放置することです。

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  タイ・バンコクに開店したロゴス旗艦店(HISツアーズ提供)

 コロナ禍の新興国、途上国でのビジネスはどうあるべきかは大きな課題です。特に接客業や観光業が移動制限や外出規制などで直撃される中、新たな市場開拓は知恵の絞りどころです。タイの日系企業HISツアーズは、アウトドア用品を扱う旗艦店舗をオープンさせました。

 具体的には、HISタイ法人のHISツアーズが今月1日、大阪に本拠を置くアウトドア総合メーカーのロゴスコーポレーションのタイにおけるアウトドア用品の輸入・流通開拓・店舗運営に関する契約を結び、首都バンコク市内の大型複合施設にロゴス商品を取り扱う旗艦店をオープンしたというものです。

 2019年夏に民政移管したタイは、軍政回帰に動く政府への抗議デモで揺れています。国の根幹をなす王室改革を要求する市民が、圧政にも繋がる国王に対する不敬罪の廃止などを求め、2月にも治安部隊との激しい衝突があったばかりです。

 コロナ禍のタイ経済は、タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)の2月15日の発表で、2020年第4四半期(10〜12月)の実質GDP成長率が前年同期比マイナス4.2%で引き続きマイナス成長でした。しかし、2021年の実質GDP成長率見通しについて2.5%〜3.5%とし、改善の兆しも見えるとしています。

 近況としては、同国で起きたクーデターを受け、2005年に出された非常事態令はコロナ禍でも適応されており、その措置を3月31日まで延長することを閣議決定したばかりです。理由は新型コロナウイルスの変異株の拡大懸念から、タイでは2月末に到着した中国のシノバック製のワクチン接種が始まっている一方で、近隣諸国の新規感染が拡大していることで非常事態令の延長は妥当としています。

 タイは新型コロナウイルスの累計感染者数が26,031人、累計死者数は83人と少ない一方、最高管理区域(レッドゾーン)に指定されていたバンコクなどの大都市では、飲食店の封鎖など厳しい措置を取ってきました。今回、レッドゾーンの8都県を1段階下のオレンジゾーンに移行し緩和しました。

 オレンジゾーンでは、飲食店は午後11時まで営業でき店内でのアルコール消費も可となり、パブやバーも午後11時まで営業可となり、学校は対面授業とオンラインの併用となったそうです。今後はワクチン接種完了の免疫パスポートを発行し、政府は観光促進に繋げたいとしています。

 とはいえ、周辺国や日本、欧米、中国から観光客を受け入れ、タイ国民も積極的に海外旅行できる状況にないのは確かです。ワクチン接種の進行も国によってばらつきがあり、国外との移動が自由になるのは先の話です。当然、観光業は深刻なダメージを受け、日系業者も休眠状態です。

 そこでHISは、タイでの新たなビジネス展開の模索を始め、それがタイ人にアウトドア文化を提案することでした。チャオプラヤー川沿いで運営する大型複合施設「アイコンサイアム」内にあるサイアム高島屋3階に出店した店舗では、ロゴスコーポレーションが展開するアウトドアブランド「LOGOS」の寝袋やテントやハンモック、アウトドア用のチェア・テーブルなどを販売する構えです。

 さらにアウトドア用品の流通・販売と並行して、今、日本で人気急上昇のグランピング施設(キャンプ用品や食材・食事などがあらかじめ用意されているキャンプ施設)の運営、キャンピングカーの販売・レンタル事業も手掛ける計画だそうです。

 この分野は実は欧米では一般化しており、関連製品のメーカーも多く、その文化がない東南アジアでは外資同士の競争が激化することも予想されます。HISはまずは旗艦店をオープンさせ、アウトドア文化の普及とともに市場を先駆けて開拓する構えです。

 コロナ禍が生み出した新しい発想による異業種とのコラボの挑戦は、始まったばかりですが、危機的状況、変化の激しい環境では柔軟性、スピード感は不可欠です。むしろ、その変化する状況に対して高波を捉えるサーフィンのように楽しんで次々に市場を攻略していく時代なんだと思います。

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 英国民の3人に1人は新型コロナウイルスのワクチン接種を少なくとも1回は受けていることが明らかになりました。ロンドンに住む友人は家族全員が2回目の接種を待っている段階です。それに比べてフランスでは周囲に接種を受けた人は誰もいません。

 Our World in Dataによれば、今月27日時点で少なくとも1回のワクチン接種を受けた人の人口に占める割合は、英国が29.6%でイスラエルに次ぐ世界2位なのに対して、EU加盟国で最も高いデンマークで7.2%、ドイツ4.9%、フランス4.4%と圧倒的に低く、英国に大きく溝を開けられています。

 ワクチン接種が進んでいることは英国民の心理に大きく影響しており、ロックダウン(都市封鎖)の段階的緩和が発表されたことも後押しして、旅行会社には夏のヴァカンス旅行やフライト予約が殺到し、海外旅行の需要も急増しており、旅行熱が高まっていることが報じられています。

 英国政府は3月初めから規制を段階的に緩和し、6月にも全規制を解除する計画を発表しており、格安航空会社イージージェットは、英国発航空便の予約が1週間前比で337%、パック旅行は同630%増えたとしています。

 対するEUでは、ドイツがフランスのモゼル県からの入国に制限を設け、ドイツ側に通勤している約2万人のフランス人に影響が出ている状態です。観光が基幹産業のギリシャやオーストリアは、ワクチン接種の免疫パスポートの導入をEUに求めていますが、仏独はワクチン効果が科学的に証明されていないと慎重です。

 一方、2020年の英国の平均住宅価格が約6年ぶりの高騰を記録したことが今月17日の政府発表で明らかになりました。欧州連合(EU)離脱や新型コロナウイルスといったマイナス要因にもかかわらず、内外の需要は堅調だったといいます。

 2020年12月の英住宅価格指数(15年1月=100)は131.9を記録し、前年同月比でも8.5%増で2014年10月以来の高い伸び率を示したといいます。英国はブレグジットの先行き不透明感で不動産価格は低迷し、買い控えも増えていました。 

 EU離脱移行期間の昨年は離脱が明確になったことで不透明感は消え、コロナ禍で都市部から地方に移動する人たちが増えたことも住宅価格を押し上げた要因の一つと見られています。

 もともと英国の不動産価格は国外からの投機目的に左右されており、英国経済が上向くとの予想のもとに住宅を求める「内外の買い手からの需要が供給を上回った結果、価格は必然的に上昇した」とフィナンシャルタイムスは指摘しています。

 投資家の間では、コロナ禍で世界中と比較しても感染者数や死者数が多かった英国の経済立ち直りは米国同様確実との見方があることを示しています。EUを離脱し、身軽になった英国に対する投資家のポジティブな見方が住宅価格にも表れている形です。

 EUのワクチン接種の遅れの原因は、EU域内にはベルギーなど数か国に米ファイザー・ビオンテック製やアストラゼネカ製ワクチンの生産拠点があり、EUや日本を含め世界で急増するワクチン需要に生産が追い付かず、体制整備や流通ネットワークの調整に手間取っていることが挙げられます。

 しかし、そもそも英国が11月にファイザー製ワクチンを承認したのに対してでEUは承認が3週間遅れ、アストラゼネカ製ワクチンに至っては、英国が12月30日に承認、EUは1月30日と一か月遅れでした。EUは日本に似た官僚体制で手続きが煩雑な上、何に対しても慎重です。

 その慎重さは、リスクマネジメントの観点からいうと、変化するリスクに迅速に対応するという意味で柔軟性やスピード感がなく、致命傷を負うこともあり得ます。不確実なリスクへの対応力の高い英米はワクチン開発も承認も事態の深刻さを受け迅速で、EUは遅れを取ってしまいました。

 これは国民性ともいえるものですが、変化への迅速な対応のできる実用主義の英米のワクチン接種はEUを圧倒しています。それに何よりEUの官僚体質、意思決定の遅さ、権威主義を嫌ってEUを離脱した英国は、今回のコロナ危機からの回復で、まるで英国はEU離脱が正解だったといわんばかりで、ジョンソン首相もほくそ笑んでいることでしょう。

 無論、未だ正体不明で変異種が続々と出現するコロナ禍の行方は分からないものが多すぎて、楽観視はできません。英国の立ち直りも一時的かもしれませんが、EUが対応に手間取っていることだけは確かです。EUの迷走はEU産ワクチン供給をめざす日本にとっても無視できない問題です。

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 最近、フランスのいくつかのメディアが、家の内装リフォーム会社の収益がうなぎ上りと報じています。理由は新型コロナウイルスのパンデミックで外出禁止措置が断続的にあり、巣ごもり状態が長期化したためだといいます。日本では内装のリノベーションと呼ぶようになっているそうです。

 リモートワークも後押しして、書斎を新たに作る人もいますが、床を張り替えたり、バスルームを完全に新しくしたり、壁を塗り変えたり、建具を入れ替えたりしているフランス人が非常に多いということです。本格的なリノベーションでは、1か月間別のアパートに仮住まいして行うケースもあったりします。

 その一方で、大都市の狭いアパートを嫌い、田舎暮らしに切り替える人は増える一方で、このブログでも紹介しました。見直される田舎暮らしを後押しているのはリモートワークの普及ですが、そこでも買った家のリノベーション需要があり、関連会社は笑いが止まらない状況です。

 そこで思い出すのが、私自身も数年間、ブルターニュ地方で田舎暮らしをしたことです。庭付きの一軒家で、人口2,000人くらいの町でした。私自身はもっと田舎のポツンと一軒家の農家を望んだのですが、フランス人の妻は、小さな子供を育てるのに、買い物も不便で病院や郵便局もないところは嫌だといわれ、中途半端な田舎暮らしになりました。

 そこで他のフランス人同様、週末は庭の芝刈りをし、親族や友人、近所の人を呼んでテラスでバーベキューをし、子供たちは庭を駆け回っていました。昼食や夕食を庭のテーブルで食べることも多く、庭にあるラズベリーの木から身をちぎって食後のデザートにしていました。

 自然に生えた数種類のハーブを使って料理を作り、季節ごとにカーテンを変え、広い駐車場スペースで子供たちはボール遊びをしていたことは、今でも田舎暮らしのいい思い出です。何より大自然の静寂が癒しになりました。

 パリにいれば、封鎖で巣ごもり状態になると頭がおかしくなるのが、田舎暮らしでは少なくとも家の内外のプライベートスペースは十分な広さが確保されます。パリの東郊外のヌーイ・プレザンスの一軒家に住む義妹夫婦もロックダウンの時は庭で毎日夫婦で体操し、この1年で壁を塗り替え、2つあるバスルームの1つを建築家の息子に頼んで完全に新しくしました。

 家具も入れ替え、食器もレパートリーを増やし、週末は子供たちと屋外のテラスで食事をして、夜間外出禁止なので翌朝まで泊っていくような生活を繰り返しています。「町を出歩く機会が減ったのは残念だけど、家の内外の整備は進んだ」といっています。

 自分自身、田舎暮らしを経験しているので、パリ在住者が田舎に引っ越して生活を楽しんでいるのは簡単に想像できます。無論、都会暮らしと違い、車がないと生活は難しいのですが、道路インフラは整っているので移動に不便を感じることはありません。買い物は週1回大型スーパーや青空市場で買い溜めるのはヨーロッパ中同じです。

 田舎暮らしの魅力は、何といっても空気の良さと自然との一体感です。一方でフランスの田舎町の多くではコロナでなくても村で人が歩いている姿はほとんど見かけません。無論、安全性という側面もありますが、自宅に十分なスぺースが確保されているので、朝、パンを買いに行く以外、外出する必要もないわけです。

 無論、南仏のリタイヤ組は暇と寂しさから、田舎でも近くのカフェにたむろし、公園のベンチなどで1日中友人たちと座っている風景は日常ですが、この1年はそれもままならず、高齢者がコロナで最も苦労しているといえます。

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 河野太郎規制改革担当相は26日の閣議後記者会見で、米製薬大手ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンについて、6月末までに高齢者全員が2回打てる分量を各自治体に供給する方針を明らかにしました。ただし、日本へのワクチン輸入は欧州連合(EU)の承認次第だと付け加えました。

 6月末とは世界的に見ても途上国並みの遅さです。東京五輪・パラリンピックを控えた国とは到底思えない遅さです。たとえ世界的に見ても感染者数や死亡者数が少ないとはいえ、五輪開催への日本政府の本気度は全く見えません。

 一方、ワクチン確保の鍵を握るEUもワクチン接種は進んでおらず、実は裏に似たような事情があることは見逃せません。それは日本とEUは官僚大国だということです。

 興味深いのは今年1月にEUを離脱した英国のワクチン接種のスピード感がEUを圧倒していることです。英国の住む私の友人は家族全員が1回目の接種を済ませ、2回目ももうすぐといっていますが、フランスでは親せきの誰も接種は受けていません。

 実際、EUでは加盟国のワクチン接種のペースが遅いことが批判されており、具体的な原因といわれる供給の遅延問題で、EUで生産されたワクチンの域外への流出を制限する輸出管理を導入しました。対する英国はワクチン承認が迅速で、接種は進んでいます。
 EUは2020年6月に設立されたコロナ対策の制度により、EUが加盟国に代わってワクチン購入の交渉することになりました。これはコスト削減と、加盟国間の争奪戦を回避するためでした。加盟国は同制度に参加する義務はありませんが、全27加盟国が参加することを選択しました。

 とはいえ、加盟国はEUが合意していないワクチンメーカーとも個別交渉が許可されており、結果として日頃からEUの決定に反旗を翻すことの多いハンガリーは、ワクチン供給の遅れに業を煮やし、中国の製薬会社シノファームが開発した新型コロナウイルスのワクチンを今月16日に入手し、接種が始まっています。ハンガリーはロシアのスプートニクVワクチンの購入にも同意しています。

 EUは供給の遅れについて、昨年12月に3億回分のファイザー-BioNTechワクチンを契約したにも関わらず、域内での製造に問題が発生し、契約通りの供給ができなくなったことを契約違反と批判しました。ファイザー側は納期は努力目標だとして反発し、未だに両者はかみ合っていません。

 実際、ファイザー社がベルギーの加工工場の能力を増強する間、配送が一時的に減少したのは確かです。それでもEUは注文を2倍にして、フランスのサノフィ社がファイザーワクチンの製造支援を表明したものの、製造態勢を整えるのに夏まで掛かりそうです。

 一方、米モデルナ社製ワクチンも供給に問題が発生し、フランスとイタリアでは予想を下回る供給しか受けていません。英オックスフォード・アストラゼネカ製ワクチンもベルギーとオランダの工場での生産が遅れており、供給は不足状態です。

 ここで浮上したEU生産のワクチンをEUが確保できないジレンマから、EU製造ワクチンをEUの承認なしに域外に持ち出せない輸出規制をかけました。この規制により日本もワクチン確保が容易でなくなっているわけです。しかし、この輸出規制は思わぬところで英国との摩擦を生みました。それが英領北アイルランドの国境に定めらえたアイルランド議定書を無効にするという問題でした。

 アイルランドと国境を接する英領アイルランドは、ブレグジット後も物流でEUのルールに従うことで国境検問の復活を回避しています。ところがワクチンの輸出規制で検査が必要になれば、どこで規制をかけるのかということになり、英政府は猛反発し、EU側は英国に対しては輸出規制をかけられなくなりました。

 接種遅延には、ワクチンへの不信感の広がりもあります。たとえば、今年1月、EUの医療規制当局は、すべての年齢層にアストラゼネカワクチンを使用することを承認しました。ところが、フランス、ドイツ、イタリアを含む多くのEU諸国の規制当局が、65歳以上の人々に使用すべきではないと勧告したことで、ワクチンへの不信感が高まりました。
 
 フランスのマクロン大統領は、アストラゼネカ製ワクチンは高齢者には効果がないと発言、アストラゼネカ社は「なんの科学的根拠のない発言」と強く批判し、発言は撤回されたものの、一度広まった噂は今も影響を与えています。

 ここで浮上したのが離脱後の英国のワクチン接種の進行と遅延するEUとのギャップです。英国がファイザーワクチンを承認したのは11月で、EU規制当局の承認の3週間前でした。英国側はブレグジットしていなければ、EUと同じ状態に陥っていたといっています。英政府は、EUの外にいることで、ワクチン接種が迅速にできたと自慢げです。

 EUのワクチン接種の遅延には、まず、ワクチン承認の厳格さと煩雑な承認プロセスが大きく影響したことは否定できません。世界で最も厳しい規制をあらゆる分野で敷いているEUは、緊急対応で遅れをとりました。同時に確保や接種の施行に関して事情の異なる27か国での調整にも手間取りました。

 その間、想定外のことがいくつも起きました。たとえばEU域内の生産拠点の生産能力の限界です。さらには物流にも問題が発生しました。そもそもEUが加盟国に代わってワクチン確保の交渉を担うことで遅れが生じた部分もあります。その背景に横たわるのはEUの強烈な官僚体質です。

 これを嫌ってEUを離脱した英国の接種が圧倒的なスピードで進んでいるのは当然ともいえることです。ワクチンのみならず、あらゆる分野でスピード感が要求される時代、動きが遅い官僚体質はリスク管理にも悪影響を与えています。

 しかし、EUと日本は似たような官僚体質があり、遅々として進まないPCR検査やワクチン確保の遅れは、それを露呈しているといえそうです。

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 リスクマネジメントに「できすぎたストーリーを疑え」というのがあります。近くは昨年のアメリカの大統領選挙で行き交った陰謀論、ビジネスの世界でも、たとえばネット検索大手のアルゴリズムに埋め込まれた誰も知らない悪意の脅威論など、真偽が確認できない様々な陰謀論が世界に渦巻いています。

 アメリカが名指しする中国IT企業が自社のスマホやPCに組み込んだバックドアによる情報収集行為などは、ある程度事実として証明されていますが、今、最大のストーリーは新型コロナウイルスに関わる陰謀論です。疑惑は武漢ウイルス発生説から、ロシアワクチンが英アストロゼネカのコピー説などです。

 陰謀説はSNS上で増幅され、一般受けするスト―リーに作り替えられ、盛り上がっています。人は窮地に追い込まれると、誰かのせいにしたくなる傾向があります。新型コロナウイルスの中国陰謀論は欧米に広がり、アジア人狩りがあちこちで起き、日本人も巻き添えになっています。

 ネット時代は、陰謀論の捏造は非常に容易です。それまでは権威あるメディアからの報道が主流で、事実確認など裏取りし、専門家の検閲の上での客観報道がされていたのが、なんの専門的検証もなく、第1情報がコピーアンドぺーストされ、さらにはできすぎたストーリーに編集され、独り歩きする状況が加速しています。

 そんな中で「できすぎたストーリーにこそ陰謀が仕組まれている」と考える習慣が求められています。なぜなら経済活動の大半を占める情報活動で、事実でない情報ほど危険なものはないからです。明確な証拠もなく、何かわれわれの知らないところで大きな力が働いている人々は妄想しやすく、それが多くの人に不利益を与えています。

 私はナイーヴからしれませんが、根拠のない作り上げられた妄想は、一時的に成果を出せたとしても最終的には滅んでいくものだと確信しています。ポストコロナは、以下の本当の悪意を見抜けるかが鍵を握っていると思われます。

 ストーリーは強力なツールであることは確かです。なぜなら人はコンテクスト(文脈)によって物事を理解するように作られているからです。それはギリシャ、ローマ時代から存在し、キリスト教ではイエス・キリストが多くのたとえ話をすることで教えを広め、王権神授説は国を治めるツールとされ、ヒットラーはアーリア人の優位性を説きました。

 ビジネスの世界でも、アップルのスティーヴ・ジョブスが説いたワクワクする未来像も、ITのリーダーが好んで使う「世界を変える」という言葉にもストーリー性が込められています。パワフルなストーリーほど人々の心をつかみ、信じさせてしまいます。

 事実、欧米のビジネススクールではマネジメントクラスへの授業で、優れたストーリー・テラーになりためのスキルアップ授業は少なくありません。しかし、そのストーリーが未来に希望を与えるというメリットとは逆に、できすぎたストーリーに潜む不確実性の軽視が招くデメリットもあります。

 その典型が株の運用です。株でいくら儲かったというストーリーに人は大きな期待を持ち、株に手を出して大やけどする人は後を絶ちません。多くの場合、リスクすなわち不確実性については蓋をしています。唯一の根拠は確率計算で投資や保険では将来のリスクや不確実性の分析、評価等を数学的に行うアクチュアリーたちの分析があるからです。

 根拠という意味では、因果関係と相関関係の混同もあります。たとえば、「時間の経過」においては、朝には東から太陽が昇り、時間の経過と共に南から西へと移動していくので、「時間の経過」と「空の太陽の位置」には相関関係がある一方、この2つの事柄に因果関係はありません。

 できすぎたストーリーでは、よく因果関係と相関関係が混同されています。さらにビジネススクールが多用する成功例のケーススタディでは、結果を出した経営者のビジネスモデルをマニュアル化し、学びにつなげようとしますが、同様な環境、立場で失敗した例もあることが軽視されがちです。

 ベンチャーで失敗する例は、できすぎたサクセスストーリーを見て、自分の簡単にできると誤解してしまうことは多々あります。それを「運が悪かった」で片づけると同じ失敗を繰り返します。その意味では視野の狭さが判断に悪影響を与えている例が多いといえます。

 いくつもの視点を持てる視野の広さは、判断リスクを最小に抑えます。できすぎたストーリーに簡単に感化されたりしません。イスラム過激派の勧誘で流行ったのは、ネット上でゲームでしか手にできない武器で人を殺す経験が実際にでき、敵を倒せが天国に行けるというストーリー化したビデオを流してています。視野の狭い日和見主義の若者は刺激的アプローチに魅了されてしまいます。

 だからと言ってストーリーテリングが辞めりべきということはではありません自らを含め、ストーリーテリングは諸刃の剣であることを自覚し、悪意に用いないことです。科学者であり神学者で霊的体験を著したスウェーデンボルグは「地獄の底には、よくできたストーリーで人を騙し、地獄に導いた偽善者たちがいた」と書き残しています。そんな偽善者にだけはなりたくないものです。



 

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 100年以上、個人所有で一部の親族や友人しか目にしたことのないヴァン・ゴッホの1887年の作品が、競売会社サザビーズによって3月に競売にかけられるそうです。それを前に作品が公開されました。フランスから門外不出だった作品は、まだ当時、片田舎だったモンマルトルの何気ない風景画です。

 正直、なんともいえない温かいものを感じ、印象派の先駆的存在のピサロにも共通する雰囲気を感じます。それは素朴で暗い色に覆われた絵が多かったオランダ時代でも、南仏プロヴァンスに引っ越し、その後、パリ郊外で37歳の若さで他界する時代の感情を絵筆に叩きつけたような作品とも違う穏やかなものです。

 同時に生前に評価されることこともなく、作品が売れることもなかったゴッホが後世において、最も高額で作品がオークションなどで取引される巨匠になったことを裏付けるものも感じました。内に秘めた天性の人の心をつかむものを持っていた稀有な画家だったことを強く印象付けるものです。

 作品自体は伝統的な写実主義から印象派の影響を受けてはいるものの、非常に丁寧に描かれたものです。しかし、彼の全作品に見られる物語性や感情が込められ、味のある作品に仕上がっているように見えます。日本人ならどぎつい原色の糸杉やヒマワリのゴッホ作品より感性的には相性が合うかも知れません。

 朽ちた風車は、モンマルトルの丘の当時の様子をよく表しており、ゴッホには珍しく子供も描かれています。恋人か夫婦と思われる男女もいい雰囲気で歩いています。なにより繊細さが伺えます。ゴッホが1886年と1887年に弟の画商のテオと一緒にパリに宿泊中に作成した一連の作品の1つですが、この短い期間はゴッホが穏やかな心で過ごせた期間かもしれません。

 下世話な話としては、落札予想額は約800万ユーロ(約10億円)と推定されていますが、中国の収集家がつりあげる可能性も指摘されています。投機目的ならプロヴァンスで描いた風景絵画の方が資産価値があるといえるかもしれませんが、ゴッホファンには魅力的な作品です。

 産業革命と科学の台頭する時代、古典的絵画が死滅し、新しい美術運動が次々に生まれるパリには、才能と野心溢れる様々な国籍の画家が集まっていました。しかし、ゴッホがパリに滞在したのは短期間であり、南仏アルルへの移住した後、ブルターニュに住んでいたゴーギャンに送った手書きにプロヴァンスを「日本の浮世絵のように美しい」と書き、ゴーギャンはアルルに移り住んだのは有名な話だ。

 ただ、ゴーギャンとはそり合わず、最後は自分の片耳を切り落とすほど怒りの感情に覆われ、精神療養所に入れられ、最後はパリ郊外のオーヴェル=シュル=オワーズでオランダの風景を思い起こしながらも自殺(他の説もあり)して世を去りました。

 私は個人的にピサロのファンですから、ゴッホのこのような作品に接すると共感を覚えるとともに、100年以上も作品が知られていなかったことに感慨深いものを感じます。

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 フランス西部ブルターニュ地方の中心都市レンヌ郊外に住んでいた頃、せっかくの機会と思い、16世紀に統合されるまで独立公国だったブルターニュを徹底取材したことがあります。その時、日本人が知らない陸続きの国境の地政学的が意味するものを改めて再認識させられました。

 最近、世界的IT王国として知られる欧州連合(EU)のエストニアが、中国離れに政策の舵を切ったのを見て、長年、大国ロシアと国境を接してきたバルト3国が、なぜ、ドイツなどより中国に対する警戒感を強めているのかを考えさせられました。その時、国境という視点が心に浮かびました。

 独自のケルト文化を持つブルターニュ地方では、ディープな文化が残っているのは半島の西奥深いフィニステールに行くべきというのが一般的アドバイスです。ところが取材しているうちに分かったのは、中世末期、フランス王国と国境を接していたブルターニュ半島の付け根、つまり東側は、ブルターニュを守る最前線だったということです。

 最前線にはフジェールやヴィトレ、シャトーブリアンなどの城が建てられ、フランス王国軍の侵入を許さない体制が構築され、そこに住むブルターニュ人(ブルトン)のアイデンティティは明白でした。つまり、敵国の脅威に晒される国境に接する地域は、自国を守るためのアイデンティティが国境を接していない地域より強烈ということです。

 欧州の歴史は、地続きの国境を挟んで殺戮と闘争を繰り広げてきた歴史です。冷戦期には中・東欧諸国がソ連邦に組み込まれました。ロシアと国境を接するウクライナは、今でもロシアと軍事的緊張状態にあり、クリミア自治共和国が強引にロシアに編入されたのは6年前のことです。

 今のEU加盟国の中でも、ロシアと国境を接する中・東欧は、一時はソ連邦に組み込まれ、今でもロシア語が標準語になり、ロシア人がソ連邦時代に多く住み着いているため、ロシアの正体に精通しています。その危機感を共有できていないのがEUを離脱した島国の英国です。

 EU統合の深化拡大には、安全保障の観点からもロシアの脅威があったことは事実です。特に欧州に返り咲いた中東欧諸国にとっては特別な意味があります。同時に多くの国境に囲まれ翻弄されてきた歴史を持つ中東欧の人たちは、実際に付き合ってみると彼らの不信感と保身は強烈です。

 私がかつて住んでいたパリ14区アレジアのアパートの管理人夫婦はクロアチア人の老夫婦でした。そのアパートで知り合った隣人はリトアニア人夫婦でした。皆、冷戦時代にソ連共産党の圧政に苦しんだ経験を持ち、結局、フランスに逃げてきた人々でした。

 彼らはロシアへの警戒感が強いだけでなく、最近は中国への警戒感も増しています。理由はロシアと国境を接してきた経験からロシアと同じような覇権の野心を持つ中国も理解できるからです。

 バルト海からアドリア海に抜けるロシアと国境を接するEU加盟国では、中国国有企業が落札するとみられていた公共事業の入札を政府が中止するか、中国勢による入札参加や投資そのものを禁じる動きが相次いでいます。

 ルーマニアとリトアニアは一部の政府調達について、中国企業を幅広い分野で排除する措置を講じました。さらにスロベニア、クロアチア、チェコ共和国、ルーマニアは、中国企業が関与する原発、高速道路、鉄道網、保安検査機器、コンテナ船ターミナルなどインフラの政府入札を中止しました。

 リトアニア政府は今月17日「国家安全保障上の利益にそぐわない」として、中国の政府系保安検査機器メーカー、同方威視技術(ニュークテック)による国内の空港2カ所への製品供給を禁じました。その同日、エストニアの対外情報機関は17日発表の年次報告書で、世界が覇権主義中国のテクノロジーへの依存度を高め、「ロシアに倣って」中国は偽情報を拡散していると指摘しました。

 さらに「中国の外交政策理念の実践や人類運命共同体の構築は、中国政府に支配された沈黙の世界につながる」との危機感を表明し、今後は中国脅威論から対中強硬路線をとるアメリカと歩調を合わせる方向に向かうべきとしました。

 ロシアの脅威に今も晒されるエストニアの対外情報機関トップのミック・マラン氏は年次報告書の序文で、「(中国の)活動は毎年、新たな安全保障上の問題を引き起こしている」と指摘。「中国はロシアとの連携を密にしているが、中ロ関係もおおむね中国優位となっている」と指摘しています。

 中国の最大の戦略は米欧関係の切り崩しと、欧州内を分裂させ、弱体化させることで中国の経済力で抑え込み、広域経済圏構想の一帯一路に組み込むことです。中・東欧はその陸のルートに当たり、ギリシャ、イタリアは海路に当たるとされています。

 ロシアに支配された経験を持つ中・東欧に中国は手を伸ばしたことで、一挙に警戒感が高まった形です。一方、欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)は今月15日、昨年中国が米国を抜いてEU最大の貿易相手国になったと発表しました。

 ユーロスタットによると、2020年の対中貿易額は5860億ユーロ(約75兆円)に達したのに対し、対米では5550億ユーロ(約71兆円)。EUから中国への輸出は、2.2%増の2025億ユーロ(約26兆円)、一方中国からEUへの輸入は5.6%増の3835億ユーロ(49兆円)でした。

 無論、コロナ禍の特殊事情でコロナ禍から迅速に抜け出した中国が欧州投資を強めた側面もあり、今年もその状況が続くかは分かりませんが、仏独首脳の発言からは経済で中国依存度を高める流れを本腰を入れて断ち切るような方針は出されていません。

 巨大なインフラ需要が見込まれる中・東欧諸国は中国企業にとって格好の標的となっています。しかも欧州の競合勢をはるかに下回る価格を入札で提示することで落札する例が多いのが実情です。欧州の公共事業入札で中国企業(国有が大半)による落札が足元で急増する中、EUは昨年、異例の安価で落札を狙う域外企業からの入札参加を排除する指針を打ち出しました。

 安い入札価格の背景には中国政府の補助金があり、国際ルールに反するというに認識が広がっています。EUは昨年末中国との投資協定に大筋合意しましたが、欧州議会の承認でポーランドが反対し、バルト3国も反対に回る可能性が高まっています。

 しかし、中国離れの流れを加速させるためには、アメリカと日本の対応投資での協力が不可欠です。特に日本企業の積極的な投資が事態打開の鍵を握っているように見えます。

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 うまく説明できないけど、知らずに正しいことをしているケースは多々あります。それは長い歴史の中で編み出されたものが多く、気が付けば「結構、いけてる」ということも少なくありません。たとえば交渉術で、すっかり定着した双方が公平に利益を追求するWin Winという考えも、その一つ。

 ハーバード流交渉術として1990年代初頭から注目された交渉における考え方の基本は、相手の利益に注目することであり、交渉は勝ち負けではなく、双方が利益を得る創造的協議という考え方で、今では当然のようにして使われています。基本は相手の立場になって考えることです。

 相手の立場になって考えるのは日本人の得意技で、勝敗を中心に考えてきた欧米文化にはないものです。ビジネスは短期決戦ではなく、パートナーとして長く付き合うのが基本なので、相手に勝って屈辱を与えること自体、得策とはいえません。それも日本の商習慣では当たり前のことでした。

 ハーバード流交渉術が世界に広まる中、「なんだ、そんなことなら日本で昔からやっている」と日本のビジネスリーダーがいったのに対して、欧米の交渉学の専門家は「いやいや、中身は全く違う」と否定する議論がありました。無論、日本の場合は理論として整理されてはいませんでした。

 同じことが今、リーダーシップ論でもいえる状況です。ビジネススクールやコンサル業界、経済紙に頻繁に登場するのは、メンターという役割が増大し、実績を出させるために部下を威圧するリーダーは古いというものです。たとえば米ウォールストリートジャーナル紙が1月21日に掲載した「次世代の上司、威圧せず協調性引き出す人」のような記事は増える一方です。

 協調性を引き出すというのは、日本のめざすリーダー像に必ず登場するものです。小学校の通知表で「協調性がある」というのは昔からポジティブな評価で、集団生活の基本です。ところが個の確立を重視する西洋では協調性が最重要ではありません。

 ところが業務が複雑化し、チームで結果を出すことが求められる時代では、協調性は西洋でも重要さが増しています。そのためリーダー論にチームリーダーとしてのスキルが重視されるようになりました。とはいえ、協調性を重視してきた日本も改良の余地があります。

 それはたとえば、敗者を出さない交渉術を重視してきた日本の交渉慣習にある「落としどころを探る」という考えと似ています。落としどころは両者の妥協の上に成り立つわけで極端にいえば、痛み分けで勝者がない世界です。

 WinWinの交渉術では敗者がいないだけでなく、両者が勝者になる非常にポジティブな新しい価値を創出する考えで日本の伝統的交渉術にはない考えです。

 リーダーシップも同じで協調性を引き出すだけでなく、威圧的でないという部分は重要な点です。日本人は組織への帰属意識が強く、同時に西洋人より人間崇拝する傾向があり、忖度が重視されます。そのため、リーダー論より、部下がどうあるべきかが重視され、協調性重視の中身は西洋とは違います。

 メンターという最近の考えは、たとえば企業文化に染めていくとか、面倒見のいい上司という点では日本のリーダーに当てはまりますが、個が単位の西洋では、個別にリーダーが、部下と話し相手になり人間関係を深め、気づきをもたらし、コーチングで丁寧に育てていくというものです。

 本来、メンターはリーダーとは異なった役割と見なされていたのが、今ではリーダーにメンターの役割も期待されています。ただ、日本であろうと西洋であろうと、あるいは新興国、途上国であっても、リーダーが部下の自発性、自律性を育てていくことに変わりはありません。

 無論、私は個人的に次世代型リーダーシップ像に登場する「リーダーは権威主義を捨てて部下を支援するサポート役に徹するべき」とか「協調性重視」という、どちらかといえばフラットな考えは、いいか悪いかではなく女性的アプローチにも見えます。

 これはダイバーシティの効用と捉えるべきでしょう。ただ、女性だから権威主義に陥らないということでもありません。トップに就いた女性が威圧的なのを嫌って離職が増えた会社もあるからです。人は権限を持つと男でも女でも自分を見失い傲慢になる可能性に変わりはないからです。

 今、日本では女性リーダーの増加に身構える男性も少なくないでしょう。しかし、どんな状況でもプライドよりは仕事を楽しめることを目安にして、環境の変化に適応することが大切だと思います。

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 日本ではデジタル化が遅れ、コロナ禍が後押ししているのにDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいないといわれます。もし今後のコロナ禍がもたらしたリモートワークが定着するとなると企業側も働く側も根本的にこれまでとは異なったことを考える必要があります。

 何事にも慎重な日本はワクチンの承認だけでなく、国産化も進んでいない現状で、その背景に国民性だけではない緊急時の意思決定の仕組みが確立されていない実態も浮上しています。企業にも同様なことがいえますが、経営陣の保身の悪習がDXの抵抗勢力になっている場合もあるでしょう。

 とはいえ国とは違い、生き残り(この表現は嫌いですが、今は現実)をかけた企業にとっては、変革は待ったなしです。特に働き方を根本的に見直すことが求められ、特にリモートワークで効率化や生産向上を支える個々人のモチベーション、会社へのエンゲージメント、チーム力を高めるのは大きな課題です。

 今、欧米のビジネススクールでは、産業化が定着した20世紀初頭に提唱されたフレデリック・テイラーの科学的管理法が再注目されています。労務管理で労使双方の不満を解消する目的もあって提唱された同管理法の中核は、従業員に課される業務量、いわゆる課業を客観的に設定することです。

 1日に設定された課業(ノルマ)を達成すれば給与を割り増して払い、達しなければ基本給のみ払うという方式で、従業員のやる気を引き出すという管理法でした。さらに作業を標準化するために、作業に掛かる時間などの平均値を出し、計画的管理や職能別グループ化につなげました。

 この科学的管理法は、労働争議でも活用されるようになり、職場の改善につながった例もあることで注目されました。無論、製造業中心の時代の産物で、業務が複雑化し、ITが導入され、デスクワークが増えたことで中身も変わりましたが、作業量と時間の管理は今でも課題です。

 ところがテイラーの理論は従業員の人間性への配慮がなく、まるでロボットのように扱っているという批判もあり、アメリカの心理学者、エルトン・メイヨーは働く者の心理に寄り添い、組織における人間的側面の重要性を重視し、人的マネジメント理論に人間関係論を展開し、注目されました。

 いずれも20世紀初頭から中庸に提唱された理論ですが、結論的にはテイラー理論はパフォーマンスに重心が置かれ、メイヨー理論は人的管理に重心が置かれているという意味で、日本の社会心理学者、三隅二不二(みすみ じゅうじ)が1966年に提唱したPM理論で解決できる問題のようにも見えます。

 つまり、パフォーマンスとメインテナンスのバランスをどうとるかということです。日本の高度経済成長期を支えたのは、日本人独特の組織への忠誠心や終身雇用、年功序列が指摘されていますが、テイラー理論から言えば、非常に高いノルマを与えて過重労働を強いながら、メイヤー式には、夕方以降に上司と部下が毎晩のように飲み食いすることでメインテナンスしていたといえます。

 今はコロナ禍で飲むことを中心とした会食ができないためにメインテナンスが手薄ですが、バブル崩壊後、会社から家に直帰する若い世代が増えたことで大きく変化しています。これは健全な変化で、日本にもようやく家族を尊重し、プライベートな生活を充実する考えが定着しようとしています。

 今は、企業戦士時代の生き残りが経営陣にいて、DXにもついていけず、家族を軽視した働き方に慣れている世代が、夕方からの飲み食いもできず、戸惑っている状態なのでしょう。会社のDXが進まないことに苛立つ若い世代は将来に不安を感じ、このままでは世界の競争に勝てないという予感が広がっているように見えます。

 私は教育において自主性、自律性を育てることが日本には急務なようの思えます。その上で労使の信頼関係をリセットする必要があるのだと思います。強固な信頼関係がなければリモートワークは成り立ちません。古くて新しいテーマですが、テイラーやメイヨー、三隅の残した管理法を再検証し、進化させる時が来ているといえるでしょう。

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